最後の取引
リコは、水をかけられて目を覚ました。
場所は、ソルベ村の中央広場。そこでリコは地面に突き刺さった丸太に縄で縛られて身動きが取れないようにされていた。
周りには、松明を掲げた村人たちが、まるで裏切り者を処刑でもするような表情で囲っている。
リコはいったいどういう事なのか、さっぱり分からなかった。
「ようやく、気が付かれたようですな……」
そう言って、村人の中から現れたのは、杖を付きながらやって来たギイヴだった。
「あなた達が、ゴブリンの子供を捕まえていたの?」
リコの問いかけに、ギイヴは「ふほほ……」と不敵に笑う。
「如何にも……。ゴブリンを捕まえて、商人に流していたのは我々だ……」
「あなた達は、どうしてそんなことをするの?」
リコの問いかけに、ギイヴは「そんなの、決まっているだろ……?」と前置きすると
「金のためだよ……」
と親指と人差し指をこすり合わせる真似をした。
「このっ!」
その瞬間、全身に怒りが沸いてくるのを感じた。いくら金のためだとは言っても、ゴブリンの子供の対応がひどすぎる。それに、そんなことをしていいと考えている、村人達の神経を疑った。
そして、リコはゴブリンの子供を幽閉していることを知ったことで、なぜこの季節にあんなにも必死になったゴブリン達が、この村を襲おうとしていたのか、その謎がようやく解けたような気がした。
ゴブリンはただ、自分たちの子供を救うために戦っていたのだ。
そんなゴブリン達に、同情すら感じる。
「まぁ、傭兵殿……。話は最後まで聞くものだ……。我々はただ、私利私欲のためだけに、こんなことをしている訳ではない」
「それは、いったいどういう事なの……?」
リコが聞き返すと、ギイヴは淡々と語り始めた。
「国境沿いに位置するソルベ村は、お主も知っての通り、何十年間も及ぶ他国と我が国との貿易によって誕生し、ここまで栄えることが出来た村だ。
しかし、2年前に起こったクリフトラとヴァージリアとの戦争で、国同士の交流は失われこの村に立ち寄る者もいなくなり、結果的に、村はしだいに疲弊していった。
このままでは、この村を立ち去る他ないと、半ばあきらめていたその時、我が国の使者を名乗る者が、村にやって来たのだ。その使者は、とある提案を持ち掛け、我々はそれに乗った……」
「……まさか、それがゴブリンの子供を捕まえること?」
リコの質問に、ふっと笑うギイヴ。
「その通り。クリフトラの使者を名乗る男が提案してきたのは、この村の近くに多く生息する、ゴブリンの赤子を、生きたまま捕まえることが出来れば、国が多額の金を出すというものだった。そして、我々は考えた。ゴブリンの赤子を捕まえることをこの村の新たな産業にしようと……」
リコは、その話を聞いた瞬間、全身の血の気が引いたような気分になった。
なぜなら、モンスターを生きたまま捕獲してはいけない。これは世界中の国々で交わされた条約だったからだ。
昔、とある都市で魔物を幼少期から育成して、軍事力を強化すると目論んだ国がいくつもあった。その中で、まず手始めに選ばれた魔物とはゴブリンだ。
軍部の彼らの理想は、戦争で人が死ななくてもよく、さらには、魔物を人間の命令に忠実に従わせる奴隷を作り出すというものだった。
しかし、理想は早い段階で叶う事は無くなり、その計画は思いがけない結果を及ぼすこととなる。
ゴブリンは、育成段階で多くの脱走や反乱を繰り返し、人為的に数を増やしたゴブリンはそこに住む人々まで危害を加え、軍はこれを鎮圧することが出来ずに、多くの都市がゴブリンの手によって壊滅したのだ。
このため、ゴブリン及びその他の魔物の密猟は固く禁じられ、軍に転用することも、条約で禁止されたのだ。だが近頃、国が秘密に魔物を、再び軍強化に利用しているという噂は、リコも耳にしたことがあった。
この村のゴブリンの密猟を示唆しているのが、本当にクリフトラ国の上層部だとしたら、これは条約違反となり、最悪、近い将来戦争が始まる可能性があるという事だろう。
しかし、だからと言ってこのことが世間に公になれば、この村は注目を浴び、ここに住む全員が処罰の対象になってしまう。
