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サビシガミ  作者: とらじ
4/9

ひもかがみ 4

赤子は冬雷の腕の中で、もうずっと眠ったままだった。

 短い睫毛は伏せられたまま、一度も瞼を上げたことは無かった。

 寝言を言う年頃でもない。

 不恰好な団子のような鼻が、時折すぴすぴと鳴るだけで。

 

 

 

 理由はわかっていた。赤子が眠ったままの理由。わかっていた。

 

 

 

 わかっていた、けれど。

 

 

 

「一体そんなもの、どこから拾って来たのだ!」

 

 

 

 さっさと捨ててしまえと、女ががなり立てた。

 ようやく顔を上げた少年は、彼女と視線が重なると、小さく首を横に振った。

 

 

 

「そんなこと、できん」

 

 

「ならばずっと、そうやって抱えておくつもりか!」

 

 

「放り出せば、どうなるかお前にもわかっているだろう?」

 

 

「お前が抱えていたとしても、結果は同じだろうが!」

 

 

 

 わかっているくせに。

 

 

 

 怒鳴り声に合わせて、足元の粉雪が悲鳴を上げながら舞い上がった。闇夜の空気が震えて、痛い程冷たくなった。

 

 

 

「お前は冬だ。冬、そのもの。確かにそれをこの雪の中に放れば、たちまち凍えて命は果てるだろう。だが、お前が抱いていようがいまいが、大差無い。遅いか早いかだけだろうが!」

 

 

 

 そんなこともわからぬ程、お前は愚かなのか。

 

 

 

 ぼんやりと冬雷は、目の前の春の司を見つめていた。

 真っ白な着物に身を包んだ黒髪の女は、綺麗な顔を怒りに歪めて自分を睨めつけていた。

 形のいい唇からは、止めどなく罵声が零れ落ちる。

 それらは細く長い針となって、冬雷の胸を深く抉りながら次々に突き刺さった。しくしくと心が悲鳴を上げた。

 けれど、彼の口からそれが漏れ出すことは無かった。

 

 

 

 赤子を捨てろと、もう一度、春覚が告げた。

 

 

 

 

「お前は、冬だ。お前は眠らせることしかできん。わかっているだろう? それは、お前の胸の中で目覚めることは無いのだ。眠り続け、眠り続け、そうしてゆうるりと(かばね)に変わる。ただ朽ちてゆくだけだ」

 

 

 

 はっきりとした言葉だった。

 怒鳴り声ではなかった。

 静かに響く言葉だった。

 

 そして、酷い言葉だった。

 

 自分の発するその一言一言が相手を抉ることを、春覚はわかっていた。

 けれど、彼女は繰り返す。

 

 

 

「お前の司る凍えは、有限の時の流れで生きるものから、奪うことしかできんのだ」

 

 

 

 押し黙ったままの山犬の面に向かい合い、そう言った。

 空気が震えるのが見えた。

 水面のように世界が揺れて、言葉は振動に変わり、相手に届く頃には、振動は刃と成り果てた。そうして、ざっくりと冬雷の胸へと突き刺さる。

 その様が春覚には見えた。

 同時に自分の胸にも深々と身体を埋める刃の姿も、春覚には見えていた。

 押し付けられるような痛みが背筋を撫ぜた。泣きたいような冷たさが腹部に広がった。

 

 きゅっと唇を噛み締める。だから嫌なのだと、口の中で呟いた。

 

 

 

 (命の限りに縛られたものとなど、馴れ合えば虚しくなるだけだ)

 

 

 

 四季の司は永久だ。

 同じ世界に在ったとしても、有限の中を生きる存在とは、決して交わることなど出来ない。

 心も、身体も。

 ほんの瞬きをする間に、命を持つものは生まれ、育ち、老い、朽ちる。それは、本当に一瞬の出来事。

 

 

 

 なのに。

 

 

 

 (たったそれだけだというのに、奴らは永久のものの胸を抉る)


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