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師匠


「全然酒がたんねぇー!早くもってこいよー!」


 傭兵ギルドから依頼を受けたリコが、次に向かったのは、この街にある古い娼館だった。


 店の中に入ると、昼過ぎからここでも酒の入ったジョッキを持って騒いでいる1人の若い男がいた。


「おれぇを、誰だとおもってるぅー?あの伝説の傭兵、死神さまぁーだぞー!」


 男の呂律はほとんど回っておらず、顔は真っ赤だった。

 そんな男の姿を見て、リコはあきれて嘆息した


 それもそのはずだ。娼館の婦女を6人も席に付け、多種多様な酒や料理を飲み散らかしているこの男こそが、傭兵界では知る人といない有名なあの『青い目の死神』であり、リコの師匠であるレイ・ベンバーだったからだ。


「まったく、あの人は……」


 そう言ってレイが酔っぱらう席まで行くリコ。


 幸い他の客はこの時間帯には居ないため、迷惑にはならないと思うが、それでも婦女の恵まれた胸や、引き締まった胸なんかを、隙あれば触ろうとしているのがばればれなため、客としては、彼はかなり質の悪いものになっていた。


「人を待ち合わせ場所でほったらかして、いったいこんな所で何をしているんですか?師匠!」


 腕を組んで皮肉っぽくそう言ってやると、それに気が付いたレイは「おうぅ!」と言って片手をあげた。


「誰かと思えば、我が弟子のリコちゃんじゃないか!久しぶりだな。元気にしてたか?」

「久しぶりじゃないし、今朝、会ったばかりですけどね……。じゃなくって、人を散々待たせた挙句、こんなとこでいったい何をしてるんですか?」


 著しく機嫌が悪く、しかも冷淡な視線をするリコに対して、レイはふっと笑い、勝ち誇ったかのように両脇に居た娼婦に手を回した。


「なんだよ?お前は見て分かんねーのか?酒と女、男にとってこれ以上の贅沢は他にはないね!ふはは!」


 怒りはさらにエスカレートしていくのだが、そんなリコに対してレイはお構いなしに注がれた酒を一杯飲みほした。


 すると、こんな2人の会話に茶々を入れるのは、レイの周りにいた娼館の婦女達だ。


 彼女達は「なになにー?痴話げんかー?」だとか、「この子レイさんのお弟子さんなの~?うーらーやーまーしーいー!」だとか言ってくる。


 これらすべてたぶん、娼館に来たお客様の機嫌を良くさせる話術の1つだと思うのだが、男という生き物は、それだけで上機嫌になるものだ。


「え、なになに?皆、俺の弟子になりたいわけ?仕方ないな……。じゃあ、してあげる代わりに皆、俺のいう事なんでもき、い、て、ね?」


 上機嫌なレイは、そう言いながら、両端にいた娼婦の胸をわし掴みにした。


「きゃー、レイさんのえっち!」「もう、なに考えているのよー!」


 婦女はそう言うものの、こんな仕事をしているせいか、非常に慣れた様子だった。

 だが、そんな訳の分からない茶番を間近で見せられているリコはと言うと、たまったものではない。


「うわぁ……。ほんっと最低……」


 まるで、ゴミ虫でも見るような目をして言うと、再びレイはふっと鼻を鳴らした。


「リコ、お前にいいことを教えてやろう……」


 一応耳を傾けたリコは「……なんですか?」と聞いてみた。


「人間、誰しもいつかは死ぬものだ。だが、どうせ死ぬなら俺は、美女のおっぱいに埋もれて死にたい……」

「勝手に死ねばいいじゃないですか!師匠の変態!」


 何を言いだすかと思えば、そんなくだらない話だった。

 リコは顔を赤面させながら、思わず突っ込みを入れてしまった自分が情けなかった。


