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サビシガミ  作者: とらじ
1/9

ひもかがみ 1

 深々としていた。

 

 

 白い衣にすっぽりと覆われた森々は、ただ静かに夜に身を委ねていた。

 何の音も響かぬ冬空、黒い帳の中で月天心。淡く揺らめく灯りは、どこか居心地が悪そうに辺りを照らしている。

 

 

 足跡一つないまっさらな雪顔が、不意に天へ手を伸ばすように、白く粉を吹き上げた。

 ふわりと黒に舞う白雪は、陽炎のように揺れる。

 その中から、しゅるり、と衣擦れの音が漏れた。

 

 

 眉間に皺を寄せた、酷く綺麗な顔をした女だった。

 雪を織ったような衣を無造作に身に纏い、暗夜を紡いだが如き黒髪を長く垂らしていた。

 青にも見えるほど白い肌に、唇だけが淡く色づいている。

 しかし、形の良いそれも、今は不機嫌に引き結ばれていた。

 

 

 何かを探すように視線を滑らせた女は、大仰にため息をつきながら双眸を閉じた。

 長い睫毛が肌に影を落とす。

 やがて、顔にかかる髪をかき上げながら、彼女は吼えるように声を上げた。

 

 

 

 

「冬雷!」

 

 

 

 

 ごう、と風が鳴った。

 降り積もった雪の上の軽いところが、吹き上げられて悲鳴を上げた。気にせず女は、もう一度怒鳴る。

 

 

 

「冬雷!」

 

 

 

 衣の裾が捲れ、すらりと伸びた女の四肢が覗く。青白いそれは、月の光に似ていた。

 

 

 

 やかましいぞ―――闇が、くぐもった声を上げた。

 

 

 

 低く唸るような、少年の声色。

 すうと両の眼を細める女。目の前に広がる暗闇に、皮肉めいた嘲笑を向けた。

 

 

 月の薄明かりの中で、雪の白と夜の黒が混ざり合い、空気をぼやかした。ぼやけた風は徐々に輪郭を持ち始め、ゆるゆると影を描く。影は色を帯びながら、やがて、闇の中に少年の姿を映し出した。

 

 ふん、と女は鼻を鳴らした。

 

 

 

「冬雷」

 

 

 

 呼ばれ、少年は大仰にため息をついて見せた。

 顔には白塗りに赤で目鼻の線を引いた山犬の面を着けているため、表情は読み取れない。古びた厚い半纏の袖に、両腕を組む形で突っ込んだまま、女の名を呼んだ。

 

 

 

「春覚」

 

 

 

 

 遅いぞ、と春覚が文句を口にした。冬雷はそっぽを向き、綺麗に言葉を聞き流す。返事の代わりに、彼女へ文句を返した。

 

 

 

「お前は、すぐに怒鳴る」

 

 

 

 そんなに声をがなり立てては、眠っているものたちが、皆眼を覚ましてしまうだろうが。

 

 その言葉に、女はあからさまに舌打ちをする。

 腕組みをし、ずいと身を前に乗り出した。

 

 

 

「当たり前だ。おれの役目は、目覚めを告げることなのだからな」

 

 

 

 

 四季の中で、春の司であるのだから。

 

 

 つい、と犬の鼻先を春覚に向けた。面越しに冬雷の視線が彼女と重なる。

 ああ、とため息を洩らし、首を横に振った。

 

 

 

「何故、四季の中でも、一等柔らかな季節の司が、お前のようにがさつなのだ」

 

 

「黙れよ、小童。眠りこけている冬と違い、春は全てを始めねばならんのだ。穏やかな気性では、何も出来ん」

 

 

「……好きで眠りこけているわけではない」

 

 

「当たり前だ。好き嫌いではなく、きっちり勤めとして、責任を果たせ。そして今が、その時だ」

 

 

 

 言うと、春覚の姿が揺らめいた。そのまま、すうっと雪の上を滑り、冬雷へ寄り来る。磨き上げた玉のようにまっさらな雪顔には、何の跡もつけずに。

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