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泉鏡花『幻の絵馬』 現代語訳  作者: らいどん


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19/19

(付録)

 せっかく現代語訳なんていうことをするのだから、注釈なしですらすら読めたほうがいいと思って、訳文として織り込めなかった、ことばや文に関わる内容をまとめて書くことにしました。

『幻の絵馬』は数ある鏡花作品のなかでも、江戸から大正までの風俗・流行にからめたことばや言い回しが目立って多い作品です。調べてもわからない、調べ方すらおぼつかない表現が、どうしても残ってしまう。

 ゆえに以下は補注というより、基本的に、わからない、わからないと言っているほうが多いので(そもそも文学を研究したことがあるわけでもなく、鏡花の小説をそれほどたくさん読んでいるわけでもないので)、以下のわからないことについて、知っている、情報がある、書いていることがおかしいという方がいらっしゃいましたら、ご指摘、ご教授くだされば幸いです。



I


 冒頭の五、六段落は、鏡花流に凝った文体であるうえに、鏡花の常套手段である精密な服飾描写や、いくつかの難解な比喩もあって、とても読みにくい。

 しかしよく読むと、ヒロインが「電車を降りる」というひとつの動作を、語り手の視点や描写の手法を変えながら四度、くり返しているという内容である。執拗に服飾の描写を重ねている部分も、その四度のくり返しのひとつだと位置づけてみると、衣服の接写ショットをフラッシュ的に重ねることで身体的なアクションを暗示するという、きわめて斬新な手法で語りの一部を形成している。

 鏡花の服飾描写は、ただ冗長にもの尽くしをしているのではなくて、あるいはただ間接的な人物描写をしているだけでもなくて、それに加える機能的な一面をも兼ね備える場合があるようだ。


「麻布の高台の、()ある停留所」(花政の店から見える場所にある停留所)とは、当時の地図を見ると、東京電気鉄道(外濠線)の虎ノ門内という停留所ではないかと思われるのだが、ネットでちょっと調べてみたという程度では確定できそうもない。




II


 花屋の店内で子爵夫人が、花政の娘お光に傘を借りて、話しかけるセリフ。


「『あゝ、すぐ家來どもに持たせて返します。……今日は些とな、慈善事業の事に就いて、赤十字へ出向いたでしてな、故と乘物を用ゐんで、俄雨で難儀でな。(以下略)』

 娘が、最う一本蛇の目傘を持つて出て、此は小間使が受取るまで、子爵夫人が恁う立續けに御意あつたのは、然し娘に向つてゞはない」


 子爵夫人がお光に向かって言っているんだなと思いながら読んでいると、話し終えた後でお光はそこにいなくて、「然し娘に向つてゞはない」と書いてあるので、混乱する。

 よく読むと、子爵夫人のセリフの「……」のところで、話している相手がお光から花政老人に切り替わっている。

 鏡花は「……」を多用して、その多くは「と、一呼吸置いて」という意味なのだが、なかにはほとんど意味のない「……」もある。しかしこの場合の「……」は、「と、子爵夫人に言われて、お光は奥に戻ったので、子爵夫人は今度は花政老人に向かってこんなことを話しはじめた」という、あまりにも過剰な意味をもっている。とてもわかりにくい。


 花政老人が吸っているキセルは「銀の村田張り」だと書かれているが、これは村田ブランドの銀メッキ製という意味なのか、村田ブランドを真似た銀製品ということなのか迷うのだが、日本国語大辞典の「張り」の項目に「名詞や人の名の下に付けて、それに似ていること、その流儀を真似ていることを表す」という意味があって、続けて「如々楽助張の煙管」という江戸文学からの例文が挙げられているので、花政老人のキセルは村田煙管という高級品のイミテーションなのだろう。




III


 自転車から落ちた与四郎が、いきなり元気を取り戻して、次のように言う場面。


「『そんな、手つきで金魚の餌が掬へるかい、貝杓子を貸しねえツたらよ。』と小児の手から引奪つて、蜜柑の皮を掻廻す。」


「貝杓子」で「蜜柑の皮を掻廻」して「金魚の餌」を掬うという状況が、今となってはことばが足りなさすぎて、なんとも理解しがたい。

 もしかすると、消火用の水をためていた天水桶などに蚊が湧くのを防ぐために柑橘類の皮を浮かべていて、それでも湧いてきたボウフラを子供が掬いとって、金魚の餌にしていたのではないか?

