終わる。
「すまん…どうしてもギルバートに会いたいとせがまれちまって……」
櫓の階段から申し訳なさそうに顔だけ出しているのは、私に協力してくれた新聞記者さんだ。
「でもほら…役者が揃った方が話が早いだろ?この男はどんなに問い詰めたって態度を改めたりなんかしねえよ。このまま世間に真実を暴いちまえば……」
「真実なんてどうでもいいわ……」
そう呟いたルルカはいつかの姿絵で見た素朴な少女ではなく、月明かりに映える艶やかな化粧をした女性だった。
「……ルルカ、勝手に村に近づいたら駄目じゃないか。村人に見られたらどうするんだ?『勇者の恋人』は、そんな濃い化粧はしない…そんな擦れた目はしない…純真無垢でいなければ駄目じゃないか……どうして僕の言う通りにできないんだ」
「私は純真無垢なんかじゃなかったわ。もうずっと前から…娼婦になる前から…子を流す前から…アナタに『勇者の恋人になれ』と命じられた時から」
ルルカはそう言うと、ギルバートに抱きつき強引に口づけをした。
愛する人が冷たい目で自分を見ていることも意に介さず、何度も何度も口づけをした。
私はそれを呆然と見ながら、アルベールが村にいないことに初めて感謝した。
「………もう気が済んだかい?済んだならさっさと都に戻るんだ」
ギルバートは唇に移った紅を拭いながらルルカを突き放した。
そんな酷い扱いを受けたというのに、ルルカは嬉しそうに微笑む。
「ううん。私は戻らない。ギルバートと一緒にいるの。そのために今夜ここに来たの……」
「はっ……何を言って………」
「あれを見て……ギルバート………」
「………何か見えるか?」
記者さんの問いに私は首を横に振る。
ルルカが指差した先には真っ暗な森があるだけだ。
ギルバートも怪訝そうな顔をして森を睨んでいる。
そんな中で、ルルカは1人ニコニコと笑っている。
「わからない?ギルバート……」
「オマエは何を言ってるんだ……」
「しょうがないなあ…ヒントをあげるね。この方向には何があると思う?」
ギルバートは少し考え込み、やがて何かに気づいたように目を見開いた。
「……村…村を取り囲む青い光が消えている……っ!」
「”お得意様”におねだりしてコッソリ光を消してもらったの。それから、魔族が好む動物の死体を村の周りにたくさん置いてもらったの。今夜は魔族の行動が活発になる満月……いくら数が減ったといっても……ふふふ…もしかしたら大変なことになっちゃうかもね?」
「このっ……馬鹿がっっ!勇者の故郷になんてことをしてくれたんだ!」
ルルカの言葉の意味に気付いたギルバートは、彼女を殴りつけると一目散に階段を降り村へ駆けていった。
そして殴られた勢いで櫓の柵へ叩きつけられたルルカは、ゆっくりと身を起こし私と記者さんに言う。
「アナタたちはこのままここに居てね。ここなら安全だから……」
「ルルカさん…なんてことを……なんてことをしたの!?」
取り乱す私をルルカはジッと見つめ、ふわりと微笑んだ。
それは、かつて私がなりたいと願った『勇者の恋人ルルカ』の柔らかい微笑みだった。
「……アナタ、私の代わりに手紙書いてたんですってね。あの村の人たちと一緒に仕事するなんて……頭にくることばかりだったでしょ?」
「今はそんなこと話してる場合じゃ……」
ルルカは手を伸ばし私の分厚い眼鏡を取った。
「美人なのにどうして隠してるの?いいなあ、私がこんな顔だったら……もっと自分に自信が持てて、もっと堂々と自分を出せて、ギルバートの嘘の優しさに縋りつくこともなくって……アルベールの眩しさから目を逸らさずに『本当の勇者の恋人』になれたかもね……」
ルルカ……
何をいってるの?
私は貴女になりたかったの。
『こんな私』じゃなくて、優しくて愛らしい『勇者の恋人』に憧れてたの。
貴女になってアルベールを支えたいと夢みたこともあるの。
私は…私は……
「私、ギルバートのところに行くね。私を連れ出してくれてありがとう」
ルルカは眼鏡を放り投げると、ヒラリと身を翻し軽い足取りで階段を降りていった。
「ルルカ…待って……!」
「無闇に後を追ってもアンタが危険に晒されるだけだ!」
追いかけようとする私を記者さんが制した。
「そ、それよりも鐘だ!鐘を鳴らして村に報せるんだ!2人を追いかけるよりその方が早い!」
櫓の警鐘を必死で鳴らし始めた記者さんを横目に、私は力無くその場にへたり込んだ。
……こんな事になってしまうなんて。
私はただ、アルベールの想いが少しでも報われてほしいと願っただけなのに……
勇者の故郷が燃える匂いがする。
私の…ギルバートの…ルルカの…村の人々の…それぞれの身勝手な思惑の果てがこれだなんて。
勇者アルベールが知ったらきっと悲しむだろう。
ごめんなさい、アルベール。
かわいそうな、アルベール。
アルベール………
アルベール………
アルベール………
読んでくださってありがとうございます!
あと1話で終わりますので、よろしければもうちょっと読んでください。