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71.生きる意味を問う哲学

 魔王シオンは執務机に肘をついて、大きな溜め息を吐いた。部下が暴走しつつある気がする。咎める気はない。


 人間を殺したいのは、魔族なら当然の感情だった。家族を殺された痛みや苦しみを、それぞれに抱えている。同族を目の前で失い、嘆き悲しんだ者も多かった。人間に殺されたり、手足を切り落とされた奴もいる。


 あのネリネすら手足を切り落とされ、首を切断されたことがあるのだから。他の魔族の惨状は推して知るべしだった。


「抑えるべきか、放置すべきか」


 新たに異世界から勇者が召喚できない。セントランサス国へ紛れる密偵の報告では、聖女の兄が勇者に選ばれたらしい。召喚者ほどの力はないはずだ。


「何を悩んでおられるのですか」


 魔王が死んだり封じられる度に、魔族の歴史はリセットされる。そのため内政や外交に力を注ぐことはなかった。軍事国家さながら、いかに長く魔王を生かすかに注力される。


 会議で交わされる議論は、戦いに関する話のみ。魔王の執務室で処理される書類は、戦略や戦術に関する裁可が主流だった。


 魔族がこの世界に同化した当初は、外交も試みた。それらがすべて騙され拒否され、魔族が人間を敵だと認識するまで大した時間はかからなかった。なぜか復活してしまうため、内政も最低限の同族保護くらいしか執務がない。


「余はなぜ生かされるのか」


「哲学ですか? それなら3回ほど前に復活した際、嫌というほど悩みました」


 ネリネが呆れたと呟く。あの時も結論は出なかった。人間に殺されるために生きているのか? と自虐的になった後、自殺しようとする魔王を止めるのに必死だった。懐かしく思うこともない、忌々しい記憶だ。


「あの時は悪かった。もう逃げない」


 言い切ったシオンがさらに何か続けようとした時、階下で爆発音がした。軽く振動する魔王城、続いて悲鳴と謝罪が劈くように廊下を駆け巡った。


「また、あれか?」


「はい、あれですね」


 聖女を示す単語が「あれ」になったのは、今回くらいだろう。今までは憎き敵だったが、現在は迷惑な小娘程度まで認識が変化している。追い回して魔獣に食わせても気が収まらないと考えた時期もあったが、あの幼い子供を虐待するのは気が引けた。


 小さな姿は哀れにも程がある。中身も多少足りない小娘は、もうすぐこの部屋に駆け込んでくるだろう。溜め息をついて立ち上がり、扉を開いた。廊下を駆け上がる足音と、止めようとする侍女達の叫び声が混じり合う。


「あ、魔王様! ごめんなさい、また壁に穴が」


「陛下っ! 失礼いたしました」


 追いかけて捕まえたバーベナが泣きそうな顔で謝罪する。聖女に気に入られたばかりに気苦労の多い侍女に「よい」と許可を与えて近づいた。


 スカートの裾を掴まれてつんのめったクナウティアは、勢いよく顔から転んでいた。手をつくのは幼児でも出来る本能的な行動なのだが、小娘は本当に運動神経が鈍い。呆れて助け起こし、顔面を打った聖女を床に座らせた。


「壁の穴は後で塞ぐ。他に被害はないか?」


 顔や体を確認し、欠損がないか確かめる。魔族と違って人間はひ弱なのだ。こんな幼子は指の1本が欠けても重傷だろう。一通り確認されたクナウティアは瞬きして、にっこり笑った。


 なんていい人なのかしら。建物を壊したのに叱らず、ケガの心配もしてくれる――魔族って優しい種族なんだわ。聖女の誤解は、いずれ人と魔の関わり方に変化をもたらすだろう、たぶん。

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