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防衛 2日目


 そして次の日。


「やっぱりこうなるのかぁぁぁぁ!」


 森中に響き渡るようなくらいの叫び声をあげて、リコはソルベ村の方角に向けて走っていた。


 リコを追っているのは、昨日同様ゴブリンの群れである。


 まるで、昨日の敗戦を挽回しようという意気込みの彼らは、皆闘志に燃えていた。


 続々と集まったゴブリンは、リコを筆頭に長い列を作り、「ギャルル!」と鳴き声を上げながら迫って来ている。


 ゴブリンの中には、昨日の火傷のため包帯を巻いて、足取りがおぼつかない者さえいるのだが、士気はもしかしたら昨日より高いのかもしれなかった。



 再び長い森の中を抜けたリコは、ソルベ村の西側にたどり着くと、今回はレイに指示された通りの道順を辿りながら、防壁の下まで走った。


 なぜなら、今朝今回の防衛の作戦会議の時に、レイは笑いながら


「この通りに村にやって来なかったら、お前確実に死ぬから。そこんとこよろしく!」

と言われたためである。


 リコは2日目、どんな方法で防衛をするのかは知らされていなかったものの、昨日と同じように、壁の上から垂れ下げられた縄にしがみつくようにしてゆっくりと昇った。



 一方、ゴブリンは昨日の失敗もあってか、森を抜けた辺りで足を一斉に止める。


 仲間が全員揃うのを待っているのか、それとも警戒してのことなのかは分からなかったが、それは彼らゴブリンが、他の魔物と違って失敗から学習することを意味していた。



「フギャギャギャ!」


 防壁を遠くで見ることが出来る森の中にいた、三角兜を被ったゴブリンは、隣で待機していた骨の兜を被ったまるで原住民のような恰好をしていたゴブリンに、そう言って指示を飛ばす。


 すると、骨兜のゴブリンは腰に添えていたラッパを鳴らした。



 低い音色が森を響き渡り、音と共に共鳴するように、無数の狼の声がする。


 それはだんだんとこちら側に近づいて来ては、疾風のごとく駆け抜ける。そして、姿を見せたのは、体長が150センチもあるシンリンオオカミだった。


 シンリンオオカミは気性がとても荒いため、襲われたら人だろうが魔物だろうが、致命傷を負わされてしまうような生き物だ。


 そんなシンリンオオカミを乗りこなすのは、ゴブリン種の中でも、ゴブリンライダーという種族だった。


 彼らは皆、違う骨の兜を身に着け、身の丈より長い槍を持っては、シンリンオオカミの脚力を活かし、敵をしとめるため、別名『森の狩り人』と呼ばれていた。


 ラッパを鳴らし終えたゴブリンライダーは仲間と共にやって来た自分の相棒であるシンリンオオカミにまたがると、

『フギャギャ!』

他の仲間に。攻撃の合図を出す。


 それと同時に、三角帽のゴブリンも、ゴブリンライダーに続くように攻撃命令を出し、ソルベ村での2回目の攻防戦の火蓋が切られた。



 またまた一方、何とか囮を終えたリコは昨日同様、壁の上に登るとレイを探していた。


「師匠?」


 レイを見つけたリコはそう声をかけると、彼はシンリンオオカミに乗ったゴブリンライダーがやって来る様を見ながら、笑っていた。


「おぉ、リコ。今回も無事だったみたいだな。とっくにゴブリンの餌食にされていたかと思ってた」


 ――ほんとこの人は……。


 苦笑いを浮かべながらリコは、ずっと思っていた疑問を彼にぶつけてみる。


「師匠、そんなことより、今回の作戦っていったい何なんですか?」


 リコがそう聞くと、レイは今まさにこちらに向かって来ているゴブリン達の姿を、眺めながら一笑して答えた。


「まぁ、見ていれば分かるさ……」



 ゴブリンの先鋒隊は、やはり機動力があるシンリンオオカミにまたがったゴブリンライダーだった。


 彼らゴブリンの作戦はこうだ。


 まず、シンリンオオカミの脚力を活かし、防壁を飛び越えて人間を中から混乱させたのちに、普通のゴブリが防壁を乗り越えるまでの隙を作ることによって、人間を皆殺しにしようというものだ。


