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第十八話『未来というものは見えるようでなかなか見えない』

 通されたのは洞窟内に立てられた、丁度模型部の部室くらいのサイズの巨大テントだった。テントというより最早組み立て式の家だ。中央アジアあたりの遊牧民の人たちが使ってそうな。そういやセトも『ゲル』とか言ってたな……厳密には色々種類があって、俺たちがイメージするのと実際のゲルって結構違うらしいけど。あれだな、インド人がよく食べてる薄いピザみたいなやつはナーンじゃなくてチャパティ、みたいな。


 木で編まれた骨組みの上に、綺麗な模様が描かれた絨毯が敷かれている。部屋の中央に置かれたどでかいベッドも含めて、家財道具まで一式揃っているのが驚きだ。こりゃすげぇ、本格的にここに住んでるんだな、あの人たち。それならそれで、なんで定住用の家を作らないんだろうか? 道中で似たようなテントを沢山見たけど……もしかしたら、定期的にねぐらを変えてるとか、そういう生活なのかもしれない。なんかセトも『処分』がどうこう言ってたしな……全然気にしなかったけど、もしかして追われる身だったりするんだろうか?


「どうぞごゆっくり、でヤンス。こんな見た目で防音もバッチリなので、盛り上がっても問題ないでヤンスよ」


 いやぁ、若いって良いでヤンスねぇ、なーんてことを言いながら、グラックスは何処へと去った。ほんとに案内するだけだったな……洞窟のこととかセトのこととか、色々と聞きたかったんだけど。


 ふと、ベッドの上に、なにかもこもこしたガウンのような衣服が置いてあることに気付いた。どうやら着替えを用意してくれたらしい。普段着、というよりは寝間着っぽいけど……まぁでも、ずっとぼろぼろのラバースーツのわけにもいかないしな。

 俺と芽音は互いに背を向け合うと、各々、自分用と思しきサイズのガウンを身に纏った。うわ、なんだこれ羊毛か? めっちゃふかふかする。凄い着心地が良い。下手するとくしゃみが出そうで怖いけど。


 あー、でもこのあったかさ、なんか良いな……すれ違った人たちも、皆良い人そうだったし……形が違ったら、こういう場所に芽音と二人だけでやってくる、みたいな異世界転移もあり得たのかな。


「ねぇ、先輩。このくらいの環境なら――産んでも、育てられますね」

「え」


 慌てて振り返ると、芽音は随分と優しい笑顔を浮かべていた。だが目が笑っていない。明らかに笑っていない。これが漫画なら、背景には「ゴゴゴゴゴ」と効果音が付いていたことだろう。間違いない。


「あ、あの、芽音さん……もしかして……怒ってらっしゃる?」

「いいえ? まさかそんな。流石の私も、成り行きだとかまだ夫婦じゃないとか、あれだけ関係を深めておきながらそんな風に言われたことをいつまでも根に持つような女じゃないですよ」


 滅茶苦茶根に持ってるじゃないですかヤダーッ!

 えぇ……こ、これはあれですよね? つまりその、俺のデリカシーの無い発言にお怒り、ということですよね? うーん、こんな話ついさっきもした気がするぞ。余程学ばない人間と見た、俺。

 でも芽音も芽音で随分引っ張り過ぎじゃないか? というか一つの話題に対して、ここまで芽音がぐちぐち言ってくるのも珍しい。普段は彼女自身が言ったように、一度不機嫌にされてもすぐに許してくれるタイプなんだが……。


「……悪かったよ、成り行きなんて言って」


 今回はそれだけ、本当に怒ってる、ということなんだろう。

 俺は素直に頭を下げると、むす、っと頬を膨らませた芽音の隣に座る。こてん、と軽い体が預けられてきた。髪の毛からいい匂いがする。シャンプーのそれじゃぁない。彼女自身の、不思議なくらい甘い、女の子の匂い。

 驚くほど俺を冷静にしてくれる、愛しい彼女の香り。


 そんな状況で紡がれる言葉の数々は、面白いくらいすんなり俺の心に染みていく。


「私、本気なんですよ? 先輩との関係。たかが十五歳ですけど、遊びの感情、一時の気の迷い、青春の病なんかじゃ決してありません。この先の人生、全部先輩にあげよう、って決めたんですから……先輩も、責任を取ってください」

「待って、それ結構無茶苦茶じゃない? 俺が芽音のこと好きじゃなかったらどうするつもりだったの?」

「私のこと、好きじゃないんですか? あれだけ毎晩、お猿さんみたいに私を貪ってくるのに……最低です。こういうのを世間ではクズ男、と言うんでしたよね。先輩のクズ」

「い、いやそういうわけじゃ……というかお猿さんに対するあつい風評被害やめない?」


 あとクズは酷くない? 流石に結構傷つくよ?