「まぁ、お前ちっぱいだからな……。もしかしたらここにいる子達のおっぱい拝めば、少しはご利益あるかもしれないぞ?なはは」

「ちっぱいって……。女の子の部位をあれこれ言うのは失礼ですよ!それに、私のはまだ発展途上……。というか、女の魅力はおっぱいの大きさだけじゃないです!」

「ほほう?じゃあ、いったい何があるというのかな?お嬢ちゃん」

「そ、それは……。中身……。そう、女の魅力は何と言っても中身です!女性ならではのやさしさとか、清らかさだとか、逞しさだとか!」

「ふんっ、違うね!女の魅力とは、8割がおっぱいで、あとは顔とお尻だね!」

「師匠、全世界の女性に謝ってください!」


 そんな会話を面白がるように、なははと声を出して笑ったレイは、ジョッキに入っていた酒をすべて飲み干した。


「まぁ、冗談はこの辺にして……。お前、俺が今朝言った、ソルベ村のゴブリン退治の依頼は、持ってきたのか?」

「あぁ、これのことですね……」


 少しだけ不機嫌そうな口調で、リコはポケットにはさんだ依頼書を取り出して渡すと、依頼書を手に取ったレイは、ぶつぶつ言いながら、目を通していった。




 傭兵ギルドから受け取った、依頼の内容はこうだった。


 この街から馬で大体半日ほど行ったソルベ村という所では、最近ゴブリンの行動が活発になっており、いつ襲撃されてもおかしくなく、ベテランの傭兵に村の防衛指揮を頼みたいとのことらしい。


 現在確認されている敵の種類は、ゴブリンと聞いているが、その数ざっと50匹を超え、今も周辺の縄張りからも集まり、増え続けているとのことだ。


 しかも、その中にはゴブリンの上位種でもあるオークの出現も懸念されているため、ギルドで設定されたこの依頼難易度も高く設定されていた。


 ソルベ村の防衛指揮の報酬は、銀貨1000枚。これは他の依頼に比べれば、破格の値段といっても過言ではなかった。


 その報酬目当てで、この依頼を取って来させたのか、それともまた別の理由があるのか、リコには分からなかった。


 ちなみに、リコに傭兵ギルドに登録させたのは、依頼を持ってこさせるためだけだという事だけは、分かっていたのだが、こんな見るからに、だらしない人間が、あの有名な『青い目の死神』だというのだから、この業界もよく分からない。。




 ビリッ……。


 内容を確認し終えたレイは、持っていた依頼書を両手で細かく破り捨てた。


「ちょ、いったい何をやっているんですか!」

「はぁ?何が?」

「なんで、依頼書を破いているのかって聞いているんですよ!それがないと、仕事終わったあとに困るんじゃ……」

「お前、それを本気で言ってんのか?」


 慌てながら言うリコに対して、レイは小馬鹿にした表情をした。


「……どういう意味ですか?」

「あのな、リコ。こんなものはただの紙切れだ。何の価値も無ければ証明にもならない。それに最近の傭兵ギルドなんで、仕事を仲介するって建前で、依頼人から手数料だとか中抜きだとかを行っている連中の集まりだよ。しかも集めた依頼なんて、そこらのどうでも良い連中に押し付けているだけだしな……。だから報酬をもらうのに、いちいちギルドを通す必要もないだろ?」

「……そりゃ、そうかもしれないですけど、そしたらなんで師匠は、私にこの仕事を取って来させたんですか?傭兵の登録までさせて……」

「そんなの簡単だ。その方が楽だったからだ……」

「はぁ?」

「まぁ、落ち着けって。今までは、ギルドが仲介する仕事を極力受けないようにしていたんだが、少しばかり事情が変わったんだよ。それに、俺が手に入れた情報が正しければ、このソルベという村では、少しばかり面白いことが起こっている予感がする……」