 我先に続けと言わんばかりに、ゴブリン共は雄叫びを上げながら防壁の方へと向かってくる。ゴブリンの士気は異常とも呼べるくらい高く、そこには冷静さも微塵も感じなかった。それはただ、人間を殺すことだけを考えていると言った様子だ。


 そんなゴブリン達の姿を見て、レイは今回も勝利を確信し、小さな笑みをこぼす。



 シンリンオオカミにまたがったゴブリンライダーは、予定通り、壁のすぐ手前まで走って来て、その力強い脚力を活かして、地面を蹴り飛び越えようとした。


 だが、その途端そこにあったはずの地面は消えていた。


 代わりに現れたのは、多い土で巧妙に隠されていた深さ2メートルほどの横に長い落し穴だ。


 落し穴の出現によってすでに勢いをつけ助走に入っていたシンリンオオカミの多くは、ゴブリンライダーの止まれという合図もむなしく、次々と穴の中に落下していき、後方に続いていたゴブリン達も、後ろに押されて何匹かは道連れとなった。


 だが、レイ策略はここからが本当の意味での本領発揮というやつだろう。


 穴に落ちたゴブリンの多くは、底に溜まっていたべっとりと肌に付く液体に気が付いた。


 鼻につくような異様な臭いと、まとわりつくようなべとべととしたその触感は、お世辞にも良いものとは言えない。


 しかし、穴の中に居たゴブリン達の多くは、その液体の正体が何なのか、見当もつかない。


「フギャ!?」


 だが、ゴブリンライダーの1匹だけが、液体の正体に気が付いた様子で、何とか穴の中から脱出を試みようとあがくが、滑って登ることはおろか上手く立つことさえできずにいた。


「さあさあ、皆!醜い魔物どもにたんまりとごちそうしてやれ!」


 レイの言葉と共に、村の男衆は持っていた松明を次々と、穴の中に投げ入れる。


 松明の火は穴の底に溜まっていた液体へと引火し、巨大な炎へと変わった。


 先ほどの液体の正体とは、大量の油だったのだ。


 炎は柱のように高く燃え広がり、まるで赤い壁のようになっていた。


 火の中では、ゴブリン達が生きたまま焼け死ぬ悲痛の声が聞こえ、それをまじまじと見ていた他のゴブリンの仲間は、すっかり全身が恐縮し、そのあまりの恐ろしさからこの場から勝手に逃げ出す者は後を絶たない。


 堰を切ったように逃げ出すゴブリン。そのあとの対応はまさに簡単だ。


 男衆は構えたクロスボウで、ゴブリンの背中を打ち抜いて行き、多くの死体を築きあげる。それは、もうすでに戦意を喪失しているゴブリン達に容赦なく浴びせられた。



 自分の仲間達が続々と死んでいく様を、森の方角から眺めていた三角兜のゴブリンは、自身の不甲斐なさと、怒りと人間に対しての憎悪に、自分の感情がどうにかなってしまいそうだった。


「グガァ!グギャギャ!」


 すかさず待機していたゴブリン達に、退却の手助けをするように指示をだすのだが、もう後の祭りというやつだろう。


 炎と人間の思慮深さを恐れた他のゴブリン達は、今にも死にそうな仲間を見てもなお、助けようとする者は誰としていない。


 そして、三角兜を被ったゴブリンは、しぶしぶ森の奥へ退却していく中、とある決断をするのだが、それを知る術は、今のリコ達にはなかった。



 ゴブリンの敗走で、再びソルベ村の住人からは歓喜の声が響き渡る。


 それは、今回の襲撃で、ゴブリンの大群に大打撃を与え、勝利したという事だった。

 

