第四話『実はそんなにお約束展開ではないのでは?』
異世界転移ものと言うと、大抵の場合オーソドックスな『剣と魔法のファンタジー』が部隊の世界となることが多い……と、少なくとも俺は認識している。実際人気の同ジャンルを調べてみれば、大半がその範疇に入る世界観を下敷きにしていることだろう。
古代から中世の移り変わりを思わせる牧歌的な風景に、金属鎧で武装した騎士たち。街には冒険者ギルドを始めとした施設が立ち並び、人々の生活には当たり前のように魔法、あるいは魔術と呼ばれるような奇跡が存在する。文明は地球のそれとは異なる形で発展し、衛生面を始めとした一部は、現実のそれを超えるほどの発展を見せているかもしれない。
一歩城壁の外へ出れば、そこには地球上には存在しない凶悪なモンスターたち。あるいはそういう生物が生息する、専用のフィールド……ダンジョンと呼ばれるようなエリアが設けられている場合だってある。
国民的ロールプレイングゲームにも採用された、大衆のイメージする純『ファンタジー』。
そういう風に考えるなら。
この世界には、あまりにも『異物』が多かった。例のフレームアームズ風味のパワードスーツを始めとして、全体的に機械方面に寄り過ぎな気がする、というか。空飛ぶ鎧の戦士たちも、剣じゃなくて砲っぽいモノを装備していた。どちらかというとジャンルが『銃と機械のサイエンスフィクション』である。
何より極めつけは、目の前で入り口のドアを開く『こいつ』だろう。
「すっげ……」
「これ……どうやって飛翔していたんでしょうか……」
もとあった場所からどういう手法によってか千切られて、異世界へと放り出された我が校中等部校舎。その真裏、丁度俺たちの部室を見上げることができる位置に、巨大な塊が停泊していた。大きさは校舎とぴったり同じくらい。森をなぎ倒して降下してきた、そのインパクトのデカさが凄まじい。
形状はスペースシャトルのそれが一番似ているか。つるりと煌くクロムシルバーのボディを持ったその物体は、これまたスペースシャトルのモノに似たガラス窓と、その巨体に不釣り合いなほど小さな翼が取り付けられていた。
それだけではない。芽音が瞠目していたが、その理由は恐らくこれ――機体のどこかに必ずあるべき装置が、全く見当たらないことだろう。
そう。この飛翔体。
スラスターが、無いのである。
実は飛行機が空を飛ぶ原理は良く分かっていないと聞くが、こいつはそれ以上に意味不明である。推進器も無ければ方向を転換させるような構造も見当たらないのに、機械鎧の騎士たちの背後から接近してきて、彼らに護衛されるがままに、半円を描くように降下してきたのだ。当然だがその時に見えた機体底部にも、上述の要素に類する構造は見て取れなかった。物理法則はおろか常識というものを無視している気がする。どうなってるんだホント。
俺たちはこれから、この『船』に乗せられて、なんとかいう国の首都へと連れていかれるらしい。タラップの幅的に二人一組になって搭乗していく少年少女たちを見ると、なんというか、こう……ドナドナ……。
まああんな森の中にずっと放置されていても困るので、状況の知れる場所へと移動できるのは良い事だ。コレクションを置いて行くことになるのが辛いが。うん、それはそれは辛いが。ううっ、我慢だ俺。これも生きていくため。
後ろ髪を引かれる思いでいると、背中の中心にどん、と衝撃。驚いて振り返れば、拡声器を使っていた例の女性――アイヴィーさんが立っていた。どうやら今のは、彼女のガントレット付きの拳でどつかれたときの衝撃だったらしい。
「何ぼさっとしてんのさ。あんたらの番よ?」
「あっ、はい、スミマセン」
辺りを見回せば、確かに俺と芽音以外の生徒の姿は見えなくなっていた。しまった、飛行船に気を取られすぎていた。アイヴィーさんも痺れ切らしてるっぽいし、さっさと乗らせてもらうとしよう……ってうわ、結構急だな階段が。
「せ、先輩、すみません、ちょっと手を貸してもらってもいいですか」
案の定、芽音が四苦八苦していた。小柄な彼女には、一段一段が辛そうだ。
……というか、そういえば微妙に高所恐怖症なんだったか、こいつ。前に飛行機で関西の展示会にいこうかと計画したら、大分本気で嫌がってたっけ。結局電車を何本も乗り継いでいったのは良い思い出だ。うーん、俺の青春における『普通じゃない』部分はやっぱり全部芽音から出でてるっていうのが実によく分かるな。
まぁそれはそれとして。
「おう、俺で良いなら掴まれ」
「ありがとうございます……失礼しますね」
結構本気で怖そうにしているので、素直に手を貸してやる。するとどうしたことか、差し伸べた左手はその手首辺りからがしっと掴まれ、そのまま彼女は腕を絡ませるようにして上段へと上ってきたではないか。オイオイオイ、死んだわ俺の心臓。
そんな俺たちを後目に、アイヴィーさんが何やらパネルを操作する。直後、小気味良い音を立ててドアがロックされた。それを待っていた、と言わんばかりに、がうん、という音に続いて、風の吹きあがるような特徴的な音色。同時に、奇妙な浮遊感が俺たちを襲った。うわ、ジェットコースターとかエレベーターの終点とかで感じるあれだ。嫌いなんだよなぁこれ。
設置された丸窓の外を見れば、窓と水平な位置にある中等部校舎の場所が、どんどん上階になっていく。高度が上がっているのだ。今さっきの感覚は、『船』が飛翔を開始したときのものだったらしい。
左腕に掛かる圧力が増す。どうしたのかと思えば芽音が蒼い顔をして、さっきよりもより固く、ちょっと必死な様子でしがみついていた。胸元の柔らかいのがぎゅむっと二の腕に当たる。うおあああああ煩悩退散! 煩悩退散!
