第二十四話『愛すべき「あなたたち」へ』
破壊の焔が天を裂く。極太のレーザービームは照準こそ荒いが、当たれば一撃必殺級。いくら蘇生が利くとはいえ、再生までのタイムラグは見逃せない。自分が焦げるのは見てて気持ちのいいもんじゃないしな。正直、躱せるにこしたことはないので優先して回避。標的を見失った天使のブレスは細かくちぎれ、やがて魔力の粒子となって霧散する。
舞い踊る火の粉の間隙を縫い、陽光を反射するいびつなフォルムと距離を詰めていく。大気魔力とスラスターから噴き出る魔力が相反し、発生した斥力が、俺に見えない足場を与えてくれる。天空を滑るように疾駆、クロー・マニュピレーターを開き、両腕を振るう。そら、くらえッ……!!
『riri……!』
「ちっ……!」
思わず、軽い舌打ちが出た。防がれた……タイミング自体は完璧だったはず。相手側の体制は崩れていた。魔力によって強化したギア・フレームの攻撃が、三百年前、現在よりも発展していたという軍事技術の結晶たる、この模造天使に効くことも、最初の激突ですでに立証済みだ。
たというのに、今の一撃が弾かれたのは、ひとえに上記二つの前提が崩れたから。具体的には前者の方。突然、流れるようにその姿勢が立て直されると、大型の腕部が俺の一撃を阻んだのだ。斥力フィールドじゃあり得ない挙動。なんだ、どういうことだ……!?
理由を探して視線を巡らす。葉を重ねたような変な形の翼の他に、別段特別な推進系は……いや、その羽が問題なのか!
間から漏れる光は紅。間違いない、魔法陣だ。こいつ、翼に彫り込まれた魔法陣で、飛行魔法を自動使用してやがる。
「どーりで……!」
背後を取る。バシュウ、とギアのスラスターが排気音と鳴らすのと、異様に滑らかな動きでルキフグスが方向転換をするのはほぼ同時だった。エンブレーマギアの飛行、斥力フィールドと魔力噴出を駆使した三次元軌道には、残念だが機械めいた限界がある。だが魔法は別だ。アイヴィーさんも言っていただろう、三百年前は、もっと自由に空を飛べたのだ、と。
方陣が展開、一切焼却の光線が打ち出される。回避。今度は大きく距離を――そう思った直後、身体右側にとんでもない衝撃。被弾した!?
ドラゴニック・ウィングの性能は極めて高い。彼我の距離はあの一瞬で、すでに二百メートル以上離れていた。
くそっ、この距離でも当ててくるのかよ……アプラ・エディナをはっきりとロックオンしていたあたりで何となく察してはいたけど、とんでもないレンジだ。なんせバルアダン共和国の首都、俺たちのホームタウンは、この戦場からはまだ米粒くらいの影が見える程度。スラスターを全開に噴かしても数時間単位で連続飛行を強要されるくらいには距離がある。それを一瞬、かつ一撃で仕留められるのだ。狙撃って言うのは、まぁ人間なら、の話ではあるけど一キロ先の目標に、的確に弾丸を当てるだけでも『神業』と呼ばれるほどシビアな世界らしい。それを思えば異常なレンジと、ビームの持続力……二百メートルが随分短く思えてくる。
つくづくルキフグスが短気というか、目の前の敵に注力しやすい性格でよかった、と思う。もしも彼女が俺を完全に無視し、アプラ・エディナを火の海に沈めることだけを目的としていたなら、と思うとぞっとする。今現在俺に向けて放たれているのは連射の利く
いや、人じゃなくて魔物、生き物というよりは機械生命体、人格というよりはAIなわけだけど、相手は……でも芽音の話しぶりからすると、少なくとも人間とコミュニケーションが取れる位には知性高いっぽいんだよな。
あるいは……そもそもの目的が、首都焼却とは別の所にあるのかもしれないけど。
そう思っていたのだが。
ふと、ルキフグスが動きを止める。再生を開始した俺から視線をずらすと、その向こう、地平線の彼方……つまり、蜃気楼かなにかのようにも錯覚してしまいそうな、アプラ・エディナをツインカメラに捉えたのだ。
ぎらり、とそのピンクのアイライトが妖しく光る。
標的、ロックオン……やべぇ、次の一撃は、俺じゃなくて首都に向けて放つつもりか。言ってる傍からこれだ。まーた嫌な予感だけ当たるんだからまったくもう!
