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第二十五話『だから今、表題の問いに答えを出そうと思う』

 かくして、九つの種族が覇を競う世界、ノインローカへと足を踏み入れた、春風逢間の物語は一度の終結を迎える。不似合いの白馬の王子は、似合いすぎるほどその役の似合う、囚われの姫君を救い出した。偽りの天使は愛の想い出に浸りながら、静かに、紅く、その生涯を終えた。逢間と芽音の未来を塞ぐ壁は崩れ去り、二人が歩いて行く道は、これから先へと続いて行く。


 だが二人はまだ、知る由もない。

 自分たちが成したこと、その意味を。その価値を。それがこの世界、三百年前の災厄を全て隠蔽し、統括し、凍結させ続けてきた世界にとって、どのような変化をもたらすのかを。

 忘れ去られたものがあるのであれば、それを忘れさせた者達がいる。

 消し去られたものがあるのであれば、消し去ることで利益を得る者達がいる。


 鋼の天使の実在が、全て御伽噺へと変わった世界。

 そんな世界で天使の存命を証明し、あまつさえ、倒してしまったのであれば?

 忌むべき記憶として忘れ去られるべきだ、とされた伝説を、なんてことのない現実だと、『貶めて』しまったのならば?


 云ったはずだ。

 九の種族の棲まう世界(ノインローカ)とは、()()()()世界だ、と。九種類のヒューマノイドが、互いに手を執り、共栄を目指す世界などでは決してないのだ、と。


 世界は動き出している。

 異世界からやってきた新時代の魔王を巡って。彼の四肢を分割し、バラバラにしてでも、その力を己が目的の為に利用せん、と。あるいは、彼という存在そのものが、目的となっているのかもしれない。その処遇自体が、誰かの行動理念になるのかもしれない。



 ――ある者にとって、それは『縛鎖』だった。


「東の国の崩壊は、なんとか回避されましたか。これもすべて主のお導きのなされたこと。ですが……」


 少女の、甘い笑声が響く。ころころと、鈴を転がすように愛らしい声色。その反面、内に秘めた圧は人一倍。彼女が常人とは異なる存在、人間種でありながら一つ上のステップに存在する者だと、聞く者に直感させる声。


 そこは聖堂の廊下であった。人々の祈りと願いによって造られた、贖罪と懇願の連結結晶。竜の骨格標本を思わす、複雑怪奇な骨組みの屋根と、色とりどりのステンドグラス。

 大気を満たす魔力の粒子は、その在り方を示す異質な色。すなわち、純正のそれとも、機械を通した緑とも違う、眩いばかりの白に輝いていた。

 

「ふふふ……ああ、いけません。いけませんわ。かつてこの世に解き放たれた、魔法を用いる獣たち。いっそ『生きた魔法』ですらあるそれを潰し、破壊し、砕く力を持った者など……当の魔物と、ほとんど同義ではありませんか」


 彼方へと長く長く続く、巨大な信仰の象徴を、彼女は一人、金の髪と白いベールを靡かせ歩く。太陽の光を思わせる、飴色の瞳が特徴的。宿した光は本物の慈悲。しかしてそれが、誰にとっても慈悲である、とは限らない。


「そんな存在、この世に生かしておくわけにはいきません」


 クッ、と、昏く、嘲るような声を一つ、漏らして。

 少女は、廊下と礼拝堂とを繋ぐ、見上げるほどの扉を開く。


 ――その数、二百を超える騎士たちが、整然と整列していた。

 鏡面が如く磨き上げられた、甲冑を思わせるギア・スケイル。魔力光を纏ったロング・ソードを垂直に構え、彼らは少女の言葉を待っていた。

 

 彼女が満足気に微笑むと、どよめきが騎士たちの内から漏れて溢れる。

 

 異常な熱気と熱意が、渦巻いていた。彼らは狂信者、と呼ばれるような存在では決してない。むしろ本来の教義を持つ者達から見れば、不真面目である、とみられるような騎士さえいた。それもそのはずだ、彼らの多くは、教団の信ずる創造主など、眉唾だろうと推測しているのだから。

 

「お聞きなさい、我が同胞たち。私たちには今、主より新たなる使命が与えられました」


 そんなミラーシルバーの騎士たちに、少女は神の号令を告げる。あえて、だ。実在を疑う存在からの伝令を、彼女は白銀のギア使いたちに授けていく。彼らもまた、陶酔した表情で、それをひとつひとつ、受け入れていく。

 言葉の出所が、本物なのかどうかは関係ない。騎士たちは皆、()()()()()()()()()、ただその行動にのみ、価値を見出しているのだから。


「異世界より呼び出されし新たなる魔法の獣……ええ、そうですね。便宜的に、『魔王』とでも呼称しましょうか。かの者を封印し、再び魔導の秩序を、主の御元へと返すこと」

 

