困惑する。
ルルカ・ハーネットは勇者の幼馴染だ。
栗色の巻き毛をした心優しい少女は、ヤンチャなアルベールを時に叱り、時に励まし、ずっと彼の側にいた。
そんな幼馴染たちはいつしか恋人同士となり、勇者となったアルベールは「必ず帰ってくる」と約束をして魔族討伐へ旅立っていった。
「きっと無事に帰ってきてね…待ってるから……!」
ルルカは涙を流しながら、恋人の背中が見えなくなるまでずっと見送っていたという。
……という美しい物語の先に、こんなドロドロした展開が待っているとは誰が予想しただろう?
ルルカが『他の男』といつから繋がっていたのか、相手は誰なのか?
誰も知るものはおらず、村に居づらくなったルルカの両親は逃げるように都へ移り住んでしまったという。
「生まれてから18歳になるまで、村と都以外に行ったことがないんでしょ?ルルカさんも相手の男性も案外近くにいるんじゃないですか?それこそ、ご両親のところとか」
空き家になってしまったルルカの家の本棚を漁りながら、私はギルバートに言う。
ギルバートはその柔和な顔で困ったように笑いながら首を振った。
「村役人総出で探したのですがみつかりませんでした…都の家も、村の人間がずっと見張っていますがルルカが居る様子も尋ねてくることも一切無いそうですよ」
「……………そうですか……」
へー、見張ってるんだ……ずっと。
私はゾッとしながら、引き続き本棚を漁った。
文字というのは人となりが反映されるもの。
少しでもルルカを知るために村長の了解を得て調査をしているのだ。
ルルカが書いた書類、それから勉強に使っていたノートなどなど。
そういったものはすでに参考資料として与えられている。
でもそれ以外に、日記でも残ってないかなーと期待していたのだけれど。
どうやらそれらしいものは無い。
でも実際に部屋を見て、ルルカへの理解度が少しだけ深まった気がする。
ルルカの部屋は、可愛らしい小物やぬいぐるみ、服で溢れかえっていた。
一見乱雑に置かれているように見えるそれらのモノたち。
けれどよくよく見ればどれも綺麗に保管されており、色別や年代順でキッチリ分けられていることが分かる。
そのうえ古い物はちゃんと手直しされている。
本棚にずらりと並ぶいわゆる『恋愛小説』も、シリーズごと巻数ごとに並べられていた。
何度も読み込んでいるらしいお気に入りは中段に。
そうでもないモノは下段に。
「……好きなものを大事にする人だったんですね、ルルカさんは」
「どうだったかな?こだわりが強い女の子ではありましたけど……」
手持ち無沙汰な様子でぬいぐるみを弄びながらギルバートが答える。
「ふうん……」
私の中にルルカという人物の輪郭がぼんやりと浮かび上がってきた。
そして1つの疑問も浮かび上がる。
これだけ好きなものに対して愛着心がある人物が、そうそう心変わりなんてするかしら?
もしかしてルルカは、元からアルベールに対して恋愛感情なんて無かったのでは……
確信があるわけではないけれど何となくそう思う。
だとしたら救いが無さすぎて、あまりそう思いたくはないけれど。
かわいそうなアルベール……
でも何と言っても稀代の英雄なんだもの。
帰ってきたら、きっと素敵な新しい恋人ができるはず。
いたたまれない気持ちの私は、そう思うしかなかった。
ーーなにはともあれ、今回頼まれた分の手紙は書き終わったし資料集めも終えた。
私は仕事場として与えられた村役場の一室へ戻ると、ウキウキしながら長椅子へ座る。
さあ、初回分の報酬を頂きましょうか!
ギルバートが持ってくるであろう報酬を待ちながらニンマリと笑っていると、扉がけたたましくノックされ返事もしないうちに村長が飛び込んできた。
その背後には、ギルバートが笑顔で立っている。
「どうしました?なんですか?」
慌てて立ち上がった私に、村長は唾を飛ばしながら捲し立てた。
「まだ帰られては困る」「手紙に書いてほしいことが出来た」と。
なんでも、今日の村議会で広場に勇者の石像を立てることが決定したそうだ。
そのことを一応本人に報告したいらしい。
「都から一流の職人を呼び寄せ石像を作り、ついでに広場の改修もするのだ。どんなに石像が立派でも飾る場所が貧相では話にならんからな。そして春になったら広場から商店街にかけての道も都会風な石畳に改修する!」
「……というわけで、僕がこれから原稿を書きますから少々お待ちいただけますか?」
私は2人の言葉に戸惑いながら頷くと、ギルバートの背中を見送りつつ「もう田舎などと馬鹿にはさせんぞ!」と1人興奮する村長を見た。
代筆屋に多額の報酬を払って、一流の職人に石像を作らせて、広場と道を綺麗に直して……
そういえば、この役場の外壁も補修工事中だった。
それからこの部屋を与えられた時、最近壁を張り替えて”一流”の調度品を入れたと説明されたっけ。
…………この村には、ずいぶんと資金があるのね。
ふと、そんなことを思う。
勇者ネタで経済が潤っているから?
ーーいいえ。以前よりは観光客は増えたそうだけど、潤うほどの賑わいには見えない。
それとも元々大きな地場産業でも持ってたのかしら?
ーーいいえ。そんな話は聞いたことはない。
何よりも……
まるで賭け事でひと山当てたかのように興奮する村長を見るに、どうもそんな感じはしない。
だったら、どこからそんなお金を………
疑問に思っていた私の耳に、去り際の村長の呟きが聞こえた。
「少なく見積もっても向こう3年は国から多額の支援金がもらえるはずだ……」
その目は欲に輝き、その声は黒い期待に弾んでいる。
「ーーまったくもって、勇者アルベールは我がエバースの誇りだよ」
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