 しかし、森へと一目散に敗走をするゴブリン達を、壁の上で1人、喜ぶことなく見ていたレイは、何やら難しい顔をしている。


 そんなレイに「師匠!」と声をかけるが、特に反応はなかったため、リコは言葉を続けた。


「はぁー今回の囮はさすがに疲れました……。なるべく時間稼ぎしてから来いって言うもんだから、走り回っちゃいましたよ……。それにしても、悪いのはゴブリンとは言え、少しだけ可哀そうになってきますね……」


「はぁ?ゴブリンなんかに同情するんじゃねーよ……!」


 場を和ませようとして口に出したことが、勘に障ったのか、いつもと違う口調でレイは言った。


 少しだけびくっと体を強張らせたリコは、恐る恐る「師匠……?」と名前を呼ぶと、我にふと返った様子のレイは、いつもの調子で話だす。


「あのなリコ……。ゴブリンって言うのは魔物一種だ。冬場になれば近場の村を平気で襲うし、旅人にも容赦なく危害を加えて、挙句に果てには子供をさらっては食う最悪な奴らだよ。そんな奴らに同情なんかしてもしかたねーて……」


 先ほどの怒ったレイは、少しばかり怖かったのだが、もとに戻ってくれてリコは一安心した。


「ちなみに、お前みたいな間抜けは、奴らの慰め物にされちまうかもな……」


 ざまーと言って高笑いするレイに、リコは頬を膨らませた。


「むぅ……。それはいったいどういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だよ……」


 そう言ってからかうレイをたたきたくなったが、やめておいた。


「師匠、ちなみに今回の仕事は、もしかしてこれで終わりですか?」

「いや、まだオークが出ていてない……」


 レイの言葉にリコははっとした。なぜなら、ギルドからの依頼書の内容の中に、襲撃にはゴブリンの他にも、オークの姿も目撃されているとあったのを思い出したからであった。


 オークと言えば、その巨体で樹勢する木を引き抜いて攻撃することで知られている化け物の1つだった。


 ゴブリンの上位種であるオークは、普段は森の奥深くに生息し、人前にはめったに姿を現すことはないものの、いざ戦うとなれば兵隊30人がかりでも足りないと言われている。


 オークが本当に現れて、この村を襲うとなれば、当然ソルベ村の少ない戦力では、太刀打ちするどころか、勝つことすらできないだろう。



 オークの名前を聞いた瞬間、リコは全身の血の気が引いて行くのが分かった。


 こう見えても死神の弟子である。オークがいかに凶悪な魔物なのかを、リコは知っていたからだ。


「師匠、何かオークに対して、作戦とか考えていますよね?さすがに……」

「考えているにはいるが、それで本当にオークなんて化け物倒せるかどうかも分からん。それに、間に合うかどうかもな……」

「師匠……」

「まぁ、結局はなるようにはなるだろうが、それにはリコ。またお前の協力が必要かもな……」

「……また、囮をやれって言うんですか?こうなったら仕方がないですから、いくらでもやりますよ……」

「いや、明日お前にやってもらいたいのは、俺の代わりに村の防衛の指揮だ……!」


 もう一度、リコは顔面蒼白になりながらも驚いた。


「は……!?」

「は?じゃねーよ。防衛の指揮、出来んだろ?」

「そ、それは……」


 困惑するリコを軽く受け流すようにレイは、じゃあ、と言うように片手をあげて歩き出す。


「まあ、そう言う事だから、せいぜいこの村のために明日は頑張ってくれ……」


 去り際にそんなことを言うレイに、リコは声をかける。


「師匠は……師匠はどうするんですか?」

「俺は少しばかり用を思い出した。だからたぶん、明日まで村を開けるから、そのつもりでよろしくー」


 ――まさか逃げるつもりじゃ……。


 そのことが、頭をよぎったものの、リコはあまりにも重荷な責任が急遽のしかかり、この場で立ち尽くすしかなかった。


「私が、明日の防衛の指揮……?」




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