第二十三話『本来、約束は守るためにあるわけだから』
「うぉらッ!!」
ルキフグスの銀色の装甲、その表面を、全霊を込めて殴りつける。素人のへなちょこパンチではあるが、エンブレーマギアは馬鹿正直に威力を強化、何の芸もない純粋な身体強化が、そのまま原始的かつ最も効果的な暴力となって機巧の天使、その鎧を打ち砕く。よっしゃできた、ガラッゾさん直伝、鉱山の壁をぶっ壊す二十三の方法その六、『取りあえず全力で殴る』! いやぁ、出力不足かと思ったけど、意外となんとかなったな。もろに攻撃を喰らったルキフグスは、細い悲鳴と共に停止。空に浮かんだままなのがちょっと不気味だな……姿勢制御の系統が思考回路とは別なのか?
ひび割れ、破片をまき散らすその奥。なんかこう、エイリアン映画に出てくるナマモノ系の戦艦を思わせる、機械と生体が混じったような構造。銀色の生体装甲の隙間、魔力と思しき青い光が、血液のようにパイプを通ってどこかへ消える。その出所を辿れば……見えた、マジモンの天使。芽音だ。ギア・フレームが見える。強制的に展開させられてる? やっぱり魔力の供給源になってるのか。
ってことは状況は大分やばい。あれだけの大規模な魔法だ。無理矢理吸い上げられてるなら、魔力枯渇で精神の方も持たないだろう。
驚きにその可憐な顔を染めて、芽音は掠れた声で問う。
「先、輩……どうして……」
「あー、まぁ、色々あってな」
うー、なんか思い出したら恥ずかしくなってきたぞ。
時間は数刻前まで遡る。
洞窟の片づけ、及び爆破用魔導ダイナマイトの設定は、想像よりも素早く終了した。俺たちは荷物を纏めて第一鉱山に集合、そこから別の鉱山に続くトンネルを通っていく……そういう手筈になっていた。
のだが……まぁ、付いて行くわけないよな。当然だが、直前で俺は踵を返した。エンブレーマギアを展開し、荷物をそこに投げ捨てて。
「待て、ハルカゼテメェ……どこに行くつもりだ」
「芽音を追いかけるに決まってる。他に何かあると思いますか」
地の底に響く様な、セトの恫喝を思い出す。結構本気で怖かった。よく言い返せたなこの時の俺、と、今更ながらちょっと感動。
「止めろ。これ以上『ルキフグス』と戦闘する人間を増やしても意味はない。今は一人でも多く生き残る方が重要だ」
「あんたは!!」
でも多分、それが出来たのは全部、芽音のお蔭。
攫われたのが芽音じゃなかったら、ここまでの勇気はもらえなかったかもしれない。というより芽音のことを助けたかったから、自分よりも強大な相手に、無謀でも立ち向かう決意ができたのだと思う。
「あんたはそれで良いかもしれない。自分たちの身の安全と隠蔽を優先していればそれでいいかもしれない。これ以上人命を損なう可能性を徹底的に潰していりゃいいかもしれない。けど俺にとっては違う!」
だって俺にとって大事なのは芽音だ。言い方は悪いけど、数週間一緒に過ごした『だけ』の異世界人たちじゃない。凍月芽音、三年間一緒に毎日を過ごしてきた、唯一無二のパートナー。彼女の方が、まだ名前も性格も覚えきれてないようなノインローカの人間たちよりよっぽど大切な存在なんだ。
ギリ、と歯を食いしばる、セトの憤怒の表情が忘れられない。鬼の形相、って多分ああいうことを言うんだろう。いや、セト神は鬼じゃなくて戦いと嵐の神、ツチブタの頭にジャッカルの首、人の身体に英知の植物の尾を持つ魔神なわけだけど。
正直、そっちは全然怖くなかった。
「抑えの利かねぇガキが……!」
「抑えの利かねぇガキで結構。抑えすぎて何も見えなくなったあんたよりは、よっぽど自分の方がマシだと俺は信じるね!!」
芽音を助けるなら、人類を滅びの淵に立たせた魔物とタイマンしなくちゃいけねぇんだ。今更鬼だか戦神だかそんな不確かなもんを怖がってる暇なんかあるわけない。
「……というわけで、喧嘩別れしてきちった。てへぺろ」
「……何ですか、それ……」
弱弱しい苦笑が返ってくる。体力の方も大分盗られてるな、これは……やっぱり共和国軍に任せなくて正解だった。
