122.魔女の願いを退けた悪魔
この身に宿るすべての魔力と生命力を、呪いすら力に変換して流し込めばいい。やっと忌まわしい長き命が終わる。ミューレンベルギアは描いた魔法陣の上にぺたんと座った。
少女姿で286年の時間を生きた。それは親を看取り、愛した夫を何人も見送った……辛いのに、幸せも感じた時間だ。もう夫は不要だと89年も拒絶して、今の夫に口説き落とされたのも懐かしい。12年ほど前の話だった。
不思議と最初の夫以外の子は生まれず、彼女が子を成し、また孫の子が誕生する。子孫を見守るのは罰から幸せに変わったのは、ああ……そうだ。リナリアが生まれた時だったね。
赤子の彼女と目が合った時、長い人生にようやく終止符が打てるのだと感じた。望まれて生まれてきた、私の呪いを終わらせる子――正確には、リナリアが産んだ聖女クナウティアの役目だったけど。
次のミューレンベルギアはリクニスの長であると同時に、魔族と人間の間に立って調停する役目を負う。リナリアなら十分にこなせる能力があった。安心して目を閉じられるよ。
「ミューレンベルギア、俺も」
「わかってる」
村長の立場にいた最後の夫が、魔法陣の外から手を伸ばす。わかってる、一緒に逝きたいと願ってるんだろう? 理解しているが、あんたはまだやることがあるよ。だから「いいよ」とは言えない。でも、あんたの気持ちは「わかってる」んだ。
捻れた世界を戻す――魔王シオンと最後の娘クナウティアが戻る前に、始めるとしようか。
「魔法陣に触れるでないぞ。バランスが狂えば、世界が崩壊する」
無言で頷く夫に微笑みかけた。それからミューレンベルギアの両手が魔法陣の文字に触れる。流し込んだ魔力が走った。魔法陣の外縁に炎が揺れる。青白く低い高さの炎は、風がない屋内で徐々に高く燃え上がり……唐突に消えた。
「ご苦労様でした、リクニスの巫女」
彼女の魔力を吸い上げる回路の上に立ち、ネリネは両手を上に伸ばした。
「女神ネメシアよ、契約に従い我らへ戻しなさい」
奪われた魔力を、魔王から預かった権能を。融合した世界が分かたれる痛みを祝福にかえ、我らにすべてを返せ。
強欲に強請るネリネの言霊が、力となって魔法陣に降り注ぐ。リクニスの巫女が使う量を遥かに凌ぐ、大量の魔力が部屋に満ちた。
「な、にを」
「簡単ですよ。我らは魔族です、なぜあなたの願いを叶えると思ったのですか? 死にたい? 当然でしょう、我らも同じ苦しみを知っていますからね……邪魔させていただいたまで」
「くっ、この……悪魔が」
「褒め言葉ですね」
くすくす笑う楽しそうなネリネと対照的に、ミューレンベルギアは青ざめた。注がれた魔力を散らす方法はない。魔法陣はもう満ちて発動する。そこで彼女はようやっと理解した。
――死にたくても死ねないことの、本当の意味を。