 でも芽音は、機嫌を直してくれたわけではないっぽい。いつもみたいに「冗談です」とも言わず、むくれたまま。でもその雰囲気が、彼女が何を望んでいるのかを如実に表してきて。

 ああもう。

 なんでこう……俺の彼女は、こんなに可愛いんだろう。


 あふれ出す情動のままに、芽音の唇を奪う。柔らかい感触と、互いに侵入を果たした舌の甘さ、ぴちゃぴちゃといういやらしい水音が、俺たちから正常な思考を奪い取っていく。

 

「芽音」

「はい」

「好きだ」

「私もです」


 白い手首を、掴む。

 そのままとさり、という軽い音を立てながら、俺は芽音を、ベッドの上に押し倒した。

 目と鼻の先に、芽音のお人形さんみたいに整った顔がある。潤った桃色の唇と、淡く上気した頬、期待に潤んだ瞳が狂おしいほど胸を締め付けてくる。

 なんだろう……転移直前まではこの距離で、見つめ合うなんてできなかったのに。俺も慣れてきた、ってことなのかなぁ……なんか嫌だな、その慣れ。


 でも。


「……夫婦らしいこと、するか」

「……はい」


 こういう会話が、自然にできるようになったのは、ちょっと嬉しい、かもな。二人の関係が、きちんと進歩してるみたいで。

 恐る恐る、しかし確かに、芽音がこくりと頷いた。それを確認すると、俺はガウンの胸元に手をかける。愛らしい後輩はこきゅ、と喉を鳴らすと、一瞬だけ身を固くしたが、すぐにふわ、と脱力した。身を任せる体勢だ。閉じた瞳が妙にエロティック。

 くそ、やっぱり抑えがきかん。脳の奥、オスの本能的な部分が、バチバチと限界の火花を上げていた。


 抑えつけるように芽音と密着すると、その前合わせから侵入、その白く、ひんやりした肌に触れる。んぅ、という色っぽい声が、芽音の口から零れ出た。それが余計に俺の欲情を掻き立て、また俺の興奮に反応して、芽音の瞳もとろんとしてきて――


「邪魔するぜ……おっとこれは」


 荒っぽいノックの後に、刈り上げ頭の巨体が入室。ベッドの上の俺たちを見て、ぴしり、と動きを止める。俺たちの方もフリーズした。え……ナニコレ、どういう状況?

 異様に気まずい空気が、テントの中を満たした。すっごい重い。


「わりぃ、マジで邪魔したらしいな」


 出ていこうとするセトを引き留め、二人がかりで言い訳をするのに、俺と芽音は凡そ十二分を消費した。そりゃぁもう死ぬほど恥ずかしかった。穴が在ったら入りたい。とほほ。



 ***

 


「もう察してると思うが、俺たちはこの辺一帯で狩猟生活をしながら隠れ住んでいる。可能な限り、誰にも見つからないように……な」


 テント内のストーブに薪をくべながら、セトはこの、不思議な居住空間について語り始めた。いわく二年前から時期を変えては、各所の荒山を転々としているらしい。時たま襲ってくる魔族軍を狩りながら、行き場所をなくした人々をかくまっているとのこと。さっきの子供たちは、そういう流れで仲間に加わった者達なんだそうだ。

 なるほどなぁ、どーりでどこを見ても、動物はおろか枯れ木の一つも落ちてないわけだ。全部彼らが回収し、日々の生活に役立てていたわけである。荒山だし、もともと資源自体は細かったのだろう。


 しかしちゃんとした住居エリア、それも共和国軍の一員なら随分と話が楽になるな。通信設備でも貸してもらって、アプラ・エディナと、最悪アイヴィーさんとだけでも連絡が取れれば、迎えに来てもらえるかもしれない。

