後悔する。
全9話か10話くらいで終わる予定です。
『大好きなアルベールへ
沼地の魔族を討伐したという報せを聞きました。
アルベールの活躍にエバースの村の人たちは大喜びです。
私もとっても嬉しいし、誇らしい。
でも、心の底から喜べない私もいます。
だってアルベールのことが心配なの。
新聞にアルベールがケガをしたと書いてありました。
回復魔法は体力を戻すことはできても、ケガを完全に治すことはできないんでしょ?
ホントにホントに心配です。
毎日毎日アルベールの無事を祈ってます。
どうか体を大切にして。
そして、かならず魔族を倒して帰ってきてね。』
そこまで書いたところで、私はペンを置いた。
そしてそれを、背後の長椅子に座っていた若き村役人ギルバート・フリオへ差し出す。
「こんなもんでどうでしょう?」
原稿担当であるギルバートは、手紙に目を通すと納得したように頷いた。
「……うん、いいでしょう。合格です。丸みを帯びた右上がりの文字…完全にルルカの文字だ。さすがプロの代筆屋ですね」
無事合格してホッとしたような、ガッカリしたような。
複雑な顔をしている私に、ギルバートは新たな手紙の下書きを差し出してきた。
「次はこの内容を書き写してください。ルルカの日常報告です」
「………アルベールの好きなオレンジケーキを焼いたの…少し焦げちゃったけどおいしくできたわ…アルベールにも食べさせてあげたいなあ………」
私は分厚い眼鏡を引き上げながら、真顔で下書きを読み上げる。
「……コレもギルバートさんが書いたんですか?」
「声に出して読まなくていいですから……」
「さすが勇者様とルルカさんの幼馴染だけあって、よくお人柄を理解されてるんですねえ」
赤面するギルバートを取りなして、私はさっさと机へ戻った。
そして再びペンを手に取り、代筆に取りかかる……と、その前に傍に置いてある新聞の見出しにチラリと視線を走らせた。
〈勇者一行、西方の沼地にて魔族討伐に成功!〉
ーーまあ、なんとも喜ばしいニュースではあるけども。
私は心にチクリとした痛みを感じた。
コレはきっと罪悪感というやつだ。
だって、私はいま勇者を騙すための嘘に加担している。
『勇者の幼馴染にして恋人ルルカ』になりすまして、恋文をしたためている。
勇者が魔族討伐を終えるまで。
あるいは本物のルルカが戻ってくるまで。
私はこうして嘘の恋文を書き続けるのだ。
+++++++
事の発端は4日前。
都に初雪が降ったその日、依頼人は代筆屋を営む私の家へやって来た。
突然訪ねてきた中年男性は、都の西北にあるエバースという村の村長だという。
「勇者一行、西方の沼地にて魔族討伐に成功!」
エバースの村役場まで連れてこられた私は、目の前に広げられた新聞の見出しを声を出して読み上げた。
「……そういえば、勇者アルベール様はこの村のご出身でしたね」
「いかにも。勇者アルベールは我がエバースの誇りなのだ!」
「そうでしょうねえ……」
鼻息も荒く胸をはる村長に、私は相槌を打つ。
聖剣に選ばれし勇者アルベール。
勇敢な青年が仲間たちを引き連れ魔族討伐に乗り出して早1年。
人々は勇者の躍進劇に熱狂し、新聞は連日その活躍を伝えていた。
そんな人物を輩出したとあっては、それはそれは鼻高々だろう。
それだけじゃない。
私は役場に来る道中で目にした『勇者パン』やら『勇者麦酒』やらの看板を思い出す。
勇者は世界を救うだけでなく、この村の経済も救っているようだった。
「……それで。そんな勇者様と今回のご依頼に何の関係があると言うのです?」
私の問いかけに、村長は無言で一通の手紙を差し出した。
そしてそれを読めと顎で促してくる。
『ルルカへ
元気にしているか?
俺はこれから 西の沼地へ行く
俺は 悪い魔族をこわがる沼地の村のヤツらをたすけたい』
そんな記述で始まる手紙には、筆圧の強い稚拙な文字でもって『戦況』と『ルルカへの好意』が簡素に綴られていた。
差出人の名は『アルベール』とある。
「これは……勇者様からの手紙ですか?」
「いかにも」
「依頼というのはもしかして……」
「いかにも」
「このルルカさんの代わりに返事を書けと?」
「い…いかにも」
「ルルカさんは、今どちらに……?」
黙りこくった村長の気まずそうな様子に、嫌な予感がした。
「ルルカは…ルルカは…他に好きな男がいる、と書き置きを残して姿を消してしまった……」
唖然とする私に村長は震えながら告げた。
「つい半月前まではおかしな様子も見せずアルベールと手紙のやり取りをしていたのだ!それが突然……」
「そ、そのことを勇者様には……」
「言えるわけがなかろう。『オマエの恋人は他の男の元へ走ったぞ』などと……」
「それはそうですけど……」
「勇者の士気を下げるわけにはいかん。世界の命運を左右する一大事だ」
村長は「来るんじゃなかった」と顔に書いてある代筆屋が逃げないよう、ガシッと私の手を掴んだ。
「頼む!アンタは年若いが口が固く有能な代筆屋だと聞いた!この依頼を受けてくれ!」
ーー曾祖父の代から続く代筆屋は、国が教育の普及に力を入れるにつれ先細りしつつあった。
今となってはお得意様は読み書きのできない高齢者がほとんどで、商いとしてはこの先も衰退していくばかりだと思われる。
そんな中で追い討ちをかけるように、お母さんが大病を患い寝込んでしまった。
そうして、かさんでいく医療費……
魔族が横行しているせいで物流が滞り上っていく一方の物価……
結局、多額の報酬に釣られて契約書にサインをしてしまったのは……まあ、仕方ないじゃない?
それに、確かに勇者の士気を下げるのは世界の命運を左右する一大事。
魔族にこれ以上侵略されては、私も困る。
………けれど私は、この依頼を受けたことを一生後悔することになる。
読んでくださってありがとうございます!