第五話『いややっぱりお約束満点だった』
「おお、なんというか……」
「お約束、って感じですね……」
窓から見えるバルアダン共和国の首都、『アプラ・イディナ』の風景に、俺と芽音はほぼ同時に感嘆の声を漏らした。古代ローマやら中世イタリアあたりの街並みをごちゃまぜにしたような、まんまファンタジー都市のイメージ通りみたいな見た目だ。ここまでド直球だと変な感動を覚えてしまう。
石で編まれた巨大な城壁。その中に、これまた石やレンガ造りと思しき家が立ち並ぶ。流石に高度があるので道行く人々の姿まではっきりとは見えないが、でも概ね、これまた中世ヨーロッパっぽい格好をした人々が歩いているんだと思う。多分。
街を囲む城壁の手前側と最奥が両方見えるため、規模としてはそう大きな街ではあるまい。ただその分、中に詰まってる建物の数は随分多い。結構計画的に並んでるように見えるから、案外新しい街なのかも?
そんな街の中心に、ひときわ目立つ建物がある。塔、と言った方が良いだろうか? らせん状の構造を持った、不思議な形の建造物だ。一瞬、王城とか、共和国なんていうから大統領府みたいなものかと思ったのだが、どうにも違う。何故ならすぐ、その建物から離れたところに、『いかにも』と主張する豪奢な屋敷を確認したからだ。なんつーか、装飾過多というか、すんごいピカピカしてて派手だ。構造も共和国のシンボル、というよりは、専制君主制の象徴みたいな感じ。上空から攻め入る奴は目標が見つけやすくて楽だろうな……。
あれ? そう考えると塔の方は結構質素だな。黒、白、赤を始めとした一般建築にもありそうな色を除けば、特にこれといった特徴的な彩色はない。コロッセオをもっとこう、細く凝縮したような、アーチ状を重ねた姿が印象的ななくらいだ。街にある建物の中じゃ一番大きいように見えるから、何かすごく大事なものなのかと思ってたんだが……まぁ気のせいかもしれない。うちの学校だって一番重要な部屋は校長室だろうけど、体育館を除けば一番広いのは何を隠そう我が模型部の部室、即ち第三美術室であるからな。よく考えたらなんであそこ借りられてるんだ俺たち?
でもなぁ、なーんか見覚えある気がするんだよな、あの塔。ぐにょーんと天に伸びる螺旋、いっそ原始的なまでにシンプルな、でもアーチ構造を建築するために必要な技術を考えれば、相当文明的な代物。街のシンボルであるようで、その実そうでもないような。
あ、分かった。ああいうのが描かれてる絵を見たことがあるんだ。確か模型典見に行ったとき、近くの会場で展示してるとかなんとかで広告が貼ってあった記憶がある。ええと、なんだったかな。そう、確か――
「バベルの塔」
「そうそれだ!」
「ブリューゲルの絵画が有名ですね。先輩が見たのは多分それかと」
「かもなー……ってお前何で分かったの!?」
やだ、うちの後輩ったらいつのまにエスパー能力を……!?
「顔に書いてありましたので」
違った。俺が分かりやす過ぎただけだった。仕方のない先輩ですね、とでも言いたそうな苦笑を返してくる芽音。馬鹿にしやがってぇ!
