死神と呼ばれて……
『青い目の死神』が誕生したのは、それからしばらくしてからのことだった。
子供だったレイは。自分を拾ってくれた老婆の弟子になって働き、成人の15歳の誕生日を迎えると、クリフトラ一の商業都市であるベルリラに連れて行かれ、バングを紹介してもらった。
そして、傭兵ギルド、グランドウルフの一員として、今まで傭兵として経験を積むことになる。
しかし、レイはそれまで誰とも仲間を作ることもなく、つるむことをしなかった。
そのため、ギルドの傭兵達からはしだいに疎まれ始め、レイのことを仲間に誘うどころか無口で殺気を放つ彼の存在を気味悪がった。
仲間を足でまとい位にしか思ってなかったレイにとっても、それは好都合で、自分からも彼らのことを無視していた。
レイは、晴れて傭兵になった瞬間、まるでつらい思い出を忘れるように、仕事に没頭していった。
金になりそうならどんな依頼でも受け、どんな手段を使ってでも、仕事を成功させた。時には仲間を犠牲にし、時には人を殺すことさえもする仕事ぶりに、ついた通り名は『青い目の死神』だった。
噂と言うものは仕事の成果よりも、悪い部分だけ独り歩きをするもので、5年経った今では『青い目の死神』と言う名前は大陸で、知らない者がいないくらい有名になった。
この名前は、レイにとって父譲りの自分の目のことを言われているようで、どこか皮肉なようにも感じられたが、そんなことは些細な問題だ。
名前が世間に広がることで、自分に対して直接依頼を頼みたいという人間が出てきてくれるというのは、それはそれで良かったし、そっちの方がお金になると考えていた。
着々と、傭兵として力をつけ、『青い目の死神』と言う名前を、大陸にはせていたある日。
長年の時を経て、ついにヴァージリアとクリフトラの戦いが始まるという知らせが、ギルド内に舞い込んで来た。
近年2国間の仲は、さらに険悪になり、数年前にヴァージリアの最高指導者である皇帝が死去してしまったため、次期皇帝が即位してからと言うもの、周辺諸国にあった小国を、その圧倒的な軍事力で次々と滅ぼし、その刃がついにクリフトラに向かったという訳だった。
戦力をほとんど常備していないクリフトラ側は、すぐに傭兵への募兵を開始。それはお金には糸目をつけないという好待遇である。
このことに、各地で仕事をこなす傭兵達全員が奮い立った。だが、レイだけは戦闘に参加しないと、心の中で決めていた。しかも、軍拡を推し進めなかったクリフトラ王に対して不快感を示すほどだ。
なぜ、彼らのために戦わなくてはいけないのか、その理由すら、レイには見つけることは出来ないからである。
だが、そんな日のこと、レイがいつも通り仕事から帰ってくると、カウンターにいた受付嬢に「あなたを待っている人がいます……」と言われて、酒場に席の方へ行くように言われた。
受付嬢に言われた席に行くと、そこに座って食事をしていたのは、全身を覆い隠すように黒いマントを着た風変わりな男だった。レイが席に付いても食べる手を止めず飲み食いする、彼に対して、苛立ちを覚える。
「いったい俺に何の用だ?」
レイが不機嫌そうに、男に向かって聞くと、彼はその言葉を静止するように手をこちらに向けて黙るように指示する。
――なんなんだ、こいつは……。
レイはそう思いながらも、その男が食べ終わるのをじっと待つと、
「いやいや、これは失礼いたしました。ここの料理は他とは格別ですな……。つい夢中になって食べてしまいました……」
待たせたことを詫びない図々しい態度に、いい加減嫌気がさした。
「用がそれだけなら、俺は失礼する。他の仕事があるんだ……」
「いやいや、お待ちください死神殿。私は、あなたにとって、とても有益な情報をお持ちいたしました、クリフトラ国の使者でございます……!」
クリフトラの使者と聞き、動きを止めたレイは、もう一度席に付いた。
「本当にあんたが、そうなのか?どう見ても使者には見えないが……?」
疑いの目を向けながら言うレイに対し、愛想笑いで答えるマントの男。
「祖国を影で支える使者は、皆こんな格好ですよ。その方が他の者にも怪しまれることはないのです……。これも、長年の知恵と言うやつですかね……」
「で、クリフトラの使者が俺に何の用だ……?」
使者と名乗った男を、睨みながら聞くと、「おっとそうでした……」ととぼけたように男は話を続ける。
「近々、クリフトラとヴァージリアの戦いがあるのは、死神殿ならご存じかと思います。『青い目の死神』の名をはせたあなたが、祖国に参加してくださるというのなら、クリフトラはあなたに、他の傭兵とは比べものにならないくらいの報酬を確約いたします。あ、これは国との契約書にございます。お目通しを……」
使者はマントの中から巻き紙を差し出し、机の上に置いた。
その紙を受け取ったレイは、目を通して行く。確かにこれは、クリフトラ側の自分に対しての直接的な契約の申し出だった。
契約書には、クリフトラ軍に参加する対価として、他の傭兵の数倍以上の報酬と、功績次第では、国の親衛隊に取り立てるとも書かれてある。
だが、契約書を読み終えたレイは、一つだけ引っかかることがあった。
「あんたは、クリフトラの使者を名乗るくらいなら、俺の過去を知っているだろ?そんな俺が戦いで功績を上げたとしても、王様がこんな待遇を俺に対して許すはずもないと思うのだが……」
「その事については心配はいりません。確かにあなたの父上様は、貴族という身分を剥奪されましたが、それはすでに過去のこと。しかも、父上様はもうお亡くなりになり、王様はその息子であるレイ様には、何もお咎めは無いと、おっしゃっております。むしろ、この戦いに参加し、功績を上げることが出来れば、ベンバー家の復活も検討するということ。これは、あなた様に残された、最後の機会と言っても過言ではありません……」
どこからそんな、相手の気分を良くさせるような気の利いた言葉が出てくるのか、不思議に思いながらも、レイはふっと笑いながら「いいだろう……」と言って契約書にサインをした。
この契約こそが、後に大変なことになるとは、この時のレイは知る余裕もなかった。




