奇跡よ、起これ!
ゴーレムの姿は、いつまでもゴーレムのままだった。何分待っても、人に戻るようすはない。
「なんで? なんでだよ? 兄ちゃん! 母ちゃん、もとに戻るんじゃなかったのか!」
僕はうろたえた。
なんでなのか、僕自身にもわからない。
ためらいがちに、アンドーくんが言った。
「もしかして、ナッツのお母さんはモンスターになっとった期間が長すぎたけんだない? サンディアナのときは、みんな、さらわれてから二、三ヶ月の人やつみたいだった」
そうか。モンスターに化身してる期間が長くなると、それほどモンスターの姿が定着してしまうのか。
「そんなッ! じゃあ、もう、母ちゃんは人間に戻れないの?」
ナッツの両眼からボロボロと涙がこぼれおちてくる。
「ちょっと待って!」
僕はスマホをとりだした。
子どもを泣かしといて、このままになんてできない。こんなときこそ、チート能力だ。ここで役立てないなら、なんのための力なんだ?
僕はゴーレム戦のいきさつを小説に書いた。
ゴーレムが倒れたあと、その姿はすぐさま人間に戻った。フェニックスの灰をふりかけると、ナッツのお母さんがまぶたをひらき、起きあがってきた——と、打ちこもうとした。
だが、そこでスマホの画面にエラーメッセージが浮かびあがる。
小説を書くのランクが低いため、書きこめない内容があります。
くそッ! なんでだ! なんで肝心なときに役に立たないんだよ!
僕のバカ! バカ、バカ、バカッ!
悔し涙があふれてくる。
僕の能力では、モンスターを生き返らせることや、ステータスに細工することはできるけど、人間の命を左右することはできないんだ。
ナッツが声をあげて泣き叫ぶ。
僕はただ、何度も「ごめん。ごめん」とくりかえすことしかできなかった。
そのうち、アンドーくんが言いだした。
「……ずっとここにはおれんよ。かわいそうだけど、ここを出ぇか」
そう。ここはダンジョンのなかで、危険なモンスターもいる。癒しの泉もないから、永遠に戦い続けることができるわけじゃない。
ナッツはそれでも十分以上、泣いていた。でも、やがて決心したように、木の実の首飾りを僕の手からとりもどした。ゴーレムの巨大な手の平に、そっと置く。
——と、どうだろう。
奇跡が起こった!
ゴーレムの姿がゆっくりと白くかすみ、そのなかから人の姿が現れてくる。ナッツによく似たソバカスのある髪の長い女の人だ。見た感じはゴーレムになりそうな体格ではない。むしろ、きゃしゃなくらい。変身するモンスターの姿は当人の魂の形らしいから、こう見えて豪快な女性に違いない。
「母ちゃん!」
きっと、想いの強さが僕のスキル能力を超えていたんだ。
ナッツの想い。お母さんの想い。
さっきとは違うあったかい涙が浮かんでくるのを、僕は感じていた。