表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

第十七話『伏線というのは意外と前の方から張られているものである』

 セト、と名乗った大男に連れられて、俺と芽音は歩を進める。谷底を流れる川、その上流の方へと向かっているようだ。どんどん水が細くなっていく。

 驚くべきことに、セトが率いている集団は、全員がフル・フレームかそれに近い展開率のギア使いだった。その腕には肉付きのいいシカだったりイノシシだったりと、いったいどこで見つけたんだろうと首を捻らざるをえない獣たちが抱えられている。聞けば、今日の夕飯だそうだ。

 岸壁のごつごつした岩肌、そこから突き出た僅かな足場を、スラスターを噴かしながら飛び移っていく俺たち。なんでもこの先に、セトたちが普段暮らしている居住エリアがあるんだとか。


「輸送部隊……つったな。隊長は?」

「えっと、一応俺っす」

「そっちの女は? 部隊員か、それともテメェのオンナか」

「えー、まぁ、その……どっちもです」


 いびつな敬語を交えつつ返す。芽音が「ちょっと、何言ってるんですか……」と焦り出す。まんざらでもなさそうなあたりがやたらと可愛い。


 そんな俺たちの様子に、セトはふぅん、と興味なさそげ。なんだよ、じゃぁなんで聞いたんだよ、とこっちの方が聞きたくなる。いまいちつかみどころがない人だな。

 なーんかこう、純粋に敬意を払えない感じというか……とっつきづらい印象がまず来るんだけど、妙に話しやすいんだよな、このおっさん……や、見た目的には二十代後半、って感じだから、ギリお兄さんかもしれんけど。敬語使うよりはフレンドリーに接したくなるタイプのギア使いだ。

 そのまま、彼は小さく考え込む様子を見せると、


「直属の上司は? テメェがトップ、ってわけじゃねぇんだろ。何番隊の傘下だ?」

「所属はレアレント中隊、ってことになる……んだと思います」

「レアレント? アイヴィー・レアレント准尉か?」

「中尉っすね、今は」

「ほーう」


 あれ、知り合いなのか。まぁエンブレーマギア部隊の隊長、とか言ってたからなぁ……どういう経緯でこんなところにいるのかは知らないけど、アイヴィーさんと面識があっても全然おかしくはない。


「あいつ、いつの間にそんなに……」


 おかしいのは階級認識の方だ。今の彼女は中尉。准尉となると単純計算でも二階級下だ。バルアダン共和国軍の昇進制度を鑑みるに、その階級差を埋めるには相応の時間がかかる。確かアイヴィーさんが中尉になったのは今年の頭、って言ってたから……セトはアイヴィーさんが昇格したことを知らなかった。ということは、最低でも半年、下手をすれば一年以上、この人物はアプラ・エディナに戻っていないことになる。

 他の街の警備をしていた……? いや、それでも功績を上げた士官の昇進くらいは耳にするはずだ。異世界から俺たちが召喚された話もそうだ。かなり初期の頃に、アプラ・エディナの外から来た軍人たちへ説明がなされていたはず。


 第一、別の街に駐留する部隊なのであれば、何故こんな荒山を行軍しているんだ? 隊員たちの纏ってるエンブレーマギアも、セトのものを除けばどれもフレームがむき出しだったり、工業用のスケイルを改造して装備してるものばかりだ。どう見ても正規軍のそれとは思えない。


 なーんかきな臭いんだよな……いや、セトの所属に関する疑問じゃなくて。アイヴィーさんの存在を知ってた時点で、『第一ギア部隊隊長』という肩書は本物なのだろう、と見当がつくし……何より、俺らに対して嘘を吐く必要性があんまり感じられない。むしろ嘘をついているのでは、と思われているのは、俺たちの方なのだ。

 処分。

 セトが俺と芽音を警戒して漏らした、その言葉がやけに引っかかる。共和国軍上層部、特にデイヴィッドのあの容赦のない、徹底して他者を道具として扱う思考を思えば、余計にその違和感は肥大化していく。なんというか……こう……考えたくないんだけどさ。


 この人たちもしかして、何らかの理由でデイヴィッドに目を付けられて、そのせいで共和国軍に居られなくなったんじゃないか? それで逃げ出して、こんな山奥に隠れ住んでる、とか。ありそうな話だ。あのいかにも腹に逸物抱えてそうな感じの男がトップな軍である。ちょっとでも邪魔になった奴らは即・成敗とかしそう。使い道があるならなんでも使うタイプ、っていう印象を抱いてたけど、それってつまり使い道がなくなったり、逆に手元に置いてることで損害を出すなら即座に斬り捨てるっていうことだからな……おおっ、テリブル!

