ギルド抗争!
門を抜けて、ベルリラの都市に中に入ると、どこの通りにも所狭しに屋台が陳列しており、各場所では、今まで見たこともないような品々が並べられていた。
人の身体を模したような奇妙な陶磁器に、白銀の光沢を発する織物。武器や防具、食べ物や衣装。しまいには動物までもが販売物として、店頭に並べられていた。
まるでどこの通も、大きな市場のように賑わう様に、ついつい目をとられ一向に足は進まない。
「師匠、あれ見てください!今まで見たこともない鼻の長い動物ですよ!あぁ、あの置物は埴輪と言うそうです。珍しい物がたくさんありますね、師匠……!」
少しだけ興奮気味のリコに対して、レイはそっけなく愛想を振りまく。どうやら、レイはここにある品々に一切興味が無いようだった。
「ところで、どうして急にベルリラに来ようと思ったんですか?いつもは人がたくさんいるところは、性に合わないって言って避けるくせに……」
リコの質問に、レイは「あぁ、それは……」と前置きすると
「この辺りを偶然通りかかったからな……。おやじにもたまには、顔を見せておこうと思って……」
そう言われて、ベルリラの通りを歩いていると、2人はとある建物の前にたどり着いた。
建物の看板には『傭兵ギルド グランドウルフ』と書かれており、入り口付近の壁には、狼のお面を被った上半身、裸の男が両手に斧を持っている紋章が書かれてあった。
少しだけ威圧感のあるギルドの前で戸惑っていると、何食わぬ顔でレイは入り口の扉から、中に入って行った。
ギルド内には、建物の作りと雰囲気こそ違うものの、最初、リコが傭兵の登録を行ったギルドと同じように、酒場と役所が併合したような場所になっていた。
ギルドの中の、カウンターに向かう通りにあるテーブルでは、傭兵達が運ばれてきた酒やら食べ物やらに上機嫌にはしゃぎ、まだ昼間にも関わらず食べ飲みを繰り返していた。
が、ギルドにやって来たレイの存在に気が付くと、誰もが機嫌よく話すのをやめてレイをじっと睨みつけてくる。先ほどまで賑やかだったギルド内は、たちまち静まり返り、その嫌悪の眼差しにびくびくと震えるリコを横目に、レイはカウンターまですたすたと歩いた。
「なんで、死神がここにいるんだよ……?」
「確か、破門されたはずじゃ……」
傭兵達の小声が聞こえる中、レイは特に気にする様子もなく、カウンターの椅子に座って本を読む、小さな女の子に声をかける。
「よう、アン。元気にしていたか?」
アンと呼ばれた10歳くらいのかわいらしい少女は、レイに気が付くと、ぱぁと目を輝かせた。
「レイお兄ちゃん!」
と言ってぎゅうっと腰のあたりに飛びつく女の子。そんな少女の頭をさすりながら、まるで愛娘を可愛がる父親のように、「よしよし~」と言いながらレイは彼女の頭を撫でた。
――師匠の、こんな表情初めて見た……。
初めての表情に、どこか驚きと、気持ち悪さを感じながら、その様子をただじっと見守るリコ。
「あれ、アン。少しだけ、背伸びたか?」
「えっへん。私はとうとう、10歳の誕生日を迎えたのですよ~!もう立派な大人の仲間入りです!」
腕を腰に当てるアンは、どこか誇らしげにそう言った。
「あの、師匠。その子は誰ですか?」
そう聞くと、アンはリコに向かって礼儀良く頭を下げると
「私の名前は、アン・バルコッサって言います。アンはここのギルドマスターの孫なのです。よろしくです!」
――何この子、可愛い……。
アンの存在に見とれていると、横に立っていたレイは「アン、よく緊張せずに挨拶できたね~。偉い偉い!」とまた頭を撫でる。
「リコ、お前にいいことを教えて野やろう……」
「なんですか……?」
ジト目で見るリコを尻目に、レイはふんっと鼻を鳴らした。
「可愛いは正義だ……!」
「はぁ……」
――いや、どや顔で言われてもな……。と思って嘆息するリコを、じっと見るアンは、ゆっくりと近づいて来て、リコの顔を下から覗き込むようにして見た。
「やっぱりお姉ちゃんは、とっても美人さんですね~。私もお姉ちゃんみたいに、美人さんになりたいです……!」
