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錯乱する。

『大好きなアルベールへ


今回の戦いで、魔境周辺の魔族はほとんどやっつけちゃったと聞きました。

アルベールが旅に出てもうすぐ3年。

とうとうここまでやってきたんですね!

魔族の完全制圧まであと少し! です。


こないだの戦いで右目がみえなくなったと聞いたけど、左目は大丈夫みたいでよかったです。

義手や義足も、いい職人さんがみつかってよかったね。

これでもうアルベールが不自由なく戦えるんだと思うと、私も嬉しいです。


そうそう!

村や都のまわりでは、魔族はもうほとんどみかけません。

それにアルベールが『魔族は青い光を怖がる』って教えてくれたから、魔法で青い光を灯したランプを持って森や草原にお出かけできるようになったよ。

だんだんと以前の生活が戻ってきて、みんな大喜びなの。

ぜんぶアルベールのおかげだよ!

戦いから戻ってきたら、みんなの笑顔を見てほしいな。



そのために、かならず魔族を倒して帰ってきてね。』



あまりにもやるせない思いに、私はため息すら吐けず力無くペンを置いた。


ルルカの代筆を引き受けてから2年が経った。

ペンを持つ手は日に日に重くなっている。


けれどルルカの文字を書くことにはすっかり慣れたもので、その後の『日常報告』をさっさと書き終えて都行きの最終馬車に飛び乗った。

ギルバートは夜遅いから村に泊まっていけばいいと勧めてくれたけど、なんとなくあの村に居るのが嫌で都の自宅に帰ることにしたのだ。


車窓から真っ暗な外を眺めていると、はす向かいに座る若夫婦の会話が耳に入ってくる。

「……だから言ったじゃないのよ。石像が完成してから行けばいいって」

「取材で来た時にお前にも見せたいと思ったんだよ、勇者の故郷をさ」

そう言う夫は都の大手新聞社の腕章をつけていた。

「それにほら、勇者パンが買えただろ?他にも勇者の通ってた学校とか訓練場とか育った家とか、いろいろ見れたじゃないか」

「普通の訓練場に普通の家だったじゃないの。それにどこもかしこも工事中で景色もよくなかったし、石像はいつまで経っても完成しないらしいし。田舎の空気吸ってパン買っただけじゃない」

「そんなことないぞ。俺なんか初めてエバースに来た時に感動したね。嗚呼、ここが『偉大な勇者』が育った場所なんだって……」



『偉大な勇者』かあ……

確かにアルベールのやっていることは歴史に名を刻むような偉業だけれど。


ねえ、貴方たちは知ってる?

『偉大な勇者』はお礼として出された大量のご馳走を残すのが申し訳なくて、食べ過ぎてお腹を壊すような人なの。

行く先々で貰うお守りを捨てられなくて、腰に大量にぶら下げてるような人なの。


あのね、彼は……

一生懸命で、明るくて、ちょっとおバカな20歳の青年なの。

そのことを、みんな知らないんだわ。


少しだけ優越感を覚えた私は心の中で笑って、そしてすぐに我に帰った。


………そうだった。私だって手紙の中のアルベールしか知らないんだった。


そして、アルベールは私の存在すら知らないのだ。

その事実が、なぜか私の心を黒い霧のように覆う。



私は暗澹たる気持ちを抱えたまま自宅に戻り、留守を預けていた叔母を見送ると、鏡の前に立って引っ詰めていた金色の髪を解き眼鏡を取った。

そして何を血迷ったのか、真っ直ぐな髪をコテでクルクルと巻き始める。

クルクルと、フワフワと、まるで姿絵で見たルルカのように。


しかし3分の2ほど巻いたところで思わず手を止めた。

「私の顔じゃ似合わないわね……派手すぎる……」

ハッキリした顔立ちの私が髪を巻くと、下品な派手さが出てしまう。

ルルカのように清楚で可憐な雰囲気になんて到底なれそうにない。



私はその髪のまま2階へ上がると、虚な目で天井を見つめるベッド上のお母さんに静かに語りかけた。

「なれそうにない?なれるわけがないのに。何をやってるんだろうね、私は……」

お母さんはいつものように何の反応もしない。

「……お母さん。見てよ、この派手な頭。お母さんが言ってた通り、私って本当に商売女みたいな顔なんだわ。お母さんが言ってた通り、私には引っ詰め髪と分厚い眼鏡がお似合いなんだわ……」


わかってたはずなのに……

本当に何を血迷っているんだろう。


「……でも、ちょっと思っちゃったの。村の人たちにいいように使われてるのに頑張ってるアルベールを、私が癒してあげたいって。帰ってきてショックをうけたアルベールの側で、いなくなったルルカの代わりになれたらって……アルベールは…眼鏡と引っ詰め髪の年上の女は好きかしら?こんな…ペンダコのある手をしたインク臭い女を……アルベールは………」


私は……

アルベールに同情しているのだろうか。

愛情を抱いているのだろうか。

それとも、彼をめぐる人々に怒っているのだろうか。



自分でもよく分からないまま涙をこぼす私を、不意に母の視線がとらえた。

薄暗い天井を見ていた目がグルンと私の方を向く。


「お母さん……!」

脳の病で倒れて以来、久しぶりに私を認識したお母さんに私は顔を近づける。

お母さんは口をモゴモゴと動かしながら、何か言おうとしているようだった。


「なに?何を言おうとしてるの?」

涙を拭いながら喜んでいると、お母さんのおぼつかない言葉が聞こえた。


それはとてもとても小さな声だったけれど、お母さんは私を見ながら確かにこう言った。


「…………バ   ァ   ……カ…………」



+++++++



ーー少しだけ期待してしまったのだ。


「面倒みてくれてありがとう!アンタは自慢の娘だよ」

(そんなことを母が言うわけがない。母は自分を捨てた父に似ている私を憎んでいるのに)


「手紙を書いていたのはアンタだったのか!いつも励まされてたよ。ありがとう!」

(そんなことになるわけがない。アルベールが過酷な状況の中でなおも想いを寄せるのはルルカだ)


24年間、人からの見返りなど求めずに生きてきたはずなのに。

今さら何を期待していたんだろう。


頭から冷水を浴びせるような母の嘲りに、私は目を覚ました。


アルベールのために私が出来ること。

それはルルカの代わりにアルベールの無事を祈り手紙を書くこと。


それから……

僅かな可能性に期待して、ルルカを探し出せないだろうか?


ルルカがアルベールの元へ戻ってくれたらそれでいい。

それが無理なら、アルベールへ感謝と労りの言葉をかけてくれるだけでいい。

アルベールはショックを受けるだろうけど、それも生きていればこそだ。



どうか無事でいて。

できることならこれ以上傷つかないで。

そしていつか、誉れ高い英雄として笑顔で暮らす貴方を一目でも垣間見ることが出来たら……


それだけでいい。

それだけできっと、私は幸せを感じると思うの。




読んでくださってありがとうございます!

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