芽音は可愛らしく人差し指を立てると、地図を描くように中空でそれを動かした。
「元はメソポタミア文明における祭祀施設、ジッグラトだとされていますね。丁度あの塔みたいに、城塞都市の中心、神殿のすぐ隣に建築されたんだとか」
「ほーん、祭祀施設ってーと、カミサマの家、みたいな?」
「それは神殿の方ですね。ジッグラトの役割には諸説ありますが、山を模した構造物だったのでは、とする話を聞いたことがあります」
言われてみれば、確かに山っぽいかもしれない。こう、某世界的夢の国系テーマパークにある火山型アトラクションを思い出す。苦手なんだよなー、あれ。そもそもジェットコースターみたいな絶叫系が得意じゃないんだ。芽音ほどじゃないけど、ふわっとした浮遊感がそんなに好きじゃないというか。
アイヴィーさんが装着してた機械鎧……エンブレーマギアだっけ? あれにも男のロマン的なモノを感じるけど、あれを装備して空を飛べ、とか言われたらちょっときついかもしれない。
そういや芽音とは部の活動以外にも、プライベートで一緒に出掛けたりすることがたまに――本当にたまに――あるんだけども、ああいう『いかにも』な場所に行った経験はないんだよな。こう、健全な男の子としては一度でいいから、この後輩の時間をまるごと独占してみたいところである。
「先輩? どうかされましたか?」
「い、いやなんでもない。今の話を噛み砕いてただけ」
デート妄想してましたー、とか正直に言えるはずもないので誤魔化させていただく。実際さっきの塔の話から派生した思考なのは間違いないからな。嘘は言っていない。ええ、断じて。
まぁそういう言い訳は大抵の場合、この聡い娘には見透かされてしまうのではあるが。現にその視線には疑いの色が濃い。信用ねぇな俺。
芽音は訝し気に首を捻りながら、というか、と続けた。
「こういう話題は、先輩の方が詳しいイメージがあったのですが」
「ああー、それな……まぁ、オタクの嗜みとしてある程度知ってはいるんだが」
あくまでメジャーどころの話であって、芽音みたいにコアな部分が分かるわけじゃないんだよなぁ。メソポタミアって言われても、ぱっと思いつくのはギルガメッシュとかエンキドゥとかそのくらい。都市構造なんざ分かるはずもない。
「なになに、何見てるの二人とも」
いつの間にかアイヴィーさんが戻って来ていた。俺と芽音の顔の間から、がばっとそのブロンドの頭を出してくる。近い近い近い。芽音のそれとは違う、柑橘系っぽい匂いが鼻腔を掠めた。いかん、不覚にもドギマギしてしまった。慣れてるはずだったのに。
装備していた機械鎧……エンブレーマギアはどこかに行っていたが、ラバースーツはそのままだ。首元までを被う形状は一種の競泳水着みたいで変に煽情的。空気抵抗だとか魔力関連のなにかを有利に働かせるためのデザインなんだろうけど……なんであれ技術を発展させるのは変態っていうのが良く分かる気がする。おまけに作業着なのか普段着なのか、武骨なモスグリーンのツナギを上から羽織ってるっていうのがまた。
この服装、芽音がしたら絶対似合うんだろうな……。
というか。
「結構早いお帰りでしたね?」
「何言ってんの。もう一時間くらいは飛んでるわよ」
そっか、別れたばっかりな気がしてたけど、よく考えりゃ森出てからここまで結構な距離あったもんな……気付いてなかっただけで、時間もそれなりに経過してた、ってことか。
というか時間のカウント、『時間』とか『分』なんだな。星の運行とかそこまで変わらないのかも。
「あれれ~? 二人の時間に夢中になり過ぎて、時の流れも忘れちゃったとか?」
「い、いえ、そういうのじゃ……」
芽音が顔をぷいと逸らす。心なしか耳が赤い気がする。不機嫌……いやでもこれ憤怒系のじゃないな。なんだ……?
後輩の見慣れない感情表現に内心首を捻っていると、
「またまたぁ。今も二人だけのあまーい会話とかしてたんでしょ?」
「まさか。あれ見てただけですよ。俺らの世界じゃぁ見かけない構造物なもんで」
確かにピンク色方面の妄想とかはしたけど。会話の内容そのものはそのオタクレベルの高さに目を瞑れば至って健全、一般的であったはずだ。レーティング審査も絶対Aで通る。
とか思ってたらまた芽音の表情が変わる。あ、今度は憤怒系の不機嫌だ。何なんだ一体。
その様子に、ふーん、と鼻を鳴らしながらにやにやするアイヴィーさん。この人も何が言いたいのかイマイチ掴めない。なんだよぅ、察し悪いの自覚してるんだから、教えてくれたっていいじゃんよぅ。
「で、何見てた、って言ってたっけ……ああ、『天の門』か」
「天の門?」
ようやく新情報が減ったと思ったら早速増えたぞ。この人さては喋りたがりだな?
