第二十話『問題を先送りにしても、それが解決することは多分ない』
まず、はじめに抱いた感想は、「そんな馬鹿な」、という驚きだった。何でこんなものが埋まってるんだ、という困惑、そもそもどういう経緯で埋まったんだ、という無意味な推理、それから、何のために埋められたのか、という、疑問。
それからしばらくも経たないうちに、「いや、別に変なことじゃないか」、と納得してしまった。ここは異世界。俺の本来持っている常識が通用しなくてもおかしくはない。これまで散々事経験してきたお約束ごとに照らし合わせてみれば、なんら不思議なところはない。
そう――第三鉱山、ギア・スケイルの素材となる魔導鋼、その採掘現場から、明らかに『完成品』と思しきメカが発掘されてきたことも、そういうお約束ごとのうちの一つとして処理されてしまったのだ。
いや、何を言ってるのか分からないとは思う。俺も良く分からない。よく分からないから、『お約束ごと』として無理矢理納得することにしたのだ。ほら、あるじゃん? 宝箱開けると最強装備一式揃ってる、みたいな。ああいうノリなんだろうな、と。
あとはほら、何度も例えとして挙げてる某リアルロボットシリーズ。おひげはありますか? ありません!! なやつの主人公機も、確かこういう風に埋まってる土偶的サムシングだったし……ある種模型部であるところの俺にとっては、慣れ親しんだ光景ではあるのだ。実際慣れてはないけど。いやほんとなにこれ。
「ギア・スケイル……でしょうか?」
「にしてはデカすぎね? ちょっとした大型動物くらいあるぞこれ」
もし本当にスケイルなら、少なくとも人間用じゃないことだけは確かだ。ガレージ内でも、図書館で読んだ歴代のスケイル百科事典でも見たことないし……むしろこんなの装備できるだけの巨大なギア・フレームを展開可能な人間の方が、この世界には存在しないだろう。だってどう見てもフル・フレーム三個分くらいのコネクト・パーツ必要なんだもん。あれか? まさかの複座式ギア・スケイルとかそういう感じの兵装なのか?
第一部隊、技術班のメンバーたちに囲まれて、銀色の巨体が鎮座していた。
大きく翼を広げた、鳥か、あるいは天使のような彫像。スラスターのような機構が見て取れるが、明らかに現行のスケイルとは規格が違う。本物の翼のように構築された、羽型パネルの一枚一枚、その裏側を、薄い排熱フィンみたいなパーツが覆っている。なんというか、シダ植物の裏側を見ているような感触。密集形状が本能的嫌悪感を与えてくる。
腕パーツや脚パーツらしきものも見当たるが、そのどちらもが端的に言って『異形』のそれだ。前者はやたらと肥大化しているくせに、後者は異様に小さい。脚なんてただの飾りですよ、という開発者の心の声が聞こえてきそうなほどだ。あれでは歩くこともままならないだろう。完全に飛行特化、っていうことなんだろうか?
それに……これは個人的な見解、全くの主観なんだけど、こいつ、『これ一つで完結している』ように見える。や、勿論エンブレーマギア用のスケイルも、端午の節句用の武者鎧みたいなスタンバイモードにできたりするんだけど……こいつはもっと『単品』感がある。
ギア・スケイルはあくまで、中にフレームと、それから使い手となる人間種族が必要となってくる。特にフレームは必須だ。スケイルだけでは、ただのぶかぶかで重いだけの鎧でしかない。フレームを通して魔力とスキルの力を流し込むことで、通常より軽く、なおかつ硬い、そして特殊な力を備えたパワードスーツが完成するのだ。エンブレーマギアの機能そのものは、フレームの方に備わっているのである。
だが『こいつ』は違う。
確かに内部は空洞になっている。だがそれはあくまでおまけというか、『何かを乗せて動くことができる』だけで、こいつの全機能はスケイルの方に集約しているような……。
「セト、照合終わったぞ」
「……で、どうだ」
「間違いねぇな。大戦時代のロングセラー、『ルキフグス』の最後期モデル……仮想型式MG142-008BTってところだ。ったく、なんでこんな場所に埋まってやがったのか……」
ガラッゾさんとセトの話し声が聞こえてくる。ロボットものやミリタリーものの作品で聞く様な、メカニックっぽい会話だ。色々聞き覚えのないワードも混じってるけどな……仮想型式、ってなんだ? 大戦時代って? うーん、異世界転移もの特有の、現地の歴史に詳しくないと解決できないイベントの予感。
というわけで素直に聞くことにする。芽音と連れ立って二人に近づくと、
「何なんです、これ」
「あん? ああ、最近の若ぇのは知らねぇか」
「無理もねぇ。こいつらの実在に関しちゃぁ、共和国はおろか、人類全体が隠蔽したがってるわけだからな」
……なんかやべーものの気配がぷんぷんしてきたぞ。
人類全体が隠蔽、ってどういうことだ? 人間だけじゃなくて、エルフとかドワーフみたいな人間種族も協力してる、ってことだよな?