 ところが。


「無理だな」

「――え?」


 セトは、俺の安い希望を、たった一言で簡単に打ち砕いた。

 思わず耳を疑ってしまう。え、ちょっと待ってくれよ。それってつまり……。


「無理だと言ったんだ。お前達はアプラ・エディナには帰れない。いや……帰せない、と言った方がいいか」


 セトは黒く小さな瞳で、じっと俺たちを見つめてくる。俺たちもそれを見つめ返す。どういうことだ、きちんと説明しろ、と迫る様に。


「俺たち第一部隊はな。全員、もうこの世にはいない存在なんだ」

「え……」


 ぴしり、と芽音がフリーズする。あー、そういえばこいつ、怖い話妙に苦手なんだよな……妖怪とか、物語の要素としての幽霊や精霊みたいなのは全然大丈夫らしいんだけど……なんかこう、『実際にありそうな出来事』っていうのが駄目らしくて。

 目の前の大男が本当に亡霊なんだとしたら、その条件を満たしてしまっているわけだ。


「そ、それって、オバケ……ってことですか?」

「種族:ゴースト的な? 命燃やしちゃう感じの?」

「馬鹿言え。俺は生きた人間だ。戸籍上の話だよ。第一魔導機械部隊は全員、魔族軍との戦闘で戦死した、ってことになってんだ。というか知ってんだろ、お前」

「ま、まぁ……確証は持ててなかったですけど。なんかの偶然かもしれないですし」


 薄々感づいてはいた。

 二年前死んだはずだった、『グロウ・タイフォン』の使い手。それがセトであることは、ほぼ確定と見てよかった。で、あるならば、記録通り彼の部隊は魔族軍との激突で全滅、その魂は、自らを犠牲にして国民を守った英雄として、丁重に埋葬された……そのはずなのだ。

 そんな彼らが、ここで静かに、誰にも見つからないように暮らしている。

 それは、つまり。


「だがそいつは半分本当で半分嘘だ。俺たちはな、()()()()()んだよ。軍の上層部、俺という、言っちゃ悪いが『英雄』を喪わせることで、国を思い通りの方向にもっていきたいやつらにな。俺たちはこの岩山に、いわば『封印された』。定期的に訪れる監視の下、俺たちは一切の反抗の芽を踏みにじられ、今日まで囚われてきたんだよ」


 本当に殺してしまわなかったのは、多分……歴戦のギア使いであるセトたちには、いつか何らかの利用価値が生まれるかもしれない、と考えたからだろう。いかにもありそうな話だ。そしてそういう手段を取ったとき、相手がどういう行動に出るかどうかを、下手人は細部までよく理解していやがる。


「そのトップが、お前も知ってるデイヴィッドだ。あのタヌキオヤジは執念深い。今でも時々、俺たちがなにかよからぬことを企んでいないかどうかチェックしにくるほどだ。お前らを処分に来た部隊じゃないか、と疑っただろう? あれな、奴の差し金かと疑ったんだよ。外に俺たちの存在を示そうとした奴が、何人か暗殺されてんだ」


 あるいは徹底的に反乱の意志を潰して、壊して、完全な道具になり下がるのを待っているのかもしれない。うん、こっちの方が可能性は高いかもな……あのおっさんの性格上、普通にそういうこと考えそうだし。


「お前達を外に出せない、っていうのは、俺たちの身を守るためだけじゃぁない。お前らを守るためでもある」


 そう言われると弱い。俺も芽音をみすみす危険な目には会わせたくないし。

 でも、だからといって帰還を諦める理由にはならないのだ。魔族たちにバルアダン共和国が滅ぼされるのを、こんなところで黙って見ているわけにはいかない。俺たちレベルでも補給係として役割を与えられたぐらいだ。共和国軍は、多分本格的に余裕がない。それこそこんなところにトップ部隊を封印しているのが、本末転倒な馬鹿らしい作戦だと思えるほどに。


「じ……じゃぁ、ここでの出来事を一生黙っておく、っていうのは」

「お前は余裕ができる度すぐに欲望に身を任せるような、抑えの利かないガキどもの『我慢する』っつー言葉を、信じることができるのか?」


 まぁ無理ですね、ハイ。すみませんでした。

 つい先ほど、自らの節操のなさというか、我慢の限界点の異様な低さを思い知ったばかりである。やめろ、その言葉は俺に効く、というやつ。

 

