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第八話『男にはお約束に立ち向かっていかなければならない時がある』

 悲鳴にも似た声と、微かなざわめきを俺の耳が捉えたのは、芽音が飛行訓練に出てから三十分ほどが経ったあとだった。


 そのときの俺はというと、相も変わらずぴょんぴょこジャンプしては墜落するという、実に間抜けな特訓の最中。こう、スキルレベル的サムシングは反復練習で伸びる設定なことが多いから、エンブレーマギアも反復練習で上手く扱えるようになるんじゃないか、と考えた結果だ。まぁ大本がスキルの『格』であることを考えると、そんなことしても特に効果はない可能性の方が高かったわけだが。いいじゃんちょっとくらい期待しても。

 それを大体八十回くらい繰り返したあたりで、例の悲鳴である。それは芽音のものではなかったが、彼女が訓練をしているはずの模擬戦場の方から聞こえてきたものだ。とてもじゃないけど、無視できる案件ではない。間違いなくただ事じゃねぇだろ今の声は。


 運動不足の細い足を必死で動かし、模擬戦場が視認できる場所までたどり着く。直後、俺は自らの全身が、想像以上に強張るのを感じた。

 模擬戦場の中心には、肩口からばっさり切られた女の子が倒れていたのだ。ギア用のラバースーツが裂け、白い肌と溢れ出る紅い鮮血が丸見えになっている。友人と思しき別の女の子が彼女を抱き起こし、呼びかけているのだが、辛そうな顔を見せるだけ。どうやら意識はないと見えた。

 その周囲を取り囲むように、飛行訓練に参加していたはずの少年少女が立っている。雰囲気が実に悪い。なんというか、剣闘士の試合で「殺せー!」とか「そこだー!」とか叫んでる観客みたいな感じだ。

 中心になっているのは髪を染めた、ちょっと素行の悪そうなグループ。彼らが生徒達を煽り、この状況を生んでいるのだろう。最近の中学生は随分口が回るんだな……とか場違いなことを思ってしまうが、でもそのくらい影響力があるのだろう。


 グループのリーダーと思しき少年が目に入る。右手に携えているのは、フレームと同じ色の大剣(バスターソード)。彼のスキルが生成した装備だろう。あんなもの、汎用のフレームには同梱されていない。ライトアーマーを思わせる形に展開したギア・フレームは、そのスキルランクが『金級』であることを示していた。訓練に参加していたのは殆ど銀級だったから、強さには相当格差があるはずだ。実際、その命令に逆らえないのか。あるいは自ら付き従っているのか、彼の後ろには銀級のギア使いが何人か、拳を握ったり、少年のものほど大型ではないが、武器を携えたりして待機していた。


 こりゃぁ模擬戦とかそういう雰囲気じゃぁ、明らかにないな。狩りとか、蹂躙とか……そういうのの類だ。


 そんな彼らに反逆するように、小さな影が立ちふさがっていた。

 四肢と腰を被うエンブレーマギア。その表面は欠け、ラバースーツもところどころがやぶけていた。もうすでに、彼らと何合か打ち合った後らしい。


 芽音だった。

 同級生なのだろう、例の少女二人を守る様に、彼女が少年たちに立ち向かっている。


 だが武器もなく、スキルもギアの扱いも少年たちには一歩劣る彼女では、その戦闘はかなり不利なようだ。見ている目の前で、切り払いを受けたその細い体が飛んでいく。追い打ちをかけるように、少年が剣を大上段に構え、直後、凄まじい勢いで振り下ろす。いけねぇ! 

「芽音!」

「先輩……!?」


 咄嗟に二人の間に割って入る。ジャンプ訓練が功を奏した。スラスターの威力調整が上手くいき、最高速度で乱入ができたのだ。練習って目的と違うところで効果出るよな。


 ギアに覆われた右腕を掲げ、振り下ろされた鈍色の一撃をガード……って重っ!?