 本当は……あんまり、お近づきにならない方がいい人たちだったのかも。やべ、隙を見て逃げ出したくなってきた……いや、逃げたところで行く当てもないんだけど。この山一帯、彼らの領土っぽいしな……。


 そんなことを俺が考えているとは露ほども思っていないのか。セトは気難しそうな顔のまま、感心したように問うてくる。


「しっかし……テメェら、無駄に身のこなしが良いな。展開率の割にはギアに慣れてる感じがする」

「まぁ……アイヴィーさんにしこたま鍛えられましたんで……」

「先輩、ギアの回復促進で逆に筋肉痛になってましたもんね……」


 隣の岩場にぴょんと飛び乗ってきた芽音が苦笑。哀れみにも似たなにかを向けてくる。や、やめろ! そんな目で見るな!

 あれすげぇいてーんだよな……酷使された筋肉が、回復する時の作用で発生する痛覚。それがエンブレーマギアによる回復スピード増幅の影響か、短いスパンで一気に襲ってくるのだ。ずーっと痛いよりはマシなのかもしれんが……酷い時には朝ベッドの上から一歩も動けず、芽音に着替えさせてもらったこともある。いやぁ、運動不足は駄目だねやっぱり。


「あのアイヴィーがなぁ……『エル・ドラド』が大破したとき、ギア使いは辞めるのかと思ってたが……今は何てスケイルを使ってるんだ」

「確か……えっと……」

「『ナイト・メア』、でしたか? モスグリーンの、シンプルなスケイルだったはずです。模擬戦ではフレームに直接武装を持たせるだけで、スケイルは殆ど使っていませんでしたが……」

悪夢(ナイト・メア)、か……」


 皮肉気に笑うセト。どうやらただの知人はおろか、互いに気に掛ける間柄ではあったら士い。『エル・ドラド』……聞かない名前だけど、口ぶりから察するに、アイヴィーさんの前のギア・スケイルなんだろう。そういやこの間言ってたな、今でこそ試験運用装備用に汎用性高いスケイル使ってるけど、昔は魔砲をぶっ放すだけの特化型だった、って。『黄金郷』の名を持つエンブレーマギアは、きっとその時のものなのだろう。

 そう考えたら、予想していたよりもかなり前に軍を外されたのかもしれない。今のエンブレーマギア隊は、番号じゃなくて隊長の名前で呼称されるし。例えば俺たちが所属してるアイヴィーさんのギア部隊ならレアレント中隊がその通称だ。正式にはなんかまたナントカ魔導機械部隊とかあるんだろうけど……逆に言えば、セトが所属してたころはそっちの正式名称で呼び合ってた、ってことなんだろう。なんだっけなぁ、言われてみれば図書館の資料で、その契機になった事件みたいなのが書いてあったような……軍の体制変更というか、そういうのが……。


 ああそうだ、思い出した。二年前、魔族軍との間で起こった最大規模の武力衝突。なんでも一斉攻勢を仕掛けてきたらしくて、バルアダン共和国軍はエースの殆どを喪う大損害を出しながらそれを押しとどめたんだとか。アイヴィーさんからも実際に話を聞いたけど、そりゃぁもう凄い数のギア使いがいなくなって……俺たちをノインローカに呼び出す儀式、それを執り行うことになったのも、二年前のその事件がきっかけの一つだった、とかいう話だ。間にずいぶん時間が空いてるあたりに、召喚魔術とかそういうのはやっぱり封印されてて、マジでカミサマに願うしか方法がなかったのな、と困惑する。それってつまり、逆説的にカミサマが実在する、ってことだよな……? 前にも思ったけど、本当ご都合主義で性格の悪い創造主だと思う。ちったぁ異世界人に優しくしてくれや。

