第二十六話『当然。バラバラになっても、愛してる』
夢を見ていた。
多分季節は春。芽吹く木々の色合いから、もうすぐ夏が来るかどうかという時期だろう。冬も近づく今のノインローカとは、全く真逆の時期である。どっちかっつーと転移したころの地球の方がまだ近いかな……まぁ向こうは七月だから、流石にもう夏だったけど。それと比べたらもっと春に近い。五月の終わりとか、そんなころだろう。
俺はどことも知れない森の中、背の低い木々を切って拓いた領地に、木こり小屋を作って暮らしていた。どうしてなのかは知らないけど、多分、劇中の俺の記憶から察するに、誰か、あるいは何かから逃れ、隠れていたんだと思う。
夢の中の俺は一人で暮らしていたわけではなかった。
機巧と魔導、相容れないはずの力を以て生み出した、無数の娘たち。この世界の法則に基づけば『魔物』に分類される彼女らは、他の魔法使いの作品とは異なり、深い知性と、優しい心を持って生まれた。夢の中の俺もまた、彼女たちを破壊の獣ではなく、愛しい子供たちとして接していたように思う。
温かい記憶。
家族の日常。
きっとこの夢は、俺自らが『娘』を手にかけたことを受けて、俺の魂が見せているものなのだ。
春風逢間という存在そのものの奥深くに刻まれた体験、それが見せた、あり得べからざる過去の記憶。
小屋を出れば、十余の娘たちが丁度帰投するところだった。お帰り、と声を掛けると、彼女たちは嬉しそうにカメラアイを瞬かせ、それから森の奥、隠蔽した格納庫へと戻っていく。
そのうちの一機。
陽光に反射する白銀の、天使みたいな彼女がこちらを振り返った。
彼女にだけは声帯エンジンを搭載している。丁度あの時、変なホームシックに掛かってて……日本語のジェネレーターを作っちゃったんだよなぁ。
おかしな話だ。
『彼女』は娘なのに。そのはずなのに、どうしてか、地球に居た頃、好きだった女の子の名前を付けていたんだ、この『周回』の俺は。
彼女と結ばれる未来を辿った今の俺もまた、この天使に同じ名前を付けるだろう、そう、彼女は――
「どうしたんだ、カノン。もうお休み、と言っただろう」
『いいえマスター。ただ、やっぱり……愛しています、と伝えたかっただけです』
それから、彼女はスラスターを光らせる。
最後に私を見てくれて。
最後に私を認めてくれて。
私の名前を呼んでくれて。
私を――世界を破壊する使命から解き放ち、ただあなたの娘でいられる毎日へと戻してくれて。
『ありがとう、マスター』
何故だろう、機械の鳥を思わす、ツインアイ以外には人の顔らしいパーツもなく、当然、表情の変化など生み出せるべくもないのに。
銀色の髪と可憐な顔立ち、芽音と色が違うだけの、驚くほどそっくりな姿をした少女が、にっこりと、優し気に、笑ったような気がした。
そこで夢は途切れる。
強制的に微睡みは中断され、俺の思考は混沌から引きずり出された。
ふわぁ、と間抜けな欠伸が漏れる。なーんだったのかな今の夢……寝不足なのかなぁ。まぁここ最近いろいろあったしな。体の方もゆっくり休めてないのかも……などと思いながら、重い瞼をのんびり開けると。
目と鼻の先に芽音の顔があった。でん、という効果音がよく似合いそうなくらいの至近距離。どぅわっ!?
