ふみだしてみる
「じゃあ、行くよ?」
「……ほんに行くで?」
「い、行こうよ」
「キュイ……」
「ぽよちゃんは僕が抱っこするから!」
「キュイ!」
僕らは千尋の谷へと怒涛のごとく流れこむ白滝へと、身をなげだした。
きっと、なんとかなる!
今までだって、なんとかなったんだから。
それがゲーム上必要不可欠なストーリー進行なら、嘘のような奇跡が起こるもんだ——と、信じて。
楽天家による集団自殺のつどいと化したナイアガラ強行突破作戦!
ずいぶん長いこと風を切ってる気がするけど、いつまでたっても着水しない。顔にかかるしぶきを感じながら、さすがにこのままじゃ、ほんとに死んじゃうんじゃないか、と僕は不安にさいなまれた。
死ぬ? 死ぬよね?
この高さから水面に叩きつけられたら、衝撃で首の骨折るよね? てか、全身骨折? 内臓破裂?
んん……やっぱりやめとけばよかったかな。まだ死にたくないな……。
水しぶきのあげる雲のなかに突入した。このさきは上からも見えなかった。どうなってるんだろう? 滝つぼがすごい岩場だったりしたらイヤだなぁ……。
早く奇跡が起こってくれないと、なんかさっきから失神しそうなんだけど。
うーん、この落下感。
苦手だぁ。
——と、背後からチッと舌打ちが聞こえた。
なんだ? 今の。幻聴か?
ごうごうって滝の音のせいで聞きとりにくいけど、何かがこっちに迫ってるような?
ビュービューと風がうなる。
僕の体の落下速度が重力を受けて早まってるだけなのかな?
んん? やっぱり違う。
僕以外の何かが風を切る音だ。
すると、とつぜん、誰かが僕をつかんだ。
僕がチラリとそっちを見ると、難しい顔をした猛だった。この前のときと同じ黒いマントを着てる。
ああ、猛だー。兄ちゃんが助けにきてくれたんだー。
でも、じゃあ、アレはなんなんだろ?
猛の背中に生えた、コウモリみたいな黒い羽は?
*
それはハングライダーで空中を垂直降下するのに近かった。
それでも、おかげで、どうにかこうにか、ふわふわと風に乗って、僕は無事に滝つぼよこの岩棚に舞いおりた。
思ってたのと違うけど、いちおう奇跡は起きた。
「猛! ありがとう」
「……ありがとうじゃないだろ? 兄ちゃんが来なかったら死んでたんだからな?」
「そうだけど、来てくれたじゃん。あッ!」
「なんだよ?」
僕は兄の顔を間近で見て、とうとつに気づいた。
「もしかして、キャラバンが夜営地にいたとき、ピエロに化けて僕のこと見逃してくれた?」
「ああ。そうだよ。可愛い弟がムチャばっかりするから、兄ちゃんは苦労するなぁ」
「その羽、なんなの?」
「知らないよ。こっちの世界に来たら生えてたんだ」
またまた僕は気づいた。
「あッ! ララバイのときの猛なんだ。僕が小説のなかで、兄ちゃんに羽がある設定にしたから。ウィルスの突然変異で生えたんだぁ」
「おまえのせいか!」
「はい。おまえのせいです」
「まあ、羽は便利だからいいけどさぁ。滝からとびおりるとか、もうするんじゃないぞ? わかったら、兄ちゃんに約束しろ」
「へーい」
猛はブツブツ言いながら、その羽をひろげて去っていこうとした。
「ちょっと待った!」
僕はあわてて、猛のマントをつかむ。
「ねぇ、兄ちゃん。兄ちゃんが裏切りのユダだって、ほんと?」
「…………」
猛は困った顔して、僕を見る。
「ねえねえ、ほんとなの? シルキー城を襲ったの? 見たって人がいるんだけど」
猛はため息をついた。
「……バレたか」
「ええーッ! じゃあ、ほんとに猛がユダなの? ユダなの? 北斗〇拳のユダはキモかったよー!」
「兄ちゃんだって、好きでやってるわけじゃないよ。この世界に来たら、変な城のなかで、みんながユダ、ユダって呼ぶからさ」
「ええー! なんだよ、それー! 僕といっしょで、ただの旅人でよかっただろー?」
「だから、おれが決めたことじゃないんだよ」
「だからって、お城に攻めこんだりしなくてもいいじゃん!」
「しょうがなかったんだよ。やらないと、おれが殺されるし。いちおう、人が死なないように細心の注意をはらったんだぞ。ところで、今、おまえ、ただの旅人って言ったな?」
「う、うん?」
「おまえが勇者じゃないんだな?」
あッ。しまった。口がすべった。
「えーと……なんのこと?」
「てことは、あのときいっしょにいた、蘭か鮭児ってことか」
「ダメダメ! 友達なんだからね!」
抗議する僕を見て、猛は笑った。
「大丈夫だよ。兄ちゃんは裏切りのユダだけど、心まで魔王軍に置いてるわけじゃない」
「そうなの?」
「だって、ちゃんと勇者が勝って、この世界に平和がとりもどされないと、おれたち自分の世界に帰れないだろ?」
「うん。そうだね」
「兄ちゃんが魔王軍の幹部なのは利用できる。もうしばらく、向こうでスパイ活動しとくよ」
「う、うん……気をつけてね。兄ちゃん」
「心配すんなって。兄ちゃんは強いんだからな。かーくんこそ、ムチャばっかりやって、途中でリタイアするんじゃないぞ?」
猛は手をふって飛びさっていった。
ああ、よかった。兄ちゃんが悪い魔物じゃなくて。
けど、次はいつ会えるのかなぁ?
ぐすん……。