 それにだな、とセトは続ける。昔の事に思いをはせるような表情は、記憶の中に在る共和国軍から、今俺たちがどんな行動に出れば、どのように彼らが動くかをシミュレートしている故に出たモノだろう。


「仮に万一、お前達がこのシェルターのことを一切喋らなかったとしても……お前たちの話によりゃぁ、魔族軍と交戦して遭難したんだろう? 向こうじゃとっくに戦時行方不明、最悪戦死者扱いだ。そんなお前らが元気に首都へ帰還してみろ。アイヴィーがどう考えると思う? この峠には何かがあるに違いないと、調査隊を組むのが目に見えてる。転々としている、とは言ったが、すぐに荷物を纏められるわけじゃぁないしな」


 あー……確かにそういうことしそうな人だよな、アイヴィーさん。

 というかアイヴィーさんじゃなくてもしそうだ、普通。魔族軍と戦って死んだと思われてた人物が、ぴんぴんしたまま帰ってきた……もしかしたら捕虜になって、何か洗脳でもされたんじゃないか、と思われてもおかしくない。

 デイヴィッドは軍部を極めて広範囲にわたって掌握しているが、それは独裁、というわけではない。そもそもデイヴィッドの上にシビュラがいるし、隊長格の士官たちは、ある程度あのタヌキの命令が無くても独自に行動することが許されてるみたいだった。


「そうなったとき、被害はもっと大きくなるはずだ。お前らだけじゃない。真実を知ったアイヴィーたちも野放しにはされないだろう。最悪、俺たちも今度こそ殺されるかもしれん」


 巨体に似合わず、ぶるり、と震えるセト。その瞳には希望が見えない。デイヴィッドの作戦、もしかしたら完璧に成功しちまってるのかも……。

 そんな元英雄の情けのない姿に、下唇を噛みしめた、不安げな表情を浮かべる芽音。彼女はすぐにそれをしまうと、気丈な風を装って、セトに向かって問いかける。

 

「……では、私たちはもう、アプラ・エディナに戻ることはできないと? それどころか、集落の外にでることも叶わない、ということですか?」

「だから言ってるだろうが。出すわけにはいかねぇんだよ、お前達を」


 重い沈黙が下りた。セトの告げた俺たちの未来は、どうしようもないほど塞がっていて……でも、ここに暮らす人たちのことを思うなら、そうするしかない、とはっきり分かってしまうモノだったからだ。

 俯く俺と芽音を見て、かつて英雄と呼ばれた大男は、泣き笑いみたいな酷い表情を取る。


「馬鹿、そんなに暗い顔すんな。俺たちも俺たちで頑張って来たんだ、この二年。なんだかんだで住みやすくなったんだぞ? 時たま、行き場を無くした難民を拾うくらいしか、外界との接触は持てねぇが……それでも、自分たちだけで生きていくぐらいには、繁栄してきたんだ。俺らみたいに狩人紛いのことをする奴もいれば、グラックスみたいに、形だけではあるが結婚して、子供を育ててる奴もいる。お前らもそういう風にして暮らせばいい。俺たちのせいで、『大きな幸せ』を掴めなくしちまうのは、申し訳ねぇと思うけどな……案外、小さな幸せってのも悪くないんだぜ」


 畜生。なんて物言いをしやがるんだ、このおっさん。そんなこと言われたら、「いやだ、知った事か俺たちは出ていく」、なんて言えねぇじゃねぇかよ。

 くそ、なんだこの感情。悔しい、っていうのが一番適切か? とにかく、酷くもやもやする。嫌な感じだ。


「……明日は集落全体の案内をする。今日は休め」


 邪魔して悪かったな、と、一言だけ謝ると、セトはそのまま、でかい図体を小さく屈め、俺たちのテントから出て行った。後には、俺と芽音の二人だけが、ぽつん、と残された。



 その夜は眠れなかった。

 久しぶりに、芽音とは何もせずに、ずっとベッドの上で背中を合わせる。ただそれだけ。

 彼女の甘い吐息の音だけが、テントの中に木霊する。こんな夜がずっと続いて行くのかと思うと、少しだけ幸せな反面……何かが足りないような、変な気分に支配された。


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