「はぅ……!」
リコはアンのその言葉に、ついつい心を奪われてしまった。
アンを優しくなでると、にこにこしながら
「くすぐったいですよ~。お姉ちゃん……」
と笑いながら言ってくる。それがまた可愛かった。
「師匠、可愛いって、最高ですね!」
「だろ……?」
当然だ、と言うようにレイはうんうんと頷いた。
すると、頭をなでなでしていたアンは、リコの顔を見ながらふと頭を傾げる。
「ところでお姉さんは、レイお兄ちゃんの恋人か何かですか……?」
「はぁ……!?」
「な……!?」
レイとリコは、ほぼ同時に叫ぶと、頬を赤くした。
「ち、ち、違うよ!」
首を激しく降って全力で否定するリコ。
「はぁ?こんなのが俺の恋人とか、絶対ありえないから……!こいつは俺の奴隷もいいとこだから……!」
――奴隷って……。レイをジト目で見る、アンはまた首を傾げた。
「……レイお兄ちゃん。奴隷ってなんですか?」
可愛らしい表情をしながら、すごいことを聞いてくるアンに、言葉を詰まらせる。
「それは……そう、皆のために一生懸命、働く人ことだよ……」
まぁ、間違ってはいないかもしれないけど、その答えもどうかと思うリコだった。
「へぇ~そうなのですか~?私もレイお兄ちゃんの奴隷になりたいです!」
この時、無邪気って怖いな……と心をかみしめたのはリコだった。困り果てたレイは必要以にリコに助けを求めるのだが、何も答えることしなかった。
しかし、少女に変なことを吹き込んだ罰は、意外な所からやって来た。
「ぐはぁ!」
レイの後頭部に、何か棒のような物が飛んできたかと思いきや、レイはその場に倒れ意識をなくした。
「し、師匠……!?」
咄嗟に駆け寄るリコ。大丈夫息はしている様だった。
「わしの可愛い孫娘に、妙なことを吹き込むのは、いったい誰じゃい!」
低い叫び声と共に、現れたには80代以上の背の曲がった小さな老人だった。
「だ、誰……!?」
リコはそう叫ぶと、隣にいたアンは、投げつけられた木の杖を拾った老人にむかって
「お爺ちゃん~!」と言って飛びついた。
「おぉ~よしよし、いい子にして待ってたかい?」
「うんっ!あのお姉ちゃんと一緒に待ってたのー!」
アンは老人に頭を撫でられながら、リコの方を指さした。
「おや、こんな若い女の子のお客さんとは、珍しいね……」
そんな老人に対して、ぺこりと頭を下げた。
「初めまして、私、リコ・ヴィルカと言います。今日は師匠の付き添いで……」
どこかぎこちない自己紹介をするリコを見ながら、「ヴィルカ……」と小さくつぶやくと、にこりと笑った。
「これはどうもご丁寧に……。わしの名前はバング・バルコッサ。このギルドのギルドマスターをしている者じゃ!」
バング・バルコッサ。その名前に、リコは聞き覚えがあった。
――確か、ベルリラに乗せてもらった馬車の馬主が言っていた名前って……。
「もしかして、あなたがあのグランドマスターの称号を持った、バングさんですか?」
「そうだよー!おじいちゃんは最強の傭兵だったのですよー!」
リコの問いかけに、どこか自分のように誇らしそうに答えるのは、アンだった。
「その称号も、もう昔の話だ……。今は街のしがないギルドマスター。昔の威光もとっくに廃れてしまったよ……。ところで、リコさんはこのギルドに何か用ですかな……?」
「えっと……」
リコが言葉を濁していると、
「お姉ちゃんは、レイお兄ちゃんと一緒にきたんだよー」とアンが無邪気に代わりに答えてくれた。
「ほうほう、なるほど……。うん?さっきレイと言ったか?」
バングは、一瞬考えるように小さくつぶやくと、
「そうだよ……!ったく、会って早々投げつけやがって……。オヤジのことだから、俺の顔なんかどうせ見てなかったんだろ?当たり所、悪かったら死んでたぞ、まじで……!」
いつの間にか起き上っていたレイは、痛そうに杖が当たった部位をさすりながら、文句を言う。
「ギルドを破門された分際で、のこのこ戻って来よって……。いったい何しに来た……?」
