ニンジャ・マギカ
禅パンチとは、とサイゾウが語る。
((敵意も殺意も含まぬ、静かなる心で放つ拳。その澄みきった心が、邪気を打ち払う清き力となる))
(敵意も、殺意も持たない)
((誰しもが持つ、人を救いたいという願いをただ純粋に拳に込めるのだ。本来ニンジャカラテとは対となる技ではあるが、回復魔法の資質を持つおぬしならばその在り方を理解できるはずだ。守護霊の俺には分かる))
魔法には得手不得手があるが、コンスタンツは回復魔法に高い才能を持っていた。
手を触れて治すヒーリングタッチは然ることながら、精神を癒す魔法でも学園では特筆すべき力を発揮している。
((あやつは操られてはいるようだが、さきの暗殺者たちのように心身を深く蝕まれてはいないようだ。今ならまだ間に合うやもしれぬ))
「今なら助けられる、っ! エイヤーッ!」
コンスタンツは蛇行して飛来する火球群を空中3回転捻りで避けると、追尾してきた数個を回し蹴りで消滅させる。
着地を狙った追撃が来るが、さらにもう1度跳躍して回避した。
「うろちょろうろちょろと、ハーッ!」
フレデリカは炎の散弾を浴びせるが、コンスタンツは連続バク転からバク宙を決めて避けきる。
アクロバティックなニンジャ・エスケープ術だ。
「バッタのように飛んだり跳ねたりしているだけか。カラテとやらを見せてみろ、コンスタンツさん」
挑発的な言葉に、コンスタンツは慎重にカラテを構え直す。
(2度目3度目の攻撃で、自分を追ってくるものは皆無だった。いくら強化されても、同時に操作できる火球の個数に上限があるのでは)
そう推測できたのはそれなりの成果だろうが、戦況に大きな変化はない。
(禅パンチを試すにしても、まずはあの魔法の弾幕をどうにかして近寄りませんと)
((相手は続けざまに攻撃できるゆえ、逃げ回ってばかりでは埒が開かん。飛び道具には飛び道具で迎え撃ち、状況を五分に持ち込むのだ))
(飛び道具? 私が魔法を打ち合っても到底勝ち目は)
((魔法だけならばそうやもしれん、だが魔法と忍術を組み合わせれば、それはあやつを凌ぐ新たな力となろう))
(魔法と忍術?)
((コンスタンツ、ニンジャ闘気を刃と変えるのだ!))
コンスタンツはカラテの破壊力の高さからニンジャ闘気を防御に使っていたため、攻撃力へ転じるという発想自体がなかったのだ。
((深くニンジャ呼吸を行い、闘気を高めよ。そして魔法と忍術をもって離れた敵を討つ姿を想像するのだ))
想像力は魔法の基礎でもある。
コンスタンツは今まで魔法でそうしてきたように、両の掌を胸の前で上に向け、意識を集中させた。
すると、
「こ、これは」
右手から思い浮かべたファイアーボールの炎が、左手からは青白いニンジャ闘気がニンジャの飛び道具、シュリケンを形作っていくではないか。
それが中央で溶け合うように結び付き、赤熱されたように赤い、真紅のシュリケンとなった。
「これが、魔法と忍術を組み合わせた?」
((うむ。それがおぬしの修めた魔法とニンジャの力を融合させた力、名付けてマギカ・シュリケンだ))
マギカ・シュリケン──それは東方に伝わる魔術や呪術に長けたニンジャが編み出したとされる、亜種のカラテ技だ。
「見たこともない魔法を唱えたか。だが私の魔法は破れないぞ、コンスタンツさん。ハーッ!」
フレデリカは今までよりさらに一回り大きな火炎弾を発射。
「エイヤーッ!」
コンスタンツは指を揃えた右手の親指でシュリケンを持つと、頭の横から前に突き出す、正統派ニンジャスタイルで投擲した。
火炎とシュリケン、彗星のように尾を引いた2つの赤い飛翔体が引き合うように衝突し爆発、相殺された。
「これがマギカ・シュリケン……!」
魔術と忍術、洋の東西を越えたハイブリッド術が今ここに誕生した!