ただまぁ、そんなよこしまな感情は、景色から校舎が消え、青空が広がるのみになったあたりで消え去った。別に澄み渡る青空のごとき賢者モードに入ったわけではない。芽音がより一層顔を青くしたせいだ。
「ほ、本当に浮いてる……」
「お、おい、大丈夫かよ」
「大丈夫です。別に飛行原理が分からないから余計に怖いとか、そういうことは思っていません。いないったらいません」
結構重度だった。畜生、びくびく怯えてる姿が小動物みたいで異常に可愛いな。何やっても可愛いんじゃないかこいつ。
「しかし実際、どうやって飛んでるんだろうなこれ……」
物理学に関してはパスカルの計算ができないくらいには怪しいのだが、流石にあのつるんとしたボディが、自由自在に空を飛べる方法が、多分地球上には存在しないか、当面実用化しないだろうことくらいは理解できる。
「魔動リアクターによる魔力性斥力フィールド……っていうので飛んでるらしいわよ。アタシも詳しいことは知らないけど」
「魔力性斥力フィールド……?」
「そそ」
またなんかすごいワードが出てきたな。
繰り出してきたのはアイヴィーさんだ。作業を終えて手持無沙汰になったのか、ブロンドのツインテールを揺らして近づいて来る。改めて見ると、装備している機械鎧やラバースーツには、塗料であったり焼き印だったりで色々デコレーションが成されていた。気さくな態度も相まって、派手めの女子高生というか、ぶっちゃけギャルっぽい印象を受ける。
彼女は青い瞳をぱちくりさせると、リップを塗りながら続けてくれた。いやまて、今リップケースと手鏡どこから取り出した? 装甲の裏? そんなところに入れておいて落とさないのか……!?
「なんでも動力炉から放出される魔力と大気中の魔力、性質の違う二つの魔力が反発して発生する力場に乗ってるんだとかなんだとか」
「ほーん……」
「技術屋の難しい話は分かんないわー。アタシ、正直魔導砲ぶっぱなすくらいしか能ないしね」
ここが異世界であることを考慮するなら、なんというかそういう、飛行の魔法とか、ハートの四のラ〇ズカード的な効果を持ったアイテムとか、そういうものがあるのかな、と思わんでもなかったのだが……。
というか魔力は普通にあるのね。最初の方で銃と機械のサイエンスとか言ったけど、結局ファンタジーじゃねぇか。なんだろう、サイエンス・ファンタジーというか……つっても疑似科学的なものであることに変わりはなさそうだけど。剣と魔法の世界に魔導砲とか流石に聞いたことがないというか、正直『浮きそう』というか。
「ああそうか、もしかして大気の感触が変わったのって……」
「魔力が含まれるようになったから、でしょうか?」
芽音と顔を見合わせる。なるほど、それなら実際の質量に変化がないのに、大気の雰囲気が変わったように思える現状にも説明というか推測がつく。魔力が現実世界とはずれた場所に漂ってる、っていう設定、異世界ものじゃお約束だし。
「あー、もしかしてアンタたちの世界にはないの? 魔力。寧ろこれなしでどーやって生活してんのか結構気になるところだけど」
ほー、そんなに便利なのか。
まぁ、実際そうなんだろうな。さっきの斥力フィールドの話もそうだけど、地球じゃSFの領域を出ないような技術を、世界の方が最初から提供してくれてるって結構すごい。ただ、「これ無しでどう生きているのか」って感想を抱くくらいだから、一般的な立場は電気が近いのかもしれない。実際、地球とこっちの空気の『差』とか『ずれ』みたいな感触が魔力なら、アイヴィーさんの纏っている機械鎧も、魔力で動いているみたいだし。
しっかしそれなら尚更、なんでわざわざスラスターを噴かせて空を飛ぶのだろう? 空を飛ぶ魔法の一つや二つくらいありそうな雰囲気だけど。さっきの斥力フィールド移動が、あの機械鎧には採用されていない理由も気になる。
その疑問には、結構あっさり答えが出た。アイヴィーさんが、すぐに不服そうな表情で愚痴り出したからだ。あ、リップケース仕舞った。やっぱり装甲の裏だったのか……。
「昔はもっと便利だったんだろうなー。魔力さえあれば、いろんな奇跡が起こせた時代だったらしいし」
「昔?」
「そう、昔も昔。確か三百年くらい前だっけ? なんとかいう条約が結ばれて、禁止されたのよ。奇跡を起こす方法……何て言ったかな……そう、『魔法』」
この人二十代かと思ったけど、ほっぺ膨らませると結構顔立ちが幼いな。実はそんなに歳変わらないのかも――ってそうじゃなくて!