 根拠を見つけたわけではないが、原文から想像してそのように仮定してみた。




IV


 章頭近くに、


「隱居に何も木兎引の道樂あつて、望んで取寄せたと云ふではなし」


 という文がある。

木兎引(ずくひき)」ということばは、自分が持っている広辞苑には載っていない。日本国語大辞典には、こう書いてある。


「ミミズクをおとりとして小鳥を黐竿もちざおでとらえること。昼間目の見えないミミズクをつつこうとして他の鳥が近づくのを利用して、捕獲するもの。木菟落ずくおとし。」


 木兎引ということばは仲秋の季語でもあるというから、そういう猟があるということになっているのだろう。

 木兎引について触れたすぐあとに鏡花は、木兎引猟に使うのはミミズクではなくてコノハズクだと書いている。

 そういえばずっと以前に、野鳥の生態ドキュメンタリーのようなテレビ番組で、足を固定したコノハズクに集まってきた小鳥をトリモチだったかで捕まえる猟の映像を見たような気がする。鏡花の認識が国語大辞典のそれよりも猟の実際を反映しているように思えるのは、鏡花夫人が麻布に実在したという花屋花政からコノハズクをもらってきたさいに(それが本作の描写に活かされているのだが)、だれかから詳しく話を聞いていたからなのかもしれない。

 ただし、おとりがミミズクであってもコノハズクであっても、あまり効率のよい猟には思えない。あくまでも鳥の生態を観察して楽しむ「道楽」であって、季語になった「木兎引」も、ちょっとした雅語のようなものなのだろう。


 木兎引そのものではないが似たものとして、日本各地の鳥の狩猟を網羅した堀内讃位(ほりうちさんみ)の『鳥と猟』(昭和二十年十二月、昭森社刊)に、次のような猟法が紹介されている。


「無双網猟――[深山鴉は] 性至って老獪であるけれど、人の奸智は更に長けている。フクロウは夜間には鴉の天敵であるけれども、昼間は鴉の前に雌伏する。此の両者の因果関係を見抜いた人間は、いつの世にか、フクロウを囮にして鴉を捕る技術を創案した。方法は大群の鴉の近くに網を張り、網は畑土をかぶせて鴉の眼に触れないようにしておく。そして一人の猟者は、網から二間程離れた鳥舎に潜む。此の準備が終わったら、もう一人の猟者は、籠の中から足に紐を着けたフクロウを取り出し、これを鴉の群に向って一二度高く放り上げる。

 この放り上げられたフクロウを発見した鴉は、ジャーと一鳴き鳴くが早いかフクロウを目差して飛来する。此のジャーは全群への警告と見え、今が今まで熱心に啄食していたものまでも飛び立つ。そして一羽残らずジャー・ジャーと鳴きながらフクロウへ殺到する。漁師達は、このジャー・ジャーを笑いと云っている。此の笑い方で、これ等の鴉が捕れるか、とれないか、ほぼ見当がつくと云うことである。

 さて鴉が舞い立ったのを認めた猟者は、素早くフクロウを鴉の後方一間程のところへ作ったゴヘイ隠し(フクロウのことをゴヘイと云う)の前へ繋ぎ、大急ぎでその場を去る、と同時に一群の鴉はフクロウの周囲に降り盛に嘲笑を浴せかける。此の間網場へ散布しておいた玄米屑を発見し、フクロウをそっちのけに食い気に転向するものが出てくる。これを鳥舎の中でじっと数えていた猟者が、最早これまでと見た瞬間、さっと手綱を引いて網をかぶせる。これに驚いた残りの鴉群は、ぱっと飛び上がり姿を隠す。驚いて飛び上がり姿をかくすまでジャージャーを続けているが、これを後笑いと云っている。後笑いの賑やかなのはまた後で捕れると信じられている。」


