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ことのはさらり

作者: コロ

これは『ことば小説』企画作品です。

『ことば小説』と検索をすれば他の作者様の小説もご覧になることができます。

ぜひ見ていただけたらと思います。

『 なぁ。


  お前はどうしてそんなに苦しんでいるんだ。

  どうしてお前はおれの前でぽろぽろと涙をこぼすんだ。


  おれはお前に何にもできないのに。

  それを止める手段を持ってないのに。


  なぁ。

  泣きやめよ。

  笑えよ。


  お前がどうして泣かなきゃならないんだ?

  どうしてお前が傷つけられなきゃならないんだ?


  おれは……


  おれは、

  守りたい。


  お前を。』


  

 *  *  *


ふと俺が目を覚ますと、そこはひかりの中だった。


風に揺れるカーテン。

やわらかく包み込んでくれるカーペット。


「ん…あぁ…・・・」


暖かさを感じながらおれは欠伸をしながら軽く伸びをする。


……伸び?


「ちょっと待て」


なにを?


「じゃなくて、なんだこの状況」


そうだ、ボケてるバヤイではない。

なんなんだ一体これは。


なぜおれは体を伸ばすこと(・・・・・・・)ができるのだ?


『よくぞ、訊いてくれました!』


は?


『へろぉう♪ ごっきげんうるわしゅう?』


唐突に空から子供特有の高い声が降ってきた。

と、つづいて子供が降ってきた。


体操選手のように着地しようとしたようだが、失敗して足を滑らせ豪快にすっ転んだ。

その際に頭を思いっきり打ったらしく「ごがん!」とかすごい音がした。


それがよっぽど痛かったのだろう。


ごろごろと床を転がりまわりながら、悶絶する。声にならない声が痛々しい。


『――――ぃッたぁあああい!』


ついに声を上げた子供のおでこにはカワイイたんこぶがプクリ。


うわ痛そ。


いや、とゆうかその前に。


「誰だお前」


ものすごく簡単に聞きたいことを訊いてみた。


『ぼく? ぼくは神さま!』


子供は腫れた額をさすりながらあっさり答える


「かみぃ?」


おっといかんな、この子供があまりに素っ頓狂なことを言いだすのでおもわず青筋が浮かびかけた。

うむ、いかんいかん。相手は子供だ。


『んぅ? 信じてないなー? ホントにぼくは神さまなんだよ、若いけどねっ』


「ぼく? 神サマごっこは家でやってろっつんだこのガキこっちは訳分かんないこと起こって混乱中なんだよ余計なこと言いやがってもっとこんがらがるだろふざけてんだろってか舐めてんのかコルァあぁん? 針千本のますぞ小僧」


おおっとぉ、ついつい手が出そうになっちゃった☆

というか、うお、手がある。


『あ、びっくりしてるー! それ気に入った? それねーぼくがやったんだよ―♪』

「それ?」

『そのカッコのこーと☆ ど? ぼく的にはすごい良くできたと思うんだけどねー』


おれは改めて自分の体を見た。


がっちりとした無駄のない筋肉に包まれた脚。

見事に八つに割れた腹筋。

細くはないがそれなりに引き締まった腕。


『ほーらほら、顔も見てごらんよ。傑作だかんね。自信あるよ◎』


子供はどこからかさっと姿見を取り出しおれの前に置いた。


そこに映っていたのは

整った顔をした一人の男だった。

髪が普通の黒髪より少し緑がかったものだったが、それ以外特に変わったところもない。


「これが…おれ?」

『そーだよー、もう大変だったんだから。髪はどんな感じにしようかな? とか、声はどんな感じ? 口は? 肌は? 顔の造形はどうしよう? 足は? 手は? 胸は? 瞳は? もー迷った迷った』