「やっぱり、馬鹿ですよね、先輩。そんな風に無理して、自分が死んじゃったら……本末、転倒じゃないですか……」
まぁ、追手とかそういうのがくる可能性をまるで考えたりはしなかったな。殺してでもお前を止める、みたいなことになったらアウトだったわけだし……結局なかったわけだけどな、どっちも。セトのことだ、離脱した俺の事など、当の昔に『仲間』の範囲から外しているのだろう。あの場所に戻ったところで、もう受け入れてもらうことはできないはずだ。
「嫌ですよ、私……先輩のこと、愛せなくなるの……先輩に、愛してもらえなくなるのも……」
「馬鹿はお前じゃい」
すぺしっ、とその真っ白いおでこにデコピンをキメる……ことは、ちょっと距離があって無理だった。あとギアのマニュピレーターちょっとデカイから上手くこういう動作できないんだよな。地味に不便だなこいつ。
「あのな、俺そもそもスキルの効果で死なねぇからな。大体無事だし、ほらあれだよ、もう何も怖くない的な……あれこれ死亡フラグじゃね?」
「もう……先輩は、いっつもそういうんです、から……むしろ不安に、なっちゃうじゃないですか……」
くそ、台詞選択をミスった。やっぱ安易なパロディは場面を和らげてくれねぇな。
えーっと、なんか芽音を安心させるようなこと……畜生、コミュ力が低すぎてさっぱり思いつかねぇ!
がりがり頭を掻きむしる。と、その時。
「あっ――」
「うぉっ……!?」
ガウン、という重い音。見れば、衝撃で機能を停止していたルキフグスが、己の意識を取り戻したのだ。
芽音が苦し気に息を吐く。頬を上気させ、喘ぐようにか細い悲鳴を上げた。苦しんでいる……魔力を吸われてるのか。いや、それだけじゃない……?
「だ、大丈夫か!? どうした、何が起こってる!?」
「せ、んぱい……私、もしかしたら、消えちゃうかもしれません……この、『魔物』、ですか? 彼女、魔法を使う度に、私の精神を浸食してくるんです」
マジかよ、という言葉は出てこなかった。正直、予想していた話ではあるから。
魔力が枯渇すれば、意識はぼやけ、途切れ、自らを構築する『殻』のようなものが亡くなっていく。ルキフグスは芽音から直接魔力を奪い取っているわけで、ならばそこの経路を使って逆に自らの思考を流しいれているのではないか、と。
見た目完全にただのモビ〇アー〇ーだし、どう見ても生物感ないけど……『彼女』は魔物だ。多分一種の人造生命とか、そういう位置づけになるんだろう。己の意識を持っていてもおかしくはない。
「もしかしたら、私が私じゃなくなっちゃうかも……そうしたら、私、先輩の好きな私じゃなくなっちゃうんじゃ――」
零れる声は酷く不安げで、助けを求めているようで……いいや違う。彼女が欲しいのは『答え』だ。推測でしかない、幻みたいな繋がり、希望じゃなくて、ちゃんとした形になった、目に見える絆。
俺がどんな彼女でも好きでいる、という、証明。
精一杯に格好つけて、鷹揚に頷いて見せる。
「安心しろ。お前がルキフグスと混ざり切っちゃっても、俺は芽音のこと、好きでい続けるよ。なんならお前の方だけ見分ける技術とか見につけるし……一体化したあとの芽音のほうも、多分愛せるんじゃないかなぁ」
「――本当、ですか?」
「本当だよ。ほら、言うだろ『恋は盲目』、って。好きな相手がどんな新しい側面を獲得しても、何だかんだ受け入れられちゃうもんなんだぜ、多分」
多分、だけど。
流石に人格ごと別人になったら首捻らざるを得ないかもしれねぇけどな……ガワが一緒なら同一人物なのか否か……ぐぬぅ、テセウスの船理論とも関連する、永遠に答え出なさそうな命題だなこれ。
「どんな状況でも、どんな場面でも、どんなことになっても、私がどんな風になっても――帰って来て、私のこと、愛してくれますか?」
「おう」
「本当に?」
「おう」
「先輩にいっぱい酷いことしても愛してくれますか?」
「これまで散々罵られてるんだし何をいまさらって感じ」
「バラバラになっても愛してくれますか?」
「えっ!?」
そ、それは俺がってこと? それとも芽音が、ってことか!?
