第七譚
日常の一部に、俳句がいる。
今は、水を飲むみたいに、歩くみたいに、呼吸をするみたいに、俳句を詠んでいる。
今まででは、考えられなかった。
少し前までは、考えられなかった。
『行動エリアにブーブークッションを敷き詰めるドッキリとか、事前に伝えてくれるリハーサル有りの大物登場ドッキリとか、1日に美女100人がどこかで何回も抱き付いてくるドッキリとか』
そういうものを、食らった時くらいの意外性というか、想定外の今が、ここにある気がする。
今日も、髪の毛を整えるように、俳句を考えていこうと思う。
●冬の月 雑誌弛ませ 走る帰途
という俳句が浮かんだ
夕方のくらい時間帯に、月刊誌を買いに行った
毎月買っているテレビ雑誌だ
それを買うと毎回、ビニールで出来た袋に入れられ、雑誌が丸まってしまう
買った直後、月がキレイだなと思いながらも、丸まる雑誌が気になった
それと、中身もとても気になった
家からすぐの本屋だったので、走って家に帰った
そんな実体験を、書いた句だ
説明的ではないので、いいだろう
●Tシャツとジーパンで歩くハロウィーン
という作品が頭にわいた
地元のハロウィーンのイベントみたいなものがあった
お祭りみたいなもので、屋台などを目的にふらっと向かった
ハロウィーンだったが、日常の姿で、何も変わらずに、足を踏み入れてしまった
それを書いた句だ
季節感は、あまりないだろう
情景というものも、あまりないと言える
歩くと、素直に書いてしまったことの、是非も評価のポイントだろう
自信はあるが、ほんの少ししかない
●暦はもう葉月 初めて蝉が鳴く
そんな俳句が浮かんだ
葉月が季語で、蝉も季語だろう
それは、良しとしよう
だが、説明的といえば、説明的だ
涼しい日が続いて、7月には蝉が鳴くことがなく、8月になってから、初めて鳴いた
その年の涼しさなどを、感じる句にしたかったのだが、どうだろうか
●ドライブの西のしるしは鰯雲
そんな作品が出来た
ドライブ中に、鰯雲が見えた
とても綺麗な、鰯雲だった
そのときは、初めて行く場所に、カーナビなしで進んでいた
だから、目的地方向にだけある、鰯雲を目指していこう
そんなことを考えたという体験を、俳句にしたのだが、どうだ
鰯雲を平仮名のいわし雲、にしようとしたけど、どちらがいいのだろうか
まだまだ、分からないことだらけだ
●目印の 赤ランドセル 覆う霧
という俳句が生まれた
これは、小学生の時に、濃霧が多くて、前を歩く女の子の赤いランドセルを、目印に登校したという句だ
霧が濃くなって、見えたり見えなくなったりした
それを俳句にしたのだが
少し、分かりにくいかもしれない
●押し疲れ ポットのお湯の細き冬
といった作品が出来た
昔の家のポットは、強く押しても、チョロチョロしか出ないポットだった
だから、頻繁に使う冬にはもう、ポットを使うだけで、疲れてしまっていた
そんな思い出を書いた句だ
説明的ではあるが、どうだろうか
●今季最大寒気団 身に染む湯
という俳句が思い付いた
冬のある日、テレビで天気予報士が、【今日は、今季最大寒気団です】みたいなことを言っていた
その日に入った湯船は、寒暖差で、カラダに染みていくように、かなり熱かった
この俳句のポイントは、漢字だらけの、今季最大寒気団だろう
字面が少々、うるさい
文字数も合っていないし、どうなのだろうか
自信はまあまあ、ある方だ
俳句は素晴らしい。
俳句は誰でも出来るからいい。
どこでも脳があれば、出来るからすごい。
簡単だが、奥深い。
本当に本当に、素晴らしいものだ。




