第十九話『過ぎていく毎日は歩く様な速さで』
「よっ……こい、せ、……っと」
採掘用のギア・スケイルが装備された、両腕にゆっくり力を籠める。エンブレーマギアが流れる魔力を検知して、俺に通常の数十倍にも上る筋力を授けてくれた。いっぱいに抱えた黒い石たちを、ざらざらと別の器に入れ替えた。そいつをトロッコに移す係の人が持って行っている間に、俺は次の石を回収しに行く。
セトが治める、洞窟内の集落に保護されてから、早いもので一週間が経過しようとしている。一応仮の段階ではあるが、彼らの仲間として暮らすうちに、色々とこの場所の特性も見えてきた。なんというか……ちょっと予想外だ。二年間いろんな場所を転々としていた、って聞くけど、それができた理由、みたいなのがよく分かる。というかむしろ共和国側は、どうしてこの状況に気付かないのだろう、と首を捻ってしまうほどだ。デイヴィッドが情報統制をしているのは分かるが……それだけで誤魔化し切れる規模じゃない。
バルアダン共和国領の地下。あの洞窟を始めとしたいくつかの出入り口を設けたアンダーグラウンドには、巨大な鉱脈が広がっていたのだ。規模は甚大。今俺が作業をしている第一鉱山だけを見ても、その領域はアプラ・エディナの半分ほどに迫るだろう。
しかも鉱山の種別はバラバラ。ある程度の規則性を持って、鉄であったり石炭であったり、なんらかの宝石になりそうな石や貴金属までもが産出される。俺は地質学に関してさっぱり知識がないから詳しいことは良く分からないけど、多分地球の常識とは異なる風景だ。どこか作為的なものを感じるというか……言うなれば、『採掘用ダンジョン』っぽさがあるんだよな、RPGの。特定のマップを掘れば特定のアイテムが手に入るとか、そういう感じ。
ちなみに第一鉱山からは、お察しの通り石炭が採れる。俺の仕事は鉱道の奥深くから採掘されてきたそいつを、入り口の辺りで工業区画行きのトロッコに移し替える作業の手伝いだ。これが結構疲れるんだよなぁ……人間日の光が無いと弱ってくるらしいが、多分それと同じ寸法。黒く大口を開けた道が先へ先へと続く場所で、魔導ランプの光だけを頼りにえっちらおっちら入れ替え作業。単純なわりに力もいるこの仕事は、俺みたいな忍耐力の無いオコサマには大分堪える。ぐぅ……。
と、鉱山の奥から第一部隊の人が出てきた。ズシン、という重苦しい音と共に、姿を見せたのは通常よりも明らかに巨大なギア・フレーム。工業向けのスケイルをごてごてに装備したそれは、ドワーフ族の魔力が編み出す特別なエンブレーマギアだ。ということは操縦者は……あ、やっぱりそうだ。
「ガラッゾさんじゃないっすか。お疲れ様です……資材不足?」
「おう、オウマか。お疲れさん……おうよ。ちょっと蒸気機関向けの石炭が足りなくてな。ちょろまかしにきたってわけだ」
豪快に笑うのは、かつて第一部隊の技術班、その棟梁を担当していた、共和国軍唯一のドワーフ、ガラッゾ・ガルヴァロッゾ。白く豊かな髭を蓄えた面倒見のいい爺さんで、セトたちからは『おやっさん』、と呼ばれていた。普段はギアのメンテナンスをしているが、今日は鉱山採掘の方に来ていたらしい。そういや魔導と蒸気機関を組み合わせた新兵器を開発してるとかなんだとか言ってたな……どうなんだそれ。
ガラッゾは俺の作業をじぃっ、と観察する。な、なんだろう。どっかおかしいだろうか。
「前々から思ってたんだが、お前さん展開率のわりに筋がいいのう。慣れてんのか?」
