希望
次の日、リコは宿屋の一室に入り込んで来た日差しで目が覚めた。
いよいよ、村の防衛の指揮を任された日がやって来たのだと思いながら、昨日のレイの任せたという言葉が蘇る。
「いい加減……覚悟を決めよう……」
ベットから起き上がったリコは、小さくつぶやいた。
リコは朝食を終えると、カンジに頼んで村の男衆を広場に集めてもらった。
なんでこんな所に、呼び出されたんだ?と小言を言う皆の前で、頭を下げる。
「私が、今日の村の防衛の指揮をすることになりました。黙っていてすみません」
そう伝えると、てっきり死神が防衛の指揮をとってくれるものだと信じていた、男達は訝しく表情をゆがめると
「本当にお嬢ちゃんで大丈夫なのかい?」
疑いの目線を一斉に向けてくる。当たり前だ。
「いったい何が言いたいんだ……?」
横にいたカンジが詰問すると、一人の男が自分の頭を指で掻きながら、困った顔をした。
「いやー、このお嬢ちゃんがあの傭兵の弟子だってことは分かんだが、本当にこんな子供が防衛の指揮をとれるのかってよ……」
曖昧な口調だったが、男に賛同する者も少なからずいた。「確かにな……」「そりゃそうだよ……」と不満の声がちらほらと聞こえるのを聞いて、リコは唇をかみしめた。
何より一番こうなることは、リコ自身も分かっていたからだ。
「というか、あの傭兵様はいったいどこに行ったんだ?」
すると、味をしめた男が怒鳴るようにリコに言うと、続けざまに嫌味ったらしく笑いながら
「まさか、オークが出てくるって知って、逃げだしたんじゃないだろうな?」と言って来た。
「そう言えば、俺、聞いたことあるぜ……。青い目の死神の噂をよ……」
男につられたように次々と話だす男衆。
「確か、どんな手段を使っても依頼をこなすけど、どんな犠牲もいとわないんだろ?」
「それだけじゃない。女子供も容赦なく殺すってよ……」
「それ、本当かよ……。分が悪かったらさっさととんずらか?」
収集が付かなくなりそうなこの状況に、歯を食いしばりながら、「そんなことは……」と言おうとするが、すぐに別の声にかき消されてしまう。
――確かに、あの人は酔っぱらうと変なこと言うし、情けない所もいっぱいある。でも……。
だんだんと、気持ちが込み上げてくるリコ。そして思わず
「あの人は…!」
一瞬出てしまった大きな声に、ここに居る全員がリコに集中した。
「あの人は、そんなことする人じゃないです!村の防衛の指揮を、私に任せたのもきっと理由があるはずです!私は、あの人のことを信じています!」
沈黙のあと、男集の1人が怒鳴り声をあげた。
「そ、そんなの、信用できるか!」
さらに、不満は伝染するように大きくなると、次第に怒りに変わっていった。
「所詮、傭兵なんて自分のことしか考えてないんだろ!」
「ふざけんな、どうしてくれるんだよ!俺達の村はこれでおしまいだ……」
次々に飛んでくる罵詈雑言の嵐に、目頭が熱くなってくるのを感じた。
涙をぐっとこらえながら、「違う……」と口にするのだが、すでにこの渦の中、聞こえているのか怪しかった。
――師匠だけは、違うんだ……!
この思いを、何とか言葉で言い表せないものかと、考えるのだが無理だった。
「お前達、いい加減にしないか!」
しばらくすると、背後から年老いた老人の声に、一同がびくついた。そして、皆が振り返った先にいたのは、杖を地面に突きながらやって来た、ギイヴだった。
「村長……」
集まった男衆は、ギイヴの声に萎縮してしまい、何も言えなくなってしまった。
その中を、ギイヴはリコの元までやってくると、白い眉をあげて見るようだった。
「リコさん、申し訳ない。我々はこの通り、常識知らずの田舎者ばかりです。我々だけではオークどころか、ゴブリンの襲撃さえ、村を守り切ることは出来んでしょう……」
ギイヴの重苦しく言う言葉に、威勢を失った男衆達は、お互いがうつむき、しどろもどろになっていく。
「もしかしたら、死神殿が、防衛の指揮をあなたに任せたという事は、今まで以上の何か対策がある……。そう言うことで間違いないですかな?」
「対策なら、あります……」
リコの言葉に、ギイヴは再び頭を下げた。
「それを聞けて少しばかり、安心いたしました……。こんなことになってしまい、申し訳ないが、改めて協力をお願いいしたい……」
その様子を見ていた、ここに居る誰もが押し黙る。
「それでは、私はこれで失礼……」
ギイヴは、そう言ってこの場から立ち去ってしまうと、緊張が解けたように口を閉ざしていた男達は、
「まぁそう言う事なら、仕方ないわな~」や「まぁ、俺達だけじゃ何もできないからな~」と先ほどとは打って変わった様子で、次々と各自の持ち場へと戻って行った。
「リコさん、大丈夫ですか?」
嵐が過ぎたような状況の中、隣で半泣きになっているリコに気遣い、そう声をかけると、
「はい……」とリコは顎を引いて小さくうなずいた。