いやまぁ、異世界において情報は基本的に多ければ多いほど良いと相場が決まってるからな。今の内に聞いておいて損はないはずだ。
窓の外、俺の指差した巨大な螺旋塔が、青い瞳に反射する。こくり、と頷く金色の頭が、
「そ。この街の……というか、この国の中心部よ。詳しいことは知らないけど、バルアダン共和国……というか、その前身のバルアダン王国は、例の戦争のころ、アレを監視するために作られたんだってさ」
「監視……ですか」
不穏な言葉に、芽音が小さく眉をひそめた。また随分と穏やかじゃねぇな、監視とは。
戦争関連っていうことは、魔法が禁止されたことと何か関係があるのかもしれない。王国から共和国に代わった理由も気になるが、剣と魔法のファンタジーに憧れのある民としては、その夢が打ち砕かれなくてはならなかった理由の方が気になってしまう。
丁度飛行船が位置した場所から、塔の基礎部分が良く見えた。ん? 入口みたいなのがある……のか? 黒い扉みたいなのが見える。
「あれ、中に入れるんです?」
「一応ね。でもなんっっにもないわよ。ただがらんどうの空間が、縦に縦に……って広がってるだけ。ギアの修繕機材みたいなのが転がってたらしいけど、結局それも壊れてて、修繕もできなかった、ってウワサよ」
まぁ、見るからに打ち捨てられた遺跡感MAXな見た目してるしなぁ。
地球人たる俺たちには、例の戦争がどのくらい前に起こったものなのかは分からない。分からないが、最初は管理施設だった場所が、これだけの規模の街に成長するのだ。最初に感じた『新しい街』っていう印象が正しいなら、その『成長』も結構最近のもの。間にはかなりの時間が必要だったはずである。条約が結ばれたのは三百年前、って話だったから、そのくらいの時期なのかしら。
そう考えたら、あの塔の役目が人々の記憶から消滅してても、なんらおかしくはないのかなぁ……つっても記録ぐらいは残ってそうだけどな。でっかい図書館とやらに行けば情報が手に入ったりするのだろうか。
「アンタたちは? なんだと思う、あれ」
「さあ……」
発想力が極端に欠如しているタイプの人間なので、さっぱり想像がつかない。あのびにょーんとした形状を見ると、それこそだまし絵にでも出てきそうだな、と思わんでもないが。
一方で、貧弱な俺と違い豊かな知性を持った芽音の方は、なにやら候補を見つけたようである。
「巣……でしょうか?」
「巣?」
「あ、いえ……なんだか、蟻塚とか、カマキリの卵とか……そういうのに似てるな、と思いまして」
例えが妙にマイナーな気がせんでもないが、言わんとしていることは分かる。アーチに縁どられた穴がぽこぽこ開いてるから、余計に蟻塚っぽさがあるんだよな。天の門、とか言われてたし、実際あの中から何かが這い出してきてた、とか?
案外ぱかっと割れて戦闘機でも発進したりして。特撮とかで山が割れて基地が出てくる演出好きなんだよな、俺。そういやあの塔も、よく見たら富士山とかそういう山に似てるかもしれない。まぁあれは内部に基地とか抱えられないタイプの活火山な気がするけど……地震酷そう――
「おうっ!?」
「きゃぁぅっ――!?」
とか思ってたらなんかすごい縦揺れが来た。ごぅんっ! とか言ったぞ。
やたら可愛らしい悲鳴に合わせて、左腕が半ば『締め上げられる』に近い抱き着かれ方をする。いたい、いたいって。芽音お前ほんとどこからこのパワー出してるの。
「そろそろ降りるみたい。アタシ、操舵室の方見て来るわ。もう少ししたらまたちょっと揺れるから、しばらく気を付けてねー」
「そ、そんな……」
芽音が顔を真っ青にする。ええー、この状況放置ですか中尉。せめてこう、安心させるような言葉をかけてから去って欲しかった。
取り残された俺たちは、暫くの間そのまま呆然。やがて芽音が、上目遣いで問うてくる。
「先輩、ぎゅってしてて良いですか……」
「お、おう……」
なんだ『ぎゅっ』て。『ぎゅっ』て! 可愛いかよ。可愛いな? 可愛すぎだな?
