現れる。
村の人々は、ルルカ・ハーネットを『地味でおとなしい』と評した。
可愛いものが大好きで恋愛小説に憧れる平凡な少女。
村からほとんど出たことのない内気で夢見がちな少女。
そんな少女がいつしか恋をしたのは……
およそ平凡からかけ離れた強さを持つ単純明快な少年だったのか。
親しみやすく柔和な物腰の美しい少年だったのか。
シンプルに考えるとそう難しい問題ではなかった。
ルルカの嗜好と彼女がとった行動を照らし合わせて考えれば、答えは明白だ。
「そんなことはあるはずがない」という思い込みがそこに辿り着くのを邪魔していただけだ。
「他に好きな男ができた」ではなく、「他に好きな男がいる」と書き置きをして姿を消したルルカ。
おそらく幼い頃から彼のことが好きだったのだろう。
勇者劇場のヒロインを嫌々演じていたのか。
それとも、案外まんざらでもなかったのか。
彼女がどんな気持ちで『勇者の恋人』として振る舞っていたのか。
それは分からない。
けれど、そうしろと指示をしたのはきっと……
「ギルバート……ルルカが本当に好きなのは貴方だったのね……」
満月が夜空のてっぺんまで登った頃。
北の森の櫓に現れたギルバートは、私の問いに冷たく目を細めた。
1年前まで村を守る見張り台として使われていた大きな櫓は、周辺の魔族が減るにつれ使われなくなっていった。
寄り付かなくなった人々に代わり、村を守るために煌々と輝く魔族除けの青い光。
その中でうすら笑うギルバートに私は苛立ちを隠せなかった。
「どうしてこんな残酷なことをしたの?ルルカは今夜も都の娼館で客を取らされてるの?」
「そんなことを聞いてどうしようというんです?いまアルベールが望んでいるのは、魔族を制圧し生きて故郷に帰ることだ。アルベールに必要なのは、その思いを支える『ルルカ』という存在だ。僕はアルベールの望みを叶えてやってるんだ。すべてはアルベールのために」
「………帰って来たアルベールになんて言うつもりなの?その支えだった恋人をボクが妊娠させて子供を流れさせて…挙句に都の娼館に閉じ込めたと言うつもりなの!?」
ギルバートは感情が昂るあまり涙を流す私に近寄ると、涙を拭おうと手を伸ばしてきた。
私はそれを振り払い、ギルバートを睨み付ける。
「そこまで掴んでいたんですね。おかしいなあ…いつの間に……」
「勇者のためを思ってるのは貴方だけじゃないということよ。協力者はもうルルカにも接触してるわ」
「そうかあ…あははは……ま、落ち着いてください。落ち着いて考えてください。ありのままをアルベールに告げるなんて、そんな馬鹿げたことを僕がするわけがない」
ギルバートはそのまま私の手を掴むとニコリと微笑んだ。
「アレを娼館に入れたのは、少々頭を冷やさせるためです。僕の子供を産みたいだの僕と駆け落ちしたいだの喚き立てるモノだから……まあ、ここまで長引いてしまったのは想定外ですが。いつまで経っても聞き分けがよくならないのだから仕方ないですね。アルベールが帰ってくるまでにはなんとかしますからご安心を」
「なんとかって……どうするつもりなの?」
「もちろん『勇者の恋人ルルカ』として何事もなく振る舞ってもらうんですよ」
「そんなこと……!」
「出来ます。出来る様にするんです。そうしなければ、僕は………」
ギルバートは私の手をいっそう強く握りしめた。
強く強く握りしめた。
そして曇りのない美しい瞳で私を…いいえ、彼の心の中にいる『勇者アルベール』を真っ直ぐにみつめた。
「………僕は、アルベールの側に居られなくなってしまう」
「ーー居られなくなってしまえばいいのよ」
夜半の生ぬるい風の音と共に、刺々しくも愛らしい声が響き渡った。
息を切らせながら櫓の昇降口に立っていたのは……
柔らかな栗色の巻き毛を風になびかせ、ギルバートを睨み付ける『ルルカ』だった。
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