二話 校内見学
「ねえ……」
満が衝撃的な転校生に声を掛けたのは、その日の放課後になってからだった。
「よ、よう。昨日ぶりだな……」
気まずそうな表情で、浹は応える。
その次に満が口を開くまで、少し間があった。目の前にいるのは、昨日もう会うことはないと別れた人間だ。しかも、色々な意味で強烈な印象を持ってもいる。どうしても気になったので声を掛けたものの、この微妙な空気には発言を躊躇せざるを得なかった。
「やっぱり、よく似た別人とかじゃないんだよね」
「ああ」
「その……どうして?」
兎に角疑問は色々ある。それを解消しないことには、満はモヤモヤとした気持ちを抱えたままだろう。
「まあ、色々と事情がな。カンタンに言えば、父親の意向なんだ」
そういいつつ、浹の目線は一瞬満から離れて教室内を巡っていた。
満も少し周りを見てみると、教室内にはまだ何人か生徒が残っている。今の浹の発言は、ボカした言い方をしたものだったのだろう。
「とりあえず、一緒に帰りながら話す?」
そういうと、浹は首を縦に振らなかった。代わりに、バツが悪そうに頬を掻く。
「実は、そうしたいのは山々なんだけど、実はこの後学校でやることあってさ。ちょっと待てば他の人は帰ると思うから、それまで待って貰ってもいいか? 無理にとは言わないけれど」
「そのくらい、大丈夫だよ」
やることとは何だろうか。転入の手続きか何か、担任の先生とやるなどだろうか。
そんな本人に聞くまでもない疑問をぼんやり考えながら、満は教室が空になるのを待つ。
すると人が居なくなる前に、浹が口を開いた。
「にしても、案外声掛けるの遅かったな。すぐにでも質問攻めになると思ってた」
その言葉に、満は思わず苦笑いを浮かべる。
「本当はそうしたかったんだけど、休み時間の度に色々な人が話しかけてたでしょ? だから声掛けづらくって」
すると浹も苦笑し、なるほどと呟いた。実際、今日の浹は、一日中クラスの注目の的だったのだ。話題の性質上、満が声を掛ける難度は容易に想像がつく。
その後しばらくして、教室から人が居なくなった。数分前とは打って変わって、静かな空間である。遠くの方から、色々な部活の声が聞こえてくるのみ。
「さて、じゃあ本題に入ろうか」
浹は、姿勢を正して語りだした。
「昨日君に言った、妖怪だとバレたら陸には戻れないってのは、あの時は嘘でも間違いでもなかったんだ。でもそのあとに父さんと色々あってね」
「お父さんって、蛸の妖怪なんだっけ」
「そう。でも実はただの妖怪じゃなくて、簡単に言えば、この土地の妖怪の王様、みたいな……。つまり、この壺ヶ浦周辺の妖怪たちを治めてる妖怪なんだ」
それを聞き、満は何か納得がいったように手を打つ。
「やっぱりそうなんだ」
浹が予想していなかった反応だった。
「やっぱりって、どういうことだ?」
「ええと、実は僕郷土史みたいなのが好きで……。昨日浹くんと別れた後に、家にある本で伝承をちょっと調べたんだ。そしたら大蛸の妖怪と結婚した人の伝説があってね。で、その大蛸は結婚の見返りに、漁船を襲う妖怪を鎮めたって書かれてたんだ」
思わず浹は目を丸くする。満が語ったのは、確かに彼の両親の話だろう。しかしその話は、そう有名ではないというのが、彼や彼の父親の認識だった。そんな伝承を一晩で見つけ出す満は、恐らく相当に強力な情報源を持っているのだろう。
「よく調べたな。そんなに詳しいなんて全く思ってなかった」
満は少し照れたような表情を浮かべた。
そして浹は、話を続ける。
「まあ、そういうわけなんだけど、昨日の夜父さんにその日のことを話したら、条件付きでもう一度地上で生活をしていいってことになったんだ」
「昨日の口ぶりだと陸に行くのは相当厳しいことみたいだったけど、そんなにあっさりチャンスを貰えたんだ。その条件っていうのは?」
浹が満の問いに答えようとした時、突然教室の扉が開かれた。ガラガラという音に、浹と満は思わず肩を跳ねさせる。
「あれ、まだ残ってたのか」
音のした方向に目を向けると、そこには彼らの担任教師が立っていた。何かの用事をしに来たらしい。
「あ、陰地先生……」
満が呟くのとほとんど同時に、浹が一歩前に出る。
「実は学校のことについてとか、色々芦野くんに聞いてたんです。丁度これから校内を案内してもらうところで」
そう言うなり、満の手を引いて教室の外へと向かった。
「ちょ、ちょっと、校内の案内ってどういうこと?」
教室を出るなり、慌てた様子で満が尋ねる。
すると浹は、廊下に人の気配が無いことを確認し、口を開いた。