「ハーッ!」
「エイヤーッ!」
再び撃ち合うが、またしても互角。
「おかしな術を。だが、ハーッハーッハーッハーッ!」
火炎弾の連続発射、その数、50は下らない。
一時滞空したそれらは順にコンスタンツへと襲い掛かってくる。
「こ、この数は!?」
両手にシュリケンを生み出した彼女は息を飲むが、
((案ずるな! マギカ・シュリケンは魔力と闘気を練り合わせたカラテ技、魔法であって魔法に非ず。おぬしの精神力と集中力さえ続けば詠唱せずに何度でも放てるはずだ))
コンスタンツはサイゾウを信じ、シュリケンを投げ込む。
「エイヤーッ! エイヤーッエイヤーッエイヤーッ!」
詠唱も念じることも必要とせず、彼女はシュリケンを続けて放った。
しかもニンジャ筋持久力による絶え間ない連続投擲で50の火炎弾を次々と迎撃していく。
「おのれぇ、ハーッ!」
「エイヤーッ!」
放たれ続ける火球とシュリケンが小さな爆発を伴いながら相殺を繰り返し、2人の間に拮抗状態が作られる。
が、その均衡は間もなく破られた。
コンスタンツが、圧している。
強化された無詠唱の連続発射にも僅かな溜め時間が必要らしく、タイムラグが生じる。
コンスタンツの大車輪めいた両腕の回転数がその時間差を上回ったのだ。
撃ち合いの中で一部の火炎弾が散開した。
だがニンジャ動体視力はそれらを全て捕捉している。
「エイヤーッ!」
左右の手で明後日の方向へ投げたかのように見えたシュリケンが火の玉を消し飛ばした。
軌道を見切っての偏差攻撃、今の彼女に盲点は存在しない。
「トウカ様からの命のため、負けてなるものかぁ!」
フレデリカは直径3メートルはあろうかという火球を両手で頭上に掲げた。
太陽のように赤々と燃えたぎり、なおも膨張を続けるそれを、
「食らえ、コンスタンツさん! ハアアーッ!」
彼女は大きく腕を降り下ろし、解き放った。
巨大な火球が空気を灼いて、コンスタンツへと迫り来る。
標的となった彼女は退くどころか火球に向けて走り、
「ッ! エイヤーッ!」
紙一重で横に避けると、熱風を巻いて一気に駆け抜ける。
フレデリカのもとへと。
「!」
肉迫されたフレデリカには、攻守において即応する手がなかった。
コンスタンツは回復魔法と同じ、相手を救う意思を込めて右の拳を固める。
その手には魔力とも闘気とも異なる、白い光が宿り始めた。
彼女は直感と魔術の知識から、禅パンチの仕組みを理解していた。
恐らく聖なる治癒魔法と原理は同じ、清浄なる心で邪気を払う力を打ち込むことで相手の内部から邪なものを消し去るのだ。
戦いの中にあって穏やかに──凪いだ水面のごとき、澄んだ心で。
「邪気を祓いたまえ、禅パンチ! エイヤーッ!」
穢れなき純白の拳が胸に打ち込まれた。
手応えがあった、だがそれは肉や骨を砕くものではない。
癒しの力が相手に伝わっていく、回復魔法を成功させたときの柔らかな反応だ。
「ああっ! あああああーっ!」
フレデリカは後ずさると、背中を反らし、喉の奥から絶叫した。
その身体から白い閃光が何本もの線となって溢れだし、続いて何かに追い立てられるように、黒いもやが体外へと噴き出し、宙に霧散して消えた。
彼女はよろけると膝から崩れ、ドサッとうつ伏せに倒れ込んだ。
フレデリカからはもう、険のある邪な気は微塵も感じられなかった。