 この猟の内容は、第十四章の章末近くで境木敏夫たち学生がフクロウのお面をかぶって行進すると、

「不思議な事には、山中の烏が眞黒に成つて雲を蔽うて啼噪いだ」

 と書かれていることによく対応して、怪談めかして書いてはいるものの、鏡花の自然知識が正確だったことがわかる。




V


 質屋の手代の二宮佐兵衛が、錦木の宿の木戸にぶら下がったへちまを傘で突く動作は、


 「トンと蜻蛉で突上げた」


 と書かれている。

 よくわからないが、印刷物の位置合わせに使う「十」の印をトンボというくらいだから、身体をトンボ型(十字架のようなかたち)になるように、いや、このとき佐兵衛は両手で傘を持っているため十字にはなれないので、上で羽を合わせたトンボのかたちになるように、腕をピンと伸ばして突いた、という意味なのではないかと思った。

追記:

 この文章を書いて二年以上経った2025年11月に、大正十三年作の『傘』という短篇を読んで、「蜻蛉」の意味がようやくわかった。

 和傘の頭の部分には頭轆轤(あたまろくろ)という部品が付いているのだが、外側からそれを包んで縛った和紙(あるいは布)が、花弁が四枚の花のような形になっている。通常はこの紙のことを頭紙(づがみ)、または合布(かっぱ)と言うらしいのだが、鏡花はこれを独自に「蜻蛉」と呼んでいるようだ。

 つまり佐兵衛は、傘の先端で突き上げたという、ごく単純な描写だった。


 鹿児島に二宮金次郎の熱狂的な支持集団のようなものがあったふうに書かれているのだが、現地調査でもしなければ実態はわからないのかもしれない。


 ついでにいうと、錦木和歌子が借りている家を「錦木の宿」と書いてあるのも、能の『錦木』をふまえていると思われるので、「錦木の家」という言い換えはできなかった。




VI


 雑司ヶ谷から彼岸花を摘んで帰った和歌子が一寸法師を初めて見たのは「甲武線の彼處(あそこ)」と書かれているのだが、甲武線とは現在のJR中央線の御茶ノ水―八王子間にあたる路線だったようなので池袋を通過するはずもなく、「あそこ」というのがどこなのかよくわからない。

 といっても現在の青梅線や西武鉄道の一部も甲武鉄道に属していたようだし、そもそもWikipedia によると「1906年 [明治39年] の鉄道国有法制定によって甲武鉄道が国有化」されたとあるので、かつて甲武鉄道に属していた各路線が、慣習的に甲武線と呼ばれていたのかもしれない、などと思うとさらにわからなくなる。


 本文に書かれた雑司ヶ谷からの帰路をたどると、

 (雑司ヶ谷)…→?→池袋≒甲武線の彼処(あそこ)→新宿→目黒…(霞町)

 ということになるので、「…」の部分は徒歩で移動して、池袋が途中駅にある甲武線と呼ばれていた電車が池袋を通過するあたりが「あそこ」なのだろうか?


 鏡花には鉄道マニア的な一面もあって、『高野聖』では、執筆時点ではまだ開通していなかった東海道線と北陸線の直通列車に語り手が乗車していることになっている。

 当時は鉄道・路面電車の運営元・路線・駅の統廃合が現在進行形でさかんに行われていたようなので、この小説内の鉄道事情も、執筆時点から読者が目にするまでのタイムラグを考えて、経路を曖昧にする必要が生じた……という可能性まで考えると、ますますわからない。


 電車内で隣の席に座った、一寸法師の以前の "飼い主" だったらしき年増女がそう見えたという、「古女房のおわんわん」というのもさっぱりわからない。

 そういう、見世物小屋に登場するキャラクターだか役目だかを振られた「古女房のおわんわん」と呼ばれる人たちがいたのだろう、という程度に推察するしかなかった。

 ちなみになぜ、一寸法師の "飼い主" などと言ったかといえば、飼い犬につける手綱のような、輪っかにした持ち手のついた紐が一寸法師に結ばれているという記述が第五章にあるからで、べつに一寸法師に対する悪気があったわけではない。


 また、章の真ん中あたりには、

「不出來しな上野の銅像も、椋鳥のためには、照降の天氣豫報に成るのである。」

 という一文があるのだが、「椋鳥」というのは出稼ぎ労働者を指すのだとして、「不出來しな上野の銅像」というのは、西郷隆盛像のことなのだろうか? だとしてもそれが、出稼ぎ労働者の先行きを示すどんな役にたったのだろうか?

