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現代のダンジョン化が始まる前に  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ


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第1話 灰咲一真の不思議な鍵

 なんで生きてんだろうって、誰かに笑われたことはある?


 俺、灰咲(はいざき)一真(かずま)は、振り返れば「いい子ちゃん」だった。

 学校帰りに寄り道して叱られることも、校則を破って髪を染めて指導を受けることもなく、「品行方正にありなさい」と口にする大人たちに従う優等生を演じてきた。


 だけど、大学は受験に失敗して滑り止めの第2志望。

 就職活動では怒涛の34連続不採用を突きつけられ、どうにか採用にこぎつけた就職先は暴言やいじめが横行する職場。


 ストレス性の胃腸炎で倒れたのも当然だった。

 身内を頼ろうにも、岩手の実家は震災で無くなっていて家族とは音信不通。両親は互いに一人っ子で祖父母はすでに他界済み。


 嘔吐と発熱を繰り返し、朦朧とした意識の中で「誰にも知られず死んでいくのかな」って不安に押しつぶされそうになる毎日。


 それでも、生きるフリをする理由を、見つけられるだろうか。


「なんで生きてんだろうって……、そんなの、俺が聞きたいよ」


 復帰した職場に、俺のデスクは無かった。

 仕事に必要だからと買わされた15万円のノートパソコンも、30万円する一眼レフも、一切合切が最初からなかったかのように消え失せていた。


 上司に詰め寄っても「お前の管理責任だ」の一言で一蹴される始末。


 意外だったのは、ここまでくると怒りなんて湧いてこないってこと。

 ただただ自分がみじめで、情けなくて、無性に悲しい気持ちで満たされるばかり。


 脳裏に焼き付いて離れないのは、ふんぞり返る上司の姿。


『社会人としての自覚が足りてないんじゃないか?』


 どうして、反論の一つもできなかった。

 どうして「悔しい」より先に「情けない」って感じている。


『一年目と同じ給料からやり直せ。お前みたいな根性無しはそれくらいがちょうどいいだろう?』


 こんな仕事辞めてやる。

 これまで何度だって思ってきた。

 だけど脳内でシミュレートするたび、34度の不採用通知が頭をよぎる。


 ここをやめれば他に雇ってくれるところなんて無いんじゃないだろうか。

 漠然と不安だけが募っていく。


「ノーパソが15万、一眼レフが30万。そのほか必要な道具を買いそろえると……はあ、胃が痛い」


 何年も社会人やってて貯金も無いのか。

 ワーキングプアっておとぎ話じゃないんだな。


「なんか質に入れられそうなもんあったけ?」


 家に帰ると真っ先に押入れを漁った。

 まあ、高価な買い物と縁がない生き方をしてきたから期待はしてない。


「ん……? なんだこれ、錠前?」


 引っ越しの際に詰め込んだ段ボールを漁っていると、中からきめ細かな装飾が施された錠前が出てきた。

 いつ買ったものなのか。

 そもそも段ボールにしまった覚えすらない。


 それ以前に、形状からしておかしい。

 この錠前には鍵穴が無かった。

 最近は指紋認証タイプの錠前もあるとは聞いているが、それすらも無い。

 錠前の側面にスイッチらしきボタンがあるだけだ。


 カシャン。

 ボタンを押してみると、錠前は小気味いい音を鳴らしてその鍵を開けた。


――――――――――――――――――――

覚醒の宝門(アウェイクン・ゲート)≫:開門

――――――――――――――――――――

開錠者の灰咲(はいざき)一真(かずま)

覚醒の間に転送します

――――――――――――――――――――


「へっ?」


 一瞬だけ、そんな文字が見えたと思うと、今度は錠前自体がまばゆく発光し始めた。


「ちょ、ちょっと待って――」


 どういうことか説明しろ。

 俺が文句を言うより早く、世界は捻転してねじ切れた。


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