「実は、事情を話し終えた後にお願いしようと思ってたんだ。教室じゃ話の続きはできないから、案内ついでに話すってことでもいいか?」
その言葉に、満は少々違和感を覚える。今日の浹の様子を見る限り、誰にでも校内の案内をしてもらうことはできただろう。なにより、そういったことは昼休みにでもやってしまっているものだと、満は思っていた。
とはいえ、教室で話ができなくなってしまったのは事実である。一先ず満は、校舎案内を了承した。
――
「……ここが視聴覚室だね」
教室を出て数分後、二人は人気のない視聴覚室にやってきていた。
満の後に続いて浹も教室の中に入る。ここに来るまでに保健室や理科室などを回ってきていたが、どの部屋にもない埃臭さがあった。
黒板と、その手前に吊り下げ型のプロジェクタースクリーン。中央付近の天井にはプロジェクターが設置されている。椅子などは隅に寄せられており、何もない床が広く見えていた。そして壁面には、一面にVHSやDVDが並んでいる。
「随分寂れてるな」
「うん。昔は色々使ってたみたいだけど、今は映像を教室のモニターで見られるからね。もうじきタブレットを導入するとか言ってるから、そうしたらビデオやDVDもお払い箱かも」
「時代の流れってやつだな」
浹はぶらぶらと歩きながら、棚の中をぼんやりと眺めていった。
「ここなら、さっきの話の続きができるんじゃない?」
そんな浹に、満が提案する。
浹はごもっとも、と言わんばかりに動きを止め、満の傍に戻った。
「それもそうだな。どこまで話したっけ?」
「条件の話からじゃなかったかな」
「そうだった。地上に行ってもいい代わりに、妖怪の調査って条件を出されたんだ」
満は眉を顰める。
「調査?」
「ああ。なんでも、最近この地域の妖怪が妙な動きをしてることが多いらしいんだ。ほら、昨日君を襲った栄螺鬼もそう」
その名前を聞き、満は一瞬背筋を震わせた。
「あんなことが、他でも起きてるってこと?」
「その通り。それで、人とも普通に接せる俺が地上での異変を調べるのを条件に、地上に行くのを許してくれたんだ」
なるほど、と満は返す。しかしあまり実感の沸かない話だった。襲われたとはいえ、満にとって妖怪を認識したのはその一度だけである。水面下で起きている異変なのでわからない、ということなのだろう。
一方浹は、気まずい表情で頬を掻いた。
「まあ、今回は監視付きなんだけどな」
「監視?」
満が返した瞬間、浹の肩に妙なものが現れる。突如視界に飛び込んできた異物に、一瞬それが何かを認識できなかった。しかし直後、満はそれが何かを理解する。
浹の肩には、一匹の蛸が乗っていた。
「え、何それ……」
困惑している満が呟くと、その蛸は浹の肩から落ちるように降り、床から満を見上げる。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。ワダツミ様から親方様……浹様の監視を仰せつかっております、アズミと申します」
突如蛸から発せられた言葉に、満は思わず数歩後ずさった。
「ええと……」
「蛸の妖怪のアズミ、まあ俺の親父の使用人みたいな奴だよ。ワダツミってのは俺の親父の名前」
見かねた浹が、補足する。
「な……なるほど」
満の困惑を意に介していない様子で、アズミは言葉を続けた。
「芦野様のことは親方様から伺っています。昨日は親方様の一方的かつ非常に無礼極まりない思い違いから、面倒ごとに巻き込んでしまったこと、深くお詫び申し上げます」
「そんな言い方しなくてもいいだろ……」
アズミの言葉に、浹は顔を顰める。
するとアズミは身体を回転させ、浹を見上げた。
「いくら見慣れない人間と言えども、男女を見違えるなど普通はあり得ないものです」
そして浹の反応を待つことなく、身体を再び満へと向ける。
「親方様の正体と同様、ワタシの存在自体も人に知られてはなりません。そんな中で芦野様に姿を晒しているのは、一つお願いがあるからなのです」
「お願い?」
妙に礼儀正しいが、所々に毒がある蛸、アズミの存在を、満は受け入れるしかなかった。根本的な疑問を一々表に出さず、会話を続ける。
アズミは横長の瞳孔を持つ目を、真っすぐに満に向けていた。その視線だけでも、真剣な話だというのが伝わってくる。
「親方様の力になっていただきたいのです」
一体どういうことだろうか。満がその意図を考えている間に、アズミは言葉を続けた。
