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ヤパン割烹の店


 変装用の衣装を買うため、コンスタンツはフードをかぶり、街の雑踏に紛れた。

 目抜通りを行き交う人々は休日を楽しみ、みな一様(いちよう)に笑っている。闇で(うごめ)く凶事に気付いているものなど、誰も()はしないのだ。



「服は古着屋さんで一式揃えられるようですから、帰ったらヤパン製エリクサー調合のお手伝いをしませんと」

(激しい戦いが待っている。おぬしには回復魔法もあるが、即効性の回復薬は持てるだけ持っておきたい。しかし、生前に授かった秘薬の調合法がこんなところで役立つとはな)


「まさかサイゾウ様がかの伝説の薬剤師(ファーマシスト)、マツモト・キヨシ様と面識がおありとは」


 マツモト・キヨシ──100年以上前に数々の画期的な薬を生み出した彼は、ヤパンのみならず、医薬と魔法薬の世界では知らぬ者がいない薬師マスターだった。

 故人となって失われたレシピもあるなか、サイゾウはその秘伝の1つを伝授されていたのだ。


 本来のエリクサーは高価な材料を必要とするが、彼の編み出した秘薬マッチャ・エリクサーは定番の薬草や薬品から作れる廉価版だ。

 それゆえ、アトリエの倉庫に魔法薬のストックを持つインゲボルグはすぐ作業に取りかかれた。



(油断ならぬ敵ゆえ、万全を期さねばならん……)

 サイゾウは何か考えながら言葉を切っていたが、

(コンスタンツ。昨晩の戦いで消耗したおぬしのニンジャ闘気、回復速度が(かんば)しくないようだな。体内に気の(とどこお)りが見られる)

「そ、そうなのですか? 何が悪いのでしょうか」

(それは)

「それは?」


(米を食っておらぬからだ)


「は? コメ? ライス、のことですか」

(左様。ヤパンの民は米を主食に、大豆の加工食品と魚で生きてきた民族。ニンジャとなったおぬしの体質はヤパン人に近くなっている。よって、米を食わねばニンジャ(パワー)の減退を招くのだ)

 米を食べなければ力が出ない。これはヤパン的観念からすれば疑問の浮かびようがない、至極(しごく)当然なことと言えよう。


「なるほど。……それでしたら、ちょうど近くに父がオーナーをしているヤパン料理のお店があります。そこでお昼をいただきましょう」

(うむ。ところでスシは、スシはあるのだろうな)


「あ、あったはずですが」

(よし。スシは米、酢、魚、醤油、ヤパン人の食文化の全てを内包する比類なき完璧食品。ニンジャ(パワー)の増強には不可欠だ)


 スシはヤパン料理の代名詞的存在であり、ヘイアン時代に誕生したとされる由緒ある食べ物だ。

 ダイミョウがイクサ前の戦勝祈願に家臣に振る舞ったと『シンチョウコウキ』や『コウヨウグンカン』にも記されており、その伝統が今も受け継がれていることは一般常識であろう。



 大通りから路地を1本入ったところに、その店はあった。

 公爵家の主が趣味や道楽で、一等地に店の1軒や2軒を持つことは珍しくはない。


 カワラぶきの屋根に立派な門構えは、ヤパン家屋特有のそれである。

 門の左右には仁王像があり、そこをくぐるとニシキゴイの泳ぐ池や灯ろうが置かれた庭がある。

 小さいながらもヤパンの四季を表現した庭園だ。


 飛び石を踏んで進んだ先には、

「ヤパン割烹(かっぽう) エド」

 と重厚に木彫りされた看板が出ていた。


 玄関前には人の背丈ほどの、たぬきの置き物。これはシガラヤキと呼ばれ、邪気を祓うと信じられているマジックドールだ。


「ゴメンください」

 父から習った来訪の挨拶で引き戸を開けると、そこには広々とした玄関があった。


 目の前には蛇龍ドラゴンのビョウブがあり、壁には千客万来と書かれたカケジクが掛けられている。

(墨でしたためられたタッピツなショドーだ。花瓶の一輪挿しもヤパンのワビサビの精神を表している)


 ゴテゴテとした豪華な調度品を飾ることをステータスとする貴族には、質素さや未完、古びた中に美を見出(みい)だすワビサビは理解が困難とされる。

 だがフランツの美的センスは確かなものであったらしい。


 棚には十数体並べられた招き猫。壁には後にサムライマスターとなったウシワカマルのメンターにして、剣術のセンセイでもあったテングの雄々しき面が堂々と飾られている。


(般若面に熊手、ちょうちん、風鈴か。ヤパン文化の(すい)を集めたといっても過言ではない、なんとも風情のある店だ)