今何か、滅茶苦茶大事なこと明かされなかった!?
「禁止された……? 魔法が、ですか?」
腕を絡ませたままの芽音が、何か得体のしれない歴史を察知したのか、小さく問う。その声はちょっとだけ震えているように思えた。わかるわ、禁止とか禁忌とかそういうの、要素としては面白いけど実際に聞くと存外に恐いんだよな。なんかこう……それが牙をむいてきた時を想像すると、背筋が凍るというか。
俺たちが内心ビビりっぱなしであることに気付いているのか、それともいないのか。アイヴィーさんはあっけらかんと頷き、話を続けていく。
「うん。何でも大昔にあったでっかい戦争の影響だとかなんだとか。アタシ歴史の授業は居眠り常習犯だったからよく覚えてないのよねぇー。詳しいこと教えてあげられなくてごめんね。首都に着いたら、でっかい図書館の場所でも教えてあげるわ」
いや、そんなこと言われても俺らこっちの本は読めないんじゃ……そう思ったあたりで、そういえばあまりにも自然過ぎてスルーしてたけど、日本語が普通に通じることに驚いた。実際にはアイヴィーさんの口元の動きは、発してる音と全く一致していない。異世界転移にお約束の、自動翻訳的ななにかが働いているのだろうか。だったら案外、読めるのかも?
「その頃は、こういう風にエンブレーマギア……ああ、この鎧の事ね。こいつに頼らなくても、人間は杖一つで空を飛べた、とか聞くけど……そんな面白そうなことができるなら、どうして封印しちゃったかな」
またなんか新しい情報が色々と。流石にそろそろ、消化しきれなさそうな気配が漂ってきたな……オタク用語慣れしてない芽音に至っては既に目を回しかけている。飛行の恐怖と合わせて本格的に調子が悪くなりそうな顔だ。
にしても紋章装置、か……ぱっと見ただのマルチフォーム・スーツというか、所謂『軍事用パワードスーツ』みたいな見た目だけど、こいつの誕生経緯にも色々事情がありそうだなぁ。魔導砲、とか言ってたけど、一体何と戦うためのものなんだろう? やっぱあれかな、異世界もののお約束としては魔族とか?
「レアレント中尉! ギア整備の準備、できました!」
「あんがと、今行く!」
格納庫へ続くと思しき角から、ひょこりと顔を出した青年が声を張る。そういや結局他の転移者たちにはおいてけぼりくらったまんまだな俺ら。ちょっと話込み過ぎたかも。
同じく声を張り上げて返答したアイヴィーさんが、そのまま俺たちにも笑いかける。やっぱりとっつきやすい笑顔というか、いかにも面倒見が良さそうな雰囲気だよなぁ。
「じゃ、アタシは行くから。短いけど、空の旅を楽しんでね。彼氏君は彼女ちゃんの手、しっかり離さないであげること。いいわね!」
「は、はい……っていやいやいやいや俺達そういうんじゃないですから!」
「あれ、そうなの? すんごい良い雰囲気だったから、てっきりそうなのかと」
「いや全然! 全くさっぱりそういうんじゃ……なぁ!?」
慌てて芽音の方を振り返る。そりゃたしかに俺ら仲は良いですし? ぶっちゃけ芽音と一番友情を育んでる男は俺だっていう自信がありますし、まぁなんだかんだ友情を飛び越えた『そういう関係』っていうのにも憧れはありますけども!
それとこれとは話が別というか、こういう話題は得てして女の子は嫌がると聞いたことがあるというか、まぁ好きでもなければ自分に相応しくもなさそうな男とカップルに見られるって、よく考えたら女の子からすりゃすごいゾッとする話というか――
「そうですね。私と先輩は全然全くさっぱり、そういう関係ではありません。ええ。全く」
ほうら言わんこっちゃない……と思ったけど、なんかこう、方面が違うというか……嫌がっているというより、すごいお怒りのご様子なんですけど……?
ええー、マジっすか。今の回答のどこが不満だったというのだ。
「前途多難ねぇ……」
アイヴィーさんがそんなことを、ぼそりと呟いたのが聞こえた。何が!? 一体何が前途多難だっていうんです!?
頭を抱える俺には頓着もせず、魔力の船は天を駆ける。
数時間後、窓の外に、大きな城壁で囲まれた街が見えてきた。
この世界で初めて見る、人の住む場所の風景だった。