「ご存じの通り、親方様は正体を他の人に知られるわけにはいきません。その監視役としてワタシが居るのですが、ワタシも人前に姿を晒せない以上、親方様の浅薄な行動を制止することにも限界があります。そこで、芦野様にも親方様の行動を注視していただきたいのです」
「なるほど……」
その頼みは、自分に依頼するのが当然なものだと満は感じる。浹が正体を明かしてしまった人間は自分だけ。浹が学校生活を送りつつ、再び正体がバレる事態を防ぐためには、浹の正体を知っている人間のフォローが必要だろう。
「もちろん、四六時中親方様の傍に居て欲しいとは言いません。学校に居る間や行動を共にしている間だけで大丈夫です」
「まあ、それくらいなら、断る理由もないし、引き受けるよ」
満の返答に対し、アズミは恭しく礼を述べた。
「親方様の未熟さ故にこのような面倒を背負わせてしまうこと、改めてお詫び……」
「余計な話が多いんだよ」
浹が割って入る。そしてアズミの胴を雑に掴み上げ、自分の肩に乗せた。
「なんか、浹君に当たりキツイね……」
一連のやり取りに、満は思わず苦笑する。
それを聞き、浹は大げさにため息をついてみせた。
「親父が一番性格悪いのを寄越したんだ」
「そ、そっか……」
浹の言葉に、アズミは特に反応を示さない。そして満の前に姿を現したときとは逆に、ゆっくりと姿を消していった。
「あの、今アズミ……さん?は、どこかに消えてるの?」
「いえ、周囲の風景と同化しているだけです。今のように我々だけの場であれば、いつでも話しかけていただいて構いません」
先ほどまでアズミが居た虚空から、返答がある。
それを聞いて満は浹の肩周辺を凝視したが、何かが居る様子は一切わからなかった。
「妖怪がする擬態だから、こんなもんだよ。本気でやると、同じ妖怪でも気配すら気づけなかったりする」
「へえ」
改めて妖怪なる存在への異質性を感じつつ、満たちは視聴覚室を後にする。
――
「……最後は、資料室だね」
満と浹は校内を一周し、一階の端にある最後の部屋の前にやってきた。
「ここも、滅多に使われない場所なんだよね……」
そう言いつつ、満は扉に手を伸ばす。
次の瞬間、いきなり扉が内側から開かれた。
満は思わず肩を震わせ、一歩後ろに下がる。
扉を開いたのは、女子生徒だった。連れはおらず、一人で部屋に居たようだ。
その女子生徒の顔に、満は見覚えがあった。
「あれ、漆尾さん。なんでこんな所に?」
漆尾和霞という名の、満達のクラスメイトだ。
和霞も満達に驚き目を丸くしていたが、すぐに表情が素の状態になる。
「陰地先生に頼まれて」
彼女はそれだけ言うと、さっさとどこかへ行ってしまった。
資料室に行かせる用事とは、一体何だろうか。満はそんなことを考えながら、ふと浹に目を向けた。
浹は、何やら渋い表情をして、和霞が去った方向を見つめていた。
「どうしたの?」
満が尋ねると、浹はううむ、と言ったような声を発する。
「タイプじゃないんだよなあ」
そんな言葉を漏らした直後、満の視線に気づき表情を戻した。
「ああ、ごめん。中入ろうぜ」
その様子に、満は嫌な予感を覚える。とはいえ廊下で問い詰めるわけにもいかないので、浹が促す通りに資料室の中へ入った。
資料室は、主に社会科の教材となる色々な資料やモノが置かれている。本や何かの焼き物らしき大きな壺、地図、古い木製の農具のようなものなど、色々なものがあった。しかしそのすべてが、分厚く埃を被ってしまっている。
「うわ、こっちは掃除もされてないのか」
オーバーに顔近くを舞う埃を払う仕草をする浹。
同じく利用者が少ない視聴覚室は、一応の掃除がなされている気配があった。しかし資料室は、人が立ち入った形跡すらまばらな様子だ。
カーテンも閉ざされ、まさに時間が止まったような様相。
「それで、さっきの『タイプじゃない』って、なんのこと?」
満が浹の背中に言葉を投げかけた。
一瞬動きが止まる浹。ぎこちない動きで、浹を振り返った。
「い、いやあ、好みの女のタイプ、的な……」
気まずそうな表情の浹。
満は思わずため息をついた。
「もしかして、お父さんからの言いつけだけじゃなくて、彼女も探そうとしてるの?」
そもそも浹が陸に上がりたがったのは、当初女と間違えていた満に告白をするためだった。そして満が勘違いを訂正した後、満は彼からいかに人間の彼女が欲しかったのかを力説されている。当然の予想だった。
目が泳いでいる浹。しかし数秒考えると、満に真っすぐ視線を合わせた。
「だってさ、人の世界でいう中学生、高校生って、沢山カノジョ作れるんだろ? 折角人の世界でもやっていけるのに、その機会をみすみす逃すなんて、勿体ないだろ。というか、あんたも男子なら、カノジョが欲しいって気持ちはわかってくれるだろ?」
