タクト様と知り合いなんですか?
フランとノノは、タクトに言われた通り部屋のカーテンを閉め部屋の隅で震えていた。
不気味な程に静かな町の音に意識を集中し、葉が擦れる音にさえ怯えていた。
周りに自分達がいるのを悟らせないように明かりもつけず、ただただじっとしていた。
「さっきの音ってなんでしょうか?」
「わかんない。でも大丈夫、何かあったらお兄さんが助けに来てくれるから」
タクトとメイサ・ウルが戦う音はこの宿屋まで聞こえていた。
激しい戦闘音を聞いた二人は手を繋ぎ、お互いの存在を確認しながら耐えていた。
さっきのはお兄さんかな、音も聞こえなくなったしそろそろ帰ってくるのかも。
私はこんなところで死ぬわけにはいかない。
そんな思考が伝わったのか、外で足音がした。
「タクト様かな?」
「違うみたいだよ」
聞こえてきた足音はタクトの足音とは違っていた。
その足音はまるで怪我をしたような擦る様な足音で、ノノはそれにすぐ気が付いた。
その足音は宿屋の前で止まり、そのまま入ってきた。
「やっぱり――」
「静かに」
ノノはフランの口を塞ぎ、自分の声も潜める。
お兄さんならお兄さんで問題ない勝手に入ってくるだけだ。
でもお兄さんではなく、魔族だとしたら私達に勝ち目は万に一つもない。
魔族は全生物の上位種だし、私が何を言ったとしても助かる見込みはない。
そしてその足音は二人のいる部屋の前で止まりノックをする。
コンコンと軽くドアを叩く音がし、二人は震えながらノックする誰かの行動を待つ。
もうこの時になるとフランもタクトかもしれないという希望は捨てていた。
自分達を攫いに来た何者かだと理解していた。
ノックがされた後、長い沈黙が訪れる。
二人は誰かが去る足音を聞いていない。
つまり扉の前で誰かがまだ待っている。
その恐怖はやがて思考を支配し始めていく。
扉の前に立つ大柄な男を想像し、やがてその大男は凶器を握り、そしてその凶器を扉に振り下ろし扉を壊す。
お互いが同じ想像に至り、声を出さないように自分の口を塞ぐ。
そして外の誰かは大きく扉を叩いた。
二人は悲鳴を飲み込み、辛うじて声を出さずに済んだ。
しかし二度三度と扉は叩かれる。
フランはそのドアを叩く音が、一人のものではないことに気が付いた。
「ノノさん、ベッドをすぐに扉に運びます。外の人が増えています」
「わかった」
ノノはフランの言葉に異議を挟む余裕もなく言われた通りに動き出す。
強化の魔法で身体能力を上げ、二人は簡易的なバリケードを作ることができた。
作り上げた時には数えきれないほどの音が聞こえ始めていた。
「突破されたら私が魔法を撃ちます。ノノさんは離れていてください」
いつも小動物の様に怯えているフランが、こうも勇ましい表情をするのかとノノは驚くとともにくやしかった。
この状況に何もできない自分が嫌になってしまう……。
バリケードももう長くは持ちそうにない、お兄さんはいつ戻ってくるの?
そして助けが来るという儚い夢はバリケードと共に破壊される。
壊れた扉の奥には絡まり合い部屋に入れない町人たちの塊がいた。
「【ファイア――」
「フランちゃん待ってまだ打たないで、今打つと全員が入ってきちゃうから」
ノノの言う通り我先に入ろうとする人達は絡み合い狭い扉を抜け出せずにいた。
「危なくなったら合図するから魔法を撃って」
一番先頭に居る男の腕はすでに抜けそうになってる。
この男が抜け出す瞬間ならなだれ込んではこれないはず。
こんな作戦数秒しか稼げないかもしれないけど、その数秒でお兄さんが間に合うかもしれない。
フランはノノの言葉を信じ、魔法を展開していく。
タクトがやっていた様な、複数の魔法の展開。
自分もあの領域に近づきたい。
そう願うフランは自然と一つ一つの魔力を抑え一度に放つ魔法の数を増やしていく。
「フランちゃん」
「【ファイアボール】!」
先頭の男が塊から抜けた瞬間、ニ十八ある魔法陣から一斉に火球が放たれる。
そして目の前にいた塊はそのまま手摺を壊し階下に落ちて行った。
「次の準備して、今度は一発ずつ撃って。毎回あの数は無駄だから」
一秒でも一瞬でも命を繋ぐんだ。
いくら魔法の才能があるフランでも無制限に湧き続ける敵には歯が立たない。
「お兄さんが使ってた防御魔法は使えないの?」
「魔力が足りないから無理」
考えないと、お兄さんが来るまで耐えきれる手段。
私にでもできる方法を考え続けるんだ。
「盾の魔法は? 私にも使えるしフランちゃんならもっと強いでしょ?」
この魔法なら私達を守るほどの範囲は無いけどバリケードの代わりにもなる。
そうすれば生き残る可能性もある。
「わかった【シールド】」
魔法陣が扉のあった場所に生まれ、敵の攻撃を防いでくれた。
「これで一時しのぎくらいになるよ」
一段落したノノの言葉にフランからの返事はない。
どうかしたのかと思うとフランは盾に密着する男をじっと見つめていた。
「どうかしたの?」
「あの人にかかった魔法解除できるかもしれない」
突然の言葉にノノは驚くが、フランは男の前に立ち手を伸ばした。
「フランちゃん危ないよ」
ノノが声をかけた瞬間宿の屋根が消し飛んだ。
