ナッツとのお別れ。また会う日まで
翌朝。
僕らはまだ早朝のうちに目をさました。鳥の声がさわがしいほどに響く。
おだやかなノームの村。
次にここへ来るときは、僕らはひとまわりも、ふたまわりも大きくなっているだろう。いや、コビット王の剣でプチッとやってもらえば大きくなるんだけどさ。そういう意味じゃなくて。
「ナッツ。元気でね。装備品はあげるよ。がんばって訓練して」
「ありがとう! 兄ちゃん。気前いい!」
「村に何かあったときは、みんなを守れるようにね。装備品がないと困るだろ?」
「うん」
僕はオマケで、昨日買った精霊石の一つをナッツにプレゼントした。回復魔法が入ってるから、きっとナッツの訓練の役に立ってくれるはずだ。
「じゃあ、長老。ありがとうございました。平原のバケモノは約束どおり、僕たちが倒しますからね」
「だばだば。よろしくだば」
「気をつけて行くさぼ〜」
長老の家族やナッツに見送られて、僕らはノーム村を発った。
村を出たところで、クピピコにコビット王の剣で刺してくれるよう頼む。
「そっとやってよ? ほんとに、そっとだよ?」
「いさい承知でござる」
「あっ、その前に何か話しときたいことあったら言ってよ? 大きくなったら、また言葉が通じなくなるから」
「ふむ。では、これだけ言わせてもらおう」
「何?」
「拙者のコビット語が標準語でござる。ノームはちと訛っておるな」
「そ、そうだね」
そこ、気になってたんだね。
僕らは順番に、コビット王の剣でつついてもらった。チクンとした痛みとともに、体が大きくなっていく。
「ああ、戻ったぁー。ニ〇スの冒険みたいで楽しかったけど、ずっとだと困るよね」
「ナッツは小さいまんまで大丈夫だらか?」
「悪い魔法じゃないから平気なんじゃないかな」
「そげか」
「クピピ、コピコ。ピコ」
あっ、やっぱりまたわからなくなった。コビット語。
「じゃあ、クピピコは、ぽよちゃんに乗っててね。出発しよう。今日中に文明圏に帰れますように!」
おとぎ話の世界のようだったノームの村を、僕らはあとにした。
*
滝への道すじは、前もって長老から聞いていた。
南の平原をまっすぐつっきっていくと、やがて大河に行きつく。その川ぞいに下流へ向かうと、巨大な滝が、ごうごうと音を立てて流れているという。
「滝に飛びこむのかぁ。生きて帰れるかなぁ?」
「そこは、なんとかなぁと信じるしかないだない?」
「まあ、そうなんだけど」
ノーム村をかこむ森をぬけると、たしかに平原になっていた。野の花が何種類も群れ咲いていて、心がなごむ。高原の春って感じ。ぽよちゃんが幸せそうに白い花をむしゃむしゃした。遠くのほうでもウサギが遊んでる。
あれ?
「あのウサギ、大きいよね……平原のバケモノかな?」
「バケモノっていうには、こまいがね」
「んーと、ぽよちゃんくらい」
「うん。ぽよちゃん……」
野生の黒ぽよが現れた!
野生の茶ぽよが現れた!
ああー! モンスターだった。
ぽよぽよかぁー。
ぽよぽよって始まりの街付近以外にもいるんだ。
僕らは戦闘態勢に入る。
でも、なんだろう。
黒いぽよぽよと茶色いぽよぽよが、とつぜん、あちこちに跳ねだした。
ピョコピョコピョコピョコ。ピョココピョコ。
せわしないなぁ。
「ぽよちゃん。聞き耳してくれる?」
「……キュイ」
ハッ! ぽよちゃんが仲間を見る目で、ぽよぽよたちを見てる。そうだよね。ぽよちゃんにとっては仲間だよね。
ああッ! ぽよちゃんが跳ねた。
急にピョコピョコしだしたぞ。
黒ぽよたちのマネしてるのか?
どどど、どうしよう。このまま、ぽよちゃんが野生に帰ってしまったら……?
「キュイ!」
「キュキュキュ」
「キュイ、キュイ!」
何やら鳴きさわぐ三匹。
そうかぁ。ぽよちゃん語もわかってなかったかぁ。会話してるふうだけど理解できない。
「キュキュキュイ、キュイ?」
「キュキュウ……」
「キュウ……」
チャチャチャン、チャチャチャン、チャチャチャンチャ……。
ん? 戦闘音楽が消えた?
野生の黒ぽよは逃げだした。
野生の茶ぽよは逃げだした。
ぽよちゃんが、はねるを使えるようになった!
うーん。何が起こったのか?
なぜか戦わなくてよくなったぞ。
見送るぽよちゃんの誇らしそうな顔。
やっぱり、あのピョコピョコが関係してるのか?
「なんだったんだろう……?」
「ぽよぽよは、もともと群れで暮らすモンスターだけん、ケンカをさけるためのルールみたいなもんがあるだない? 野生動物がツノや体の大きさでマウントとったり、踊りや鳴き声で優劣つけるようなもんでしょう」
「そげか」
ハッ! 今、ぼ、僕、出雲弁しゃべってた。このままでは僕もいつか、アンドーくんに! あな、恐ろしや……。
「じゃあ、ぽよちゃんがナワバリ争いに勝ったってことか」
「ピュイ〜」
僕らは平原を進んでいくのだった。