一日に二度もぶん投げられし者
八月の青空に、雲は一切れもない。さえぎるものなく、暑さで風さえも動きを止めたような空気の中。
人だけが、ヒト族だけでなく獣化できる者、森の族、岩の族、竜種さえもちらほら、元気に動き回っている。荒廃戦で根こそぎにされた麦畑(だった場所)に、赤の旗印と青の旗印が入り乱れている。
すでに騎馬、鬼馬隊突撃、斉射といった段階は過ぎ、赤の三角旗を掲げた大きな塊が、青の四角旗集団を散らしてうねり、進みゆく。
旗と旗の色がぶつかる場所で、悲鳴があがる。甲高い声は、少年兵か、従者か。
「ひっぃいいいいいいいいいいいいいいいいーやーーーーーーーーー!」
細い身体が空を舞い上がり、そして落ちる。堕ちると同時に「やぁああああ」が、「んぶふっ」になった。
息が止まるほどの衝撃。なにか板金でできた『何か』に体ごとぶちあたって、骨が折れてないといいんだけど。
「おお良かった。どこも折れていないな、よしよし」
すぐ上から、くぐもった女の人の声。え、女の人?いやいやいや、ド乱戦のド真ん中で嘘だろ。目はまだ回っているけど、頭はちゃんと考えきれる。
で、僕が今どういう状態かってことも把握。板金の胴鎧、顎まで覆ってる兜。きれいに磨かれてるから、きっと腕のいい従者がいる。肩から腕は鎖帷子で、その腕はがっしり、僕の胴体をつかまえていて、宙に浮いた足はスース―する……あっ僕、裸足だね?
進行中の乱戦より、この異常事態。何で裸足、とかこの女騎士(板金鎧に乳を再現する男騎士は居ない。居ない……と思う)すっごい背高いとか、あっ花みたいな香りがするとか。
顎下のベルトを外して、兜を取った姿は、やっぱり女騎士だった。板金鎧に乳をつける趣味のある男騎士じゃなくて良かったーーー……
「さて、君は今からラバス公爵家の捕虜だ」
「はい?」
ほっとしたのもつかの間だった。
捕虜宣告ですと?!
しかも彼女は、僕の足を見下ろして、にっこりと微笑んだのだ。
「いい足首だなと思って」
「ありがとうございま……はい?」
哀しいかな、こんな時でも従者の習い。『褒められたらお礼』を申し上げそうになった。って、
「いやぁああああ僕そういうのダメなんですうぅぅぅぅぅ!」
ヤバイ!ヤバイ!板金鎧に乳をつける趣味のある男騎士じゃなくて美少年の足首に偏執的に執着するヤバイ女騎士だあああああああああ……!
「……。…………か」
「いーーーーやーーーー!あーんなことやあーんなことをするんですね?!呪われた書物みたいに!みーたーいーにぃぃぃぃぃぃ!!」
「……。…………かと」
「やだやだやだ調教されてメイド服着せられて頬を赤らめるところまでワンセットとか似合う自信はあるけど嫌すぎるぅぅぅぅぅぅ」
ぜーはーと息ついたとき、その言葉が耳にスッと入ってきた。
「や、……私と一緒にハーフマイルで金を目指さないか」
あれ。思ってたのと違うくない?
逃がさないよう、ガッチリ捕まえてはいるものの、女騎士さまは穏やかに微笑みながら、根気強く言い聞かせてくれてたのだ。
それに自分が叫ぶの止めたから気づいたけど、周囲の剣戟や打撲、おらび声も、ほぼほぼ静まっていた。
戦況は、戦況はどうなったんだろう。そして、僕の仕えていた騎士バーチバル様は。
僕の頭の中は疑問だらけだったが、女騎士さまは僕が静かになったことを、『抵抗を止めた』とお考えになったらしい。笑顔のまま一つ頷くと、僕を軍馬の鞍頭にほうり上げたのだった。
暑さとショックで意識が遠のくまえに思ったのは、
(足を掴まれて放り投げられるなんて、一日に二度も体験したくない。)
だった。