「確かに、モンスターの密猟は条約で禁止されておる。だが、そんなことは些細な問題だ。私達が捕まえたゴブリンの赤子を、国が何に使おうが知ったことではない。むしろそんなことでこの村が復活するのだったら、我々は何があろうとも、その使者が持ってきた提案を飲むことに決めた……」
ギイヴの言った、何があろうとも……。という言葉に、リコはあることが頭をよぎった。
「もしかして、前に森で八つ裂きにされてた隊長って……」
「ほほう……。傭兵殿は随分と察しが良いようだ……。もちろん、それは我々が仕組んだことだ。私達がゴブリンの密猟を始めたことで、奴らの行動はどんどんと活発化し、それを聞きつけた我が国の役員は、この村に軍隊を派遣した。
それは、公には新兵訓練と、ヴァージリアの侵略に対する圧力を強化するためのものだったようだが、あろうことかそこにいた隊長も、君たちと同様この村の秘密に感づいてしまった。
処罰を恐れた我々は、薬で眠らせ、彼を森の奥に運んで置き去りにした。あとのことは、君の知っての通りだ」
ギイヴはふほほ、と笑うと再び話を続ける。
「隊長をゴブリンに殺されたと思った軍隊は、情けないことに、さっさとこの村から撤退してしまったよ……。おかげでこっちは、傭兵なんぞにこの村の防衛を頼む羽目になってしまったわ……」
ギイヴの言葉に、むっと顔をしかめた。
「師匠……。そうだ、師匠はいったい……?」
叫ぶリコに対して、ギイヴはそんなことかと言うように、口を開く。
「はて?死神殿なら、先ほど酒で泥酔させ、森の中に縛り付けておいた。今頃、あやつも怒り狂ったゴブリンによって、八つ裂きにされている頃だろうよ……」
「そ、そんな……」
落胆するリコに向かって、ギイヴは改めて向き直ると、真剣な口調でこう話した。
「村の防衛に協力してくれたあなた方には感謝している。だが、村の秘密を知られてしまった以上、生かして返すわけにはいかなくなってしまった……」
ギイヴはそう言うと、後ろで控えていたクロスボウを装備した男衆の1人に、リコを狙うように指示を出す。
「傭兵殿、私達はこれからも、ゴブリンの赤子を捕まえて、この村を守っていく。ただ、それだけの話だ……。あなたも、隊長や死神殿のように、この村の犠牲になっていただくとしよう……」
「あなた達は、そうまでして村が大切なんですか!」
リコの言葉に、一瞬、村人の中で動揺が生まれた。
「なんの罪もない人を巻き込んでまで、村を守りたいって言うんですか!」
それはどこか強い口調だった。村人の中でざわざわと躊躇う人物もいると言った様子である。彼らも本心ではこんなことをしてはいけないと分かっているのだろう。
だが、ギイヴはふっと笑って答える。
「当然だ。この村は私達の故郷。失いたくないと思って何が悪い?そのためなら、我々はどんなことだってする覚悟は出来ている。だからこれまで、命を惜しまずにゴブリン共と戦ってきたのだ……。なぁ、皆の集!」
少しの間が空いてから「あぁ…」「その通りだ…」と小さな声が聞こえて来た。
「そもそも、お主たちが、村の秘密を嗅ぎまわるような真似をしなければよかっただけのことではないのか?これは君達の、自業自得というやつだろう……」
続けざまに「そうだそうだ!」と強い声が、連続して聞こえてくる。
「そんなの……間違ってるよ……。あなたたちは本当は分かっているんじゃないですか?自分たちのしたことが、どんなに愚かなことだって、条約を破ってまで、守るものがこの場所には無いってことを!だからこんなこと、絶対間違っているし、認められるはずない!」
リコが力強い口調で、そう言った時だった。
「別にいいんじゃねーの?」
この場に集まる村人たちの中から、何やら聞き覚えのある声が聞こえて気がした。
そして、人をかきわけるようにして現れたのは、紛れもないレイの姿だった。
「し、師匠!?ゴブリンに殺されたはずじゃ……?」
「はぁ!?お前、俺がそんなんで本当に死ぬと思ってたのか?馬鹿じゃないの?」
驚きながら叫ぶリコに、はぁ?とあきれた表情をするレイだった。
「それにだ、こいつらはこう見えても、この村を守りたい一心で手段はともかく廃村寸前だったこの村をここまで繁栄させた。お前は、それのいったいどこが悪いって言うんだ?答えて見ろ……」