残っていた眠気は全部どこかへと吹っ飛んだ。一瞬にして思考がクリアになる。僅かに膨らませた頬と寄せた眉根は不機嫌さの象徴。いかん、今日のマイエンジェルはお怒りだ。
でもその表情が可愛いんだまた……いっそカミサマが作った人形だと言われた方が納得のいく、精緻で、壮絶なほど綺麗な顔立ち。それでいて浮かべる表情はどれも温かく、可憐で、近寄りがたさを感じない。ほんと、見てるだけでドキドキさせてくるんだから狡いよなぁ……いくら毎日同じものを見ているとはいっても、慣れないもんは慣れない。いつか芽音が俺に対して、ときめきを感じなくなったとしても、俺はずっと彼女にこの情動を覚え続けるのだろう。くそぅ、何だかんだで不公平だぜ、やっぱり……色々とアウトな思考な気がせんでもないけど……。
そんな俺の硬直を、無反応、あるいは無視ととらえたのか。芽音はますますむっとした表情で、冷たく問いかけてくる。
「お目覚めですか、先輩。随分気持ちよさそうにお休みなさっていましたが」
「あー、いや、えっと……はい。そりゃもうぐっすりと……」
誤魔化しようがないので素直に答える。いや、悪いとは思うんだけど……でもここで言い訳する方がもっと良くないと思うんだよな。
ところが芽音の方はというと、その不満そうな気配を消そうともしない。それどころかどんどんご機嫌直線の角度が斜めになっていってるような。
「……芽音さん?」
「いいえ。何でもありません。ありませんったらありません」
ぷんすかそっぽを向く彼女は、久しぶりの制服姿。ここ最近、洞窟産の民族衣装か、薄いピンク色の診察服姿しか見てなかったから、ちょっと新鮮な気分になってしまう。逆なような気がするんだけどな……慣れって怖い。いや、前述の通り芽音の可愛さには全然慣れないんだけど。
「彼女が退院するっていうのに、なんの反応も示さない先輩にがっかりしてるとか、そういうのではありません。ええ、断じてありませんから」
え、そんなことだったの? ならもっと早く言ってくれればよかったのに……いえ、俺の想像力が欠けていただけであります。はい。
こういう願望って普通男の方ばっかり抱くもので、女の子が期待することはない、って結構聞くけど……なんというか芽音、思ってる以上にロマンチストなんだよな。雰囲気重視というか、少女漫画みたいな展開を求めてくるというか。
まぁ別に困る願望でもないし、そもそも可愛い彼女のお願いですから須らく叶えたいと思うわけですが。いえ、可愛く無くても叶えさせていただきますけども。好きだし。
男っていうのは単純なのでね……好きな女の子が喜ぶ姿っていうのは何よりも大切かつ重要な行動原理になるんですよ……。
「ほい」
迎え入れるように両手を開く。ちょっと手招きなんかもつけてみちゃったり。ヘイカモン! ……なんか急に恥ずかしくなってきたな。
そんな俺の内心を知ってか知らずか。芽音はじらすようにこちらを見てはためらい、こちらを見てはためらい……を繰り返す。うおお、何の羞恥プレイだこれは。
……と思ったのだが、芽音の方も耳が真っ赤だった。なんだお前も恥ずかしいんじゃねぇか。やっぱり往来でするもんじゃないぞこれ。
とはいえこのままではらちが明かない。ので、俺の方から一歩を踏み出してみる。するとほぼ同時に、芽音もふわりと駆けだした。胸板に衝撃。芽音の細い体が、とすん、と腕の中に飛び込んできた。
「おかえり、芽音」
「ただいま、先輩」
背中に回した腕に、ぎゅっと力をこめる。うわぁ、あったけぇ……この体温、やっぱり安心するんだよなぁ。自分の中の満たされていなかった部分が、全部埋まっていくような錯覚を覚える。
ルキフグスとの戦闘が終わってから三日。
芽音はけがの治療、精神侵食の後遺症検査などを含めた様々な理由から、大統領官邸備え付けの病院で、半ば軟禁状態になっていた。俺が眠りこけていた椅子があるのは、その病室の丁度真ん前。折角だからサプライズで迎えに行こう、と決意して朝早くから来たはいいが、疲れからか爆睡してしまった……というのが事の真相なのである。あれ? これ俺怒られてもなんも文句言えない立場なんじゃね?
「私がいない間、寂しいからって浮気とかしてませんでしたか?」
「してねーよ。大体そんなことできる度胸もなければ攻略対象ヒロインもいねーっつーの」
「どうだか。先輩人が良いですから、思ってるより結構モテるんですよ? 自覚ないでしょうけど」
「えぇー、そんな馬鹿な。内面の良さでモテるのは創作物の主人公だけだぜ」
人間八割は顔だっていうしな。芽音みたいな超絶美少女ならともかく、俺基本的に特徴ない顔してるし。あんまりこう、アピールポイントとして顔を使えないタイプだ。なんか大昔に藤井が「お前残念ラブコメの主人公みたいな顔してるよな」とかぬかしたことならあるけど……それ褒めてんの? それともけなしてんの?