射線上に割り込む。魔力障壁を展開し、レーザーの侵攻が俺で止まる様になんとか工夫。耐久上限を超えるダメージを受けるときは、どうにも痛覚が遮断されるらしい。熱や痛みのようなものは感じなかった。のだが……代わりにいいようのない違和感。なんだろう、こう、常識と現状の格差に脳が不満を漏らしているというか、有体に言えばすごい気持ち悪い。ゼリーの中に全身を突っ込まれたような感じ。
十秒ほどで照射は止まった。ふぅ、流石に慣れてきたな真っ黒こげの自分にも……いや、絶対なれちゃいけない類のものなんだと思うけど……って、
「え゛っ!?」
カエルの潰れたような、変な声が零れ出る。
目の前に、銀の天使の姿があった。飛行魔法による加速は停止の気配を見せない。待って、追突してくんの!? 嘘だろ!?
『Kiryyyyye……!!』
「がッ……!!」
彼我の距離、完全に消失。全身を揺さぶる衝撃が、三半規管をおかしくし、ついでに意識も刈り取らんとしてくる。なんとか踏ん張って抵抗を試みるも、展開した鳥のそれを思わせる脚部が、がしゃり、と音を立てて三本爪のクロー・ユニットを形成、俺のギア・フレームをがっしり捉えて離さない。
アプラ・エディナの城壁と、エンブレーマギアの背面装甲が埒外の威力で激突。ルキフグスの膂力の分こちらが勝っていたのだろうか。城壁は粉々に粉砕され、俺と彼女はその姿を保ったまま。
そのまま地面へ着弾、がりがりと酷い音を立てながら、舗装された道路を破壊していく。ちょくちょく住民の叫び声が聞こえるのだが対処ができない。全身が動かないのだ。完全に固定されている。
余裕ができたのは、見覚えのある倉庫に着弾したあとだった。引きずりまわしはその衝撃を以て終了、ぱらぱらと零れ落ちる壁の残骸に、俺は抑えきれない呻き声を吹きかけた。
畜生、学習性能が高い……こいつ、対首都砲撃を陽動に使いやがった。
俺の行動パターンから解析したのか、それとも「目の前の人間ならこうするだろう」、と性格を推測したのか。どちらにせよ驚嘆すべき行動だ。ますます機械っぽくない。こいつに乗せられてる人工頭脳はよほど高性能とみえる。学習し、次の一手を読み、進化する。生命の本質、本道を、このからくりの天女は理解しているのだ。
その成果をもって、対戦の相手がどのような動きを取るのか、彼女は完璧に読みきってみせた。起こすかもしれない、しかしこれまで起こさなかった、「戦闘を無視して当初の目的を果たそうとする」、というアクションを起こしてみせた。そこへ思慮の足りない俺がまんまと引っかかった、というわけだ。
鳥の顔を思わす頭部装甲、ピンク色に光るツインアイが、楽し気に笑ったように思えた。
こんな状況だっていうのに、自然とこっちの頬も緩んでしまう。
「やっぱり頭が良いなぁ、お前は……!」
くそーっ、このいたずらっ子さんめ。今日という今日はお仕置きだかんな……!
言ってから、はっと気づく。
なんで今そう思った? 俺、別に『ルキフグス』のカタログスペックとか個体差とかまるで知らないんだけど……ましてや個人……個人? とにかく一機ごとの性格なんて把握しているわけもない。まぁいくら三百年前には量産されて、編隊を組んで空を飛んでいた、とは言えども、仮想頭脳を持っている以上、多少の違いは出てたんだろうけど……。
なのに今俺は間違いなく、このルキフグス自身に対して『頭脳明晰』『いたずらっ子』という特徴と、『恵まれた思考を全部いたずらの為に活用する』その行動パターンを、最初から知っていたかのように思考してしまった。
あれかな、なんぞ似たようなメカ娘でもアニメで見たかな……?
うーん、答えが出ぬ。まぁ考えても仕方ない、今は迎撃に注力しなければ。
でもどうすればいい?
距離を詰めても向こうの機動力には追い付けない。開いてしまえば魔法攻撃や、今みたいな無理矢理白兵戦に持ち込まれて行動を縛られる可能性が出てくる。
ああくそ、考えがまとまらない。見切り発車もここまで来ると色々デメリットの方が顕在化するな……!