子供はあっけらかんと笑いながらバシバシおれの背中を叩いた。

正直ちょっと痛かったが、鏡の中のおれはあっけにとられたようにポカンと口をあけ呆然と突っ立っているだけだった。


『どーしたの? なんかお言いよ』

「おれ…、なんで……?」


蚊の泣くような声が静かな部屋に響いた。

鏡の中のおれは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


『君が望んだから』


ポツリと呟きが聞こえた。振り向くと、子供のユルけた表情は引き締まり真剣な目つきが俺に向いていた。


『その一言に尽きるよ』

「おれ…が……?」

『いえす、ゆーあー☆』


が、その真面目くさった顔も一分とは保たず完全にひらがな英語になっている言葉と共にくにゃりと歪んだ。

仁王立ちになった神は伸ばした人差し指をおれの額にビシリと突き立てて言った。


『いいかい? ぼくはキミの願いが聞こえたから、こうやって叶えてあげたの。ただそれだけなの』

「神……」


そっか……、なんか言いたいことばっか言いすぎちまって悪かったかな。


そんな風にちょっとだけ反省したおれが詫びの言葉を告げようと顔を上げたその瞬間、神はバツが悪そうにぎこちなく笑いながら下を向いてぽつりとひとりごちた。


『まぁ他に理由がないとも言い切れないって言うか、新しく生まれた神はなんかひとつ創造をしなきゃいけないノルマがあるって言うか、ちょうどいいカモがいたから手をつけたって言うか……』

「どんどん悪くなってんじゃねーか! つーか結局自分のためかよ!」


前言撤回!

とうとう堪忍袋の緒がぶち切れたおれは叫んだ。


「こちとらチラと思ったことが実現しちまってどうすんのか真剣に悩んでるっつーのに、なーにがノルマだどうしてくれんだこの自己中心的(ジコチュー)神!」

『良いじゃない、一度は思ったんでしょ? 僥倖じゃん』


その間一度白状してから神はケロッとしてオレがどういってもどこ吹く風。

いい加減面倒臭くなったとでも言うようにつやめく黒髪をくるくると弄び始めた。


あげく開き直ったかこの駄目神は悪びれもなく言い返してきやがった。


『っていうかね、これまだ物語の冒頭部分なの。いい加減次行かせてよ。読者様もそろそろこのグダグダ感にも飽きてきただろうしさぁ。もう二千五百字近くいっちゃってるんだよ? 5分の一以上だよ? わかってる?』

「は?」


何を言い出すんだこの神は。さっぱりわけがわからない。

第一読者さまってなんだよ?


「すまん、なにいってるかわから『あーじゃ、ぼくはこの辺で。人間生活楽しんでねー♪』へ? おいちょっ」


ぱしゅんと気の抜けるような音を残し神は忽然と消えてしまった。


「なんだっつんだよ……」


へたりと座り込んだおれは創られたばかりの手で顔を覆った。

額に触れた手はひやりと冷たい。


そうしているとだんだん頭が冷えてきて意識がすっと冷静になる。

さっきのことがまるで夢のように感じるくらいまでには。


「……そうだよ、んなことあるわけないっつぶッ!」


最後の「ぶッ!」は風にあおられ飛んできた紙が顔に張り付いたためだ。


「ンだよ今度ァ!」


紙を強引に引っぺがすと、そこには『神より☆』というこの世で最もムカつく文が見えた。

その手紙(と思われるもの)を無言で引き裂こうとすると金だらい(特大)が空から降ってきた。

ぐわッしゃーん!とおれの頭にジャストミートした金だらいにはでかでかと「天罰!」と書かれている。


あの綺麗なボブヘアーに思いっきりドロップキックをぶちこみたいと思った。


まぁそれはともかく、

おれはしぶしぶ手紙を裏返した。


【ご機嫌いかがかな。

 良くはないみたいだね、別にいいけど。

 キミにいくつか説明し忘れてたことがあったんだけど、今日 もぉいっかいそっちに行くのは面倒いので手紙を出すことにします。】


ここまで読んだ時点でおれが手紙をもう一回破り捨てようとすると、今度は一斗缶が降ってきた。

そこには「天☆誅」の文字が。あの野郎。


【その家はあげます。ていうか明日からぼくも住みます。

 お金はどれくらいあればいいのか分からないので適当に創って金庫に入れときました。

 あと年相応にするために学校に籍入れといたからね☆ 近くの高校だよ。

 今日はいいけど明日から行くこと ※絶対だよ!

 大丈夫大丈夫! 頭脳はちゃんと天才レベルにしといた★ 感謝してよねー。

あといくらムシャクシャしてたからって人、って言うか神からの手紙を見た瞬間破ろうとするのはやめなさい。

 じゃ、またねー♪

     神より☆】


「あンの野郎ぉッ!」


怒りにまかせて手紙をぐしゃりと握りつぶした。

現実だと思い知らされた上に、余計なことしやがって。学校だと?

