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戦いに備えて

先見(さきみ)の目とは……近々起こるであろう災厄を幻視し、未来を見通すという、聖女様の」

「うむ、聖女の資質を持つものだけが修行で得られる、一種の予知能力じゃ。あれほどの悪意の塊が現れたのじゃ、既に奴の正体に繋がる何かしらの予知を得ていると、わしは考えておる」


「賢者殿、ではなぜ、その聖女殿はそれを誰にも告げず(もく)しているのだ」

「予知はほぼ的中する、それだけに自分からその内容を広く発信してはならん決まりになっておる」

「決まり?」

「その昔、当時の聖女が一部の民に先んじて災いの予知を伝えたところ、歪曲された噂が流れ、国中に混乱を招いてしまっての。大事には至らずに済んだが、それからは国王を通して1度精査し、国が公表するという形が取られるようになったのじゃ」


「賢者様、トウカは予知の報告まで見越して陛下に呪いを」

「ああ、それもあるかもしれんの。幸い、説法が行われる日は神殿に信者の出入りが許されておる。近々、使いを向かわせたいと伝書フクロウで伝えておったが……」

 インゲボルグは顎をいじりながら数秒ほど考え、


「せっかくじゃ、お前が会ってきてはくれんか?」

「私が……?」

「この事態に希代のニンジャマスターの守護霊が現れたのじゃ。これもきっと何かの巡り合わせがあってのこと。それに魔力を持つ家系のお前ならば、聖なる力の付与を授かれるやもしれんぞ」


 トウカは賢者が一目置くほどの邪術の使い手、対抗しうる力は多いに越したことはない。コンスタンツは二つ返事で(うけたまわ)った。

 説法は明日にも開かれるそうだが、聖女の神殿はニンジャの足ならばここから目と鼻の先と言える。



「賢者殿。奴と一戦交えることは避けられまい。現時点でこちらが準備できる戦力はいかほどなのか?」

 戦略を練るには、理想や期待を排除して現状を見なくてはならない。センゴクの世を生きたサイゾウの視野は、常に現実のみを見ている。


「正直、味方の数は心許(こころもと)ない。どこまで手が及んでいるか分からん以上、慎重に声をかけねばならんのでな。万が一、トウカの術に()まったものを誘ってしまったら、全て筒抜けになって目も当てられん。……後手後手で賢者が聞いて呆れるわい」

 額に刻まれたシワがグッと深くなる。

 賢者の先手を取るトウカとは一体何者であろうか。


「コンスタンツ、やはりおぬしが先頭に立ち、ニンジャの力で孤軍奮闘せねばなるまい」

「……はい」

「ニンジャ、ヤパン……おお、そうじゃ、ニンジャの能力を得たのなら、あれを使えるやもしれん」

「あれとは?」


「レインフォード卿から聞いたことがあろう、ヤパンと我が国の交流の証として、国の宝物庫にヤパンから贈られた歴史的な品があると。そのなかにニンジャ、それもグランドマスター級ニンジャが使用していた武具があるという」

「なんとっ! グランドマスターニンジャ!」

 覆面から唯一見える、サイゾウの目が大きく見開かれた。

 その眼差しには畏敬と崇拝、そしてエモーショナルで純粋な敬意が込められている。


「それはなんとしても欲しい。喉から手が出るほど、欲し過ぎる……!」

「サイゾウ様がそのように興奮するとは、それほどの逸品なのですか」

「グランドマスターとはニンジャマスターの上位にのみ許された称号。あの御方がたが扱っていた装備にはタツジンの魂が宿る。それを身に付ければ、おぬしのニンジャパワーは倍増する」