おまけにさっきからいやーな感じ。専用バイザーの、不完全ではあるが一応機能する索敵機能を使ってみれば、アプラ・エディナの端っこから、出撃しかけのエンブレーマギアを複数確認。友軍反応――それも識別コードは隊長格。バルアダン共和国の最強戦力が、突如として出現した未知の怪鳥を前に抜刀した、というわけだ。
『Kiry……』
ルキフグスも、その気配を察知したのだろうか。唸る様に呟くと、ふわり、と空へ飛び上がる。描かれる魔導砲の術式。人々の困惑と恐怖の悲鳴が聴こえてきた。いかん、これこのままだと逃走する人達で大騒動だぞ。
当たり前っちゃ当たり前だ。あの変態挙動と、禁忌とされた技を駆使するおかしな物体が、突如として首都に飛来したら……戦士に非ざる人々がパニックに陥ることなんて、想像しなくてもすぐ分かる。
まずいな……本当にまずい。もしそうなったら、ギア部隊は一層ルキフグスとの戦闘を早期に完結させたがるだろう。セトが予言した通り、複数部隊でこいつを取り囲み、袋叩きにするかもしれない。
そのとき、内部に囚われている芽音の安全は全く保障されないのだ。彼女を救うためには、俺がルキフグスを倒す、それしかない。
……第一、約束したしな。俺が絶対にお前を取り返す、って。
しかし弱ったな……タイムリミットができちまったのが大分痛い。何かこう、近距離にも遠距離にも対応できて、隙をつき、ついでに一撃必殺をかませるような感じの兵装……我ながら酷いオーダーだ。そんなぼくのかんがえたさいきょうのギア・スケイルみたいなモノが、この世にあるわけ――
「……パイセン!? 春風パイセンじゃないですか!?」
そんな時だった。
底抜けに明るい声が、珍しく焦りと困惑を含んだ音色で、俺の名前を呼んだのは。
再生しかけの上体を起こし、声の出所を探る。すると瓦礫の向こう、工業用ギア・スケイルに身を包んで駆け寄ってくる、黒ぶち眼鏡の少女が一人。
「……綾鷹!?」
「なんでこんなところに……というか今までどこへ……ってかそもそもこの状況はそういうことで!?」
崩壊した壁と吹き飛ばされた機材を見渡し、綾鷹は目を白黒させる。あー、まぁ彼女にとっては寝耳に水というか、青天の霹靂というか……見た感じメンテナンスの手伝いしてたところみたいだしなぁ。他の作業員の人はでてこない、ってことは、居残りでもしてたか、あるいは趣味でやってただけか……。
綾鷹の趣味といえば、ドラゴニック・ウィングは借りて行って本当に正解だったな。これがなかったら正直、ルキフグスに追いつけてない可能性があるし……俺の持ってる装備の中じゃ段違いに性能が高いんだよなー。親機のクロウの方は一体どんだけハイスペックなのか……ん? いや、待てよ?
「――そうか、それだ!」
俺はスラスターを無理矢理噴かせると、綾鷹の目の前まで飛翔、そのまま襲い掛かる様に彼女の肩を掴む。怖がらせたか。びくり、と全身を震わせ、眼鏡の奥の瞳が大きく開く。すまん、でも今はお前に気を使っている暇がない!
「綾鷹、ドラゴニック・クロウはどこだ!?」
「え? えっと、あっちのハンガーに……というかパイセン酷い怪我じゃないっすか、あとそのフル・フレームはどういう!? ちょっと解析、解析させてください!」
「後でな! あと怪我はほっとけば治るから大丈夫!」
メカニックらしくちょっと煤けた、でも女の子なんだなぁ、と思わせる細い指が、彼方の方角を指し示す。それを見た瞬間、俺はドラゴニック・ウィングの方形バーニアに魔力の火をともしていた。
程なくして、目当てのものは見つかった。丁度調整作業が終わったばかりだったのだろうか。だらり、と吊るされたそれは、丁度コネクト・パーツを露出させていた。
乗り込むように、その装甲を身に纏う。伸びた接合機をフレームの表面と合体させれば、どくん、と脈打つような奇妙な感覚。なんだろう、体内の奥の方が妙に熱い……再生のときと似たような感じ。スキルが持ったエネルギーが、そのままギアへと伝わっていく、ような――!
