人さらいA
素早さ特化モンスター。
いや、魔物じゃないから、モンスターじゃないのか。エネミー。そう。正しくはエネミー。
これまで相手にしてきたのは、力技だったり、毒攻撃だったり、仲間を呼んで大きくなったりはしたものの、素早さは普通だった。
素早さにおいて、蘭さんに叶う相手はいなかった。
でも、今回の敵はとにかく速い。
Aが呪文を唱えるや否や、Bが刀身の短い短剣で切りつけてきた。両手に一本ずつ短剣を持って、二回攻撃だ。
僕はあわてて逃げようとして、鉄の盾を前につきだしたまま尻もちをつく。
イテテ。カッコ悪い。
でも、そのおかげで、ぐうぜん、敵の攻撃をよける形になった。ジャリン、ジャリンと、鉄の盾の表面を刃がなでる。
敵はチッと舌打ちをついて、とびのく。
蘭さんが素早いおかげで、敵も二回行動までしかできないようだ。
次は僕らの番だ。
このゲーム、ターン制で、ほんとよかった。じゃないと、これがリアルな戦闘なら、僕はさっきのあいだに追い打ちをかけられて、あっけなく喉をひと突きされてる。
蘭さんの番だ。
「みんな、がんばろ〜」
うん。僕、がんばる。
なんで顔がニヤけちゃうのかなぁ。
そして、ドラゴンテイルが鳴った!
蘭さんと敵の素早さは行動回数から言って互角だ。
敵もかわすことができずに、ビシリと鞭の洗礼をくらう。
そのときだ。
ちなみに鞭のえじきになったのは、人さらいAだったんだけどさ。
蘭さんの鞭が当たった瞬間、人さらいAの顔を覆う黒い覆面みたいなのが外れた。
僕は思わず、「ああーッ!」と大きな声をあげてしまった。
それは、知っている人だったのだ。
*
「安藤くんッ? 安藤くんじゃん! 何してんのっ? なんで、人さらいなんかしてるの?」
そう。それは、またもや僕の小説のなかの登場人物であり、脇役の安藤くんだ。奥出雲で実家の農業を手伝ってる朴訥な青年だ。ちなみにその村の松潤との呼び名を持っている(僕がつけた)イケメンだ。
興味があるなら、『東堂兄弟の探偵録 出雲御子編〜第一話 不自然なトカゲ〜』を読んでほしい。いや、宣伝ではない。宣伝ではないが、オカルトミステリーだ。
そうか。人さらいAの“A”は安藤のAだったのか。
「知りあいですか? かーくん」
「うん。僕の友達。ほんとは心優しい青年なんだよぉ。悪いことなんてできる人じゃないのに」
「じゃあ、説得できるかも。次の僕のターンまで待ってください。なんとか一ターンしのいで」
「わかった」
なんだか、安藤くんの目つきが邪悪だ。安藤くんらしくない。
そうだよな。ふだんの安藤くんなら女の子に手なんてあげないし。
三村くんのブーメランは、またもやハズレ。サッ、サッとかわされた。
彼ら、さっきのターンで素早さ上がっちゃってるからねぇ。
順番から言って、次は僕の番だ。
僕は破魔の剣をふりかざそうとした。
けど、できない。
何かが僕の行動をとどめている。
変だな。
すると、ぽよちゃんがギュッと目をとじた。
あれ? なんで? ぽよちゃん、僕のあとだよね?
ステータスを見ると、ぽよちゃん、いつのまにかレベル13まで上がってる。
仲間モンスターはそういえば、仲間になるとレベルが1に戻るんだよな。
ぽよちゃん、仲間になってすぐに死んじゃったから、初期ステータスを確認してなかった。
あらためて見なおすと、
HP63、MP25、力20、体力15、知力30、素早さ50、器用さ40、幸運60。
マジック
巻きで行こう〜(>_<)
得意技
ためる
はねる
聞き耳
ウサギっぽい得意技だなぁ。
得意技はまだ、ためるしか使えない。
ん? この目をギュッと閉じた顔文字……もしや?
巻きで行こうって、さっき安藤くんが使った素早さを上げるやつじゃないか。
「ぽよちゃん、さっき呪文使った?」
「キュイ」
「やっぱりそうか。えらいぞ」
ぽよちゃんは力をためられるだけじゃないんだ。魔法で素早くなることができる。
いや、なにげに気づいたんだけど、ぽよちゃん、もう僕の素早さをぬいてる。ウサギだからな。素早さの数値に特化してるんだ。
これまではレベルが低いから僕より順番遅かっただけか。そういえば、さっきレベルアップしてた。あのとき、ぬかれたんだな。
じゃあ、これからは僕がターンのトリなのか。なんか、さみしい。
とにかく、僕の順番だ。
「破魔の剣〜」
小さい炎のあと、人さらいBが襲いかかってきた!