人によっちゃあざとく見られるんだろうが、こいつの場合なんかこう、ただただ可愛いだけというか、思わず撫でまわしたくなるような愛くるしさがある。狙ってやってるなら才能、そうじゃないならやっぱり才能だ。畜生美少女は何しても得だな。俺もご利益にあやからせてほしいぜ。
とはいえ芽音、結構本気で怖がってるんだよな。世は無常、プラモのためならぎゅうぎゅう詰めの電車に潜り込むことを辞さない俺も、流石にこれは見捨てられない。ちらりと隣を見れば、高度の下がっていく窓の外の光景に、心なしか涙さえ浮かべてる気がする。誰だよ怖くないとか言ってたやつ。めっちゃ飛行機苦手じゃんお前。可愛いなぁもう。
ただなー。さっきから芽音がこう、支えを求めるかのように密着してくる都合上、俺の腕は強く抱き締められてるわけですよ。そうするとですね、こう……ね。下世話なんですけども、お胸の果実の方がですね、ぎゅむぎゅむ当たってまして。ぶっちゃけるとマイアバターが微睡みから目覚めつつあってヤバい。これ相当感触残るな……今夜は寝れないかもしれない……いや、異世界転移初日で爆睡するには、それはそれで結構すごい胆力が必要になる気がするけど。
どちらにせよ、異世界から帰ったらセクハラで訴えられる、なんてことだけは避けたい。流石に十六で独房行きは勘弁……ってちょっと待て。
「思ったんだけどこれ、元の世界に帰れるのかな俺達」
「今そういう怖いことを言わないでください、先輩の馬鹿!!」
「おおう、すまん」
涙目で返された。もしかしなくてもこいつ相当余裕ねぇな今。
でも結構重要な話題ではあると思うんだよなぁ、地球に帰れるのかどうか、って。
元の世界に帰る手段があるのか否かって作品ごとに大分違うから、一概にお約束とでもいうべきモノがない。何とか帰ったは良いけど凄い時間が経ってて浦島太郎状態、とかそういう展開も見たことがある。そのまた逆もしかりだけど……どっちにせよ、把握できていないという情況ほど怖いものはない。
呼ぶことが出来るなら帰すこともできるだろう、とは思うんだけどな……魔法が禁止された世界、っていうワードがなんか引っかかる。そもそもの話、俺たちは何の故、どういう方法でこの世界に呼ばれてきたんだろう? しまったなぁ、アイヴィーさんその辺の事情知ってそうな雰囲気だったし、真っ先に聞くべきだった。発想が貧弱で嫌になるぜ。
高度はどんどん下がっていく。そろそろ陸地が近そうだ。
「大丈夫、怖くない……怖くない……魔力フィールドが操作する移動だから故障もない……怖くない……先輩もいるから怖くない……」
両眼を閉じて、おまじないのようにぶつぶつ繰り返す芽音。いや、魔力フィールドでも生成装置の故障はあり得るだろうし、俺がいても着地の成功率には全く関与しないと思うんですけど。
やがてごうん、という重々しい音と、一際響く揺れを最後に、降下の浮遊感は消失した。どうやら、無事着陸に成功したらしい。ほっ、と胸を撫でおろす芽音。くそっ、こっちまで安心しちまったじゃねぇか。
俺たちと同じように、新天地への到達を察知したのか。機内の通路の角、そのあらゆる場所から、共に転移してきた少年少女が顔を出す。そういや結局彼らとの交流機会はなかったな……いや、俺がずっと芽音と話してばっかりだったせいなんだけども。
「さて、降りるわよアンタたち。早くしないと神殿のジジイ共もうるさいからね」
ついさっき行った道を逆行するように、アイヴィーさん、そして彼女に率いられた、エンブレーマギア部隊のメンバーと思しき人々が飛んでくる。まるで無重力空間を旅する宇宙飛行士のようだ。え、ナニコレ。飛行の魔法はないってついさっき言ったばっかりじゃん!?
彼女は迷彩柄のジャケットのファスナーを上げると、それと同時にすとんと着地した。続くように部隊の人々も。
あまりの衝撃に、ほぼ反射的に問うてしまった。
「あ、アイヴィーさん、今のは……」
「エンブレーマギアの応用よ。アンタたちもすぐに使えるようになるわ――これから見出される、固有技能次第ではあるけどね」
……何か今、驚くほどド直球なお約束用語が聞こえてきた気がしたんだけれども、気のせいですかね?
「今からアンタたちを案内する場所は、この世界にアンタたちが呼ばれた理由そのものを体現する施設。この世界の人間たちよりも強力、とされる、異世界人の固有技能を発掘するための設備がある場所よ」
気のせいじゃなかった。剣と魔法より銃と機械の世界かと思ってたけど、やっぱり典型的な異世界転移先だった。
どうやら俺たちを待ち受けているのは、異世界転移ものにおけるトップクラスのお約束。ただのファンタジーとこのジャンルを分ける最大のイベントらしい。
即ち。
スキル覚醒イベント、というやつだ。