そもそもノルマとかカモとか冗談じゃない。


ふと手紙(だったもの)に目をやると裏に何か書いてあるようだった。

読み残しかと思い律儀に紙を伸ばしてやった俺がバカだった。


【追伸 ◇ この文を読んだら十秒以内に手放してくれないと自動的に爆発するよ。で、そのあと地図になるから】


それを読んだ直後、おれは思いっきりその紙を部屋の隅へと投げ捨てていた。


耳と目をしっかりと塞いでいたにもかかわらず、ぼふんというくぐもった爆発音が鼓膜に届く。


そぉっと目を開けると、そこにはひらひらと角が少し焦げている地図が一枚落ちている。

広げてみるとある建物が丸で囲まれていた。

その横には神の似顔絵が描かれていて、吹き出しに「ここが君んち。で、こっちが学校ね♪」と書かれている。


本気で神殺しを考えた。


「ってあれ、ここって……」


仕方なくちゃんと地図を読み始めたおれの目に、オレが通わなくてはならないらしい学校の名前がとびこんできた。

あの神から創られたにしては真面目だなぁおれ。

それはともかくとして。


この学校は…………、




「アイツが……、いるところだ」




 *  *  *



『おっはよー!朝だよ~起きなさーい☆』


「ンだようっせーな、駄目神」


次の日の朝、この世で最もムカつくモーニングコールで目が覚めたおれは、それでも一応起こしてくれたのだからと起き上がった。


『ほらほらっ、今日から学校でしょ!朝ご飯創っといてあげるから、顔洗ってきなさい』


お母さんかお前は。


背中を押され、洗面所に押し込まれたおれはがりがりと頭をかきながら鏡の前に立った。

鏡に映ったおれの目の下にはうっすらクマが。

あんなことがあった後で眠れるか。

てか目が覚めた時、夢であってくれと祈ったくらいだ。あの神以外に。


『朝ご飯冷めちゃうよー早くおいで~?』


神がせかす、うるせっ。

とりあえず月並みな返事をしてリビングに向かう。


『じゃーん! 神さま特製◇学生朝食』


とか神はほざいているが、それはごくフツーのトーストと味噌汁(麦茶付き)だった。

まぁそこそこ美味かったのでテキトーに片して席を立った。


「じゃ、行ってくるわ」


制服に手を通し、教科書が詰まった鞄を下げる。

不思議なことに、何もかも初めてのことの筈なのに妙に馴染んでいる。


ま、どうせ神がそうしたからなんだろうが。




そんなことを考えながら、おれは玄関のドアを押した。




 *  *  *

 

 

 

今日わたしの大切なものがなくなった。

わたしにとってはかけがえのないものだったのに。

 

涙が眼の下をじんわりと温めたが、それ以上涙は上がってこない。

 

泣く場所を失ったわたしは一体どこで泣けばいいというのでしょう。

 

 

 