 少女はこれ以上ないほど可憐に、慈悲深く、まだ見ぬ『魔王』へ終局という名の安寧を与えることを宣言した。


「『聖女』シャーロット・アリンナが命じます――創造主の名のもとに、『魔王』を殺害・封印・凍結しなさい。二度と目覚めぬよう、バラバラに引き裂き、隔離し、無限の責め苦と共に奈落の底へと落とすのです」


 何故ならそれこそが、少女が生まれながらにして得た目的。

 彼女が今、ここに存在する意味そのもの。

 死すらも生ぬるい絶望を以て、神の秩序を守り続ける――


「それがリュミオース教団の……創造主より魔導の『管理』を命じられた私たちの、役目なのですから」


 

 ――ある者にとって、それは『渇望』だった。


人間種(アウィールム)にも魔物殺しが現れたか」


 どことも知れぬ森の奥。淡く陽光の射すその場所に、鮮血をまき散らしながら獣が斃れた。真っ当な生物よりも一回りか二回り大きな図体。

 そして何より目を引くのは、生態系に組み込まれるにはあまりにも異質な、機械を思わすメカニカル・アーマー。


 魔物である。

 逢間たちの戦ったルキフグスとは別種、別系統の。

 この世界を操り、己が支配者となるべく争い合う者達。彼らが包み隠した、世界の闇そのもの。長くのたうつ首の構造は、世界が違えばあるいは、『ドラゴン』と呼ばれたかもしれない。


 それを切り伏せることが、『彼』に与えられた役割だった。

 森林での生活に適合した長い耳、それが示す竜血族(エラム)――現代ではエルフと呼ばれる種族の長たちに命じられるがまま、研究の終わった魔物を、今度こそ完全に闇へと葬ることが。


 だが彼は、そんな毎日に満足してなどいなかった。当然である。この作業はあまりにも不十分だ。倒せることが分かり切った相手との殺し合いなど、何一つ楽しくない。それは戦闘ではなく狩り、一方的な鏖殺なのだから。


「とうとう、と言ったところだな……ああ、むしろ遅すぎたくらいか」


 舌なめずりをするように、青年は笑う。月光に中てられたような銀色の髪を靡かせながら、半身たるエンブレーマギア、『ブルトガング』の剣を一振り。刀身に付着した、彼の瞳の色とよく似た真紅の液体……即ち、魔物の体内を流れていた人工血液(プラーナブラッド)を掃い落とした。ああ、この刃がこんな水のようなものではなく、もっと粘性のある、本物の血を吸うときを何度夢に見たことか。それがもうすぐ、叶おうとしている……!

 

「随分と上機嫌ね、今日は」

「当然だ。この時を幾年待ちわびた事か……ようやく、この俺が本気を出して戦える相手。それがこの世界に現れたのだ!」


 はぁ、と吐かれたため息は頭上、高くそびえた樹木から。青年が興奮に声を荒げれば、とさり、と軽い音と共に、小柄な人物が降りてきた。

 よく似ている。似すぎているほどだ。銀色の長い髪も、血色の瞳も白い肌も、長く伸びた耳と精緻過ぎるほどに整った容貌。どれも青年のそれとそっくり。違うところがあるとすればそれは、大きく、そして柔らかそうに膨らんだ胸と、両側頭部で結ばれた髪(ツインテール)だろうか。


 声の主たる少女は、青年の狂態にまた、ため息を一つ。


「兄様の戦闘狂(バトルジャンキー)も呆れたモノだわ……そんなのだから盟主の素質がない、なんて言われるのよ?」

「心外だな。俺はただ、己の欲望に忠実なだけ……狂ってなどいるものか。それに古臭い、カビの浮いた玉座に向ける興味など――はなから、欠片も持ち合わせていないのでな!」

「はいはい。全く、一体全体何がどうしたら、ハイエルフからこんなのが出るっていうのかしら……血が繋がってるとか信じたくないのだけれど」


 少女は額に手を当て呻く。己が実兄の制御できない現状に、いよいよ匙を投げたと見える。

 しかし青年は、彼女の苦労など意にも介さない。『ブルトガング』の真鍮色の機体と接続した、血みどろの大剣を瞳に収めると、口角を上げ、凶暴な笑みを浮かべる。

 脳裏に描くのは、つい先ほど人間の国に潜む間者より齎された、当代の人間(アウィールム)では初の魔物殺しの名。


「待っていろ、オウマ・ハルカゼ……貴様を倒し、俺は俺の強さを証明する!!」


 第三世界樹連合歴代最強、ひいては竜血族(エルフ)最強と謳われる男――『剣帝(ディートリヒ)』ジルクライト・デア・ヴェルンは、静かに、しかし苛烈に闘志を燃やすのだった。

 