「そんな凄いアイテムが! ですが、宝物庫は専用の魔法の鍵がなければ」

 強固な防御魔法で守られたそこは、あらゆる不法侵入を拒み、跳ね返す。

 無論、ニンジャの超人的な力であってもだ。


「ワシなら合鍵を作れるが、準備だけで少なくとも数日はかかる。……たしかトーマス伯爵が屋敷で鍵を保管しているのじゃったな。お前も面識があろう」

「はい、何度かご挨拶を」

「ならばコンスタンツ、おぬしが事情を伝え、借りてくればよい」

「トウカたった1人に国を乱されている、この事態を一体どのように説明すれば……。何より、両親に反逆の疑いをかけられた私の話を聞いてもらえるかどうかも」

「そうか。では忍び込んで借りてくるしかないな」


「忍び込んで、借りる? それはつまり、伯爵のお屋敷に盗みに入ると?」

「そうとも言う。たかが鍵1本だ、どうということはあるまい」

「あれは許可を得なければ持ち出してはならない貴重な物なのです。……ああ、牢破りに続いて、窃盗を働くことになるなんて」

「鍵泥棒など些細なものだぞ。次はその鍵で、宝物庫から由緒ある品を盗み出すのだからな」

「あ……あああ……」

 コンスタンツは項垂(うなだ)れた。

 遵法精神(じゅんぽうせいしん)と良心の呵責が、彼女を(さいな)む。


「何をそのように落ち込んでいる。……おぬしは法を守ることと王子の無事、どちらが大切なのだ?」

「!? 言うまでもありませんわ、私はリシャール様のご無事を祈って」

「ならば罪悪感など覚えたりせず、胸を張れ。相手は無法の限りを尽くす悪逆非道な(やから)、律儀にお行儀よく法など守っていては対抗できん。おぬしが法を破るのは私利私欲や悪意からか? (いな)、愛する王子を救うためであろう」

「!!」


 (うつむ)いていたコンスタンツは、まっすぐに前を見据えた。


「……そうでしたわ、私は大きな思い違いをするところでした。リシャール様の御命がかかっている今、法の遵守に(こだわ)ることなど全く意味がありません。サイゾウ様のおっしゃるように、リシャール様を操り、国を乗っ取ろうとする悪党に果断に対処するためには、その過程でのいかなる違反、違法、犯罪に該当する行為は許されるはずです。ええ。許されないはずなどありましょうか? 私は堂々と胸を張ります」


 王子の存在は、事件以前から彼女の心を奮い立たせてくれる原動力だ。


「おぬしの王子への熱烈な想いは本物だな」

 心からの感心、そして恐らく若干の皮肉も含んだ言葉だったのだろうが、

「……ええ、そうです」

 コンスタンツは額面通りに受け取り、頬を染めて嬉しそうに答えた。

 リシャールを想えば、どんな苦難にも立ち向かえる。それが彼女に1本通った、揺るぎない芯だ。


「状況が状況じゃ、本来は犯罪じゃがワシも目をつぶろう」

 賢者インゲボルグも否定しないということは、拝借する案で決まりらしい。



「鍵の保管場所は知っています。問題はいつ入り込むか」

「ニンジャなら真っ昼間からでも忍び込むことは容易。たとえ警備がいようとも、昨夜の砦の()ではあるまい」

「ですが、城下(じょうか)近くのお屋敷で大立回りをしてはすぐ騒ぎが広まり、目撃者も多くなります。今回はあくまで鍵を手に入れるのが目的なので」

 可能ならば荒事は避けたいと彼女は考えた。昨夜の兵士の件もそうだが、不必要な暴力は振るいたくない。

 それに、下手に街の警備隊にでも捜索され、この隠れ家が見つかりでもしたら元も子もない。


「人目を気にするなら、いっそ混雑に紛れて潜入してはどうじゃ?」

「混雑?」

「毎週夜会を催す、伯爵のパーティー好きは有名じゃろう。賑やかなほど、人の注意とは分散するものじゃ」

「ああ、今日は陽精霊日(ひのせいれいび)ですから、お屋敷でパーティーが開かれますね」


 王国や周辺国では7つの精霊からなる7日で週が一区切りとされる。今日が太陽の精霊で休日、明日は月、その次が火の精霊日だ。

 形としてはヤパンの七曜の(こよみ)に近い。

 ちなみに月の精霊は労働者層から死ぬほど憎まれている。


「ほう、酒宴ならば狙い目だな。裏と表で常に人が動き回り、家人も客の相手に集中する。(せわ)しなく働く使用人にでも化けて手早くことを済ませれば、誰にも怪しまれまい。ヤパンではこれを、木を森に植えると見分けがつかなくて困る、という」


「むう、人の動線と心理を巧みに利用した潜入術の定石を、ヤパンに古来より伝わるコトワザで即座に言い表すとは。さすがはニンジャマスターじゃ」

 忍術の奥深さと彼の底知れぬ実力を前に、()を探究する賢者も思わず感嘆した。



「では……決行は今夜に」

 コンスタンツの宣言に各々が目を合わせると、3人は頷いた。

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