57.誤解の鎖が緩む音
聖女クナウティアが美味しいおやつに舌鼓を打っていた頃、セントランサス国の王城の一室は修羅場だった。
ガウナの拘束から逃れたセージは、今までの不信感と苛立ちを吐き出すことにした。不敬罪で投獄されるなら逃げ出してやる。覚悟を決めて、リクニスの短剣をしまった胸元を確かめた。他に持って逃げる物はない。
武器は目の前の騎士の誰かから奪えばいい。盗賊と戦うときがそうだった。数人切ると剣は切れ味が鈍る。叩き切るように作られた剣は、倒した敵から奪って次々と使い潰すのが便利だった。もちろん商人である彼らは、倒した盗賊の剣を次の街で売り払うのだが。
帯剣した騎士の位置を確認し、僅かに左に動いた。ここならばすぐに届く。
「そこの騎士は、うちの弟の恋人を追いかけ回した変態じゃないか! それに王子殿下もそうだ! 可愛いクナウティアに手を出そうとしたんだろう!! あれだけ愛らしいんだから無理もないでもないが、まだ幼いあの子に欲情して行動するなら変態だ! 父も俺達も貴様らの外道な行いは絶対に許さないぞ」
「ちょ……不名誉な呼び方はやめていただきたい!」
「え? 私が手を出した? あんな子供にか?」
「子供じゃない! クナウティアは立派な淑女……え?」
反論しかけたところで、セージは首をかしげた。反応が何かおかしい。壁際に控える護衛騎士達も目を見開き、会話の行方を見守った。
しんと沈黙が落ちたところで、一斉に口を開いた。
「「「確認したいのだが(ですが)」」」
ごほんと空咳をして、リアトリスが手を上げた。
「順番に話そう」
その意見に異論はないので、全員が頷く。このまま重なって話したとしても、誰の意見も聞こえない。ひとつ深呼吸したところで、リアトリスが再び口を開いた。
「悪いが私から始めさせてもらう。私は女神ネメシア様に誓って、聖女様に不埒な接触をしたり強要したことはない」
まず身の潔白を宣誓する。利き手を心臓の上に乗せ、女神の名に誓った。正式な手順を踏んだ所作に、反射的に室内の全員が胸に手を当てる。これは宣誓した相手への敬意ではなく、女神への敬意を示す行為だった。
「聖女様誕生のご連絡をもらい、私は教会へ向かった。途中で窓から落ちた少女に気付いて駆け寄ったところ、教会で手足を縛り口を塞いだ乱暴があったと知り、聖女様を保護させていただいた。あのときの話はガウナや同行した他の騎士も知っている」
驚いた顔のセージが考えこむ。彼が知る話とだいぶ違っていた。父が深刻な顔で妹を連れ帰ったため、襲われたと思ったのだ。あれほど愛らしい少女を前に、自制したというのか。家族の盲愛フィルター越しに、自分基準で考えるセージは唸った。
「そもそも聖女様ご自身が、教会で神官に襲われかけたと話しておられたが……。馬車で王宮へ向かう途中で、聖女様は飛び降りてしまわれた。その理由は知らない。だが追いかけたリキマシアで、私は聖女様を見つけることが出来なかった」
力不足を悔やむように話したリアトリスは、そこで護衛として同行したガウナを振り返った。
「ところで未婚女性を追い回した事件とは……あれか?」
城塞都市リキマシアのアルカンサス辺境伯家の前に転がされた件を、苦々しく思い出すガウナは溜め息をついた。