どっちにしろ結構難易度高いぞそれ。爆発四散したら流石に死んでるだろ。いや俺は死なないっつーか死ねないけど……。
応えあぐねていると、柔らかそうな頬が、むっ、と膨らんだ。ああ、マイエンジェルがご機嫌斜めに。
「……私が死んだら、愛してくれないんですか。見損ないました。先輩は彼女が死んだらすぐに新しい恋人をつくるような最低な人だったんですね。私は死ぬまで先輩一人を愛すると心に決めてるのに……」
「う……いや、そういうつもりの間だったわけじゃねぇけどさ……」
正直いつまでも引きずる自信があるし……くそう、肉塊に恋するタイプの異常性癖は持ってないぞ俺。身に付けねばならんというのか。
まぁ芽音も、別段その質問で俺を困らせるつもりもなかったのだろう。すぐにふわり、と、表情を和らげてくれた。
「……冗談です」
「いうと思った」
「死ぬまで先輩一筋、っていうのは本当ですよ?」
「それは嬉しいな」
「だから先輩にも私だけを愛してほしいです。やっぱり変わっちゃった私じゃなくて、私だけを取り戻して、私だけを見てほしい」
「……ん。頑張ってみるよ」
二人で笑い合う。ここが戦場だということを忘れてしまうほど、いつも通りの平和な時間。
でもそれはいつまでも続かない。いつまでも続かせるために戦っているのだから、現状がそれと真逆なのは当然の道理だ。芽音の身体がびくんと跳ねる。その黒い瞳に銀色が混じり始めた。ルキフグスとのリンク再開――見れば深紅の魔法陣が、またその姿を現し始めていた。
「……先輩。時間、みたいです」
「ああ」
「私のこと……取り戻してみせてくださいね」
「おう」
「絶対ですよ? 信じてますからね? 約束ですからね?」
「任せとけ」
後半になるにつれて、彼女の声は湿度を帯びていく。反対に俺の声は、どんどん硬さを増していく。泣きそうな彼女に、心配するなと。大丈夫だからと伝えたくて。
しっかりと、今度は冗談でもなんでもなく、頷いて見せる。
「約束する。絶対に……バラバラになっても、お前を取り返す!!」
その言葉を聞くと。
芽音は、安心するように薄く微笑み、瞳を閉じた。
同時に、彼女の姿を隠すように、ルキフグスの胴体装甲も再生を完了させる。空に描いた真っ赤な魔法陣のサーキットが、芽音の魔力と大気魔力とを混ぜ合わせ、喰らい、輝きを放つ。ちりちりと焼けるような感覚。俺の本能が、避けろ、防げ、どこかへ行け、この攻撃を受けたらまずい、とガンガン警鐘を鳴らしてくる。
――うるせぇよ。
そんな生存本能に従ってたら、俺が芽音を助けられないだろうが。俺の芽音を助けられないだろうが!
『Kiryyyeeeeee―――――!!!』
白銀の天使が、大天に向けて焼却宣言を歌い放つ。
魔法陣が火焔を吐いた。それは即座に収縮し、炎よりもなお強い光、太陽フレアのそれにも似た極太のレーザービームへと変貌した。
「ぐ、ぅ、うぅぅうう……ッ!」
当然だが、目の前に浮かんでいた俺には直撃である。
叩きつけられた灼熱は、俺の身体が存続できる限界を超えていた。耐えきれなくなった四肢が、ぐちょぐちょのどろどろになって焼け落ちる。傷口は炭化し、通常医療じゃどうにもならないだけのダメージを見せつけてくる。うぇっ、こんな時だってのに気持ち悪くなってきた。やっぱ自分の身体がダメになるのは見てて気持ちがいいもんじゃねぇな。
でも、不思議と危機感も、襲ってくるはずの激痛も感じなかった。それは受けた魔法が、俺の耐久値を余裕で吹き飛ばしたから。俺の身体に宿った固有技能が、それに反応して己が力を覚醒させているから――!
「ぅ、ぬ、ぉ、ぉおおおおおおおぉぉおおああああああッッ!!!」
喉の奥から、ありったけの気合を絞り出す。まるで時間を巻き戻すように、溶け落ちたはずの両手両足が再生する。火傷はおろか、なんのダメージも見られない、まっさら完全に健康状態の肌だ。あれ? なんか再生前より綺麗になってるまでない? やだ、スキンケア&アンチエイジング効果までついてるのかしら……?