しかつめ顔で唸る俺に、芽音は首をかしげて反論する。
「でもある意味、物語よりもおかしな展開かもしれませんよ。だってこうして異世界なんかに来ちゃったわけですし……人柄の方に惹かれて先輩を好きになった女の子にも、私っていう実例がいるんですから」
「そりゃまぁ、確かに、時々変な話だよなぁ、とは思う……」
異世界に来て、ロマンあふれるパワードスーツを装備して、未だ正体も良く分からない、機械の魔物を撃退して……それからお約束みたいに、芽音を救い出して今に至る。何もかもが現実というよりは三流小説のシナリオみたいだ。子供向けの絵本だって今時もうちょっと捻った展開をしてると思う。
芽音が俺のことを好きでいてくれるのも、なんかちょっと、まだ夢の中にいるような感じが抜けないよな……もうあんなことやこんなこと、なんだかんだで色々やった後なわけだけど。
「先輩は嫌ですか? 私が、先輩のことを好きでいるのは」
「え? いや、そういうわけじゃ」
「私は自分の想いの全部、先輩に上げようって誓ったのに……先輩は私にはくれないんですね。女の子侍らせるだけ侍らせてあとは放置とか考えているんでしょう? 最低です」
「考えてねーよそんなこと!!」
何がどうなったらそうなるんだよ!! 思わず、困惑に声を荒げてしまう。
……でもそのまま数秒ほど、黒い瞳を見つめていたら。
二人とも同時に、ぷっと噴き出してしまった。駄目だ、先の展開が予想できてるせいで、どっちもまるで我慢ができねぇ。しまいには揃って、けらけら笑いだしてしまう。腹筋に候とはこのことだ。
「冗談です」
「いうと思った」
このやり取りも何回目になるだろうか。
でも、と彼女は続けるのも、一体何度目になるのだろうか。
ハグを解く芽音。踊る様に後ろへ下がりながら、くるり、と一回転、そのまま悪戯っぽく、人差し指をぴん、と立てた。何だその動き。可愛いなお前。
「ハーレム主人公になんてさせない、って決意は本当ですよ。先輩のことは、バラバラになっても、私が独り占めするんですから」
蕾の開く様な、可憐極まる笑顔と共に、撃ち放たれた言葉は余りにも破壊力満点で。
心臓の鼓動が乱れる。全身がぶわっと熱くなる。ルキフグスの砲撃魔法を間近で食らった時よりも凄い衝撃かもしれない。
うはぁ、なんだろうこう、この……言葉に表せないムズムズした感触! やっばい、ニヤニヤするのを止められない。
敵わねぇなぁ。まるで逃げられる気がしねーや。
まぁ、逃げる気も特には起こらない。むしろさっさと捕まって、そのままこの手を離さないでほしい、とさえ思う。随分センチメンタルでロマンチックな思考な気がするけど、それはそれ、これはこれ。女々しいなんていうけれど、恋愛に関して弱腰になるのはどっちかっつーと男の方だと思うんだよな。
だから芽音の方から、俺のことを独り占めにしたい、なーんて言ってくれるのであれば。
「んじゃ、俺も芽音のこと、独り占めさせてもらおうかな」
「はい。おあいこですよ、先輩」
甘んじて、独り占めされようと思う。
彼女の柔らかい手首を執って、その体を引き寄せる。
期待するように、ついとおとがいを上げる彼女に、お見通しなんだな、と苦笑して。
俺はその甘い唇を、自分の唇で塞ぐのだった。
世の中には、『生存フラグ』というものが沢山ある。俺自身がそうであるように、ただそこにいるだけで生存を示唆する展開のことだ。
異世界での生活は多分、まだまだ終わらない。そもそも帰還できるのかどうかすら分からない。もしかしたら一生、俺たちはノインローカで過ごすのかもしれない。
でも。そうだとしても。俺と芽音はきっと、まだ見ぬ物語の最後まで、生き残り続けるのだろう。
バラバラになっても、愛しているから――この瞬間が、俺たちの『生存フラグ』になるのだと、そう思う。
まだまだ色々と広げられそうな気がしますが、逢間と芽音の物語は、一端ここで完結です。ここまで読んでくださった方々、お付き合いありがとうございました。またどこかでお会いできたなら幸いです!