「ぉ、ぉ、お、ぉ、お、おおおおオオオオ……ッ!!」
叫び声を上げる。
呼応するように、ドラゴニック・クロウは『食われた』。
初期状態のマッドブラックから、正規軍カラーのモスグリーンへと塗り替えられていた装甲。それは俺のフレームと同じピアノブラックへと、再び変貌を遂げた。爪部分はクリアブラックへ。魔力の光が薄く灯り、いっそ美しさすら感じさせる。
同時に、元々装備されていたドラゴニック・ウィングが、クロウの翼型スラスターと干渉、驚くべきことに融合を開始した。再生に呑み込まれた、ということだろうか……? なんにせよ、今は気にしている場合ではない。
ハンガーラックから、エンブレーマギアを切り離す。
どうしたことだろうか、驚くほどぴったり馴染む。まるで最初から、この武器が俺と、俺のエンブレーマギアの為に作られたかのよう。
もう何年も、何十年も前からこの力を扱っていたのだと錯覚するほどに、自然と身体は動いていた。
二対四枚の翼型スラスターを噴射。一瞬にして俺の視界は、閉じられたガレージの空間から、どこまでも広がる大空へと移り変わっていた。出力が段違いだ……ちょっとオーバー過ぎる気さえする。
太陽は既に、傾き始めている。夕暮れ――逢魔が刻の空が、ルキフグスの鏡面装甲を赤く照らしていた。目立つなぁお前。遠くから見ると、凄い綺麗な形をしてるんだな。模型好き魂をくすぐらせてくる、というか。
……いつか、自作キットでも作ってやりたい気分になってくる。どうしてだろうなぁ……変に感傷的になって来ちまった。
「お仕置きの時間だ悪戯娘……! そこに気を付け!」
クリアブラックの鉤爪を、白銀の翼へと突き立てる。
『Kiryyyyyyyeee……!?』
「捕まえたぞ……っ!」
驚愕の叫びをあげ、もがくルキフグス。ああどうしてだろう、『こいつ』と、前にもこんなことをしたような気がしてくる。ずっと、ずーっと前だ。そのころは毎日、彼女の悪戯を見つけては、二人で笑いながら追いかけっこをして……。
……なんだろうな。やっぱり、俺も混乱してんのかな。
まさか異世界転移のお約束、『前世が実は異世界人』、なーんてのじゃあるまいし。
でもこの記憶から零れだす言葉は、もしかしたらそうなのかもしれない、と思わせるには十分すぎる。そして本当に、俺とこいつになんらかの面識があるのなら。
やっぱり、幕引きは俺の手でする、っていうのは、正解な判断だったな、と思うんだ。
両腕に、魔力を込める。竜烏の剛腕は、本来なら弾丸を打ち出すためのそれを、『彼女』のそれと同じ、強烈なレーザーへと変換していく。
ルキフグス自身も、何か感じたのだろうか。もう、抵抗の素振りを見せない。
ああ畜生、やっぱりこいつ、機械じゃなくて生き物なんだよな、きっと。こんなに素直で、健気で……ただのメカにできる挙動じゃねぇよ。
だからさよならは、この言葉で。
「お疲れ様、『カノン』。ゆっくりお休み」
零れだした名前は、多分記憶の奥底から。それは過去の『彼女』の瞼を閉じて、現在の芽音を呼び覚ます言葉、なのかもしれなかった。
ドラゴニック・クロウが火を噴く。
共和国軍の魔導砲、その限界を突破するべく『魔砲少女』に研究を委託された最強装備。規格に照らし合わせるなら、これまで0.4が最大とされた口径を大きく上回る、0.6キュビト。
魔導砲、『ドラゴニック・ロア』。共和国規格では弾丸が打ち出さるはずだが、何故か今は、これまた共和国の緑色のそれとは違う、純正、深紅の魔力光を持ったビームを噴き出し、まるで光の剣であるかのように、輝く天使を貫いた。
『Mas、ter――』
紅い方向の向こう、明滅するカメラアイが、こちらを見たような気がした。なんだ、と答えてやることは、できなかった。
『Ai、shite……』
だってその言葉が、銀の天使の最期となったから。彼女はそれ以上、言葉を紡ぐことはなかったから。
閃光。大気魔力を乱すほどの、膨大な量の魔力が荒れ狂う。ルキフグスの体内に蓄積されていたものが、ドラゴニック・ロアに引火、爆発したのだ。装甲版が粉々に砕ける。ばち、ばち、という重い音を立てながら、天使の模造は崩壊していく。
荒れ狂う焔を掻き分ける。その奥、いるはずの芽音に向かって手を伸ばし――
「先輩……!」
「芽音!」
内側から応えた、細く白い手が、俺の手をぱしり、と掴んだ。
引き上げる。軽い体を抱きかかえると、何も言わずにスラスターを噴射。すぐさまその場所を離れる。
直後。
アプラ・エディナの直上に、深紅の花火が咲いた。
三百年を生きた鋼の戦乙女。彼女が遺した、命の輝きであった。