例のごとく熱弁である。しかし満には、その気持ちはあまり理解できなかった。
その様子を見て、浹は項垂れる。
「なんで通じないんだ……」
ふと、満の中に今日一日の浹の様子が思い出された。彼は今日他のクラスメイトにひっきりなしに話しかけられていたが、それに応対する態度は今満に見せているようなものではなかったのだ。今思うと、それこそ満と初めて会った時の態度に近いものがある。あわよくば女子から好かれようという魂胆なのだろう。
「まあ、何でもいいけど、僕の時みたいに正体をバラしちゃわないように気を付けてね」
浹から返ってきたのは、大きなため息だった。
その様子に呆れたからなのかはわからないが、満は一度大きなくしゃみをする。埃だらけの部屋に長時間いるのは、あまり良くなさそうだった。
二人は、資料室を後にする。
――
「……へえ、こんなとこあるんだ」
浹の目線の先で、数羽の鶏が餌を啄んでいる。
二人は校舎内を一周した後屋外の施設として、校舎の側面にある鶏の飼育小屋に来ていた。
「なんでも、校長先生のお気に入りらしいよ。朝早く学校に来て、卵採って食べてるとか」
満の説明に、浹は思わず眉を顰める。
「そんなことするか? 普通」
「僕もそう思うんだけど、実際校長室に炊飯器と醤油が置いてあるんだよね……」
説明はするものの、浹が感じている疑問は満にも強く共感できる。
その時、二人に近づいてくる足音がした。
先に浹が気づいて振り返る。少し遅れて、満も音の出どころに視線を向けた。
そこには、彼らより一学年上、三年生の女子生徒が立っている。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど、そこの鶏、何か変なことしてなかった?」
突然奇妙な問いだ。
満は思わず浹と顔を見合わせた。そして、特に気づいたことはないと伝える。
すると女子生徒は、安堵と不安が入り混じったような微妙な反応を返した。
「何か気になることでもあるんですか?」
浹が一歩前に出て、尋ねる。
彼の態度は、初対面の満に見せた例の様子だった。この先輩は浹のタイプということなのだろうか。
すると女子生徒は、不安げな面持ちで口を開いた。
曰く、彼女は飼育委員であり、かつ自宅が学校のすぐ傍にあるのだという。自宅から時折鶏の鳴き声を聞いていたのだが、ここ最近奇妙な鳴き声を聞くようになったのだ、と。
「どういう鳴き声なんですか?」
「それが、夜中の0時前とかの変な時間に、コケコッコーって声が……」
それを聞き、満はすぐ違和感に気づいた。
「ん? 鶏ってそう鳴くものじゃ?」
浹は気づいていない様子。
「それって雄鶏の鳴き声ですよね? ここに居るのは……」
満は飼育小屋に目を向ける。そこには数羽鶏が居るが、すべて鶏冠のない雌鶏だった。
女子生徒が頷く。
「そうなの。居ないはずの雄鶏の声がするから、気味が悪くて……。私が小屋を見てるときは何もないから、もしかして私が居ないときに何か起きてるんじゃないかと思ったんだけど、やっぱり分からないか……」
その後女子生徒は、奇妙な話をしたことを軽く詫び、その場を立ち去った。
女子生徒の姿が見えなくなった後、満は浹の様子を伺う。
浹は真剣な面持ちで、何かを考えていた。
「ねえ、今の話ってもしかして妖怪が関係してるの?」
その表情を見て、思わず尋ねる満。
「可能性はある……って感じかな。アズミはどう思う?」
浹の視線は、ずっと飼育小屋の鶏に注がれたままだった。
「同感です。取り越し苦労だとしても、調べてみる価値はあるかと」
彼の肩から、小さく返答が聞こえてくる。
「思い当たる妖怪とか、いないの?」
満が聞くと、浹は肩をすくめて見せた。
「妖怪つっても沢山いるからな。取り合えず今晩ここを見張って、原因を確かめてみるよ」
「今晩……」
件の鳴き声が聞こえるのは0時頃だったか、などと満が考えていると、浹はひらひらと手を振る。
「ああ、どうせ夜は人も居ないだろうから、君が来る必要は無いよ。明日の朝にでもあらましを教えるから」
当然のように自分も行く気になっていたことに、満はそこで気づいた。
「そ、そっか……。頑張ってね」
ふと地面に目を向けると、伸び切った影が薄闇の中に消えようとしている。部活動をしていない生徒はとっくに皆帰っている時間だ。
そのまま、彼らは帰路に就くことになった。
――
深夜、浹は再び飼育小屋の前に現れた。
新月というのも相まって、周囲は闇に沈んでいる。学校の敷地内にいくつか街頭はあるが、飼育小屋のある校舎の端に光を届けるものは無かった。