「えーっと、まぁ、多少は」
良かった、むしろ褒められた。
まぁ一応運搬業に従事してたわけですしおすし……これで慣れてなかったら、俺は転移してからの一週間とちょっと、いったい何をしていたんだという話になってしまう。流石にナマケモノのそしりは免れたいところだ。
ふぅむ、と考え込むガラッゾ。顔に刻まれた多数の皺が、その知識の深さを思わせてくる。一般的に工業従事者として高い適性を持つ設定なことが多いドワーフ。この世界においても同じようだ。彼はいくつか、俺の作業姿にアドバイスをしてくれる。どこどこに力が入り過ぎてるとか、逆に足りない、とか。
効果てきめん。随分作業が楽になる。
「ありがとうございます」
「いらんいらん、お前さんが沢山働いてくれるのが儂らにとって最大の礼だ。それにしても……順応性が高いな。初日と比べて腰の入りが段違いだわ。儂は若い頃、家の手伝いで鉱夫をしていた時期があるが……その頃の新入りどもと比べりゃ驚きの成長ぶりだぞ」
「そりゃどうも」
嬉しいような嬉しくないような。
ここでの生活に慣れる、ってことは、必然的にアプラ・エディナでの生活、そして地球での生活から遠ざかってる、ってことだからな……『お前は一生ここで過ごすんだ』って言われてるような気がして、ちょっとブルーな気分になる。
「おーい、おやっさん。ちょっと来てくれ」
「おう、なんだ」
「第三鉱山からデカイのが出た。人間のギアじゃ無理だ」
「ったく……せっかく休めると思ったのによう」
およ、もう一人別のギア使いが出てきた。今度はフル・フレームの巨体……あ、もしかしてあれ『レムナント・タイフォン』か。スケイルが採掘用バージョンに改造されてて気が付かなかった。
ってことは乗り手はセトだ。彼はガラッゾさんが坑道の奥へと再び消えたのを見ると、こちらを振り返る。バイザーの下から、黒い瞳が俺を射抜いた。慣れねぇ。
「ハルカゼ。今日はもう終わりだ。引き上げていいぞ」
「うっす」
わーい、退勤だ。
俺は抱えていた分の石炭を移し終えると、簡易ガレージでスケイルと分離。エンブレーマギアの展開を終了させると、作業着のまま居住区へと戻る。背中がべたべただ。緊張の糸が切れると色々と出てくるタイプなのか、仕事が終わってからなんだよな、汗かくの。おかげで風呂に入りたい欲が凄い。日本人だしなおさら。
そういやこういう鉱山都市となると、近くに温泉があるイメージだけど……実際の所どうなんだろうな。洞窟内のお風呂は、川から引いた水を沸かしただけのやつだし……。
こういうとき、技術チート系の主人公なら、温泉を作る方法みたいなのを広めて尊敬の念を集めるんだろうけどなぁ。前にも言った気がするが、俺に伝道できるのは色分け金型の素晴らしさだけであって、そういう典型的な技術革新は引き起こせないんだよな。そもそもこの世界のいびつな文明レベルなら、普通に地球の技術は要らないような気がしなくもない。
手先の器用な隊員たちや、ギアを展開できない人々が集まって、編み物をしているエリアに差し掛かる。
縁側タイプの作業場の中、皆集中して、手元のセーターやら機織り機やらに視線を注いでいた。こういう細かい仕事をする人たちにも、なんらかの助けになれればいいんだけどなぁ……って、何を安住するつもりでいるんだ、俺。首都に帰るんじゃなかったのか。
……ただなぁ。
最近は、このままでもいいかな、とかちょっと思っちゃったりするんだよな。
なんで、って、そりゃぁ……ねぇ?
