結局こうなる……。
そして、時刻は進み、日も暮れかけた夕暮れ時の闘技場の会場にて。
この場にいる皆は、次の戦いが始まろうとしているのにも関わらず、一向に姿を見せないリコに対して、動揺する気持ちを抱いていた。
休憩時間はとっくに過ぎ、客席からは、まだかまだかと言うすさまじいブーイングの嵐が巻き起こっていた。
最終決戦の相手は、あのホーリーナイトのギルドマスターである。もしや、リコは戦いを放り出して逃げてしまったのでは?と考える傭兵も中には居たが、バングはそれ等を一切否定した。バングは、リコが何も報告なくそんなことをするような人ではないと、思っていたからである。
グランドウルフの傭兵達は、リコが一向に現れないのを心配してか、何人かで会場やっその周辺を探し回っているのだが、手掛かりはなく、誰もが困惑していた。
「全く、やはり、そちらのギルドの連中ときたら、戦いを逃げてしまうなんて、常識というものがなっていないものだねぇ……」
そんな彼らを見兼ねたホーリーナイトのクライエは、ステージの上で悪態をつく。それは、特にバングを見ながらだった。
「ぐぬぬぬ……」
クライエの明らかな挑発だという事はバングは分かっていたのだが、非はこちらにあるため、言い返す言葉は見当たらなかった、
しばらくすると、リコを探し回っていた傭兵の男達数人が、待機場所に戻ってくると、息を切らして膝をつく。
「おう、どうじゃった?リコを見つけることは出来たのか……?」
バングがそう聞くと、傭兵達はしぶしぶとこう答えた。
「オヤジ、駄目だ見つからねぇ……。だけどよ、どうやら聞く話によると、それっぽい女の子が長身の黒服の男に、無理やり連れられてどこに行っちまったらしい……。オヤジ、 それってもしかして……」
その報告を聞いたバングは、「まさか、あいつ……」と言いながら歯をかみしめる思いをした。
すると、また違う傭兵の男が待合場所にかけてきて「オヤジ!」と叫んだ。
「今度は、いったいなんじゃ?」
多少機嫌の悪いバングを見るや、傭兵の男は持っていた紙を差し出した。
渡された紙に書かれてあった内容は以下の通りである。
――オヤジ、ちょっとおもしろい仕事見つけたから、リコを借りて行くわ。後のことは自分達で何とかするんだな……!笑笑笑。皆の英雄、死神様より……。
その筆記体からして、伝言を書いたのは紛れもないレイだった。
草すら映える伝言の内容を見て、バングは破り捨てる。
「リコを連れ去ったのは、紛れもない奴だ!あの野郎、せっかく今まで目にかけてやった恩をあだで返し追って……」
「オヤジ、この試合で棄権者を出した側って確か、ルール上では敗退だったような……」
1人の傭兵の言葉に、はっと気が付いたバングの顔は青くなる。
それは、この戦いで、グランドウルフ側が負けたと分かれば、死ぬまでクライエに馬鹿にされるには、目に見えていたからだ。
「オヤジ、どうするんだよ?俺ら、ホーリーナイトの奴らに馬鹿にされるのは、死んでも嫌だ!」
1人の傭兵が言った言葉に、「そうだ、そうだ!」と一同は頷いた。
「で、どうすんだよオヤジ?」
決断を迫られたバングは、「こうなったら……」と小さく口挟み
「こうなったら、いつものようにこの大会をめちゃくちゃにして、どっちが勝ったのか分からなくするしかないだろう!」
にやりと悪い笑みを浮かべるバングに、「だな……。それしかない……」と小声で言うグランドウルフ側の傭兵達。
「よし、わしは決めたぞ!全グランドウルフの傭兵に告げる!いつもの準備は出来ているか!」
バングの声に、傭兵達は「おうぅ!」と声を上げた。
「狙うはギルドマスターのクライエだ。かかれいぃ!」
バングの声と共に、傭兵達は武器を手に立ちあがると、ステージの上に雪崩れ込んだ。
だが、そんな状態で1人ステージに立っていたクライエは、動じることはなかった。
「ふんっ。バングはやはりこうくることは分かっていたよ……!ホーリーナイトの傭兵達!今だぁ!」
クライエの合図と共に観客席に、紛れ込んでいたホーリーナイト側の傭兵が、「おぉ!」と威勢を上げながら、次々と観客席からステージ側に飛び降りて来る。
「な、なに!?伏兵だと……!卑怯だぞ、クライエ!」
「ふんっ。バングよ。奇襲したくせに何を言っているのかねぇ……。さぁ、ここでグランドウルフの傭兵を一人残らず皆殺しにしてやりな!」
「ええい、お前達、死んでもホーリーナイトの野郎をぶっつぶすのじゃぁ!」
2人の言い争いの中、グランドウルフとホーリーナイト側の戦いは、乱闘へと変わり、先ほどまでブーイングの嵐だった観客席は、乱闘のすさまじさから興奮し皆総立ちになった。
結局この日も、グランドウルフとホーリーナイトの戦いには決着はつかなかったが、この日は今まで以上に大いに盛り上がりを見せる結果となったのは言うまでも無く、そして、クライエとバングの長きにわたる戦いは、まだまだと終わりを見せないのであった。




