兄ちゃん、いなくなった……
「猛? 猛ぅーっ?」
なんで手なんかふってるんだよ?
兄ちゃん。
ふもとの街までいっしょに行くって言ったじゃないか。
僕の叫びも虚しく、神殿にたどりついたとき、そこに猛の姿はなかった。
一人だけ魔法の効果範囲を離れたのだ。
「なんでだよ。兄ちゃん。ずっといっしょに旅すればいいじゃないか。バカー! 猛の人でなしィー!」と言ったところで、あたりにはもう兄はいない。
僕はふくれっつらであきらめた。
まったく、ワガママな兄ちゃんだなぁ。
なんか、ここに来てから猛のようすが変なんだよなぁ。
それにしても、神殿のなかがさわがしくないか?
「なんかあったのかな?」
「そんな感じですね」
僕らは全員で神殿のなかへ入っていった。スズランちゃんと安藤くんは、まだNPCだ。ステータスも見れない。なので、行動は僕らの命令がきかない。
神殿に入ると、いきなりスズランが走った。スカートのすそがヒラリ。やっぱり女の子がいるといいね。それだけで目の保養。
「ただいま帰りました。みなさん、ご心配をかけてごめんなさい。このかたたちが助けてくれたんですよ。ところで、どうしかしましたか?」
右往左往してた神官たちがよってきた。
「よかった! スズランさま。よくぞご無事で。じつは、ついさきほどから、マリーさまの容態が思わしくなく……」
えーと、僕のムダにいい記憶力をバカにしないでよ?
マリーさまというのは、たしか、スズランちゃんの師匠にあたる、前任の祈りの巫女だ。病気でふせっているという話だった。そうか。容態が急変したのか。
「お師匠さまが? それは大変です」
スズランが走っていく。
あっ、さっきは人が前に立っていて、どうしても行けなかった扉の奥だ。
その奥はマリーさんの寝室になっていた。病気がだいぶ悪いらしい。いや、高齢だから、とくべつな病気というよりは年齢的なものかもしれない。
「お師匠さま!」
「おお……スズラン。よくぞ戻ってまいりました。これで安心して、あなたにあとを託せます」
「イヤです! そんなこと言わないでください!」
スズランちゃん。優しいなぁ。いい子だ。やっぱり、あのツンデレは僕の気のせいだ。
が、そのとき、マリーさんの首がカクッと落ちる。
えっ? ま、まさか、死んじゃったんじゃ?
*
僕が息をのんで見守っていると、神官の一人が言った。
「マリーさまはお眠りになられました。容態が少し落ちついています。スズランさんが戻られてご安心なされたようです」
なんだ。生きてた。ギョッとさせないでよぉ。
まあ、よかった。
でも、このままじゃ時間の問題だなぁ。
そう思っていると、すっくと立ちあがり、スズランが宣言する。
「わたし、フェニックスの羽を見つけてきます。どんな病も治し、寿命を十年のばすと言われる伝説の鳥の羽を」
また、やっかいなことを言いだしたなぁ。これは、とりに行かないといけなくなるぞ。絶対に!
僕の思ったとおりだ。
蘭さんが言いだした。
「それは、どこへ行けば手に入るの?」
「聖女の塔よりさらに東に断崖絶壁があるんです。その崖に朝焼けのころに立つと、どこからともなくそれは美しい火の鳥が現れると言います。それが不死鳥です」
「わかった。僕らが行くよ」
「でも、お兄さま……」
「任せて。君はここで、お師匠さまのそばについててあげるといい。アンドー、君が僕の妹を守ってくれ」
「わかりました」と、安藤くんもすっかり、その気。
僕とシャケには確認しないのか。
まあ、行くんだけどね。
じゃないと転職できないし。
「わかったよ。行こう。でも、ちょっと休憩してもいい? MPを回復させないと」
「そうですね」
「それに、朝焼けのころに崖に立つんだよね? 今からじゃ、何時間も待つよ?」
「そうですね。じゃあ、夜明けにまにあうように、夜中に出発しましょうか」
ん? 夜中?
夜中はオバケがうごめく時間帯なんですけどぉ……。
スズランちゃんの手前、それを言うことはできなかった。