「……面白い予感ですか?」

「まぁ、今はお前には話すことは出来ないが、行けば分かるだろう?」


 その曖昧な答えに、少しばかり消化不良な部分はあったものの、リコは頷いた。


 それを見ていたレイは、「それじゃ、そろそろ行くとするか……」と言って席を立ちあがり、まっすぐ娼館の出口へ向かおうとする。



 だが、そんな2人に立ちはだかる1人の人物がいた。


 レイとリコの行く手を遮るように立ったのは、中年を過ぎた男性だった。その服装や仕草から、彼がこの娼館の店長だろう。


「お客様、店を出られる前に、何か、お忘れではないですか?」


 店長は、丁寧な接客語で話をし、にこやかな笑顔すら崩すことはないが、レイに取ってそれは恐怖のように感じられに違いない。


「師匠、そう言えば店の代金って持ってるんですか?」

「代金?何それ?おいしいの?」

「おいしくないですし、食べ物じゃないです。と言うか、なんでお金持ってないんですか?」

「こんな高そうな娼館の代金なんて、普通持ち合わせてるわけないだろ?」

「普通は、しっかりと準備してから入るものですよ!」

「だってさ、お前が仕事、取って来るの待っててさ、その時に、目の前に色っぽいお姉ちゃんが通ればさ、男なら何も考えずに付いて行くだろ?そして付いて行った先が娼館だったんだから、仕方ないだろ?」

「その時点で、なんで引き返さなかったんですかね?まったく……」

「まぁ、安心しろ。金がないの分かってたから、さすがにベットインまでは出来なかったぜ!」

「お金ないの分かってたら、なんで昼間からお酒なんか飲んでるんですか!しかも女の人6人もつけて!」

「あの、お客様……?」


 2人の会話を遮るように入って来たのは、先ほどの店長だ。


「ちなみにお客様は今回、お食事と6人の令嬢を指名しており、さらにサービスや席の代金をすべて合わせると、しめて銀貨350枚と銅貨56枚になります」

「はっ!銀貨350枚!?」


 店長が読み上げた金額を聞いて、目を丸くするレイに


「まぁ、あれだけ豪遊すれば、そのくらいかかりますよね……」

と少しだけ、いい気味だという表情をしながら、リコは言う。

「お客様は今回、当店が初めてだという事で、銀貨以下はサービスさせていただきますが、もし今、この場でお支払いいただけないようでしたら……」


 にこにこと笑顔を変えない店長は、ふと娼館の入り口からベルに音と共に入って来た非常に体格の良い、衛兵の皆さんに視線を向けた。


「街の衛兵に連絡して、捕まえてもらわなければいけなくなりますね……」


 ごりごりと両手の拳を鳴らして、言葉にできない威圧を見せる衛兵を、目の前にした瞬間


 ――いや、もうすでに衛兵、そこに待ち構えてるじゃん!

と2人は突っ込みを入れたくなったが、問題はそこではないことは明白である。

 

