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2.選ばれし聖女は「裏切者」と叫ぶ

 侍女や下働きのいない男爵家では、家事や家庭菜園の手入れも家を守る女性の仕事だ。仕事で頭がいっぱいのクナウティアの抵抗は激しい。両手両足を使って全身で「行きたくない」と示すが、神官も「はいそうですか」と帰せるわけがなかった。


 聖女は教会の最上位だ。彼女を外に出して、何か起きたら取り返しがつかない。ましてや先代の聖女が老衰で死去してから21年も経っていた。次を待つのは無理だ。


「御身がどれほど重要か、考えてくださいませ!! うぉりゃあああ!」


「今日は、大切な日だってぇ!! 言ってるでしょぉおおおおッ! 明日、また来るからっ!!」


「明日じゃ、遅いんですよぉ! この、うぉおおおおお!!」


 神官とクナウティアのやり取りは、とても聖職者と貴族令嬢の会話に聞こえなかった。選定を行った大広間は、荘厳な高天井の美しい建築物だ。芸術品と呼んで差し支えない。柱に彫刻された神々の姿も、壁や天井に描かれた神々しい神話のシーンも、信者の心を癒やす美しさがあった。


 その神殿の奥へ続く扉枠に、クナウティアの両足が掛かっていた。淑女らしからぬ大股開きで、扉の枠へ足を突っ張った。そんな彼女を、なんとか引きずり込もうと全力で引っ張る神官。後ろから別の神官が背を押して加勢するが、手より足が突っ張る力が強い。


 何しろ今夜は家族一緒の食卓なのだ。前回から3ヶ月、待ちに待ったお楽しみだった。豪華な食事じゃないけれど、父や兄の土産話を聞きながら過ごす時間を大切にしたかった。聖女の用があるなら、明日以降にして欲しい。


「えいっ」


 突然横から膝の裏をかくんと突かれ、クナウティアは抵抗虚しく扉の向こうへ押し込まれた。神官達に協力した少女は、ひらひらと手を振って「がんばってね」と声をかける。それは一緒にきた親友のセントーレアだった。


「セレアの、裏切り者ぉおおおおお!!」


「安心して、ティア。おじさま達に伝えておくわ」


 ばたんと扉が閉まり、クナウティアの悲鳴や叫びが聞こえなくなる。聖女選定の日は年に5回。国内の16歳の少女は、そのいずれかに参加しなければならない。今年最初の選定で聖女が現れたため、同じ年齢の少女達は選定のために教会へ行く必要はなくなった。


 クナウティアが残した座席の帽子を拾ったセントーレアへ、神官が1人近づく。先ほどクナウティアの背を必死に押した神官だ。普段しない運動で滲んだ汗を拭いながら、セントーレアへ頭をさげた。


「助かりました」


「いえ。それで、ティアはいつ帰れますか?」


「聖女様は教会でお暮らしになります」


「ん?」


 奇妙な言葉を聞いた、とセントーレアは首をかしげた。さきほど悲鳴を上げて連れ去られた親友を思い浮かべ、余計なことをしたかもしれないと青ざめる。


「ティアに会えない、の?」


「面会は可能です。明日の朝、ご家族との面会時間をご用意しますので……こちらをお持ちください」


 時間や詳細を記した紙を渡され、セントーレアは目を通した。聖女との面会に必要な書類らしく、質のいい高そうな封筒とセットだ。


 駄々を捏ねる親友の背を押したつもりが、とんでもない事態を招いたらしい。あのままクナウティアの手を取って逃げるのが正解だったかしら。男爵令嬢のセントーレアは青ざめた顔を隠すように帽子を深く被り、大急ぎで教会を飛び出した。

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