 さっぱりわからないのだが、当時の流行り唄の歌詞か、時事的なニュースに引っかけた表現なのかもしれない。

(後記。「椋鳥と人に呼ばるる寒さかな」(小林一茶)と詠まれるように、「椋鳥」は江戸時代に季節労働者を指していたことばであるが、後日、鏡花の『星の歌舞伎』(大正4年作)を読んだところ、椋鳥が「夏の半ばから凡そ幾千と云ふ数で銀杏に集つて居る」という記述があった。やはり椋鳥は鳥の椋鳥で、当時、上野近辺に群集したそれが、なんらかの話題になっていたのかもしれない。)




VII


 与四郎の話に引きこまれた花政が、

「此處の合方は、一條戻橋などと云ふのが可からう」

 と言うのは、歌舞伎舞踊『戻橋』で太棹の大薩摩が出て怪奇ムードを盛り上げる演出のことで、この演目は今もときおり歌舞伎座でかかるし、小泉文夫記念資料室のチャンネルでも見ることができる。

https://www.youtube.com/watch?v=BR8h8QMciQ4


 第三章で与四郎が地下の花蔵から初登場する場面も、怪談ものでスッポンから妖怪がドロドロとせり上がる演出仕立てになっていて面白い。




VIII


 与四郎から、和歌子が一寸法師の頭に枇杷の葉を載せたという話を聞いた花政が、


「かつばの皿へ枇杷の葉を……鮹だと即死だぜ」


 と茶々を入れる。河童の頭にタコを載せると死んでしまうという話は知らない。ただ、河鍋暁斎が明治の初めに描いた錦絵で、河童とタコの戦争を題材にしたものがあるくらいだから、タコは河童の天敵のように思われていたのだろうか。

 続く花政と与四郎の会話のなかで、


「然もあらう、天の然らしむる處だな。いづれか鬼のすみかなるべき、とあるわい。……大目玉を食つたか。」

「否、畠山さん、」

「知つてる巡査か。」

「重忠樣です。」

「怯かすない、此の野郎(中略)以前、權十郎と云ふ役處だ。成程な。」


 という花政と与四郎の会話は、一読して何のことを言っているのかさえわからないなのだが、畠山重忠という名前から、浄瑠璃や歌舞伎の『壇浦兜軍記』阿古屋の段(通称「阿古屋琴責」)を思いだしたり、当時の名優九代目市川團十郎が河原崎権十郎を名乗っていたころは、空威張りの大根役者だと悪口を言われていたエピソードを調べたりして、パズルのように解いていくと、ようやく理解できる。

 手がかりになることばすら見つからないこともあるのだけれど、さいわい古典芸能に関しては、現在の常識とそんなにズレはない。




IX


 ……と、上に書いたばかりなのだが、この章の後半で花政が言う、


「朝顔日記宿屋の段さね、大井川の縁で、天を仰いでハツタと來る、と牡蠣の剥身をどろりだよ、お前さん、聞いても恐れる。」


 という、「牡蠣の剥身をどろり」という言いかたはよくわからない。

 天をハッタと仰いだ次の場面でカキがでてくるわけでもないので、江戸っ子の花政としては、大仰でドロドロなメロドラマに辟易してしまう、という程度の意味なのだろうか。

 そもそも『朝顔日記』で天をハッタと仰ぐのは、「宿屋の段」ではなくて「大井川の段」である。


 酒屋の越中屋長助は、過剰にかしこまった難しいことばで話すのだが、むしろそちらのほうがわかりやすくて、現代語訳をする必要もないくらいだ。

 筋道立てて話す人の会話を書けば、難しい言葉づかいでもすんなり理解できる文章になるのだから、鏡花の「江戸ぶり」は、ことばが古いからわからないのではなくて、植物の蔓がからみあうようなレトリックを引き出すためにことばのもつイメージを限界まで拡張させる手段として使われているからわかりにくい、ということがある。