「あ、先輩」
編み物組の一角、羊の毛でマフラーを編んでいた芽音が、ふい、と俺に気付く。蕾の開く様な微笑み。
「おかえりなさい」
「た、ただいま」
まだ微妙に慣れない。どっどっどっ、と心臓の脈打つ音が聞こえてくる。
そう、これだ。一日の仕事の後に見るこの笑顔と、交わす「おかえり」「ただいま」の会話が、どうにも俺を繋ぎとめる。いや、首都に帰っても見れるじゃん、と思うだろ? でもなー、なんというか、こう……場の雰囲気みたいなのが違うんだよ。こういう半遊牧半定住みたいな社会の中で、彼女が俺の帰りを出迎えてくれる、っていう状況が、なんとも言えない幸福感を与えてくれるのだ。
芽音はマフラーを椅子に置くと、タオルを片手に近づいて来る。ぷくりと膨らませた頬は、ダメダメな旦那へのお説教の合図。
「ほっぺたがありえないくらい汚れてますよ。どろんこになってはしゃぎまわる子供ですか、先輩は」
「そういう芽音は俺のお母さんかなにかかよ」
「お母さんではなく奥さんです。いえ、将来的には『お父さん』『お母さん』と呼び合う仲になりたいですけども……ほら、屈んでください。拭いてあげますから」
冷たい、濡れたタオルの感触。あぁ~、ひんやりするぅぅ……。芽音の小さい手の温かさと対比されてるせいかな? 異様な心地よさがある。
ごしごし、ごしごし。ちょっと強めに汚れを落とす芽音。若干痛いが、抵抗すると怒られるのでなされるがままにする。そもそも毎日汚らしくして帰るのは俺のせいだからな……もうちょっと清潔に、毎日の仕事ができるようになりたい。
真っ黒になってしまったタオルを離す芽音。妙な達成感を漏らしながら、ふう、と一息。
「綺麗になりました」
「さ、サンキュー」
「どういたしまして」
苦笑交じりの返礼と共に、芽音は自分の作業場に戻る。
「先に戻っていてください。今編んでるマフラー、今日中に仕上げてしまいたいので」
「ああいや、大丈夫。待ってるよ」
「本当ですか? なら、その辺にでも座っていてくれると助かります」
というわけでお言葉に甘えて、無人の安楽椅子を借りて、未来の奥さんがお仕事をする場面をじっと見つめてみる。
手編みって想像以上に大変なんだよな。凄く時間と集中力がいるというか……設計図が最初から入ってて、その通りに組み立てれば一応完成するプラモデルと違って、編み物は自分の思考の中で完成図を想像し、それに向かっていくための道筋を設定し、さらに立てたプラン通りに寸分の狂いもなく作品を仕上げていかなければならないのだ。
そのことの、何と難しい事だろうか。
そしてそれをすいすいと、手を留めることなく進めていく芽音の何と優秀なことだろうか。ほんと多才だなこいつ。
「器用だなぁ、芽音は」
「誰かさんに鍛えられましたからね、色々と」
くすり、と笑う芽音。そうだ、そうだったな。出会ったばかりの頃の芽音は、ポリキャップ一つランナーから取り外すのにも酷く苦労していた。部活の時間が丸ごと、彼女がどっかに吹き飛ばしたパーツを探すのに費やしたこともあった。今は俺の方が、零れ落とした石炭を回収するのに難儀してるわけだが……でも、そういう余裕がある今を、幸せに感じる俺がいる。
きっとこれが、小さな幸せ、なのだろう。セトの口車に乗ったようでちょっと癪だが、でも実際、この不思議と温かい毎日は、俺にとって心地のいいものだった。平穏な日常、というか、安寧の日々、というか……あの第三美術準備室で、芽音と一緒に模型作りに励んでいた日々を、毎秒のように思い出すほど、優しい毎日。
思えばあの頃から、芽音はずっと俺に寄り添ってくれていた。俺の幸せが自分の幸せ、とでもいうかのように、俺を喜ばせ、支えることに、自分の人生をかけてくれて……好きでやってることだ、とは言っていたけど、
途端に、心の奥底の方から、抑えきれない感謝の念が溢れ、零れた。
「……ありがとな」
「なんですか、藪から棒に。先輩、知ってますか? 普段改まった感謝の意を示さない人が『ありがとう』って言うと、逆に気持ち悪いんですよ?」
「ひでぇな」
いや本当にひでぇな。
「死亡フラグ、って言うんでしたっけ。そういうのにもなるって」