 *  *  *


「ミカさん? どうしたのぉ?」

「え。」


ぼぉっとしていたわたしの隣に腰をおろしたのは代議員の金指さんだ。


彼女が座り込んだこの席は隣は昨日学校をやめていった人のものなので今は空席となっているが、次の席替えには撤去されるだろう。


大切なものが消えた次の日、わたしはボンヤリと窓の外を眺めていた。

誰も知らない、わたしだけの居場所が消えた今、こうやって見ている風景でさえ現実味を帯びない。


どこにいってしまったのだろう? わたしの大切なもの。


「ぼーっとしてんのはいつものことだけど、本読んでないってのは珍しいじゃん? 考え事?」

「ん。そ」


そこでぷっつりと会話が途切れた。


「ミカさんってつまんないよね、せっかく心配してやってんのにさ~シカトとかありえなくない?」

「………・・・・・。」


こういうときはなんと言えばいいのだろう。

コトバにならない。


考えているうちに金指さんはわたしに興味を失ったのかさっさと自分のグループへ戻っていった。


時々思う。

コトバを持つのは人間だけなんだと教わったときから、

わたしは人間じゃないんじゃないかって。


そんなとき思考を打ち切るかのようにチャイムが鳴った。


今日もまた、学校が始まる。


教師が室内に入ってくると、見慣れない人が後ろから付いて来た。


「お前ら聞けー、クラスの仲間が増えるぞ転校生だ仲良くしろ以上朝のSHR(ショートホームルーム)連絡終わりあとはテキトーにやっとけ」


教師はそれだけ言って教室から出ていく。

がらがらぴしゃんと閉められたドアをいつものように見つめる。

あれでよく教員試験に受かったものだと思う。


しんと静まり返ったクラスの中わたしはただひとりゆっくりと思索にふけった。


転校生、か。

小学校や中学校ではよくいたけど、高校は自分で受験した分、学校を変えようとすることは珍しい。


誰もが黙りこんで何も言えなくなっていたこの空気の中、


「テキトーって……どんな先生だよ、ッたく」


転校生は怒ったような困ったような微妙な表情で教壇に突っ立っていた。

彼は頭をポリポリ掻いて「しょうがねぇな」とため息を一つつきながら呟いて顔を上げた。


その瞬間なぜだかふっとわたしの大切なものが頭にかすめた。


「えーと、ただ今紹介に…あがらなかったな。まぁともかく転校生ですよろしく」


こういって彼はぺこりと頭を下げた。


「………………………・・・・・・・・・。」


またクラスに沈黙が戻る。


「あの……? これどうすればいいんすか? 転校とかおれ人生でつか生きてきた中で初めてなんでよく分かんないんですけど………」


その言葉に代議員の金指さんははっと席から立ち上がった。


「ごっごめんねっ、びっくりしたでしょ。あのセンセーいつもあんなんなんだよね、気にしないほーがいいよっ」

「はぁ」

「で、転校生くんなにすればいいか分かんないって? そーねぇ、じゃあまずは自己紹介してくんない? まさか転校生なんて名前じゃないよねぇ?」


金指さんは場を和ませようとしたのかおどけた調子で転校生に聞いたが、彼はなんの疑問もなく真面目に否定した。


「まぁフツーに違いますけど」


少しムッとした表情の彼女に押し出され、転校生は教壇の上に立たされた。

彼は少し恥ずかしいのか頭に手を当て、何かを考えるように呻いた。


「あーえーと……なんだっけ、そうそうアレだ。あーおれは『ツキブエ シャボテン』です以後よろしく?」


再び、教室に沈黙が戻った。

その静寂に耐えきれなかったのかだれかが小さく聞き返した


「つきぶえ・・・・しゃぼてん?」

「はい、オレの記憶違いじゃなきゃたぶん」


彼はゆっくりとうなずいた。

たぶんって……。


チョークを手に取り黒板に【月笛 砂慕天】と書いた。

なかなか達筆だ。


「そう、ポカンとしないで下さいよ。今の時代どんな名前があったっておかしかないでしょ。そうそう、一応理由を説明しとくと親の仕事の都合でこの学校に来ることになりました。とゆーわけで残り半年間よろしく」