X


 章末尾部で花政が、死んだ長女のことを述懐する独白部分。


「手前は目蓮のいろでも持つて惚氣だかも知らねえが」


 とあるのだが、釈迦の弟子の目連尊者はお盆の風習のもとになった人物だから彼岸花が連想されるのか、あるいは目連に関連して彼岸花を供える風習が実際にあるのか、わからない。

 さらに「目蓮のいろ」となると、目連を恋人のように慕っていたのか、あるいは目連信者の恋人がいたのか、そもそも目連信者などという人たちがいたのか、さらにわからない。




XI


 按摩の久松市のセリフに、


「秋刀魚のあとを丸八の黄袋で齒を磨くのも惡くねえよ」


 というのがあるのだが、「丸八の黄袋」というのは、当時は有名だった歯磨き粉だかのことを指すのだろうか。




XII


 和歌子が気絶した久松市に財布を投げつける場面。


「ドンと投げたのが、土性骨に當つたので」


 とあるのだが、土性骨は身体の具体的な部位としては背骨のことなので、仰向けになったカブトムシのような状態で気絶していたと書かれている久松にどう投げつけても背骨に当たるはずがない。

 土性骨を精神や根性のような意味で使って、それが集中するチャクラのような部分をイメージ的に指したのかもしれない。それに当たれば悶絶するような場所で、かつ骨がある部分なのだとすると、財布は按摩のみぞおちに当たったのではないか。




XIII


 冒頭部分が、視座も時間も混乱して、とてもわかりにくい。


「①遠灯を届かすべく、燭を取つて、袖を背へ引くと大屋根の瓦が縦に一百枚、もとに映つた黒髪の偉な影が、林を倒すが如く枇杷の梢を壓して、②女の顔が、衣紋を半ば、美しく凄き白蝋の面の如く垣根を越した。

③「きやツ。」とばかり、門番の爺やが此の姿に早腰を拔いたのである。

 ④これより前、魔法の猿が槇原の屋根を這廻つて、破風の引窓を捜し當つるや、中へ木兎を放つと齊しく、ぬつと突立つたと思ふと、ちよろ/\と甍の波を渡返して今度は荒い、ぐわさ/\と、枇杷の樹をもとへ戻つた」


 映画の場面だとすると、

 ①では、目の見えない和歌子に代わって、作者のカメラが和歌子の後ろ姿ナメからはじまるクレーン撮影をしている。

 ②は①の切り返しショットで、槙ヶ原の屋敷の側から、和歌子の顔が垣根を越える様子を映したティルト撮影。

 ③は②から十五、六分後に、槙ヶ原側から和歌子の姿を見て驚くという予告ショット。そのとき爺やが見た和歌子の姿は、時系列的に②の姿ではないので、映画としてであればまったくショットがつながっていない。

 ④は②から連続して、屋根を移動する与四郎の姿をとらえた、いくつかのショットから構成されるシークエンスで、これがワンショット・ワンシークエンスだったら凄いなと思わせる場面。


 こんな複雑な語りが、手がかりの少ない記述で圧縮されて書かれている。②の切り返しはともかく、③の空振り予告ショットは、さすがにやり過ぎな気がする。




XIV


 章頭ちかく、和歌子は境木敏夫を、


「自動電話で呼出した」


 と書いてある。

 NTTの「電話機のあゆみ」というページを見ると、初めて自動式電話(交換手を介さずに通話ができる電話)が設置されたのは、震災後の大正15年のことだと書かれている。

『幻の絵馬』は大正6年(1917年)の作なので、公式に設置される以前から使える場所があったのか、それとも鏡花がヒロインにまもなく実現可能な最新技術を使わせてみたのか、どちらなのかわからない。