「何も……怪しい気配はありませんね」
ゆっくりと飼育小屋に近づく浹の肩で、アズミが呟く。
「ああ。小屋の中には朝と同じ数の鶏しかいない。他に気配と言えば……」
浹はふと視線を飼育小屋から外し、少し離れた校舎の角を見る。
「そこで何してんだ?」
視線の先にギリギリ届く声量で浹が言うと、ぎこちない動作で一人の人影が現れた。
「な、なんでわかったの……」
現れたのは満だ。
浹は呆れたようにため息をついてみせる。
「なんで来てるんだ。来る必要はないって言っただろ」
「い、いやあ、もし妖怪が居るなら、どんな奴なのか気になっちゃって……」
紛れもなく、それが満の本心だった。彼自身、つい最近妖怪によって恐ろしい目に遭ったばかりである。しかし同時に、浹や妖怪への興味が湧いていたのも事実だった。浹がどのように事を解決するのか、妖怪がどのような奴なのか、物陰から少し窺えれば十分だったのだが……。
「それにさ、夜の学校って、防犯設備とかが作動してたりするんだ。人が居なくても、そういうのを教えてあげられるかもでしょ?」
これはたった今思いついた言い訳である。
しかしその言い訳は、浹に説得力を感じさせるのに十分だったらしい。悩まし気な表情で、黙り込んている。
そして浹は、大きく息をついた。
「わかった。危険な奴って可能性もあるから、勝手なことはするなよ」
「もちろん……!」
元気よく答える満。
やや心配そうな表情をしつつも、浹は再び飼育小屋へと視線を戻した。
先ほど同様、飼育小屋の中に変わった様子はない。やはり、鳴き声がし始めた時にしか異変が起こらないのだろうか。
「ねえ、暗くてよく見えないんだけど、ちょっと照らしてみてもいいかな?」
浹の横で飼育小屋を覗いていた満。その手には、自宅から持参した懐中電灯が握られていた。
「そんなことしたら鶏が起きるだろ。騒がれでもしたら調査どころじゃないくなるって」
「でも、こんなに暗くても調査にならないんじゃないの?」
実際満の視界には、飼育小屋の中はほとんど見えていない。闇の中に、何かの凹凸が薄っすらと見えているだけだ。
「俺が見えてるから大丈夫だ。蛸は夜目が効く」
そう言われてしまったら、満にはそれ以上食い下がることはできなかった。飼育小屋の中を見ることを諦め、周囲の様子や音を窺う。
するとその時だった。甲高い雄鶏の鳴き声が、辺りに木霊する。
満は思わず肩を震わせた。突然調査の本番が始まったように感じられ、にわかに緊張する。それと同時に、ある違和感を覚えた。
浹も真剣な面持ちで、小屋の中の様子を探る。しかしすぐに眉をひそめ、顔を上げた。
「小屋の中に特に異変はない……」
「ワタシも特に何かが起きているようには見えませんでした」
アズミが姿を現し、浹に同意する。
「というかさ……」
満は冷や汗をかきつつ、声がした瞬間に感じた違和感を思い出した。
「鳴き声、飼育小屋の中からじゃなかったよね。この近くだけど、少し違う場所というか……」
すると浹は満に身体を向ける。
「やっぱりそうだよな」
この場に居た全員、満と同様の違和感を覚えていた。聞こえた鳴き声の発生源は、明らかに飼育小屋の中ではない。
ううむ、とうなり声をあげる浹。
「発生源を突き止めるとなると、もう一度鳴き声が聞こえてくれないとダメか……」
するとアズミが、満に視線を向ける。
「この周囲に、妖怪が現れるか、棲みつきそうな場所はありますか? 昼間の証言者が毎晩飼育小屋からの声だと感じていたなら、妖怪は恐らくこの周囲のどこか、決まった場所に毎晩現れているはずです」
その質問に、満はいささか困ってしまった。
「現れそうな場所って言われても……。どんなところに妖怪がいるのかわからないと答えようがないよ」
「基本的には、常に人気のない場所が……」
「そういえば――」
説明しかけたアズミの言葉を、浹が遮った。
「一階の端、つまり飼育小屋のすぐ裏にあるの、資料室じゃなかったか?」
――
「確かに資料室だね……」
校舎を教室の窓がある側に回り込んだ一行。満が閉ざされたカーテンの隙間を懐中電灯で照らし、中を確認する。
「この部屋なら、何かが棲みついてもおかしくはないな」
浹が答えた。
するとその時、再び雄鶏の鳴き声が響き渡る。鳴き声は、確かにガラス窓の向こう、資料室の中から聞こえた。
「よし、とりあえず中に入って様子を探るぞ」
浹は昇降口に向けて駆け出す。
「あ、ちょっと待って」
それを満が引き留めた。