そう言って彼……月笛君は教壇から降りると机の間をずかずか進み、空いている席―すなわちわたしの隣に座り込んだ。



それがわたしと彼の出会いだった。



 *  *  *


月笛君が来てから、数週間がたった。


もともと知人がまったく居なかったことを考えれば、彼はそれなりにここの生活に馴染んできたと思う。

何人か友人のようなものもできていたし、それなりに楽しそうだった。



………でも。



彼は、なにかが違った。

なにがと問われれば首を振るしかないような程度の

でも確かに感じる違和感があった。


ふと顔を上げるとそこには、たった今まで考えていた人がいた。


「ミカさん、何読んでんの?」


彼は私に頻繁に話しかけてきた。


わたしは彼の隣の席だから彼がそれなりに交流を持とうとして話しかけてきているのだと思い、あまり答えを返さなかった。

「所詮は興味本位だろう」

そんな風に考えて。


でも彼は何度も何度も話しかけてきた。

彼の周りにはちゃんと友人がいるから私のことは聞いているはずなのに。


『無愛想』

『ひとこと女』


わたしを紹介するときに必ず使われることばだった。

実に的確だと思う。


それを聞いた時の彼は。


「なんじゃそりゃ」

「あの子さぁ、話しかけても会話が続かないんだよ。なんでだと思う?」

「さぁ?」

「話しかけても返ってくるのが一言だけなんだよ。『そ』とか『ん』とか。だったら完全に無口のほうがいいっつーの。思わね?」

「別にいいんじゃね? 個性じゃん。つかおれもそこまでしゃべくんの得意じゃねーし」

「ウソつけ! 月笛おまっぜってーO型だろ!」

「知らねーし」


……嬉しくなかったと言えばウソになる。

認めてもらえたような気がして。


でも同時に哀しくなる。

消えてしまったわたしの大切なものがまぶたの裏に浮かんで。


「ど、どおしたのミカさん? おれなんか悪いこと言った? ごめん、なんか分かんないけどゴメン!」

「え」


目の前で月笛君があわてている。

軽く首をかしげると彼は


「あの、なんかちょっと暗い顔してたように見えたから」

「ん」


そうか、暗い顔になってたのか

今度は一度だけ小さく首を横に振る。


「そう? 良かった」


ほっとしたように胸をなでおろす彼を見てほんの少し口元がほころんだ。

そこへ彼の友人のひとりが彼を呼びにきた


「月笛ー? なんだまた荒川に話しかけてんの?」

「あ? まぁな。いや、ちょっと考え事してる時に話しかけちまったみたいでな。でも今笑ってくれたから多分おっけー」

「笑った? どこが? いつもと同じ仏頂面じゃん。さっっっぱりわからん。」

「わからん方がおかしいわ」


からからと笑うと彼らは席から離れていこうとした。

途中月笛君は振り返って


「なんかあんなら相談しろよ。うまくしゃべれねーなら、筆談とかでもオッケーだから。我慢すんじゃねーぞ。泣き場所はここにもあんだからな、覚えとけよ」


わたしがびっくりしてると彼は今度こそ離れていってしまった。


――わたしの泣けるところ……。


驚きのあまり固まったまま、その後ろ姿を見送った。

しかし、ふっと冷静になったところで静かに目を伏せた。


――でも、私の泣けるところはたった一つだから。


だけどほんの少しだけ彼のところで泣きたくなるような衝動に駆られる時がある。


大切なものが消えてから涙を流すところをなくした私には、彼の言葉がどうしてか『大切なもの』からのものに聞こえてしまうときがあるから……。




 *  *  *



「たでーま」

『おかえりー、今日の学校どーだった~?』


ドアを開けてすぐ目の当たりにしたのは、この数週間ですっかり居ついてしまった神がクマのエプロンを着け、ことことと音をたてる味噌汁を丁寧に混ぜている光景だった。


だから、お前はどこ主婦だっつーの。


「それなりだった」

『またまた~、そんなことないんでしょ? クラスメイトの女の子とラブロマンス★恋の始まりはあの朝から……† ラブコメフラグたてまくり♪ みたいな?』

「アホか」


最初の一週間くらいはどつきたい気持ちでいっぱいだったが今ではいろいろ諦めて軽く突っ込むくらいになってしまっている。


慣れって怖いな。


おれはネクタイとブレザーを脱いで椅子に掛け、テーブルに鞄を置いた。

そのままおれはその椅子に倒れこむように座った。


「疲れた」

『今日はねー、マーボー豆腐と油揚げとお豆腐の味噌汁だよー。お豆腐が安売りしてたのー』

「あーそーよかったなー」


やる気なんてどっかすっ飛んで行くくらい気の抜けた声で答えるおれ。

そりゃ心ここにあらず状態にもなるわ。

神の言葉を聞いてその空っぽの頭に数週間前の出来事が浮かんできた。


あのあと金庫をのぞいたおれは絶句した。


「これ……三回くらいは人生遊んで暮らせんじゃね………?」


背丈大の金庫いっぱいにぎっしりというか、ぎっちぎちに万札が入っているという、ある意味悪夢。


なのにあのバカ神は『なんか節約って楽しーね! 趣味にしちゃおっかな、てへッ☆』とかほざきやがりまして、タイムセールとかに走り回ってるらしい。阿保か。


『ところで今日は噂の彼女に言えたの?』


おれはその一言を聞いてガバッと身を起こす。


「そうだよ! そうなんだよ、聞け神!」