 最新テクノロジーに対する鏡花の関心はどうだったのか、よくは知らないが、本作でわざわざ自動電話などと書いたり、『山海評判記』ではカーチェイスを描いたり、実生活でも列車の最新設備を見て喜んだりしているようなので、意外と興味津々だったのかもしれない。

 1910年代のテクノロジーは、なんとなく想像しているよりもずっと進んでいて、大正3年(1914年)には、本作でも言及されている三越百貨店にエスカレーターが設置されているし、海の向こうではプルーストが、テアトロフォン(電話回線を使ったライブ・ストリーミング中継)でパリ・オペラ座の『ペリアスとメリザンド』再演(1911年)を聴いている。

 連想するイメージを際限なく書き足して文を複雑化させていく鏡花の文章は、「江戸ぶり」を解除して現代化してみると、同世代人であるプルーストの書き方と意外にも似ていることがある。


追記。その後、『日本橋』五でも自動電話ということばを見つけて、市川崑の映画『日本橋』でも再現されているのを観たが、「自動式電話」というわけではなく、公衆電話のこととして使われている。今でいう電話ボックスのことで、上は、自動電話と自動式電話を取り違えていた記述でした。

https://www.taitocity.net/zaidan/shitamachi/kannai/collection/tel/




XV


 吉岡展が閉じこもっていた部屋がそう呼ばれている「張出し」というのは、ベランダやバルコニーのような意味だと思っていたのだが、この張出しは「椅子卓子を取拂つた學校の教場」のようだと書かれていて、実際にどういうものが張出しと呼ばれていたのか、逆にわからなくなった。




XVI


 和歌子が敏夫のことを、


「髪は長いし、頤は長いし、日は短し……」


 と評するところに「日は短し」という句が唐突に挟まっているのは、たぶん当時、「××は長し、日は短し」といったフレーズが流行っていたのではないかな、と想像するのだけれど、具体的にはわからない。

 あるいは「一年は短しされど日は長し」といったような川柳が日常的に口にされていて、その逆を言って口拍子を合わせたのか。


 和歌子が言っている、


「一寸、お姫樣でせう。たゞし足袋だけに下つてゐる」


 という洒落も、なんとなく言わんとすることがわかるという程度にしかわかっていない。




XVII


 和歌子が一寸法師に連れられて降りた穴の底で、牡三毛猫がかぶっているのは「釜底帽子の青いの」とある。「釜底帽子」とは、山高帽などを総称する「釜形帽」の言い換えだと思ったが、浅田祥次郎『日本橋』注解によると、山高帽のかたちの崩れたものを、鏡花はおどけてそう呼んでいるらしい。山高帽というものの経年変化がわからないこともあって、ニュアンスがつかみにくい。


 フロイトは、夢は前日に見聞きした記憶の断片を組み合わせた要素で構成されるといったことを書いているが、この章で和歌子が経験する悪夢(?)もまさにそのように構成されていて、鏡花の小説は、フロイト心理学を咀嚼したシュールレアリスムを先取りしている感すらある。




XVIII


 ということで、補注のようなものとしては、鏡花の小説の通例として、分量としてちょうど真ん中あたりに構成的な頂点が置かれていて、そこまでたどりつくのが一苦労なのだけれど、後半は一気呵成が加速していくから、最後のあたりは難解な箇所もしりすぼみに少なくなっていく。


 訳文としては、差別用語は固有名詞的な呼称として使われているものを除いて、今と当時のインパクトの違いを考えると、極力排除することになったのだが、相手を罵倒したり恐怖したりしている意味で使われている場合だけはあえて残した。

 同時代の、しかも都会を舞台にした鏡花の小説なのだから、モダンな側面を強調したいと思って現代語訳のことばを選んだので、鏡花の江戸趣味を冒涜する愚をあえておかして、章題もローマ数字に変えてみたのだけれど、江戸川乱歩を読むくらいにはひっかからずに読める、という程度に思っていただければ幸いです。



本篇の解釈篇として、別稿「なぞとき『幻の絵馬』」をアップしています。

https://ncode.syosetu.com/n0117il/

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