……っと。冗談はここまでにしておかないとな。
全身から魔力をかき集める。エンブレーマギアを起動。スキルによる再生を終えた後は、ギアの耐久値および耐久限界によるリキャスト・タイムもリセットだ。アイヴィーさんが連続出撃のデメリットと、メンテナンスの重要性についてぐちぐち言っていたことを思い出せば……なんというか、つくづくとんでもないスキルを貰ったもんだな、俺。
おまけに今度こそ、気のせいじゃないことが分かった。何が、って……そりゃぁ、俺のギア・フレームについて、だ。セトの率いる第一部隊と最初にやり合ったとき、ギアの展開率が上がってるような気がしたことを思い出す。あのとき、盾代わりに展開したピアノブラックの外骨格は、以前よりも肥大化し、出力も上がっていたように思えた。
今はあの時の比じゃぁない。『思えた』なんて騒ぎとは違う。明らかに展開率ごと上がっている。
俺の腕だけを被っていたはずのギアは大きく延長し、肩口近くまで伸びている。腰に展開するスラスターは大型化、背中部分に迫るジョイント・パーツが形成された。荒山から探し当てた『ドラゴニック・ウィング』は装備位置を変え、このパーツと接続を果たしている。
さらにそのスラスターから、背中、胴体、首、そして頭部を守る様に、中世鎧の防御範囲をなぞる様なプレート・アーマーが伸びる。特に後頭部の装甲は、そのままバイザーを生成していた。通信……はまだ使えないみたいだけど。
注目するべきは脚に新たに形成されたスラスター型の装甲と、大型化した両腕パーツだ。特に後者。工業用のギアを思わせるサイズの巨大マニュピレーターが、指先を禍々しいクロー・タイプに歪ませて展開されていた。
フル・スケール。エンブレーマギアの完成系を、俺は今、纏っていた。
それもアイヴィーさんやセトのそれとは、なんかこう、形状がちょっと違う。なんだこれ、どうなってるんだ……?
そもそもどうして急に、ギアが成長を遂げてるんだろう?
……まぁ、考えるまでもない、と言われればそこまでだ。実際、理由に見当はついている。
スキル、『御身よ、どうかとこしえに』。
宿主に無限の耐久力を約束するこの固有能力、その再生機能は、ただ体を復活させるのではなく……『イメージ通りの形に』再生するものなのだ。
人間の身体そのものを改変するのは難しい。どんな生物でも、意識ある限り己を規定するアイデンティティってもんがある。自己定義、というやつだ。これが消えれば、その人間の『我』はなくなる。魔力枯渇による意識消失にともなって、芽音の認識がルキフグスのそれと混ざったのと同じ原理。だから人間は、自分のアイデンティティを維持しなくてはいけない。維持しなくてはいけない以上、たとえば見た目を大幅に変えるイメージは、自然にはつきにくいはずだ。少なくとも俺はそう。こう……たとえばマッチョになった自分とか、美少女化した自分とか、あるいはまるで違う人間や、それこそ別の生き物になった己の姿は想像できない。だからこのスキルは、俺の肉体、耐久値の限界を迎える前の自分を忠実に再現し、蘇生させる。
だがエンブレーマギアは別だ。
エンブレーマギアは、スキルの力で強くなる。よりその方向性に、使い手が辿るべき『道』の形に、近づいて行くように姿を変える。要するに、アイデンティティの殻を打ち破って、どこまでも際限なくイメージ通りに成長していくのだ、俺のギアは。
己のイメージを、あるべき姿を、理想の力を、今求めている最善の状態を、完璧に読み解いたかのように『進化していく』――。
熊手かなにかのように、大きく曲がったマニュピレーターの爪を見つめる。これであの装甲を掻き分け、芽音を奪い返せ、ということだろうか。それを俺の深層心理が望んだ、ということだろうか。
上等だ、やってやる、きっと俺にこのわけのわからん能力が、何の前触れもなく、文字通りずるをしたかのように授けられたのはこの時のためだ。
俺は両腕を緩く構えると、次の魔法をチャージする『ルキフグス』に向けて、増設されたスラスターを噴かした。
閃光が、弾ける。
芽音を取り戻すための戦いが、始まった。