『はいはい』


おれが神に無理やり行かされた学校に、アイツがいた。


アイツ―――荒川ミカは、おれがこの姿になったある意味原因みたいなヤツ。

おれはミカの一人で泣く姿を見たくなくて、彼女を守るためにこの姿を願ったんだ。


「あいつに、ミカにやっと『泣く場所はここにもあるぞ』って言えたぞ! 伝わったかどうか分かんないけど、ともかく言えた! 良かったー!」


ガッツポーズをするおれを見て神はにやりと笑った。


『ふぅう~~~~ん、良かったねぇ』

「お前その笑い方やめろ。不気味っつーかキモイぞ」

『うっさいね! 黙っててよ!』


この数週間で神の口はものすごく悪くなったと思う。

たぶんおれのせい。


「でもよぉ、やっぱおれがいないから泣けてねぇのかなぁ。なんか今にも破裂寸前! て感じなんだよ」

『それを何とかしたいと思ってその姿になったんでしょ。がんばんなよ。』

「そりゃ……! …………そうなんだけどよぅ」


どうしようもなくっておれは押し黙ってしまった。


 *  *  *


――もう限界なのかもしれない。


おれがそう思ったのはアイツに泣く場所があると言えたその三日後のことだった。


アイツは今にもパンクしそうだった。

目の下のクマは一向に消える気配などなく日に日に濃くなってきているし、

今日の昼なんて飯も食わずただぼんやりとしていただけだった。

きっと今おれが話しかけたら、それだけで彼女はいとも簡単にはじけてしまうだろう。


そうこうしているうちに時は流れ、あっというまに学校は終わってしまった。

おれは帰り道に途中明日提出しなければならない宿題(しかも一問もやってない)を忘れたことを思い出し、家路半分まで来ていたにもかかわらずものすごい勢いで引き返した。


おれが校舎についたとき、時間も時間だしテストが近いためほとんどの生徒は残っていなかった。

閑散とした廊下は夕日に照らされ橙に染まっている。

からりとドアを開けると、誰もいないと思っていた教室にはぽつんと生徒が残っていた。


たったひとりだけ。


「ミカさん?」


ミカ、だった。


「どうしたん? こんな時間に」


話しかけないと決めていたのに、その胸をえぐられるような表情を見ればどうしても話しかけられずにはいられない。


ふるふると首を振るミカ。

大丈夫、とでもいいたいのだろうか。


「そんなわけないよ。だってそのクマずっと前から取れてないじゃん。何かあったの?」


嫌な予感がしておれはゆっくりとミカに近づいた。

ミカはすっと顔をそむけて、窓の外を見た。


夕日が今にも沈みそうだ。


ミカに近づくにつれておれの胸騒ぎはどんどん強くなっていく。

気付くとミカとおれの距離は3メートルに満たないくらいまで近づいていた。


「ミカさん………?」


ミカは長い髪を揺らしてまた見やった。

振り向きざま、おれの方を見てにこり笑う。


おれはその笑みを見た瞬間、




「ミカ……ッ!」




彼女を思い切り抱きしめていた。


彼女は驚いたように体を硬くしたが、もうどうでもよかった。

その絶望的な笑顔を見て、おれはもう自分を抑えることなどできなかった。



「泣け、泣いていいから。お前が泣いてもいい居場所はここにあるから。」



腕に一層力をこめ、そういった瞬間





どん………ッ!





おれは思い切り突き放された。






彼女はダッシュで教室から逃げ去り、おれはボーゼンとその後ろ姿を見送った。




 *  *  *


次の日、月笛君は学校へ来なかった。


わたしが家に帰ると、思いがけず涙が一筋こぼれた。

さいごにわたしが見たときと同じ所に、さいごに見たときよりも少しだけ元気がなさそうに。


その青々とした『サボテン』はあった。


 *  *  *


「おれを元に戻してくれ」


おれは帰って開口一番そう言った。

神はのんきに茶を飲みながら、しかし瞳だけは鋭く光らせながら


『いいの?』


と聞いた。


おれは黙ってうなずいた。


いまのおれじゃ、どうしようもない。

いくら言葉がつかえても、どうにも、ならない。


だからせめて、アイツのミカの泣ける場所として戻ってやろうと。


『せっかく言葉がはなせるようになったのにねぇ』

「いいんだ。言葉っていうのは確かに気持ちを伝えるいい手段だと思う。それだけじゃない。言葉って言うのはもっともっと深いなにかがあるとも思うよ。でもな、おれにできることはきっとそうじゃない。だから……。」


神はひとことだけ。


『そっか』


と頷いてくれた。



 *  *  *



私の大切なものが戻ってきた日―あの日から何日たっても月笛君は戻ってこなかった。


何日も何日も。


そうして一週間が経ったとき、わたしは……


 *  *  *


サボテンに戻ってから一週間。

アイツは最初におれを見たときに一粒涙を流しただけで、それ以降泣いていない。


おれはもう不必要なのかもしれない。


そう思ったら、きゅうに元気がなくなってきた。

病は気から……、それってサボテンにも言えるのだろうか。


そんなことを考えていると、ミカが帰ってきたようだ。


そろそろおれはいなくなった方がいいのかも。

ミカの静かな足音を聞いているうちにそんなことも考えだしたおれ。


うわーネガティブ街道一直線!


