伝説の傭兵
闘技場の会場では、リコが勝利をあげたことで、大いに盛り上がりを見せていた。
リコの名前を呼ぶ声は止まることがなく、この場で彼女の虜になった者も多くいる事だろう。
そんな中、闘技場にある特別席にて、ステージの上で活躍するリコのことをどこかつまらなそうな表情で、レイは見ていた。
「2年前、ヴァージリアとの戦いで、突然姿を消したかと思えば、急にこの街に姿を現して、どういう風の吹き回しだ……?」
すると、背後から近づいて来た人物に、レイは目を向ける。
気配さえもなく、そこに立っていた人物は、バングだ。
バングはふほほ、と笑いながら、レイに目を合わせずに会場のステージの方に目をやる。
「なんだよ、急に……。久々にギルドのしみったれた連中の面でも拝んでやると思っただけだよ……」
「お前が、そんなことを考える訳がなかろうて……。本当の理由をいい加減、わしに話したらどうじゃ……?」
レイが口を閉じると、バングはそんなレイを諭すように話を続ける。
「お前さんは、あの事件以来、わしのギルドを離れ、連盟からも追放されたはずじゃ……。その証拠に、首にぶら下がっているタグには、傷が入っておる……。それなのに、なぜわざわざこの街に戻って来た……?」
レイをじっと睨むバングに、ふっと言ってレイは軽く笑うと
「なんだ、知ってたのかよ……?」と言って首にぶら下げた銀色のタグを、見せるように服の中から出す。
「1つは金のためと、もう一つは、あんたに話があったからだよ……」
レイの言葉に、バングはぴくりと眉を上げた。
「わしに話だと……?」
「あの伝説の傭兵、ジルドレ・ヴィルカが死んだ……。あいつはその娘らしい……」
レイの言葉に、一瞬何かを考えるように、バングの挙動は止まった。
「ほほう、あの世界の5大傭兵と謳われた、ジルドレ・ヴィルカが死んだか……。あの娘の名前を聞いた時に、どこかで聞いたことがあると思ったら、そう言うわけだったか……」
「あの爺はリコのことを、自分の娘だと最後まで言い張っていたが、本当かどうかは知らん」
「まぁ、あの方は今では数も少ない、ドワーフの一族だからな……。ドワーフに人間の子供なんて誕生せんよ……。恐らく、どこかで拾ってきたのじゃろうて……」
バングの話を聞きながら、少しだけレイは疑問に思った。
「随分とあの爺のことについて、詳しいんだな?もしかしたら知り合いだったのか……?」
レイはそう聞くと、バングはどこか遠くを見るような目をして話す。
「わしが若かった頃、ヴィルカ殿が指揮する軍隊にいたことがあった。もう随分と昔の話だが、彼にはとても世話になったよ……。その頃からヴィルカ殿は誰よりも強く、勇ましかった。当時のわしは、そんなヴィルカ殿に憧れすら抱いたものだよ……」
少しだけ、遠い目をしながらバングは話した。
「ところでお前さんは、彼の最後を見届けたのか……?」
バングの質問に、レイは首を横に振った。
「最後って言うわけではないが、奴はグールから自分が住んでいた村を守るために、命はって死んじまったよ……。あの爺も、そうとうガタがきていたみたいだったしな……」
「ふんっ。伝説を博した傭兵も、所詮は歳にはかなわないという訳か……」
「だろうな……。おかげで俺はガキ1人、押し付けられちまった……」
そう吐き捨てるように言うレイを見て、バングは何やらにやりと笑った。
「憑き物を落とされた、の間違えではないのか……?」
「それはどういう意味だよ……?」
「わしのギルドに来た頃のお前さんは、どこか復讐心に燃える小鬼の様じゃった。わしや、他の者がいくら忠告したところで、聞き入れることもせず、誰ともつるむこともしないお前さんは、他の者からも、随分と嫌われていたからのう……。わしもこれがジランさんの頼み事じゃなかったら、とっととお前さんをギルドから追い出すか、絞め殺していた所じゃ……」
一旦話をきったバングは、じっとレイの顔を覗き込んだ。
「あの娘……。名前をリコと言ったかの……。リコを弟子にしたことで、お前さんは随分と変わったように見えるよ。それこそ、小鬼だったお前さんが、人間になったようにな……」
我が子を見るような目をするバングに、「うるせぇよ、オヤジ……」と微妙な表所をしながらレイは言った。
すると、特別席の個室扉で、こんこんと言うノックが聞こえた。
「師匠、いますか?」
そう言って扉を開けて中に入って来たのは、リコだった。
「おう……」と言ってレイは声をかけると、部屋の中にバングがいたことに気が付き、ぺこりと頭を下げる。
「あれ?お話の途中でしたか……?」
よそよそしく言うリコに、バングはそっと微笑む。
「いや、話は今終わった所じゃよ……。リコちゃん、試合お疲れじゃったな……。ナイスガッツじゃった……」
バングの言葉に、可愛らしく照れるリコ。
「私は何も……。師匠にもらった目薬のおかげですから……」
「いやいや、お主の頑張りがあってこその結果じゃよ……。次の戦いもその調子で頼むな……。では、いい話を聞けたところで、わしはこの辺で戻るとするわい……」
バングはそう言うと、特別席の個室扉を開けて出て行ってしまった。
「師匠、いったいバングさんと、何の話をしていたんですか……?」
「ん?別に少し世間話をしていただけだ……。ところで俺になんか用事か?」
「あぁ、そうでした……次の相手、あのホーリーナイトのギルドマスター。クラリエ・トリスなんですけど、なんかまた秘策とかってあったりしないんですか……?」
リコがそう聞くと、レイはあっさりと「ないな……」と答えた。
「えぇ……」
明らかに困った顔をするリコに、レイは促すように口を開く。
「大体、ベルリラの2つのギルドマスターは、今はお互いにかなり老いぼれているけど、昔はすごかったんだぜ?50人くらいの屈強な傭兵が束になったらまだ分からんが、お前みたいな小娘なんてイチコロだな……」
なはは、と笑い声を上げながら嫌味を言い放つレイに「はぁ……、ですよね……」と溜息をつきリコ。
「じゃあ、次の試合、どうすればいいのか、教えてくださいよ……」
「はぁ?そんなこと、自分で考えろよ……」
レイはそう言い放ち、どっぷりと特別席の椅子に身体をうずめた。
溜息をついたリコは、あきらめて立ち去ろうすると、
「おい……」と言ってレイはリコのことを呼び止める。
「なんですか?」と振り返って聞くと、リコの顔をまじまじと見たレイは、「いや……」と前置きすると
「リコ、頑張れよ……」と言って目をそらした。
なんだかいつもより様子のおかしなレイに対して、リコは首を傾げ「はい……」と頷くと、今度こそ部屋から出て行ってしまった。
リコが部屋から消えると、レイは一点を見つめながら、あることを思い出すように、考え事をしていた。それは、先ほどバングが言っていた、『変わった……』と言う言葉についてだ。
「俺が、リコと出会って変わった……?まさか……」
何を馬鹿なことを……と一笑すると、また特別席の個室からノックする音が聞こえる。
――またリコか……。と思いながら振り返ると、部屋に入って来たのは、マントを被った武器商人の少女だった。
「なんだよ、俺がここにいること良く分かったな……」
少しだけ不機嫌そうに言うレイにマントの少女は、「随分と探しましたよ……」と言いながら、にやりと何かを企んでいるように笑う。
「レイさんに、面白い話を持ってきましたが、聞く気はありませんか……?」