 酷い衝撃が、接点を中心に俺の全身に広がる。高いところから地面に向かってジャンプすると、着地の時に滅茶苦茶痺れるじゃん? あれを五倍くらいにして腕から発生させたような感じ。尋常じゃない圧だ。危うく吹き飛ばされるところだった。


 インパクトは俺の身体をアース代わりに周囲に弾け、ぼこり、と模擬戦場の大地が砕ける。同時に、少年は大剣をゆるり、と俺の腕から離し、もう一度中断に構え直す。めっちゃ綺麗な姿勢だな。経験者のそれだわ。剣道部とかで見たことはない顔だから、昔やってたとかその程度なのかもしれんけど……。


「なんだぁ、あんた……」

「萩野さん、こいつあれっすよ、高等部の模型部の……」


 およ、意外と知名度あんのな我が模型部。やっぱ芽音がいると宣伝効果高いなぁ……でもその割に新入部員の申し込みとかは全くなかったんだよな。

 まぁ本人にも言った通り、客寄せパンダとしての役割を彼女に求めてるわけじゃぁないけど。


 萩野と呼ばれた少年は、俺の顔をまじまじと見つめると、はっ、と嘲笑した。悪かったないかにも弱そうな塩顔で。


「邪魔しないでくれよなセンパイ。俺らの性能実験なんだからよ」

「だったら仲間内でやれよ。何もほぼ丸腰の女の子狙う必要はねぇだろ」

「はっ、分かってねぇなぁ!」

 

 嘲るような声が降ってくる。


「俺たちはこれから先、圧倒的な力で魔族をねじ伏せるんだぜ? だったら対戦の練習なんかより、よっぽど効率的な虐殺の訓練をしたほうがいいに決まってるじゃねぇか」


 こいつ……正気じゃねぇ。

 異世界もの、それもクラス転移系でよく見るシチュエーションだ。力に、異世界に呑まれ、その凶暴性を解放するタイプの人間。初日にみかけなかったから油断してた。やっぱり俺らの中からもそういうのは出るらしい。


「それでもやっていいことと悪いことがあるだろ」

「うるっせぇな。それともなにか? センパイがこいつらの代わりに俺らと戦ってくれるわけ?」

「えっ、そ、それは……」


 反射的にしり込みしてしまう。そりゃ基本的に暴力反対、戦わなければ前に進めなぬのなら停止を選ぶタイプの人間ですので……というかまずその勝負することを取り下げたりはしないのかね君たち。

 

 ああでも、畜生、本当にこのまま彼らが戦意を持ち続けるのであれば、俺は立ち向かわざるを得ないだろう。明らかに多勢に無勢、一方的にボロボロにされてジ・エンドな未来が目に見える。それでも――


 振り返れば、不安げな目で俺を見つめる芽音と、友人に抱きかかえられる女の子。よく見ればこの友人の子の方も傷だらけだ。彼女を助けるために割って入った子が斬り捨てられ、それを助けるために芽音が……という悪循環だったらしい。全く、最低だ。彼女らを見捨てて、「やっぱり辞めます!」なんて言えるわけがない。もっと最低になっちまうし……なにより、俺自身が納得できない。


 だって先輩だぞ、俺。本当ならもっと強い力で、芽音を守ってやらなくちゃいけない立場なんだぞ。ただでさえそれが出来なくて最悪に格好悪いのに、もっとダメダメな姿なんて、見せられるわけがねぇだろうが……!!


「……ああ、そうだ。叩きのめすなら俺をそうすればいい」


 馬鹿だなぁ、と自分でも思う。こんなにお約束(テンプレート)極まる展開に、まるで主人公か何かのように定型文を返してしまう。俺なんかが出る幕じゃないなんて分かってる。

 でも、それでも。

 多分、立ち向かっていかなくちゃいけねぇときってのはどこかにあって、それがきっと今なのだ。


「代わりにこいつらには手を出すな。約束だぞ」

「ひゅーっ、格好いいねぇ!」

「いいじゃんいいじゃん、ウチらもそこまで鬼じゃないしィ? 先輩の心意気に免じてそういうコトにしたげる」


 萩野の腰ぎんちゃくと思しき少年少女が騒ぎ出す。萩野に至っては、好きなだけ暴力をふるえるからだろうか、舌なめずりまでしている次第。本格的にやべぇなこいつ……。

 まあ戦闘後に「なーんちゃってぇ!」ってことになる可能性はなきにしもあらずだが……こいつらの動機を慮れば、恐らく俺一人を嬲ればそれで充分なはずだ。


 力。

 この世界にやって来てから与えられた、世界の水準を大きく上回る圧倒的な力と、それにこたえて際限なく強くなる鎧。彼らはその力に陶酔しているのだろう。目を見れば分かる。

 彼らはまだ中学生だ。現実世界に不満を抱き、己の理想を追い求める時期。与えられた力に溺れても、それはなんらおかしいことではないだろう。むしろ現在進行形で中二病患ってる者としては自然な流れにさえ思えるんだな。