 サイゾウは馴染み深い品の数々に懐かしさを覚えているようだ。


 そこに、キモノの裾を散らかさない上品な足取りで女性が現れた。

 恐らく20代前半と思われる顔に白粉(おしろい)を塗り、セットされたヤパン髪を玉簪(たまかんざし)、花簪、びらびら簪などで飾り立てている。

 一流店である証、マイコ女給だ。


 彼女はスッと膝を折って正座すると、三つ指をついて深々と頭を下げた。

「おいでやすドスエ」


 なんと奥ゆかしく、ミヤビな所作と声音であろうか。

 さすがはヤパンでも最上の品格を持つとされる、キョウ言葉の響きだ。


「ご予約のお客様でっしゃろか?」

「いえ、近くまで来たのでお昼をいただこうかと」

 コンスタンツはフードを外した。


「ああ、コンスタンツお嬢様、急にいらはるとは思わず。すぐに店主のヨヘイをお呼びいたしますので、お待ちくださいませドスエ」

 目上のものが現れたら1番偉いものが出向いて挨拶をする、ヤパンの礼儀だ。



 ほどなくしてマイコ女給が連れてきたのは、頭頂部にまげを結い、たすき掛けした着流しに「板前」と刺繍された前掛けを付けた30過ぎの男。


 この国では奇抜な異装に見えるが、れっきとしたヤパンの料理人、イタマエ・スタイルだ。


「ようこそお越しくださいやした」

 なまりの抜けない挨拶をしたヨヘイだったが、きらびやかさを欠いた彼女の衣装から何かを察したのか、その顔は悲しげなものとなった。


「お嬢さん、もしお気にさわりましたらおっしゃってくだせえ。あっしは昨晩、フランツ様が国王様に反逆を企てた、との噂を夜会帰りの方から耳にしやした。若輩(じゃくはい)のあっしにこんな店を持たせてくだすった方が、そんな真似するはずがありやせん。ご贔屓(ひいき)のお客様がたも何かの間違いだと」

「……それは」

「お偉いさんが突然取っ捕まったり、急なご不幸にあったなんて話も入ってきやす。何だか、きな臭えことばかりだ。お嬢さん、今この国で一体何が起こっているんです?」


「それは俺から説明しよう」

 声がすると、サイゾウが、ぼぅと姿を現した。


「ヒ、ヒイエエエ! ニンジャ! ニ、ニンジャの幽霊ドスエ! お、おっかないドスエ!」

「お嬢さんの後ろに幽霊が!? ナ、ナムアミダブツ!」

 マイコ女給が弱々しく倒れ込む横で、ヨヘイは合掌して念仏を唱えた。不浄なアンデッドモンスターには実際効く法力チャントだが、聖なる霊であるサイゾウには無効だ。


「俺は悪しき霊ではない。コンスタンツの守護霊、ニンジャマスターサイゾウ」

「守護霊……サイゾウ? ……よく見てみれば、そのいでたちはまさか、あ、あのニンジャマスターの!」

「ああ、す、すごいお人の霊ドスエ」


 サイゾウは歴史に名を残し、講談になるほどの知名度を持つ。

 ヨヘイと女給は初めこそ驚いたものの、清廉なる霊気を放つサイゾウの姿に自然と合掌し、手をこすり合わせていた。神霊を(うやま)い、礼を尽くす作法、オマイリだ。


 ヤパンでは祖先の霊を迎えるオボンなる行事もあり、1度成仏した(けが)れなき霊を(とうと)ぶ文化があった。


 ヨヘイらが自分を受け入れたことを確認すると、サイゾウはことの子細を伝えた。




「そ、そんな恐ろしい企みをする奴が!? お嬢さんとサイゾウ様は、そいつを1つとっちめようってわけですかい」


「そうだ、今脅威に立ち向かえるのはニンジャの力を得たコンスタンツのみ。そこで、この店に来たのだ」

「あっしの店に?」

「うむ。ヤパンの民に米は必須食品。つまり、ヤパンの戦士ニンジャとなったコンスタンツが力を蓄えるために、米の飯が必要なのだ」


 ヨヘイは深く首肯(しゅこう)、たった一言でサイゾウの要求すべてを理解した。彼は客の望みを汲み取る、超一流の料理人だ。


「そういうことなら任せておくんなせえ、とびきりのスシにドンブリ、それにオハギも作らせてもらいまさあ」

「オハギ! それはいい、是非それもくれ。アンコはニンジャ肉体の回復を早める」


 疲れたときは甘い物を口にせよ、とは古きニンジャ発祥の格言であることはあまり世に知られていない。栄養学においてもニンジャは最先端だったのだ。


「少々お時間をいただきやすが、最高のもてなしをさせていただきやす」

 台所へ駆けていくヨヘイ、彼の背中を見送った2人はマイコ女給に廊下の奥の間に案内された。



 その部屋は、干した植物を編んだ「タタミ」が敷かれたザシキだった。

 正座して座る、ウルシ塗りのテーブルとザブトンセットが中央に1つ。


 2人、実質1人で食事を取るには広いが、気を利かせてくれたのだろう。

 こういったザシキでマイコの上位職ゲイシャの歌やダンスを楽しみながら和やかに飲食するのが、ヤパン流の夜会だ。


 カーン

 中庭のシシオドシが風情ある音を響かせる。


「時間がかかると言っていたが」

「前に来たときは30分ほどだったかと」

「そうか、ならばちょうどいい。その時間を使って、おぬしにさらなる力を伝授しよう」

 薬師マスターマツモト・キヨシはドラッグストアとはまったくの無関係、いいね?

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