この機械の鳥を『なかったこと』にすることは、それほど重大な意味を持っていたのだろう。確かに、ちょっと不気味だもんな……見るからにオーバー技術って感じがする。戦闘用スケイルっぽい見た目をしてる時点で、兵器の類なのは確定だろうし。
セトは鋼の色をむき出しにした、銀色の怪鳥を見据えると、半分くらい吐き捨てるような口調で、告げた。
「こいつはな、『魔物』だよ」
「……魔物……?」
「ああ、魔物。モンスター、ってやつだよ」
「御伽噺に出てくるような、ですか?」
「その認識で間違いねぇ」
思わず、芽音と顔を見合わせてしまった。え、なにその予想の斜め上の回答は……。
魔物ってーと、あれだよな? スライムとか、ドラゴンとか、そういう?
機械の鳥に視線を移す。うーん、とてもじゃないけど、ダンジョンでドラゴンがどひゃーな感じのサムシングにはさっぱり見えない。どう見てもメカじゃん。生き物要素皆無じゃん。
でもなぜか、不思議と納得している自分もいる。コアとなる生物を必要とせず、自らの意志で、自らを律し、自らその力を振るうマシン・バード……俺の受けたその印象は、多分全く的外れなものではなかったのだろう。
それに……これは芽音が、『御伽噺に出てくるような』、と言ったことで気が付いたことなんだけれども。というか、なんで今まで気が付かなかったんだろう? それこそ、異世界もので最大級のお約束だろうに。
――この世界には、俺たちがイメージするような、オーソドックスな魔物が一匹もいない。
それどころか、魔物に関連しそうな要素までまるごとない。内部が異界に通じていて、見た目よりも広いダンジョンがある、みたいなこともなかったし、そこにやべーボスがいて仲間たちに見捨てられて……みたいなイベントも起きなかった。モンスターの典型みたいなゴブリンやオーガ、オークにコボルドは、亜人種という『人間の一種』と扱われていた。
最初からこの世界には、俺たちがファンタジーと聞いて真っ先に想像するような魔物が、どこにもいなかったのである。
それは恐らく、そういった存在の全てを、この機械の怪物が肩代わりしていたからなのだろう。この世界にとってモンスター、幻想種の類とは、すべからく鋼の怪物を指し示すのだ。
しかし……だとするなら、どうして魔物、なんていう名前が付いているんだろう? ここまで動物と乖離した見た目をしてるなら、もっとこう、エンブレーマギアみたいな特徴的な名前がついてても可笑しくなさそうな気がする。モ〇ルアー〇ー的な。うーん、一番対応しやすい日本語、って解釈されただけのような気もする。
「それにしても随分古い規格だなぁ。スケイルに流用するのは無理そうだぞこれは」
「おやっさん、職人魂が疼くのは分かるが、こいつぁ三百年前の遺物だぜ。流石に転用は無理だろ」
さ、三百年前!?
嘘だろ、どう見てもそこまで古いシロモノじゃねぇぞこいつ。古くても十年、素人目から見れば新品のようにさえ見える。だからこそ、こんな変なのが『埋まってた』っていう事態に首を捻ったんだが……。
いや、待てよ?