「確か夜の昇降口は鍵がかかってて、しかもセキュリティが作動してた筈だよ。無理やり入ろうとしたら騒ぎになるかも……」
浹は足を止める。そして歯噛みした。あくまで校舎の外、飼育小屋の調査を想定していたため、校舎への侵入方法は考えていなかったのだ。
「どうなさいますか。日中は今日見た通り、何も手掛かりはないかと。日を改めますか」
アズミが尋ねる。
「そう何度も深夜に出歩いていると、その分面倒事になる可能性もある。できれば今日なんとかしたいけど……」
悩ましげに浹が答えていると、満が突如あっと声をあげた。
満は資料室の掃き出し窓の一つに手を当てている。その窓は、カラカラと小さな音を立てて開かれた。
「窓の鍵が開いてる」
浹を振り返り、呟く満。
「でかした!」
そんな満の肩を一瞬掴み、浹は資料室の中へと入った。満も後を追う。
次の瞬間、一行は耳を割かんばかりの雄鶏の叫び声と共に、強烈な熱風を浴びた。二人とも思わずうめき声をあげる。
熱風と舞い上がる埃、そしてちらつく赤い光の中、何かの影が蠢いていた。
部屋の中央に、黒と白の羽を持つ、大きな鶏がいる。周囲に炎を渦巻かせ、翼をバタつかせながら浹と満を威嚇していた。
「あ、あれが妖怪?」
浹に庇われつつ、満が聞く。
「恐らく、ヒザマかと」
答えたのはアズミ。
ヒザマとは何か、という問いが、満と浹の両方から発せられた。
「南方の邪神です。火事の元になるとか。これ以上のことはわからないですが……」
それを聞き、満は動揺する。
「それじゃあ、学校が火事になっちゃうんじゃ?」
アズミは頷いた。
「ええ。恐らくこの場所に居ついたのが最近で、力を蓄えていたのでしょう。ただこの有様を見るに、今対処しなければ非常に危険かと思われます」
不意に、浹がヒザマの居る方向を指さす。
「なあ、誰か倒れてるぞ」
満が見ると、確かにヒザマのすぐ後ろに人が倒れていた。中学の女子制服を着ている。俯せに倒れており、顔はこちらに向いていた。
気絶しているらしいその顔は、漆尾和霞に見える。
「え、なんで漆尾さんが……」
困惑する満。
その時、ヒザマから発せられる熱風が一層強さを増した。一行は、一度校舎の外へと非難する。
熱風から解放され、満は大きく息を吐いた。夜とはいえ暖かくなっていた春の空気が、今は冷たく感じられる。
一旦息を落ち着けた浹は、渋い顔で何かを考えていた。
「不味いな……。彼女を助けるのとあいつを倒すの、同時にやるのは結構キツイぞ」
「そ、そうなの……?」
「あんなに火をまき散らしてる奴に近づこうものなら、絶対暴れられるだろ。その対処と、彼女をここまで運んでくるの、同時にやらなきゃいけないわけだ」
すると満は少し考えたのち、口を開く。
「じゃ、じゃあ、僕が漆尾さんを運ぶよ」
思わぬ提案に、浹は目を丸くした。
「いや、そんな危険なことさせられるわけ……」
「でも、一人じゃ難しいんでしょ?」
満の言葉はごもっともである。浹は完全に言葉を遮られてしまった。
逡巡したのち、浹は覚悟を決めた表情になる。
「分かった。じゃあ俺が先に入ってあいつを引き付けるから、合図したら彼女をここまで引っ張り出してくれ」
満は、力強く頷いた。
――
資料室の中に、浹が再び現れた。
その姿を確認し、ヒザマは威嚇をする。
浹は一直線にヒザマに向けて駆けた。同時に墨を棒状に固め、それを両手でしっかり握ると、ヒザマに向けて横薙ぎに振り抜く。
一瞬早く、ヒザマは中空に飛び上がっていた。そのまま浹の脇をすり抜け、滑空していく。
浹はその隙を逃さなかった。ヒザマの視界の外から現れた蛸脚が、ヒザマを横方向に打ち抜く。
ギャアという叫び声と共にヒザマは吹き飛び、廊下側の壁に激突した。
「今だ!」
浹が叫ぶ。
それを聞いた満が、部屋に飛び込んだ。乱雑に置かれた資料をかき分け、和霞の元に辿り着く。
小柄であまり力もない満には、流石に和霞を抱きかかえて運ぶようなことはできなかった。しかし上半身を起こし、脇に腕を回して和霞を引きずっていく。
炎と共にヒザマが立ち上がった時、和霞と満は既に教室の外だった。
「漆尾さん! 大丈夫?」
校舎の壁を背もたれに和霞を座らせ、満は声を掛ける。軽く身体を揺すると、和霞は小さくうめき声をあげた。気を失っているようだ。目立った外傷もないため、一先ずは安心していいだろう。安堵の表情で、満は立ち上がった。
その直後、すぐ傍にある資料室の掃き出し窓から、勢いよく熱風が噴出した。
何が起きたのか、と、満は資料室の中を覗く。
――
浹は、再び立ち上がったヒザマと対峙していた。
