森の怪物
真夜中、三角兜を被ったゴブリンは一匹の従者を連れて、森の奥深くへと足を踏み入れていた。
自分達より、何十倍も大きな樹木が生えるこの場所には、昼間でも陽の日差しは入って来ず、夜になると一層不気味さを増しているようだった。
鳥や、獣の鳴き声も届かない静かな森では、普段は気にもならない自分達の足音すら、鮮明に聞こえる。
この場所に、ゴブリンリーダーが足を運ぶのは、随分と久しぶりのことだった。
ゴブリンの同胞の多くは、この場所に来るどころか、近づこうともしない。
なぜなら、ゴブリンの同胞は、ここがどんな場所なのか知っているからだった。
松明の明かりで、太い根が張り巡らす、足元を照らす二匹のゴブリン。
絶えず緊張が続き、息が詰まりそうだ。
ゴブリンリーダーの額には、汗が噴き出す。従者に至っては怯えるように、震える足を一歩一歩前に進めていた。
従者の両手には、今回のオークの捧げ物があった。それを意地でも落とすまいと必死になっている様子を横目に見て、多少和む三角兜のゴブリンだった。
二匹がそうこうしている内に、森の最深部までたどり着くことが出来た。
巨大な樹木を通り過ぎると、二匹は森が開けた場所に出る。
そこで、黒くうごめく影が、むさぼるように野生動物の肉を食べているのだけが、理解することが出来た。
一瞬その大きな影は岩なのかと思ってしまったが、それには赤く光った目と、屈強な肉体が備わっている。
――これが、噂に聞いていた我々の上位種である、オークか……。
ゴブリンリーダーは、目の前の巨体の化け物を見て確信した。
ようやく会うことの出来たオークだったが、これで問題が解決したという訳ではない。
ゴブリンの最上種であるオークだが、自分達とは大きさも身体の作りさえも違うため、彼らは我々を見下、敵対的でもあったからだ。
なので、一歩対応を間違えれば、明日の決戦を迎えることなく、ここで殺される危険がある。
「カキュウセイブツガ、ワレニナンノヨウダ?」
二匹のゴブリンに気が付いたオークは、動物の死骸を食べるのをやめると、舌なめずりをしながら、片言の人間の言葉を話した。
三角兜のゴブリンは、全身にすさまじい緊張が走ると共に、自らの言葉で、ここまでやって来た理由を告げる。
それは、先日からとある集落に襲撃を行っていることや、そこで雇われた男にこっぴどくやられて壊滅状態になっていること。そのため、オークの力を借りに来たことなどすべてだった。
要件を説明し終えた三角兜のゴブリンは、従者にとある指示を出した。
すると従者は、持ってきた木の箱から、人間の頭蓋骨を取り出して自らの頭の上に掲げる。
この頭蓋骨は、少し前に人間からもぎ取ったものだった。
仲間によれば、これは人間のリーダー物らしい。
ゴブリンが上位種であるオークに、何か頼みごとをする時には、必ずこうやって献上物を持参する。それは動物の骨だったり、食べ物だったりと様々だが、人間の、しかも隊長格の頭蓋骨となれば、これ以上の物はないだろう。
理由は定かではない。だが、オークは従者が掲げた人間の頭蓋骨を拾うと
「フゴォォォォォォ!」と低い雄叫びを上げた。
衝動で辺りの草木は、波を立てて震え、2匹のゴブリンは、その声で耳を塞ぐ。
「ヨカロウ…。ニックキニンゲンヲ、コロスタメ、オマエタチノタノミヲ、キキイレル」
おぞましい人間言葉を話したオークは、自らの巨体をゆっくりと起き上がらせた。
オークの全長は5メートルを超え、ここ一帯に樹勢する木々と同じくらい大きい。
「ソコノオマエ、ミチアンナイシロ……」
オークは、ここまで連れて来た従者にそう命じると、「フギャァ!」と従者は飛び跳ねながら返事をする。
三角兜のゴブリンは、その光景を見ながら、これなら人間に一泡吹かせることが出来るかもしれないと、目を輝かせるのだった。