 そして逢間たちのすぐ近くにも、その野望を滾らせる者達が。


 ――その者にとって、それは『歓喜』だった。


()()()そういうことか」


 バルアダン共和国首都、アプラ・エディナ。

 白亜の大統領府、その敷地内に併設されたガーデンで、一人の男が笑みを漏らす。

 蝶の舞い、色とりどりの花が咲く庭園。戦乱の最中に在ってなお静かな時が流れるこの場所に、その姦計と策謀に強張った髭面は、まるで似つかわしくない。

 では何故、彼がこのような場所で、少女趣味的な白いチェアに身を鎮め、中空に浮かんだ魔力液晶(ホロウィンドウ)を眺めているのか。


 答えは簡単である。


「順調ですか、あなたの実験は」

「ええ、最高効率でことが進んでいる、と言っても過言ではありません。やはり博打に出て正解だったようだ」


 この庭園の持ち主から、彼が個人的に招かれている、というだけのこと。

 金細工を思わす長い髪。櫛削ればその感触は生糸のごとし。

 滑らかな肌とガラス玉のような瞳は、彼女をより作り物めいた姿に見せている。


 シビュラ・バルアダナ。

 バルアダン共和国大統領にして、男……即ち、共和国軍元帥たるデイヴィッド・ラジヌスにとっては唯一、この国で己よりも格の高い人物である。

 シビュラがまだ王女であったころから付き合いのある二人は、今でも時折、こうして庭園で茶を共にする。無論、飛び交う言葉は何とはない宮廷の世間話から、共和国の未来を左右する出来事のそれへと変わってはいるが。


「堅実な策略を以てのし上がったあなたが博打というのは、随分珍しいですね」

「まさか。堅かろうが稚拙であろうが、策謀というのはいつでも博打に近いものです。最後は成功するか、しないかの二択なのですからね」

「そんなことを言ってしまったら、この世界のあらゆる全てが賭けとなってしまいますよ」


 ふふふ、と淡く笑うシビュラに、デイヴィッドも底の知れない笑みを返す。


「正にその通りです。この世の全てはある意味では賭け。故に時には、思い切った決断をした方が、より良い結果を導くのですよ。そう、例えば――魔法使用の禁を破り、異世界より神の使徒を呼び寄せる、とか」

「まさか魔族の正体解明、魔物の殲滅、そして人間(アウィールム)による九種族統一、全てを成し得る存在が、この世界ではなく異世界の住人であったとは……驚きです」


 暗く笑うかつての近衛に、金細工の姫君は苦笑で返す。瞳は相変わらずここではないどこかを見ている。もしかしたら己の発言も、全てお見通しなのかもしれんな、と、思えば、背筋をついと冷や汗が一筋。

 驚き、などとは他人事のようにいうものだ。

 今彼女が口にした全ては、他ならぬ彼女自身が予言したものではないか。


 そう、シビュラ・バルアダナは生まれついて、一つの極めて強力なスキルを保有する。

 ランクに照らし合わせるのであれば、それは伝説上の『瑠璃』であっても可笑しくはない、それほど強大な力。

 端的に言えば、未来を見通すのである。

 彼女のガラス玉の瞳は、常に現在ではなく未来を見ている。何をすればどのように、相手から最高の反応を得、有利に世界を動かせるか。この予言の姫巫女は、その全てを閲覧することができるのだ。


 魔族の襲来も、王国の滅びも、何もかも全部分かっていた。それでいてなお、彼女はそれを放置した。己の預言を、己のためだけに使う――空っぽに見える彼女はその実、己を未来に()()()()()だけである。


「魔族の王が異界より来た人物である、という話を耳にして以来、常に頭の中に在った可能性ではありました。ですから賭けてみたのです。そして実際に、姫様は彼らの来訪を予言した。彼らの内より、私の仕掛けた全ての罠を踏み抜き、乗り越え、魔導の獣を滅ぼして見せる者が出た」


 そんな彼女の世界であるから――逆説的に、ノインローカは『めちゃくちゃ』であるのだ。予言も何も通用しない、一寸先が闇はおろか混沌の渦でさえあるような、そんな混迷の世界になる可能性を、常に秘め続けているのだ。


「歴史は動きますよ、姫様。この世界が、ノインローカと呼ばれる時代はもうすぐ終わる。二つの()()()()と魔王が刃を切り結ぶ……そんな時代がやってくるのです」

 

 デイヴィッドはもう一度、魔力液晶へと視線を戻す。

 そこには黄昏の空、中空に咲いた鮮花を見つめる、黒髪の少年が、一人。いびつな形のエンブレーマギアを纏った彼。オウマ・ハルカゼ――異世界よりやってきた、この世界の在り方そのものを変えるかもしれない男。


 彼は果たして、この世界を混沌と秩序、どちらに導くだろうか。

 いずれにせよそれは、デイヴィッドの計術でも、シビュラの預言でも分からない、完全なブラックボックスにしてワイルドカード。

 決まった図案を持たないジョーカーを、自分たちは確固とした一枚の切り札にしなければならない。


「我らは擁立せねばならない。バラバラになった我々をかき集め、繋ぎ直し、未来へと押し上げる……人類のための、もう一人の魔王を」


 

 様々な思惑が絡み、九つの種族の世界は今、加速度的に混迷を増す。

 逢間が、ただ巻き込まれただけの転移者ではいられなくなるのも、そう遠くはない。


 だが――それはきっと。

 お約束に照らすのであれば、「また、別の話」というべきなのだろう。


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