ヒザマの様子は、先ほどとは一変して見える。眼光の鋭さが増し、嘴からも炎が漏れていた。その様子からは、明らかに怒りの感情が見てとれる。
「マジになったな……」
浹が呟くのと同時に、ヒザマは大きく鳴き声を上げた。
すると資料室の各所に点々と上がっていた炎が、それぞれ同時に大きく膨らむ。そしてその炎の中から、滑空する鶏の形をした火が飛び出し、浹目掛けて突撃してきた。
墨を纏った腕や蛸脚で、それらを打ち払う浹。しかし炎の鶏は無尽蔵に現れ、ヒザマ本体に攻撃する暇を与えない。
歯噛みしつつ、ヒザマの攻撃を受け続ける浹。
次の瞬間、
「浹くん!」
満の叫び声が響いた。
窓の方向を浹が振り返るよりも先に、辺りに水が舞う。その後浹の視界に、バケツを持った満が映った。
浹の周りに撒かれた水が炎に当たり、ヒザマの攻撃に一瞬隙ができる。
それに素早く反応し、浹は槍やクナイのような形状に固めた墨を、ヒザマに投げつけた。
見事ヒザマに命中。ヒザマは甲高い悲鳴を上げる。そして炎と同化し、霧散していった。
周囲の火も、徐々に小さくなっていく。
「……よし!」
息が荒くなった浹が、緊張を吐き出すように呟いた。
しかしその時、部屋の端で燻っていた炎が勢いを取り戻す。そしてその炎の中から、消えた筈のヒザマが現れた。ヒザマが召喚したような鶏の形をした炎ではなく、ヒザマ本体だ。
浹達の意識が向いていた廊下側の壁ではなく、飼育小屋側から現れたヒザマ。炎を纏いながら浹に突撃し、奇襲を掛けた。
間一髪のところでそれを躱す浹。
ヒザマは滑空し、先ほど同様に廊下側の壁の傍に着地した。
そしてヒザマが一声鳴き声を上げると、部屋中の炎が一斉に復活する。
「な、なんで……」
バケツを持ったまま立ち尽くす満。
そんな満を、浹は咄嗟に庇う体勢になった。その表情には、焦りが浮かんでいる。
「俺にも全く分らない。おいアズミ」
「ワタシは全ての妖怪の詳細を把握しているわけではありません。なのでこればかりはワタシにもわかりかねます」
アズミの返答に、浹は思わず舌打ちをした。
「ただ、普通の人なら兎も角、何も仕掛け無く親方様の攻撃を受け付けない妖怪は、そう居ない筈です」
「んなこと言われてもな……」
直後、再びヒザマの攻撃が始まる。浹は満を退避させ、ヒザマに相まみえた。
ヒザマの攻撃方法は変わらず、鶏の形をした炎を突撃させる。
浹は先ほどとは異なり、墨で防御壁を作った。全ての炎に対応して打ち砕く方法は、体力的に限界がある。
防御壁の内側は熱が籠り、ジワジワと温度が上がっていった。
それに耐えつつ、浹はヒザマの様子を観察する。アズミの言葉通り、恐らくヒザマは何かしらの仕掛けで復活したのだろう。それを見つけ出さなければ、勝ち目はない。
熱風で気管が焼かれ、咳き込んだ。一時退却という選択肢が頭を過ったが、それをすぐに却下する。これだけの力を持っているヒザマを戦闘から解放してしまえば、恐らく校舎の大火事は避けられない。
炎と熱の中、浹は突破口を探すことに集中した。
しかし、浹の現状を愉しむかのように羽をバタつかせているヒザマに、それらしきものは何も見当たらない。
その時、ふと浹はある可能性に気が付いた。それを確かめるために、身体を反転させようとする。
しかし既に足元まで炎が迫っており、体勢を変えることができなくなっていた。
嘲笑うかのような鳴き声が、ヒザマから発せられる。
万事休すか、と思われたその時、ある音が資料室内に響いた。
何かに水を掛ける音だ。それは浹の背後から聞こえた。
次の瞬間、ヒザマの様子が一変する。甲高い声をあげながら、苦しみだしたのだ。その身体からは、湯気らしきものが立ち上っている。
水音と同時に、ヒザマの攻撃は止んでいた。
防御壁を解き、周囲の様子を確認する浹。足元の炎は既に消えており、動けるようになっていた。音のした方向、背後を振り返る。
そこには大きな壺が置かれており、その傍にはバケツを持った満が立っていた。
「や、やっぱり……」
緊張で息が上がっている満。
そんな満に歩み寄り、浹は壺の中を覗き込んだ。中には水が入れられており、軽く沸騰してポコポコと泡が出ていた。
「これがお前の弱点だったんだな」
そう言いながら、浹はヒザマを振り返る。その手には、槍状の墨が握られていた。
ヒザマは湯気を発しつつも、浹を睨みつけた。炎を起こそうとするものの、全て水蒸気となって消えてしまう。
浹は一息に槍を投擲した。
槍が命中したヒザマは、先ほどよりも大きな悲鳴を上げる。そしてその身体は、まるで灰のように崩れていった。