 でもそれを誇示し、誰かを傷つけるために使うのは禁じ手だ。ましてや可愛い女の子ならなおさら。


「せ、んぱ……」

「大丈夫だ。こう見えても痛みには強いんだぜ、俺」


 青ざめた顔で、芽音が俺を呼びかける。ああくそ、また心配かけちまった。遮るように彼女を下がらせ、俺は両腕を構えた。所謂ピーカーブー・スタイルってやつだ。亀の甲羅みたいに閉じこもってりゃ、まぁある程度なんとかなるだろうという楽観視。


 直後。

 全身をさっきの比じゃないくらいの、凄まじい重圧と衝撃が襲う。ズゥン、という地響きと、頭から潰されるような圧迫感。攻撃を受け止めたギア・フレームが、激突の金属音と、ミシリ、という嫌な悲鳴を聞かせてくる。


 そこからは一方的だった。

 殴る、蹴る、斬るのオンパレード。スキルの効果だろうか、魔法剣みたいなことをやってくる奴もいた。畜生、魔法は禁止されたんじゃなかったのかよ。スキルのそれとはどう違うんだ、と悪態をつきかけるが、それを口に出す余裕もない。


「おらおらおらおらァッ!」

「どうしたんだよセンパイ、反撃くらいしてみろよ!」

「まぁ無理だよなぁ、その構え解いたら、死んじまうんだもんなぁ!」

「降参するかぁ? それとも、本当に死ぬか……よっとォ!!」


 爆発音。ほぼ同時に俺の全身を、とんでもない熱が襲った。魔導砲の一撃を喰らったのだ、と気づくのに、三秒近い時間がかかった。手足が言うことを利かなくなる。崩れ落ちかけた俺、その腹を、鋭い衝撃が襲った。どうやら蹴られたらしい。吹き飛んだ俺を、スラスターを噴かした萩野が切り裂く。溶岩でもぶっかけられたみたいな酷い熱さが、切り傷を中心に広がった。


 何とか踏みとどまる。だが、息は冗談じゃないくらい上がっていた。こりゃまずい。想定外にキツイわ。


「もうやめて……やめてください! 先輩、私が……私が戦いますから!」

「大、丈夫だ……!」

「大丈夫なわけないじゃないですか! 先輩、もう、血だらけ──」

「良いから!」


 芽音の叫びを遮る。

 

「そう思うなら、祈っててくれ……」


 もう一度、ゆるりと両腕を構え直した。馬鹿の一つ覚えみたいだけどしかたない。今の俺には、これしかできない。

 ニィ、と笑みを強くしたギア使いたちが、得物をもう一度振り上げる。俺、幸運なことにリンチにあったことはないけど、もしかしたらこういう感覚なのかもなぁ……耐えきる奴はすげぇよ。相手はゲーム感覚なのに、こっちは命がけ、っていうのもまた最悪だよな。

 

 やっべ……意識が遠のき始めた。構えが解けかける。ギア・フレームにひびが入り出した。そろそろ潮時かもしれない。

 壮絶な笑みを浮かべた萩野が、目に見えぬ速度で大剣を振り下ろす。その光景を、俺はぼやけた視界で確認した。なんとかその一撃を防ぐべく、両腕を掲げてガードの姿勢。

 バキィ、という嫌な音が、ギアと、それから俺の腕、その内側そのものから聞こえてきた。それでもまだ構える。まだ動かせる。まだ耐えられる。

 

 たとえこの両腕がバラバラに引きちぎれても、俺は、芽音を――


「そこまでよ。ギアを解除しなさい」


 直後。

 響き渡った、これまで聞いたことがないほど冷徹な彼女の声で、俺たちの戦いは終結した。

 

 空からモス・グリーンの装甲を纏った、正規軍仕様のエンブレーマギアが飛来する。初日に見たときとは異なり、その両腕にはマッドブラックの巨大な鉤爪が装備されていた。もしかしてあれが、さっき言ってた試験兵装、『ドラゴニック・クロウ』か。やっぱりクロー系の武器だったんだ……機械の龍爪、って感じがして、心の中の中学二年生が酷く揺さぶられる。うわぁ格好いい。