三百年前……どっかで聞いた数字のような。
「人類を滅ぼしかけた魔導の兵器に対抗するべく、人々が団結し、立ち上がった、ノインローカ最大の戦争……『対魔物大戦』、か……」
「一時期は人類同士の戦争を誇張した、ただの伝説かなんかだと思ってたが……まさか本当に、こんな巨大ギアみたいなやつと戦ったとはなぁ……ご先祖さんも大変だったろうな。生き物なのか人工知能なのか分からないやつと争うのは」
それだ!
転移初日、飛行艇の中でアイヴィーさんから聞いた話だ。かつてノインローカで起こった大戦争、それを機に魔法が封印されることになった、って……純粋に考えるなら、この機械の怪物を滅ぼしつくすために新しい魔法を開発し続けたら火力インフレして、軍事転用を避けるために凍結した、とかそういうことだったんだろうか? うーん、なんか一理あるような気がしてきた。インフレした魔法を使わせないために封印、って一種の王道展開だしな。
「そんな危険なものなら、どうして坑道なんかに埋めてあったんでしょうか? 解体するなりなんなりするべきだと思うのですが」
「魔物だし、ダンジョンに棲んでても違和感ないけど……まさか三百年前の人がそんなジオラマ趣味みたいな考え方で放置したわけもねぇしな」
古きノインローカの人類に対してモノ申す芽音。まぁ、よく考えればそうだよなぁ。人類を滅ぼすほどの被害を引き起こしたシロモノなんだ。解体、っていうのか殺処分、っていうのかちょっとよくわかんないけど、どっちにしろ再起動はできないようにするべきだったよな。
そんなことを考えて、合いの手を入れたのだが。
反応は予想外の所から来た。ぐるん、と、セトとガラッゾさんが俺の方を見据えたのだ。目つきが怖い。やたらギラギラしているというか……なんだ、何かを、恐れている? 今の俺の台詞か? え、何か俺おかしいこと言った……?
「……ハルカゼ。テメェ、なんでそう思った?」
「だって魔物って言うからには生き物を模してるわけじゃないですか、一応。こう、メカニカルモンスター的な……だったらダンジョンに棲んでるのが相場なのかなぁ、って」
言った後で気付く。しまった、セトたちは俺らが異世界から召喚された人間だ、ってこと、知らないんだった。そりゃこんな話しても分かるはずねぇや。アイヴィーさんなら「ふーん、そっちではそうなんだ」って頷いてくれただろうけど……やっぱむさいおっさんとは話が弾まねぇな……。
と、思っていたんだが。
「――まずい」
彼の反応は、想定外に緊迫したものだった。ぶわっ、と汗がふき出す様子、もしかしたら今初めて見たかもしれない。
「総員ッ退避ィィィイイイイイ!!! そいつはガラクタじゃねぇ!! まだ生きていやがるぞぉぉおおおおおお!!!」
『Krkirkrrrrrrrrriyyyyyyyyyyyyyyeeeeeeeeeeeeeeeeeee―――――――!!!!』
セトが割れんばかりの怒声を上げたのと。
ルキフグス、と呼称された魔物が、硝子の割れるような奇声を上げたのは、ほぼ同時だった。
ツインアイと思しきクリアパーツが、輝きを放つ。がうん、と重苦しい音を立てて、怪鳥の頭部が持ち上がった。
直後、その両腕を中心に、深紅の、何か魔法陣のようなものが形成される。それはぐるぐると回転しながら数を増やし……何だ? エネルギーを……チャージしてる……?
瞬間、それが『魔砲』ではなく、『魔法』だと悟った。
やばいやばいやばい。知識とかお約束とかそういうレベルじゃねぇ。本能で分かる、あれはやばい……!!