そうして、部屋のドアが開いて中に入ってきたミカは……。


 *  *  *


わたしは大泣きしていた。

それはもう恥も何もないくらい。


つたない言葉を一生懸命考えて

ただただこれだけをいいたくて。



「ごめんなさい、月笛君……っ!」



壊れやすいけど、とても大切な



「ッ……ごめんね…っ私の大切なもの」



だけど、絶対に伝えなきゃいけない、ひとこと。



わたしは泣きじゃくって、サボテンにすがりついた。


「わたしはっ、もう新しい泣く場所を見つけたから……っ!」


細かい針が腕に刺激を与える。

痛い。だが、それはもう慣れた痛み。


「だからもう……っ! 心配しなくていいから…っ」


そっとわたしを慰めてくれる、やさしい痛み。




「戻ってきて……ッ! …………シャボテン君……。」




涙が頬を伝う。


不意にカーテンの隙間から、淡い光が漏れ出てきた。

白くて透明な月の光が窓を通ってすっとわたしたちを照らした、そのとき。



『おれはお前のそばにいてもいいのか?』



彼の――月笛シャボテンくんの、笛の音のような透き通った声が聞こえた気がした。

だから、私はそれにこたえるように気持ちを思い切りぶつける。



「わたしは……あなたの言葉がききたいの……ッ」


「……あなたの声で、あなたの心を……」



「ずっとずっと……」



白い光はゆっくりと私たちを包み込んでいった。



「だから……、今までありがとうねわたしの大切なサボテンくん……。」


「もう、わたしは大丈夫だから…」



そのとき、目の前のサボテンが優しく微笑んだような気がした。




「いままで、ほんとうにっ……ありがとお!」




涙が一粒、落ちた。






『お前がそう望むなら、……きっと、おれは………』






 *  *  *



『汝の望みを叶えよう。幾度も幾度も叶えて見せよう。

    いつか私の願いが届くまで』



 *  *  *


目が覚めたとき、おれはいつもの布団の上にいた。


「うぅ……ん、あぁ?」


瞬間、ばっと身を起こす。


「腕がある、足がある。顔がある。体がある。四肢が動かせる」


自分の体をぺたぺたと触りながら、きょろきょろとあわただしげに視線を動かす。

……周りから見ればさぞかし怪しい光景だっただろう。


『おっはよ。目ぇ覚めたぁ?』


「神……、これはどういうこった?」


おれが半分放心状態のまま聞くと、神はにっこりと神スマイルをつくって意地悪ーく言った。



『君、またその姿になりたいって思ったでしょ』



そうだ、おれはあのとき……。


『だーから言ったでしょ、いつでも戻りたいときは言ってね☆ って』

「お前…、わかってたのか」


神はおれの着替えを持ってくると、ポンと手渡して背を向けた。


『あったり前じゃん、神だもん。……とかいいたいとこだけど、どーせこーなると思ってさ。だってラブコメの定石(セオリー)じゃん?』

「はぁ?」


相変わらず意味が分からんなこの神は。


『とりあえず着替えて。制服でも私服でも勝負服でもいいからさ。日曜に制服ってのもアレだけど。

 今日は疲れるだろうけど、いろんな意味で良い日だから』


依然として全く意味が分からんが、

ま、とりあえずずっとパジャマなのもアレなので急いで着替えることにする。


5つ目のボタンを締めおわったとき、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。


「あ、はーい! 神出ろよ」

『いま手が離せなーい!』


台所に向かって叫ぶも返ってくるのは薄情なもの。

最後のボタンを締め、仕方なくおれが玄関に行くとそこに立っていたのは……



 *  *  *


「あ、の。シャボテンくん……?」

「み、みみみみミカさんっ?!」


玄関に立っていたのはミカだった。

うわ気まずっ!