「師匠は、悪人の肩を持つんですか……?」
その言葉に、リコはむっと顔をしかめた。
「別に肩を持っているわけじゃないが、ただ何が間違っているっていうのか、お前に聞いているだけだ」
そんなレイに対して、しどろもどろになりながら答える。
「それは……ルールを破るのが……」
リコの言ったことに、「はぁ~」レイは深くため息を漏らした。
「あのな、お前は俺の弟子を名乗るんだったら、もう少し成長したらどうだ?」
「むぅ……、それはどういう意味ですか?」
「あのな、そのルールとやらを作っているのはいったい誰だ?ルールに従った所で何の得がある?大体、こんな不正やっている奴らなんて他にもたくさんいる。しかもそいつらは決まってルールを作った側の人間だ!」
「……だからと言って、不正を許すわけには……」
リコが口を挟むと、レイは自分の頭に指を向けた。
「いいか?お前はもっと頭を使え!この世の中、多くの人の上に立つ人間は、公平と言う名の偽りのルールを作って、真実を下の連中に気づかせないようにしてるんだよ。現に、この村にゴブリンの子供を密猟するように依頼したのはそんなルールを作った上の連中だ」
なんとなく納得がいかない様子のリコに、レイはさらに話を続けた。
「リコ、お前にいいことを教えてやろう……。物事には必ずと言って良いほど裏があるものだ。世の中の仕組みをただ何となく従って過ごしている人間は、家畜や奴隷と何ら変わらない。人が人として生きて行くのに、大切なのは自ら判断してどう行動するかだ!」
2人のやり取りを見ていたギイヴは、ふっと笑い「小僧、なかなか面白いことを言うじゃないか?」と感心した表情をしながらそう言うと、レイはギイヴの方を見た。
「でだ、村長。この村の秘密を知っているのは俺とそこで捕まっている馬鹿だけだ。そこであんたに、取引を持ち掛けたい……」
「取引だと……?」
ギイヴは、怪訝そうな表情で聞き返す。
「この秘密を国……、いや、大陸中に広められたくなかったら、今回の俺達の報酬額を2倍にしろ。それがこの秘密守る条件だ!」
後ろで、リコが「師匠、最低ですね……」と言ったのが聞こえたが、レイは無視して話を続ける。
「2倍だと!?それは脅しと取っていいのかな?」
「ふんっ。あぁこれは脅しだ!正直なところ、ただでさえ金がないくせに、余計な出費がかさんで、こっちの手持ちはすっかすかなんだ。だから、このくらいのうま味があったとしてもなんら問題もないだろ?」
――報酬2倍って……。確かに、私達はお金なんかないけど、報酬2倍って……。
あきれてものも言えないリコは、仕方なく話しの行く末を見守ることにした。
「随分と吹っ掛けたものだな小僧……。だが、お主が今後、この村の秘密を守るという保証は、どこにあるというんだね?」
ギイヴの問いかけに、レイはにやりと笑う。
「俺は傭兵だ。傭兵は何よりも取引を重視する。それにこのことを、俺らがあっちこっち言いふらした所で、何の得もない……」
ギイヴ、は白い眉をぴくりと動かしし、その吊った目で何かを察したように「いいだろう……」と言うと、
「だが、追加報酬分の仕事はきっちりやってもらおう。そうだな……。今日戦ったゴブリンの残党。こ奴らがまた仲間を呼んで、この村を襲うようなことがあれば厄介だ……。どうだろう?ゴブリンの残党を、1人で一掃するというなら、報酬額もお主の言い値で払う」
そしてギイヴは「だが……」と言ってさらに条件を出す。
「もし、失敗して1人で逃げようものなら、そこの小娘をゴブリン共の餌食にする。期限は明日の日の出まで」
「分かったよ……。これで取引成立だ……!」
かなり無茶なギイヴの代案に、レイはあっさりと承諾し。そのまま村の入口へと向かおうとする。
「はぁ!?し、師匠!」
「リコ、安心しろ……!お前をこんな所において行ったりしないから……」
動揺するリコに振り返って言うレイはにっと笑ってなんとも言えない表情をする。
その言葉を本当に信用していいのか、リコは不安で仕方がなかった。
「そこの小娘を、牢屋に連れていけ!」
ギイヴの声が響き渡り、リコは村の男衆に連れられてしまった。




