赤点ばかりの劣等生、落ちこぼれなんですよ。
「勉強が好きな人は極少数だと俺は思うぞ」
金髪の天使はどうやら無口らしい。
俺としてはそっちの方が都合いいんだけど、それにしても何も話さない。
あの場に居ても東棟の整備ができないため、天使を椅子に座らせ一階を清掃中なのだが、三十分くらい経つのに「学園が嫌いなんです」と発言して以降声を聞いていない。
俺以上のコミュ障らしいので、俺から声を発したわけだが……彼女はうつむいたまま返事をしてくれない。
「どうしたらいいんだよ……」
広い建物に無口な少女。教室に戻した方がいいのだろうが学園が嫌いな子供を無理に戻しても仕方がない。
せめて何か言ってくれれば対応の仕方もわかると思うんだけどな……。
「キサラギさんは私を教室に戻れって言わないんですね」
「俺も気持ちがわかるからな、嫌だよな学園ってさ」
楽しそうにはしゃぐ同年代の人間が羨ましかった。同じ趣味、同じ思い出を共有して輝いている連中を見ているのが辛かった。
拒絶されるのが怖くて眺めるだけ。最初は同じ気持ちの連中もいたが、すぐにそいつらも同じものを共有し一つの塊になり離れていく。
どこの仲間にもなれず、ただ一人机に座る。幸いなのかいじめられることもなく、俺はクラスで居ても居なくても変わらない透明人間になっていた。
もしかするとこの子も同じ状況なのかもしれない。そう思った。
「キサラギさんも落ちこぼれだったんですか?」
「落ちこぼれ、とは違うかな。なんていうか誰の目にも見えない人だったかな」
「それなら私の気持ちはわからないです」
言葉を間違えたらしく少女は膝を抱え、小さな体を更に小さくする。
そしてそうなりたい気持ちもわかる。今は静かにしていてもらいたい。そんな気持ちもよくわかっている。
俺はそのまま掃除を再開する。
掃き終わった床に水を撒きブラシでこする。
一通り掃除が終わり、次は二階に行かなくてはならない。
「一緒に来る? それとも一人で居たい?」
「一緒に行きます」
やっぱりこの子は寂しいのだろう。一人は寂しいのを知っている。
だからこそ誰かと居たいのに、誰かと一緒に居るのは辛い。
そんな矛盾を抱えているからこそ、俺みたいに何も言わない人についてきてしまっている。
「もしよかったらだけど、掃除手伝ってみる?」
別に強要するつもりはない、ただ話す内容が思いつかなかったからそう聞いただけだ。
「私にもできますか?」
「興味があるならやってみる? 無理だと思ったら勝手にやめていいから」
少女は頷いて俺からモップを受け取る。
「えっと、君の名前を教えてくれる? 用事があった時にさ、名前がわからないと困るから」
俺にしては普通に名前を聞き出せた。
名前がわからないと不便だからという理由を付ければ流石に教えてくれるだろう。
「フラン・イクシルです。……フランと、呼んでください……」
「じゃあ、俺の事はタクトで、タクトって呼んでくれ」
二人で慣れない自己紹介をした。
間違いなく俺達は合コンとか街コンとかには参加しない方が良さそうだ。
「まずはやって見せるからわからなかったら聞いて」
「はい。お願いします」
見られていると落ち着かないが、見せると言った手前作業を始める。
大き目のゴミを箒で掃き、終わったら水を撒いてブラシでこする。もしかしたら間違っているかもしれないが綺麗に見えれば大丈夫だろう。
「こんな感じ。廊下だからブラシだったけど、教室はモップで」
「あの、濡れた床はどうするんですか?」
「ああ……、どうしたらいいんだろう……」
びしょびしょに濡れた廊下をどうやって乾かそう。
一階は水を外に押しやったから気にしてなかったけど、二階より上はどうしたらいいんだろう。
「私が、乾かします。【ドライ】」
フランは魔法を使った。
範囲指定の魔法陣が廊下に広がり、水たまりができるほどの水が一瞬で蒸発した。
「今の魔法だよな。凄いじゃないか」
学園に在籍しているのにこの威力は凄い。
魔法の威力は使用者に依存する。
使用者の魔力が低ければ同じ火の魔法を使ってもライターとバーナー程の違いが生まれる。
今の【ドライ】も魔力が低ければドライヤーくらいにしかならない。学園の生徒なら寧ろそれくらいが普通だ。
それなのにフランはこの長い廊下を一瞬で乾燥させて見せた。
「さっき落ちこぼれって言ってたけど、もしかしてここの生徒はこれくらい普通なのか?」
だとしたら俺が魔王を倒さなくても、軍隊を派遣するだけでで魔王が消滅する。
「できないと思います。私、魔力だけは並外れていますから」
「それなのに落ちこぼれなのか?」
自然と口から零れた言葉に踏み込み過ぎたかもと後悔はある。
それでも気になるものは気になる。この容姿とその素養なら、学園のトップに君臨していてもおかしくはない。
「知り合ったばかりの方にするお話ではありませんが、私プレッシャーに弱いんです。授業や試験なんかで見られていると緊張してしまって、学園で魔法が成功したことはありません。赤点ばかりの劣等生、落ちこぼれなんですよ。両親の期待を裏切って、努力もしないで、こんなところに逃げ込む。そんなダメダメのダメ人間なんです」
その気持ちはわかる。そこまで重い期待ではないが、緊張で何もできなくて、そんな自分を見られたくなくて逃げ出す。
フランの力ない悲しい笑顔はそんな自分を隠す、最後の強がりだ。
そんな時なんて言ってもらいたかったのかな、俺は……。
「なら、これが学園で初めて成功した魔法だ。見てみろよ、あんなに撒いた水がもう乾いてる」
俺は一緒に笑うことにした。
ぎこちないことは承知の上で不器用なりに笑顔を向ける。
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
「嘘を吐かないでくれ。たぶん俺とフランはどこか似ている、……気がする。だからそれが嘘だってわかる。本音を思いっきりぶちまけてくれないか? どうせ俺は長くても一週間しかいないんだから。それにここに他の人はいない。だから思いっきりその気持ちをぶちまけてくれ」
「……」
フランは何も言わず、ただ自分の胸を抑える。
「なんで、タクトさんは私に気を使ってくれるのですか?」
「自分のためだよ」
気の利いた言葉なんて出てこない。
泣いている君を助けたいなんて甘いだけの言葉も言わない。
ただただ自分のためだ。日本に居たどうしようもない俺と重ねただけ。重なった自分を助けて救われた気になりたいだけだ。
「そうですか。すぅぅ――」
突然フランは大きく息を吸い込んだ。
深呼吸をしているのかと思ったが、そうではなかった。
「ばーーーーか!!」
あらん限りの声でそう叫んだ。
建物が揺れるほどの大声に耳が痛い。
「何が期待の星ですか、何がイクシル家の誇りですか! そんなこと知らねぇですよ、勝手に期待して勝手に落胆してんじゃねぇです! 礼儀も言葉遣いも間違えたら怒鳴るようなあんた達のせいでこんな性格になったんですよ! 期待の星を潰して満足ですか、落ちこぼれにしてご満悦ですか! 私にはイクシル家とかそんなの関係ないんですよ! ばーーーーか!!!!」
髪を振り乱して肩で息をする、そんなフランの顔は紅潮しどこか満足気な笑顔をしていた。




