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サビシガミ  作者: とらじ
3/9

ひもかがみ 3

 手を伸ばした。そっと少年の頭を撫ぜた。ハリネズミのようにつんつんとした毛髪が、白い掌に心地よい。

 驚いた冬雷が顔を上げる。

 眼を細め、薄笑ったみせた。困ったように彼は首を傾げた。

 その拍子に、頑なに組んでいた腕の奥、懐の中が垣間見えた。

 

 

 ちらりと覗いたそこにあったものに、女の表情が強張った。

 

 

 

「お前……!」

 

 

 

 息を飲むその言葉に、一瞬で冬雷も全てを悟った。

 慌てて一歩後ず去る。

 庇うように両腕を硬く組み直した。

 

 

 しかし、時既に遅し。怒髪天を貫くような表情を浮かべた春覚は、烈火の如く吼えた。

 

 

 

「お前、それは何だ!」

 

 

 

 逃げるようにもう一歩、冬雷が後ろに下がる。それを追うように、春覚が一歩前に出た。

 

 

 そんなものを抱えて、どういうつもりだ、と彼女は怒鳴った。

 

 

 彼女の怒りは、ごうと唸る風に変わり、長い髪を巻き上げた。白い肌は俄かに紅潮していた。

 

 

 

「答えろ!」

 

 

「……お前には、関係ない……」

 

 

「何を言うか! お前、一体どういうつもりだ?」

 

 

「……うるさい」

 

 

「それが何だか、わかっているのか!」

 

 

 

 お前が抱えている、それが。

 

 

 

 庇うように、山犬の鼻先が俯いた。

 逃げるように、組んだ腕で胸を覆った。

 

 しかし、真っ直ぐに射抜く彼女の視線から、到底逃げることなど叶わず。

 

 

 忘れたのか、と春覚が言った。

 

 

 それは怒鳴り声ではなかったが、責めの響きを含んだ厳しいものだった。

 

 

 

「おれ達は、永久、だ」

 

 

 

 春が訪れ、夏が渡り、秋が巡って、冬を告げる。

 そうしてまた春がやって来るのは、定められたこの世の理。歪むことの無い、約束。

 

 

 

「おれ達は……司は、四季が在る限り、共に永久に巡る存在だ」

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 大きなため息をついた。心の底から、ため息を吐いた。

 眉間にしわを寄せ、吊り上げるように細めた視線を、冬の司の胸に向けた。

 丁度、雲間から様子を窺うように月が顔を覗かせた。しかし、すぐに引っ込んでしまう。

 それ程までに、彼女が発した声は低く、突き刺すように真っ直ぐと辺りに響いたのだ。

 

 

 

 それは、有限のものだ。

 

 

 

 ゆっくりと、噛み締めるように繰り返した。

 

 

 

「それは、限りある命で生きるものだ」

 

 

 

 白い山犬の面は、何も言わず、春覚を見つめていた。

 彼女は視線を逸らさなかった。

 それから、冬の司はゆうるりと鼻先を自分の腕の中に向けた。

 見下ろした先にあるものに、深く、重い、息を吐いた。

 

 

 

 それは酷く小さなものだった。

 小さな小さな丸い頭に、ふっくらとした頬。

 粗末な布に包まれた、幼い身体。

 

 

 

 ふくふくと柔らかなそれは、まだ自分の足で立つことも知らぬであろう赤子だった。

 

 

 

 人の子、だった。

 

 

 

 

 眠っていた。少年の腕の中で、すいよすいよと寝息を立てている。

 それを冬雷はじいと見つめた。時折、短い指が僅かに揺れる様が、愛らしかった。

 

 

 

 春覚が舌打ちをした。吐き捨てるように彼女は言った。

 

 

 

 阿呆が。

 

 

 

「人なんぞに、心を奪われたか!」

 

 

 

 彼は答えない。ただ、俄かに肩を落とし、腕の中の小さな命を見つめていた。


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