 顔面蒼白になっていたレイの服を、リコはくいくいと引っ張りながら


「師匠、どうするんですかこれ?」と尋ねた。すると、

「んなもん、逃げるに決まってんだろ!」


 レイは、そう言うと、すぐさま出口に方へ全力で逃走した。しかもリコを置き去りにして。

「って、えぇぇぇ!」


 不意を突かれたレイの逃走に、誰も彼を捕まえることは出来なかったのだが、去り際に

「飲んだ代金は、そこのチビが全額払うから、じゃあな!」と言ったものだから堪ったものではない。

「はぁ?なんで私が!?」


 リコが咄嗟にそう言うのだが、ここで自分は関係ないと、衛兵達や、店長に言い訳したところで、通用するはずは勿論ないだろう。


 ――あぁ、師匠って人は本当に……。


 リコはあきれながらも、レイ同様衛兵の包囲をかいくぐって、食い逃げ犯の後を必死になりながら付いて行くのだった。



________________________________________


「待てやゴラァァァァァァァァァァ!」

「逃がすかゴラァァァァァァァァァァ!」

「観念しろやゴラァァァァァァァァァァ!」


 それは、街の大通り。


 まるで獲物をしとめる盗賊か、それとも悪党さながらの鬼の形相で、衛兵は罪人を追いかけていた。もちろんその罪人とは、レイとリコのことである。


 食い逃げの知らせを聞きつけた衛兵たちは、次々と各方面から集まり、今ではその数は6人までになり、怒声を辺りにまき散らしながら後を追いかけていた。


「ところで、なんで私まで逃げなくっちゃいけないんですか!」


 街の衛兵に後を追われながら、ようやく追いついたリコは、レイに向かって叫んだ。


「はぁ?そんなことしらねーよ!嫌ならどっか行けばいいだろ?そして、奴らに捕まって、俺の代わりに一生牢屋にぶち込まれてろ!骨はあとで拾ってやる……」

「師匠の罪を丸被りするなんて、嫌に決まってるじゃないですか!冗談言ってないで、この状況を何とかしてくださいよ!」


 リコの言葉に、何かをひらめいた様子で


「あぁ、分かったよ……」

と口を挟むと、レイはリコの服のえりをひょいっと掴み上げた。


 そしてそのまま、大通りの脇道に停めてあった荷馬車の台車へと放り投げる。


「うげぇ!」


 リコは自分でも情けない声をあげて、台車の中に放り込まれたが、幸い荷車の中には、飼料用の干し草が敷き詰められていたためか、痛さは感じることはなかった。


「ちょ、師匠!いきなり何をするんですか!」


 干し草の中から顔を出したリコは、そう言うが、レイは気にも止めずに、荷馬車に繋がれた馬にまたがると、手綱を握り締めて走らせる。


 すると、すぐに店先から、荷馬車の持ち主が出てきて、「この、馬泥棒!」と叫ぶ声が後ろから聞こえて来たが、聞く耳を持つ様子はない。


「師匠、これ、馬泥棒ですよ。分かってます?」

「お前が、何とかしろって言ったんだろ?」

「別に馬を盗めなんて言ってませんけど……。というかどれだけ罪を重ねれば気が済むんですか?」

「大丈夫だ。これはあくまでも借りただけだ。盗んだわけじゃない。それに、あの娼館の代金もこの仕事が終われば必ず支払う。つまり付けだよ。付け!分かったか?」

「いや、全然分かんないです……」

「ふんっ。リコお前にいいことを教えてやろう……」

「……なんですか?」

「人間なんて、常に自分勝手に生きてる生き物だ。だから、どんな時も自分の都合の良いように考えていればいいんだよ」

「うーん……。社会的には、完全に駄目だと思いますけどね……」


「まぁ、その方が何かと面白いだろ?」


 そう、無邪気に笑い飛ばすレイを見て、どこか納得のいかないような表情をリコはした。


 ちなみに、2人の後を追っていた街の衛兵の影はすでにない。その装備の重さから、さすがに馬の引く荷車には追いつくことが出来なかったようだ。


「師匠。面白いはともかく、飲み代や馬の代金は、次の仕事が終わったらきちんと支払う、ってことで良いんですか?」

「あぁ、もちろんだ!」

「ちなみに、仕事が失敗した時のことは、考えています?」

「…………」

「何も考えていないんですね。分かりました……」

「まぁ、その時は2人仲良く、国中のお尋ね者だな!」

「はぁ……。だからなんで私まで……」

「いいんだよ、つまり仕事を無事に終わらせばいいんだから!」

「はぁ……」


 こうなると、レイは人の忠告なんて一切聞く耳をもたない。


 リコは、レイの弟子に成って、かれこれ2年近く経つのだが、思い立ったらすぐ行動に移す彼に、ことあるごとく振り回されっぱなしである。しかも、抗う事はおろか、拒否権すらないため、言われるがままであった。


 でも、そんなリコなのだが、自分の意志に忠実で従順なレイのことを、心の底ではどこか誇らしく、憧れを抱いているのも本当だった。


 しかし、それ以上に無性に疲れるのも、事実である。




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