「はぁ、たまたま近くを通りすがったから、寄っただけだって……。そんなことより、今年はもう終わったのか……?」
「ふんっ、まだ奴らから何の音沙汰も無いが、心配せんでもそろそろじゃろうて……」
リコは、何の話をしているか分からなかったため、聞こうとしていると、ギルドの入り口から
「邪魔するよっ!」と言って腰の曲がった小さな体の老婆が、杖を付きながらギルドにやって来た。歳はバングと同じく80代を超えていて、白髪の髪を後ろでまとめて髪留めで留めていた。
一見微笑みながらギルドの通路を歩く彼女だったが、その後ろには20人ばかり体格の良くしかも睨みを利かす傭兵達を連れているため、威圧感がすさまじかった。
「いつ来ても、このギルドの連中は、貧相なことこのうえないねぇ……。こんなのが長年、私のギルドと競い合っているなんて、不思議で仕方ないねぇ……」
入って早々、悪口を言う老婆が来た瞬間、ギルド内の雰囲気は悪い方に一変した。
バングを筆頭に、先ほどまで酒を飲んでいた傭兵連中が立ち上がり、お互いにらみ合うように対峙する。
「師匠、いったい何事なんですか?」
レイにそう聞くが、「あぁ……」と何事もないような平然な顔で小さく言うと、
「まぁ、いつものことだな……」と鼻をほじりながら言ってきた。
「いつものことですよー」
続いてアンも同じようなことを言う。
――いや、どう考えても……。
まるでこれから、戦争でも始まりかねない状況に、息を飲むリコ……。
「お前さんのギルドが弱すぎて、こちらが強く見えるだけじゃないのかい?世界一の女賢者と謳われたあんたが、そんなことも分からんとは、お前の頭の中はお花畑かなんかで出来ている様じゃな、嘆かわしい……」
「老いぼれのこのクソ爺が……。大昔、最強だった傭兵も、今は見る影もないくらい落ちぶれちゃってこの有様とはねぇ……。どうせ、グランドマスターの称号なんて、連盟の連中を全員買収して手に入れたんだから、仕方ないねぇ……」
「何を……!そんなことあるかい!この称号はれっきとした、わしの実力で勝ち取ったものじゃ!お前の方こそ、若い頃は妖術だのなんだとと、もてはやされていたようじゃが、どうせただそのたびに、男と寝ていただけだろう?この正真正銘の女狐め!」
「そんなことあるわけないねぇ。というか、それはお前さんだけには言われたくないねぇ……。自分がちょっと有名になったからって、とっかえひっかえ女を変えては食い散らかしていたくせに……!」
「もう大昔の話じゃ、時効じゃよ!じ、こ、う!」
壮絶な罵倒……、と言うより低俗な言い争いがしばらく続く。
「ねぇ、あの人ってもしかして……」
二人の悪口の言い合いを聞きもせずに、近くのテーブル席に座って見守るレイは答える。
「あの婆は、このギルドの向かいに位置する傭兵ギルド『ホーリーナイト』のギルドマスター。クライエ・トリスだ。あの2人、大体この時間になると、どちらかがいちゃもん付けにやって来て、しばらく口喧嘩して、気が済んだら帰って行くからほっとけ……」
「いつものことですよー」
テーブルで退屈そうにしているレイを見ながら、アンは眠ってしまいそうな表情でつぶやいた。
「ほっとけって、師匠、あの2人が仲悪いってこと、知っていたんですか?」
「あぁ、前ここのギルド所属だった頃に、毎日のように口げんかしてたからな……。さすがにうるさかったから、関わんないようにしてたけど、年に数回あったギルド同士の闘争は、これまた強制参加なんだったんだよな……。真面目にだるかった……」
「今は、なんだかんだ減って年に2回くらいですよー。お互い身体がもたないらしいです……」
「そのくせ、毎日のように口げんかしてんだから、元気なもんだよな……」
苦い思い出を語るレイ、なんとなく同情してしまうリコ。
すると、バングとクライエの喧嘩は進展した様子で、
「もう我慢ならねぇ……!」
「こうなったら……!」
と、お互いが声をあげ同時に叫んだ。