その様を見て、浹と満は同時に安堵の息を漏らす。
――
二人は資料室を出て、窓の傍に座らせていた和霞の元へと戻った。春の深夜の冷えた風が、二人の身体を冷やしていく。
「どうしてあいつの弱点がわかったんだ?」
草臥れた様子の浹が、満に尋ねた。
校舎に寄りかかり、空を仰いでいた満。身体を起こすと、浹に向き直った。
「あの妖怪……ヒザマが、浹くんを相手にしてる間ずっと同じ場所に居るのが気になったんだ。でも最初は違う場所に居たから、動けないわけでもなさそうだったし……。それで、もしかしたらわざとその場所に居るんじゃないかと思ったんだ」
ヒザマは最初浹に打たれた後、ずっと廊下側の壁を背にする位置に、ずっと陣取っていたのだ。再出現した際も、その位置に移動している。
「それで、もしそうなら何かから浹くんの目を逸らす為なんじゃないかと思って……。浹くんの後ろに置かれてて、簡単に燃えなさそうなものはあの壺くらいだったから、賭けてみた」
それは戦闘中、浹が気づいた可能性と全く同じ内容だった。改めて、浹は満に感心させられることになる。
「マジで助かったよ。危険な目に遭わせたのは本当に申し訳ないけど……」
浹の言葉に、満はいやあ、と苦笑を返した。
その時、気を失っていた和霞が、不意にうめき声をあげる。
「あ、漆尾さん! 大丈夫?」
満がしゃがみ、和霞の肩を軽く揺すった。
ゆっくりと、和霞の目が開かれる。
――
和霞が目を覚ましてから数分後、二人は帰路に就いていた。
「なんだったんだろう……」
満が呟く。それは学校で別れた和霞の様子に対してだった。
和霞は意識を覚醒させるなり、二人に今日のことを口止めしすぐに帰ってしまったのだ。深夜に学校に居た理由には答えず、また浹と満が学校に居る理由を尋ねることもしなかった。明らかに不審な様子だったのだ。
「さあなあ」
ぶっきらぼうに答える浹。妖怪の噂に対してはともかく、人の不審な行動にはあまり関心がなさそうだ。
「それよりもさ」
そういうと、満の前に出て、向き合った。
「な、なに?」
「君の機転には本当に助けられたよ。父さんと母さんの話を知ってたのもそうだけど、凄い奴なんだな」
突然投げかけられた賛辞に、満は思わずたじろぐ。
「買いかぶり過ぎだと思うよ……」
満の言葉を、浹は力強く否定した。
「いや、間違いないよ」
そして少し口を噤み、何かを思案する。
「どうしたの?」
「……妖怪の調査、俺と一緒にやってくれないか?」
その後、浹からその誘いの理由が語られた。満の洞察力や知識は、妖怪調査にとってきっと役立つだろう、と。
「――もちろん今日みたいに危険なこともあるから、絶対とは言わないけど……」
誘いの内容に困惑しつつも、満は返答を考える。
数秒思案し、浹の肩に目を向けた。
「あの、アズミさんはどう思いますか……?」
一先ず、他の人の意見を聞こうと思ったのだ。
アズミが姿を現す。
「親方様の正体を隠すことだけでなく、妖怪の調査にも同行いただけるのであれば、我々としては有難い限りです。芦野様の一存で構いません」
返答を聞き、満はうーん、と唸りつつ空を仰いだ。
そして、視線を浹へと戻す。
「あまり無理はできないけど、できる限りの協力をするよ」
浹は大きく頷いた。
「それで全く構わないよ。ありがとう」
そして満の手をとる。
「これから宜しくな、満」
浹の言葉に、満はワクワク半分、不安半分といった面持ちで頷いた。
――
漆尾和霞は、足早に帰路を急いでいた。その内心には、焦燥や悔しさ、疑念といった色々な心情が渦巻いている。
自宅の前に到着し、一度足を止めた。ふと目線をあげると、石造りの鳥居が目に入る。彼女の家は、この鳥居の奥にあるのだ。
敷地に入る前に、彼女は思考を一旦整理する。
まず、今日の失敗は家族に報告しなければならない。それを考えただけで、気が沈む。
次に、あの二人については、詳しく調べなければならない。気を失っていた自分を助けたということは、あの妖怪を退治したということだ。
そして、自分はやはり力不足である。古くから独自の術式で魑魅魍魎を退治する、漆尾家の人間として。
鶏の夜鳴きに関する噂を聞き、原因が資料室にあると突き止めたまでは良かった。妖怪対峙の為に昼間資料室の窓の鍵を開け、夜中忍び込んだのだ。
しかしその後、ヒザマに隙を突かれ気絶させられてしまった。それどころか、自身に宿る霊力を吸われ、学校を大惨事にする寸前の状況にしてしまったのだ。
どうしようもない失態を思い出し、一瞬悔しそうに唇を噛む。その後和霞は、重い足取りで自宅へと入っていった。