「それは前に俺がした話じゃねぇか」
芽音、ポップカルチャーの知識は模型部に入るまで殆ど持ってなかったからな。そういうネットスラング的な要素は、大体俺が教えたものだ。いくつかは綾鷹が教え込んでいたみたいだが……なんか、純朴な女の子を汚染したみたいでちょっといやらしいな。うん。
とはいえ、死亡フラグというのはあながち間違いではないかもしれない。気を引き締めなくちゃいけないなぁ、とつくづく思う。最近、あらゆることへの『恐怖心』みたいなのが、どんどん薄くなっていっている……そう感じるのだ。事実上の不死身スキルなんてものを、訳も分からず手に入れてしまったのがその原因だと思うんだが……そういや前にアイヴィーさんが言ってたな。スキルっていうのはその人間の在り方に近いものだから、スキルが覚醒すると、人間はその性質に引っ張られることがある……って。
……凶暴で攻撃的なやべースキルが目覚めなくてよかった……。
「あれ?」
そんな時、通路の方を、全身にギアを展開した人影が横切っていくのが見えた。なんだなんだ、随分物騒な……って見知った人じゃねぇか。
「グラックスさん?」
「およ? 誰かと思えば、オウマじゃないでヤンスか。奥さんのお迎えでヤンスか?」
「ええ、まぁ……グラックスさんは? お迎え……って感じじゃなさそうっすけど」
辺りを見渡しても、グラックスさんの奥さんは姿が見えない。出っ歯の目立つ、げっ歯類みたいな彼の見た目からは想像のできないほど美人な人なんだが……。
なんつーか、この夫婦を見てると、人間なんだかんだ言って八割は見た目だとされるが、もう二割は中身で決まるんだな……ということを実感するんだよな。グラックスさん滅茶苦茶良い人だし……逆に言えばそこまでできた人じゃないと大体は見た目、っていう話になるんだが。改めて見た目も性格も微妙であるところの俺が、何の故に凍月芽音という、学校でも五指に入った美少女とお付き合いができているのかはなはだ疑問である。ほんと恵まれてるよなぁ、俺……。
思考の渦に没入しつつ、思わず首を捻ってしまう。するとグラックスさんは、彼自身、困惑の意志を浮かべて、
「あー、隊長から呼び出しでヤンス」
「呼び出し?」
そりゃまた難儀な……と考えてしまうのは、俺が呼び出し=説教みたいな不真面目生活を送ってきた男子高校生だからなのだなぁ……今更になってこんなにしみじみと自らの肩書について思うことがあるとは思わなかったが。
「あっしだけじゃないでヤンスよ。第一部隊全員、ギア開いて鉱山に集合でヤンス」
「へえ」
じゃ、急ぐのであっしはこれで――などと妙にそれっぽい言葉を残し、グラックスさんはあっという間にその姿を消してしまった。スラスター威力やたら高いんだよなあの人。そういうスキルなのかしらん。
しっかし……セトの呼び出し、っていうと第三鉱山か。
そういやさっき、なんか随分デカい鋼を掘り当てたようなこと言ってたな。人間が使うギアじゃ掘り起こせないから、ドワーフが展開する工業特化フレームの力を借りたい、とかなんとか。
部隊全員集めてる、ってことは、それでもなお人手が足りなかったってことか? どんだけでけぇんだよ。というか石ってそんなにデカいサイズで埋まってるもんなの?
ぐぅ、なんかちょっと気になるな……でも芽音とも一緒にいたいし……ぐぬぬ……。
ふと気づくと、芽音が「仕方ないですね」と言いたげな目線を送って来ていた。
「後で私たちも、見に行きましょうか」
「え、良いの?」
「行きたいんでしょう? 顔に書いてありますよ……それに私も、ちょっと興味がありますし」
天使だ。天使がいる。
世の中、趣味の不合致で苦労する夫婦も多い所、芽音はこうして話を合わせてくれる。そのことの、なんと貴重で恵まれていることだろう。日々感謝を忘れてはいけないな、と肝に銘じなくては。
俺はまだ見ぬ事件の気配をひしひしと感じながら、芽音の編み物が完成するのを、少しの間待機した。
ちなみに完成したマフラーはそのまま俺にくれた。「この先寒くなりますから」だそうだ。やっぱりお前天使だよな? 人間の皮被ってるだけなんだよな……?