それと同時にフランが触れた男はその場に倒れ込む。
「えっ……」
二つのありえない出来事に、ノノ思考は完全に停止した。
「もしかして二人は人間なのかな?」
そして隣の家に棍棒が突き刺さり、二人の前にメイサが着地し【シールド】に張り付いている町民を階下に叩き落した。
「もう大丈夫だよ。二人は私が守ってあげるから」
メイサを知らない二人は、今どうなっているのかを必死に考える。
隣家に突き刺さった巨大な棍棒に突然現れた少年が敵なのか味方なのか。
この人が味方なら心強いけど、敵なら最悪だ。
お兄さんと同じくらいの力を持っているとしたら私達には絶対に勝てない。
「安心していいよ。僕は王国軍十三番隊隊長メイサ・ウル。タクトくんとは知り合いだよ」
「タクト様と知り合いなんですか?」
その一言に二人は安堵し、一気に体から力が抜けて地面に座り込んだ。
「それでそっちの小さい女の子に聞きたいんだけど今何をしたの? そこの男の洗脳を解いたよね?」
それを忘れていたとノノも倒れている男を見た。
何をしても止まらない他の人達と違い、フランの触れた男は完全に気を失っている。
「洗脳の魔法がかかっていたので、打ち消しました」
フランの言葉にメイサは驚いた。
魔族の魔法は禁忌として秘匿され、魔族の魔法を調べる事さえ許されていない。
それゆえ魔族の魔法にかかれば死ぬか魔法を行使した魔族を殺すしか道は残されていない。
魔族の魔法をこの子は打ち消したのか。
タクトくんといい、この子といい面白いパーティだ。
これは後々のために仲良くしておいた方が得策かな。
それならまずは打ち消したのが偶然かそうじゃないかを確かめないといけないな。
「洗脳の魔法が解けるなら話は早い。僕が町の人を捕まえるから君は魔法を打ち消してくれ」
二人が反応するよりも早くメイサは行動に移した。
戦闘に慣れていない二人はおそらく断ろうとする。
それならば考えるよりも先に動いて無理にでも働いても貰おう。
適当にニ三人が身動きできないように動きを封じ二人の前に落とす。
「まずはこの人達からお願いするよ」
「また上手くいくかわかりません」
「それならそれでいいんだよ。どっちみちタクトくんが魔族を倒したらそれで終わりだからね。でも彼らを見てごらんよ」
いまだに【シールド】を突破しようとしている町人達は、自分の体が壊れていってもお構いなしに【シールド】に攻撃し続けている。
殴り噛みつきひっかき五体が傷ついても動き続ける町人を見せメイサは続ける。
「君達を守るのは簡単だよ。このまま耐えていればいいだけだから。でもその間彼らは僕達を追い込むために傷つき続けるんだよ。それを助けたいとは思わないかい?」
君は助けられるのに見捨てるのか?
そんな質問をメイサはフランに投げかける。
「わかりました……」
そんな二人のやり取りをノノは歯を食いしばり見ていた。
メイサの言葉の本心が町の人達を助けたいからではないことを見破った。
助けたいか助けたくないかなんて嘘っぱちだ。
この人はフランちゃんが本当に魔法を打ち消せるか打ち消せないかを見ているだけだ。
その事実に気が付いていても自分には止める手段が何もないとノノは拳を握り締める。
無理に割って入りメイサが機嫌を損ねれば自分達の命も危ない。
自分の無力さに嫌気がさしていた。
「できました」
「よくできたね。最後まで頑張れそうかい?」
「はい、頑張ります」
無力な自分は何を企んでいるかわからない少年に友達を任せるしかない。
それからほどなくして、コツを覚え始めたフランは洗脳の魔法を打ち消す方法を簡略し始める。
手を触れ数秒で魔法は解かれ、宿に居た全員の洗脳を解除したところで外に異変が起きた。
エストワ邸を覆うほどの巨大な魔法陣が生まれ、一つの魔法陣から照準を定めるように小さな魔法陣が下に伸びていく。
そして次の瞬間夜の世界は光に満たされた。
「あっちも終わったみたいだね。それじゃあもう大丈夫みたいだし僕は帰るよ」
「助けて頂いてありがとうございます」
純粋に助けて貰ったと思っているフランが礼と名前を伝え、ノノも同様に礼と名前を伝える。
「一応入口は壊していくから二人とも安心していいよ。それじゃあタクトくんによろしく」
外でいまだに洗脳されている町人を見て、タクトが失敗したことを察したメイサは真直ぐエストワ邸に向かっていく。
その途中メイサにも気づかず走っていくタクトを見た。
なるほど、あの二人がよほど大事らしい。
これは助けて正解だったかな。
それじゃあ、最後は美味しい所だけ頂こうかな。
エストワ邸から王都に伸びている森にヴェルモンドが逃げ込んだことをメイサは確認する。
「君が魔族でいいんだよね」
森の中を半身になっているヴェルモンドの前にメイサは立ちふさがる。
「どけ人間……、こうなってもお前を殺すくら――」
何かを言いかけていたヴェルモンドの上に棍棒が振り下ろされる。
何の抵抗もなく、押しつぶされたヴェルモンドは魔石を残し黒い霧となって消えた。
「ごめん。僕魔族の与太話に付き合うほど暇じゃないんだよ【ストレージ】」
一仕事を終えたメイサは、棍棒と魔石を収納の魔法で異世界に収納し王都に向かって走り出した。




