学園が嫌いなんです……
キックスに滞在して一週間が経過した。
流石に警備隊の人達はまともに話せるようになり、警備隊の宿舎に泊めてもらいながら細々と生活している。
そろそろ家を買うために稼ぎの良い狩りをしようかと思っているのだが、装備がない。
素手でも何も問題はないのだが、記憶がない男がいきなり素手でモンスターを退治するのは目立って仕方ない。
最終的に魔王を倒した勇者として有名になるんだけど、最初から強いより段々と強くなって魔王を倒したって形にした方が、町の人も受け入れやすいというのは今までの体験でわかっている。
そうなるとやっぱり装備一式揃えるのが先決なのだが……。
「仕事がない……、なんでないんですか?」
「配達員は他にもいるんだ。お前だけに仕事を渡すわけにはいかないだろう」
詰め所で目の前に座るイージスさんが書類を見ながらそう言う。
イージス・カイオスは警備隊の隊長で、この町で一番強く、誰にでも優しいので町民からも慕われている。
そんな文句のつけようがないはずのイージスさんだが、子供からは恐れられている。理由は簡単で顔が怖い。
鋭く黒い目は猛禽類のようだし、熊のような髭も蓄えているうえに、モンスターの様に体がデカい。
「わかってますよ。それなら他に仕事はないんですか? なんでもやりますよ。武器を貸してもらえればモンスターも狩ります」
「宅配以外の仕事ならさっき届きましたよ」
「本当かカロ」
部屋に入るなり話に混ざってきたのはカロ・リズベズ。少し前に入隊した新人。
魔法の適性が高いはずなのに臆病らしく、その臆病を直すために入隊したらしい。
「学園の清掃と備品の交換といった雑務ですね。それに一週間で七万も貰えますよ」
「もちろんやります!」
二つ返事で依頼書を貰った俺は早速学園に足を運んだ。
高い塀に囲まれた大きな建物。それがキックスにあるフリュエル学園。ここもやはり前回とは違うようで、真ん中にある時計塔を中心に四方へ廊下が伸びている形になっている。
以前宅配に来たことはあるが、校門の受付までしか行くことはなかったが今回は中の探索もできそうだ。
「えっと、依頼を受けてきました。タクト・キサラギです」
挨拶をすると担当者は東棟に居ると言われ、どこかわからないまま校内に入ることにした。
誰もいないのを見計らい方位を確認する魔法を使う。
「【コンパス】」
この世界では魔法は比較的簡単に使える。
魔法名を唱え意識をするとMPが消費され魔法が発動する。
魔法を覚える条件も比較的緩く、魔法名と効果を理解しMPが全快している状態で二回以上使用できること。
それだけで好きな魔法を覚えることができる。
今唱えた【コンパス】は名前の通り方向を教えてくれる魔法だ。
手の平に魔法陣が現れ、その上に四方を示す表示が浮き上がる。魔法で方向を確認し東の方に歩いていく。
東棟に着くと一人の婆さんが立っていた。
どこか気品のある佇まいで綺麗にまとめられた銀色の髪、顔の造形も美しく若いころはさぞ美人だっただろうことがよくわかる。
「あなたが依頼を受けてくれた方ですね。私はこの学園の理事をしています、アーガペイン・ポルポと申します」
「タクト・キサラギです。よろしくお願いします」
俺のような若造にもしっかりと深く礼をする所作は、間違いなくこの学園の代表だとわかった。
「今日から一週間かけてこの学園の清掃と備品の交換をお願いいたします。本日はこの東館をお願いします」
東棟と言われた建物はレンガ造りの円柱の形をしており、中に入ると少しだけひんやりとしていた。
「掃除用具は階段の下にございます。備品は各階の端に倉庫がございますのでそちらをお使いください。もし足りない場合は申しつけください。それではよろしくお願いいたします」
一気にまくしたてられ、アーガペインさんは東館から出て行った。
一人なのは気楽でいいのだが、この建物を全部やるのか……。
外から見た窓は縦に四列あった、つまり五階建ての建物ってことか。ここで五階って真ん中の建物は何階建てなんだよ……。
日給一万はでかいと思ったんだけど、これはそのくらい貰わないとやってられないな。
愚痴を言うのを諦め、順番に行こうと掃除用具入れを開ける。
なんとその中には天使が居た。金髪の天使、ひもじい俺にパンを恵んでくれた金髪の天使が掃除用具入れの中で眠っていた。
この学園の制服らしい恰好をした金色の天使が、すやすやと寝息を立てている。
こういう時はどうするんだ? 声をかけるのか? でもコミュ障の俺がなんて声をかけるんだよ、それに俺が広場で寝泊まりしていたのもこの子は知っているんだぞ? そんな浮浪者とこんな人気のない場所で遭遇するなんて逮捕案件だろ……。
「んん、誰?」
人の気配に気が付いたのか、金髪の天使は綺麗な金色の瞳で俺を捕らえた。
これ、終わったな……。余生をここで過ごすのは諦めるしかないようだ……。
「ごめんなさい、すぐに授業に戻ります……」
金髪の天使は謝りながら急に立ち上がり俺にぶつかり転んでしまう。
そして天使の頬に一筋涙が流れた。
「えっと、どうかしたのか? 泣いているみたいだけど」
手を差し伸べても彼女は首を横に振るだけで、しりもちをついたまま立ち上がろうともしない。
ここでカッコいい言葉でも言えれば、いいんだろうけど俺にそんなことを言えるコミュ力はない。
「俺は、タクト・キサラギ。今日からここで掃除をすることになったんだ」
当然無反応。早くも俺の心は折れそうです……。
「えっと一週間前に、俺にパンをくれた子だよね?」
そうだ。質問すれば返事をしてくれるはずだ。
その上前に一回あったことあるよねって言えば話しやすくなるんじゃないかな……なればいいな……。
意外と正解だったらしく、彼女は髪の隙間から俺を見ているらしい。
「広場で寝てた人、ですか?」
「そうだよ。その時はありがとう。君の名前を教えてくれるかな?」
結構俺のコミュ障も解消されてきたんじゃなかろうか。
警備隊の人とも話せるようになったし、ノノとも話せるようになってる。
「……」
そうですよね、そんなに簡単にコミュ障が改善されたらそれはコミュ障じゃないよね。周りの人達が優しいだけだよね……知ってたさ……。
「それじゃあ、なんでこんなところで寝てたのかは教えてくれるかな?」
「学園が嫌いなんです……」
彼女はそう答えた。