「芽音ッ!!」
「きゃっ――」
咄嗟に芽音に覆いかぶさる。直後、俺の背中の数センチ上の辺りを、とてつもない轟音と、なにもかも融解させてしまいそうな、とんでもない灼熱が通り過ぎた。
重苦しい、崩壊の音が聞こえる。地響きと共に、砕け散った天井ががらがらと落下してくる。舞い散った砂塵で視界が悪い。芽音も俺も、酷く咳き込んでいた。うげぇ、砂っぽい……。
「だ、大丈夫か……?」
「はい、なんとか」
芽音の声、やっぱり安心するなぁ……それにしても、一体全体どういう状況だっていうんだ。視界が悪すぎて、聴覚でしか周囲の情報を収集できない。ああくそ、昔から苦手なんだよな必要な情報だけ聞き取るの……地獄耳適性が低いというか……。
『……Mas、ter……?』
……なんだ、今の。
何か……聞いたことのない人の声が、聞こえたような?
それで気付いた。
この惨事を引き起こした鋼の魔物が、こちらをじっ、と見ていることに。
なん、だろう……すげぇ、嫌な予感がする。
その姿が、ヴン、と掻き消える。速っ……ど、どこ行った!?
「――!!!」
ほぼ同時に、腕の中で、芽音が体をこわばらせる。えっ、何、どうしたんだ!?
「先輩、危ない!!」
「え……」
今度は、さっきと逆だった。
芽音の白い手が伸びる。俺をドン、と突き飛ばす。密着していたはずの肌は離れて、彼女の温かさがどこかへ行ってしまう。
――直後。
飛来した銀色の光が、芽音を攫って行った。
文字通り。その内部に開いた空洞へと、彼女を押し込み、去っていく。
嘘だろ、待ってくれよ、どういうことだよ聞いてねぇぞ!!
「てめっ……待ちやがれ!! 返せ! 返せよ! 俺の芽音を返せ!!」
銀色の翼に手を伸ばす。だが『ルキフグス』は応えない。囚われた芽音の声も届かない。
代わりに機械の魔物は、重苦しい音と共にもう一度、あのレーザー砲のようなモノを発射した。今度は横薙ぎではなく、天に向かって。当然、洞窟は崩れ始める。落下してくる岩石から、身を守るうち、その姿を追いかけられなくなる。この野郎……ッ!
崩壊は、なんと五分近くも続いた。
ようやくそれが停止し、俺たちが屈めた身を起こした時、既に洞窟の中に、あの魔鳥の姿は見当たらなかった。畜生、飛翔した、ってこと、だよな……大分やばいぞ、この状況。芽音のことを抜きにして、単純に考えてもさっきの攻撃。あれをアプラ・エディナに一発撃ちこまれるだけで、都市機能は崩壊するどころか国そのものが崩れ去るかもしれん。中等部の生徒達や、混じってる数人のクラスメイト、それに綾鷹やアイヴィーさんも、もしかしたら命を落とすかも――
「そんな、馬鹿な……」
乾き、震えた言葉。掠れぎみのセトの声が、俺の意識を無理矢理現実に引き戻す。さっと上げた顔が、すぐに曇ったのが自分でもわかった。
だってそれ以外にできることなんてあるものか。この状況で、別の表情なんて取れるわけがない。それができたならそいつは、よっぽど無感動か、恐怖心のない機械みたいなやつだ。
鉱道は、粉々に砕け散り、何日かぶりに見る、太陽の光に中てられていたのだ。いっそ神秘的なまでに光り輝くその塵は、二年間、第一部隊の生き残りたちが過ごしてきた地下世界が、どうなってしまったのかを如実に表していた。
仰ぎ見る。広がる青い空は午後のもの。もうそんな時間なのか、という驚きは出てこない。むしろ、そんなに青い空が見える、ということそのものに、体が強張っていた。逃れることのできない、本能的な恐怖感と、とてつもない後悔の念。こんなことがあっていいのかと、脳が認識を拒絶する。
あとからあとから悔しさと絶望が襲ってくる。芽音、芽音、どうしてここにいないんだ? 俺がさっき、突き飛ばされたせい? どうして俺は――彼女を救えなかったんだ?
それはきっと、『異世界にやってきた』という事実を、どこか物語的というか、言うなればそれこそ『ゲーム感覚』でとらえていた俺に、冷や水を浴びせるような事件。
三百年の時を超え、洞窟の上に乗っていたはずの山ごと、空に向かって穴をあけた魔導の獣は――目覚めと同時に、俺の腕から最愛の姫君を奪っていったのだった。