「なななななななんでここに?!」

「あの……先生に教えてもらって………」


みると、ミカの服装は制服ではなく私服。


「えっとぉ、そーゆうことじゃなくて、が、ガッコウは?」

「ん、と、今日日曜日だよ? じゃなくて、シャボテンくん、あの…いくら成績が良くても、あんまり学校休んでると…、……進級できなくなっちゃうよ?」


今日のミカはやけの饒舌だと思った時、ふとミカの頭が見えなくなった。


「その、ごめんなさい」

「はい?!」


いきなり謝られた。

ミカは深々と頭を下げていた。


「この前シャボテンくん、わたしのこと慰めようとしてくれたでしょ? でもその、突き飛ばしちゃったりしたから…その……、それで…」


再び顔を上げたミカはすまなそうにちょっと上目遣いで眉を下げていた。

おいおい、これ普通の男ならコロリといくんじゃないのか。


慌てたおれは、まぁ、少なくとも冷静ではなかったんだろうな。


「そ、それだったらこっちも悪かった。いきなり抱き締められたりしちゃそりゃ驚くもんなっ!」



自爆。



一拍置いてから、乾いた笑いしか出てこないおれ。



『ふたりとも顔が真っ赤だねぇ』


後ろからひょっこりと顔を出したのは使えないあの駄目神だった。


「……ッ!! 神ッ! わかってやがったなこの野郎!」

『さーなんのことかな』


すっとぼける神。マジで死ねばいいのに。

そこに事情の呑み込めないミカが首をかしげて聞いた。


「あの。シャボテンくん、このひとは……?」

『ハァーイ! 人じゃないよ。ぼくは神さま! 兼こいつの保護者ですっ♪ よろしくねっ☆』


綺麗なウインクをしながら神はミカに目を向ける。

ミカはますます不思議そうな顔をして


「え、でもシャボテンくんより小さい気が……」

『うん! 年はシャボテンのが上かもね! でも親ですよろしくっ』

「親じゃねぇ!」


ナニ言いだすんだッつーのこいつは!


「気にすんなミカっ! おい、訂正しろっ! 神っ!!」


神はにっこりとムカつく笑みを浮かべて殺気のこもった視線から逃れるかのように、おれに背を向けた。


その刹那、ちらりとミカの方を向いたのでつられておれもそちらに目を向けるとミカが顔を真っ赤にして突っ立っていた。


「みか……」

「あっ、ごめん。あんときと言い今と言い、いきなり呼び捨てたりして…」

「ん、いいの」


くぉら神、微笑ましそうな目で見んな!


『これ独り言だよ~』


突然その阿保神が何かいいだした。


『新しい神のノルマにはねぇ、初めて創造したものをそのものが壊れる最後まで見守らなきゃいけないってのもあってね。』


初耳だぞコノヤロー。


『でも神様が創ったものってフツーよりもものすごぉく長持ちするんだよねぇ。 だから無機物よりももろくて壊れやすいもの、生き物を創ることにしたんだけど、他の神さまがゆうには人間は他の生き物に比べてほんのちょっぴり長生きだけどその分面白いことするからオモチャにできるし、人間にすれば? って』


その話を聞いておれの血管が額に浮き上がったのは言うまでもない。


『でもその神さまの言ったとおり、人間にして良かったよ』


神はぽつりとこぼした。


『基がサボテンでも、その言葉には魂が宿っている。一言ひとことに確かな心がある』


にこりと笑う神。

それがこの世で一二を争うほど美しいと呼ばれる部類に入ることは、鈍感なおれでもわかる。


『それは神にはないもの』

「神……」


自分が持ってないものに憧れを抱くのは、もしかして人間やサボテンと、神だって同じなのかもしれない。


くるりと振り向いた神は満面の笑みを浮かべて


『だから、その反応を見るのが好きなんだよねー☆ とゆーわけでこれからもヨロシクっオモチャ一号★』


神はおれを指さしきゃらきゃらと笑った。


おれの血管は堪忍袋の緒と共に限界突破♪




「っざっけんなぁぁぁぁあああああーーーーーー!!」






おれは今日もただひとことのために魂をすり減らす。




そのコトバに、全力を注ぐため。

えー、最後まで読んでいただけたようで本当に光栄でございます。

駄作者キリサキでございます。

これは『ことば小説企画』の一作なのですが……、なんだかことば小説になってないような気が……。


……まぁまぁともかく、楽しんでいただけたらとそれだけを祈っております。


というわけで皆様本当にありがとうございました。



もしかしたら、ちょこちょこ直しが入って来るやもしれませんが、その辺はご了承くださいませ。



そういえばちょこっと裏話なのですが、『月笛 シャボテン』君の名前の由来は、サボテンの一種『月笛丸』とサボテンの別称『シャボテン』から来ています。

月笛丸は鑑賞用のサボテンだそうです。伊東にある『伊豆シャボテン公園』で見ることも買うこともできますよ~。きちんと飼えば4年は生きます。というか、生きています。一度行ったとき買ったやつが今もこうして生きています。

これからも長生きしてほしいですね。


ではでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『言葉って言うのはもっともっと深いとなにかがあるとも思うよ。』『おれは今日もたた一言のために魂をすり減らす。』多分日本語が間違っていると思います。故意だったら御免なさい。  で、感想です。…
[一言] 神様の言葉がところどころ印象的なお話でしたね。命あるものには意思が宿る。ならば、そこに言葉がるのは道理なのかもしれません。サボテンを始め、植物にだって植物の言葉があるのかもしれない。そう思う…
[一言] 一応は完全形態になったようなので再び感想を。 やはりシュールな気はするが、面白い。 まさか、主人公の元が○○○○(ネタバレの為伏せ字)だったとは。 シュールな面白さのある『神』と、『神』のオ…
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