 そう、それを装備しているギア使いは、今この世界には一人しかいない。

 金色のツインテールを靡かせて、アイヴィー・レアレント中尉が着陸した。


「模擬戦の範疇を超えた私闘は軍部が禁止している。それはあんたたちにも適用される法だわ。これ以降その剣を振るうようなら、この場であんたらを断罪する」

「なんだとこの……!」


 普段の気のいい上官としての雰囲気は全く見せないアイヴィーさん。完全な臨戦態勢、粛清者の顔だ。ぶっちゃけめっちゃ怖い。こんな顔できたんだ、この人……。


「なに、戦うの? 言っとくけどアタシ、あんたらより絶対に強いから。かかってくるならそのつもりでいなさいよね。丁度こいつの試験の最中だったし……記念すべき最初の犠牲者にしてあげてもいいのよ?」

「くっ……」


 がちゃり、と鳴らされた、マッドブラックのクロー・ガントレットに、流石の少年たちも畏怖したか。彼らは次々と武装解除していく。どうやら戦闘終了、と見てよさそうだ。

 俺はへろへろと立ち上がると、ちょっと恨みがましい目線でアイヴィーさんの方を見る。


「遅かった、じゃ、ないですか……」

「ばーか。運任せ戦術とったあんたが悪いのよ。自分が突っ込む前にアタシを呼びにくればよかったのに」

「はは……それだと、芽音を助けられなかったかもしれないので……」

「……ま、賢明な判断ね。一応感謝しとくわ。あんたが派手な音鳴らしてくれたお蔭で気付けたわけだし」


 その言葉で、少年たちが瞠目する。ばっ、と一斉に俺の方を向いた。お、おう……何か今、俺生涯で一番注目されてる気がする。


「こいつ、一方的にやられてたのはそういう……!」

「まさか最初からそのつもりで……!?」


 まぁ、そういうこった。


 この場面と遭遇した時点で、俺はこういう形での幕切れを『予定』していた。

 少女の悲鳴を聞いたとき、恐らくアイヴィーさんを呼びに行っている時間はないと悟ったからだ。襲われかけの芽音を捕捉したのも、その判断を手伝っただろう。芽音を助けられなかったかもしれない、という返答は嘘ではない。もし彼女を喪うことになったら、と考えたら、俺の身体は勝手に動いていた。反省はしているけど、後悔はしていない。


 だが流石に、俺自身がこの状況を解決するのはほぼ無理だ。向こうは最低でも銀級のギア使い。こっちは能力無しの展開率最低男だ。彼我の戦力差はどうあがいても歴然である。


 結果としてとれる選択肢というのは『耐久勝負』の一点に集約されることになる。有り体に言ってしまえば『時間稼ぎ』だ。俺がこいつらの攻撃を耐えていれば、戦闘の音で騒ぎになるだろう。アイヴィーさんを始めとした良識のある側の上官や、あるいはさっきの聖剣使いみたいな、言ってしまえば『大人』な少年たちが助けに来てくれるかもしれない。いいや、来てくれなければ困る。今の俺は、それに賭けるしかないのだから――そういう思考のもと、俺はド派手にこいつらの攻撃を受け続けていたわけである。


 結果としてその判断は正しかった。アイヴィーさんは俺の期待通り、こうやって駆けつけてくれた。

 いやぁ、途中何回か死ぬかと思ったけどな。間に合ってよかったよかった。


「……くそっ、覚えていやがれ」


 萩野は仲間たちを引き連れ、模擬戦場を後にした。最後にこっちを一瞥してきたときの目には、異常な殺気が籠っていたように思う。こっわ……ああいうのは何らかの形で報復してくるのがお約束だしなぁ……気を付けないと。


 去っていく彼らを最後まで睨みつけていたアイヴィーさんは、その姿が見えなくなると、ぱっと少女たちに視点を動かした。


「大丈夫? えっと、あんたは確かカノン……だったけ。そっちは?」

「は、はいっ! 綾鷹絢です。こっちの子は八重……桜井八重」

「そう、アヤにヤエね。取りあえず今から技術班を呼んでくるから、そこで応急処置をしましょう。幸い、ギアの回復促進機能が働いてくれてるみたいだから……命に別状はないはずだわ」


 その言葉に、ほっ、と息をつく、綾鷹と名乗った少女。それを見てたら、俺までやたらと安心してしまった。ふぃー、間に合ってよかったみたいだな……。


 あー、クソ。変に気が抜けたせいか、今更になってダメージが来ちまった。やべっ、視界が……。


 頭から地面に倒れた俺が、その日最後に聞いたのは、泣きそうなくらいの悲鳴と共に、俺のことを呼ぶ芽音の声だった。




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