「「どっちがこの街で1番の傭兵ギルドなのか、勝負だ!」」
2人のその宣言により両ギルドの陣営は大いに盛り上がりを見せた。
「いよいよ始まんのか……」
「今年こそ、ホーリーナイトにはぜってい負けねぇ……!」
傭兵達のどこかわくわくとした闘志に満ちる声がちらほらと聞こえだし、ギルド内が沸き上がった。
それと裏腹に、勝負だという宣言を聞いていたレイは、テーブルにふっぷすように、嫌そうな顔をしている。理由は分からない。
「せいぜい負け面かいて、逃げ出さないように準備しとくんだな!」
バングはあざ笑うかのように、クライエに言うと、
「それはこっちの台詞だねぇ!こんなギルド、まるで赤子の手を握りつぶすようなもの。まぁせいぜい、明日を楽しみにしておくことだねぇ……」
おほほ、と口に手を添えながら、クライエはホーリーナイトの傭兵達と、潮が引くように自分達のギルドへ帰って行ってしまった。
「良いかお前ら!今年こそは、あの死にぞこないの婆に、目にもの見せてやるぞ!」
バングは手―ぶりの上に乗って、杖を振りかざしながら叫ぶと「おぉー!」という雄叫びが、ギルド内で沸き上がった。
そんな雰囲気の中、めんどくさそうな顔をしながらレイは、リコに小声で話かける。
「おい、面倒だから逃げるぞ!巻き込まれるのはもう御免だ……」
そう言ってリコの手を引っ張り、こっそりとギルドから立ち去ろうとするが、その様子をバングは見逃すはずもなく、
「レイ、どこに行く!」
と叫び声を上げながら、持っていた杖をやり投げのゆうに投擲した。
それは、見事にレイの背中にクリーンヒットし、「ぬはぁ!」と声をあげて倒れ込む。
「このギルドの大事に、何をお前は、他人事のように立ち去ろうとしているんだ、あん?」
うつぶせで、倒れるレイの背中に胡坐をかいて乗るバング。
「いや、俺はもうとっくにここのギルドの一員じゃねーだろ!つーかどけよオヤジ……!」
「安心せい!お前は今回だけ特別に、わしの陣営に加えてやってもいい!誰からの異論も認めん!」
それは文字通り、レイからの異論も認めないという圧力をバングから感じた。
「嫌だよめんどくせぇ……」
レイは、その場で胡座をかいて座った。
「ふん、お前が乗り気ではないという事は、分かっておるよ。もし、お前がわしの陣営に加わって戦うというなら、報酬を払ってやっても構わん……!」
バングの言葉に、一瞬、目を輝かせるレイ。
「いくらだ……?」
「そうじゃな……。今回の戦いは、いつもと違って負けられんからな……。500でどうじゃ?」
バングの提案に、にっと笑うレイ。
「よし、困っているオヤジの頼みだ。引き受けない訳にはいかないな……!」
「おぉ、それでこそ『青い目の死神』じゃな、期待しているぞ!」
がはは、と笑うバングに対し、「だが……」とレイは付け加えリコに向かって指を差した。
「明日の戦いに参加すんのは、俺じゃなくって、そっちのリコだ……!」
「えぇ!?わ、私ですか……?」
動揺するリコ。
――またこの人は、とんでもないことを言い出す……。
それは色々な思いを通り越して、あきれてしまうほどだった。
しかし、レイの言葉に、不安を感じたのはリコだけではない。
「本当にこのお嬢ちゃんで大丈夫なのか……?」
バングの問いに、レイはふんと鼻を鳴らした。
「こいつはこう見えても俺の弟子だ。任せておけ。決して俺が出るのがめんどくさくって、こいつに全部押し付けている訳じゃない。そんなことより、オヤジ報酬の方をよろしく頼む!」
本音をちらほらと口に出すレイの顔を、叩きたくなったのは言うまでもなかった。
「まぁ、お前がそこまで言うなら、それでもよかろう……」
「お姉ちゃん、頑張って!」
アンの無邪気な応援に、気後れするリコ。
どうせなら、ここではっきりと断ってしまうべきだったのだろうが、頑固なレイはリコの訴えなど、聞く耳をもたないだろうという事はよく分かっていた。
「はぁ……、なんでいつもこうなるかな……?」
そんな、小さな溜息を漏らすリコだった。