 アイヴィーさんよりも力のあるギア使いは、その時に殆どが戦死したか、戦時行方不明者に登録されたらしい。彼女自身、所属していた大隊のリーダーと、その搭乗機を喪った、とのことだった。それは以前、彼女が俺に話してくれた、共和国軍の現状に反発する士官の一人。萩野みたいな奴らが出てこないよう、目を光らせてくれていたギア使いの一人だったんだとか。


 たしか……乗機の名前は『グロウ・タイフォン』。シビュラが『ナイト・メア』をおだてるときに、その名を出していたことを覚えている。人類側の切り札、バルアダン共和国軍最強のエンブレーマギアだ、と。

 不思議な名前だ。嵐のような、荒れ狂う力強さを感じる。無論、俺たちが理解できるように、自動的に翻訳された名前なんだろうが……たしかエジプト神話の神様の名前だったような……何かの別名なんだよな。なんだっけ……あーくそ、おでこ辺りまで出て来てる気がするんだけどな。こういうの、なんだかんだで芽音の方が詳しいからなぁ。聞いてみるか。丁度一個前の足場にいるし、次は隣に来るだろう。


 俺はくるりと振り返ると、いままさに飛び移らんとしている芽音に手を差し伸べる。彼女はちょっと嬉しそうにその手を執ってくれた。はーん、なんだそのエンジェルスマイル。殺す気か? 足滑らせて二人一緒にもう一回落下するつもりなのか?

 ってそうじゃなくて。


「なぁ芽音、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「はい?」

「ああいや、大したことじゃないんだけど……『タイフォン』、って何の別名だったっけ」

「ああ、それは――」


 お、やっぱり知ってた。こういうとき、知識の幅が広い後輩は本当に頼りになるなぁ……年長者としては随分情けない思考な気がするけど、まぁそれはそれ、これはこれ。


「ついたぞ」


 しかし芽音の答えは、ぴたり、と立ち止まったセトの言葉に遮られてしまった。

 岸壁の様子が変わっている。これまで突き出す足場は断続的だったのに、それが明確な通路の形となってせり出している。単純に足場の幅が広がっただけかとも思ったが……これは違う。よく見れば分かるけど、人工的に壁を削って作ったんだ。プラモの表面にオリジナルのディティールを掘るときの見た目と似ている。

 そして足場の先、僅かだが周囲と色の違う場所の正面に、セトはおもむろに手をかざす。

 

 すると直後。

 ヴン、という快い音と共に、岩を模した扉が開いた。そりゃぁもう、鮮やかに。ゴゴゴゴ、とかいう実にそれっぽい音を立てて。

 

「……マジか」

「秘密基地……?」


 思わず顔を見合わせてしまう。え、本当に? 幻覚見てるとかそういうんじゃないの? 岸壁の中に誰も知らない隠れ家とか、そういうベタな展開、実在するの!?

 

 だが俺たちの疑いというか困惑は、セトがついてこい、と言わんばかりに手招きをしたことで吹っ飛ばされた。どうやら現実らしい。うせやろ……。


「兄貴、おかえりー!」

「おかえりなさいやせ隊長!」

「セト兄、セト兄、肉は? 肉は!?」

「こらこら焦るなテメェら。ちゃんと全員分あるからな!」

「いやったぁぁぁぁ!!」

「二日ぶりの肉だぁぁぁぁぁぁ!!!」


 彼と、それからギア使いの面々ついて基地内に足を踏み入れると、巨漢の周りには小さな子供たちがまとわりついていた。浅黒い肌……人間種だけど、アプラ・エディナの住民じゃなさそうだ。というか、なんでこんなところに子供が? 兄貴って……?


 ぐるりと洞窟内を見渡せば、疑問は更に増すばかり。随分広い。完全に居住を目的にしている空間というか……村一個分の広さはあるんじゃないか? というか実際村だろ、これ。少なくとも、大統領府の領土とほぼ同サイズの規模があるように見える。


 さらに俺と芽音は、驚きに顔を見合わせるはめになった。

 入り口のすぐ隣が、アイヴィーさんの部隊が持っていたような巨大ガレージになっていたのだ。思わずうぉっ、と声を上げてしまったほど。かなり立派だ。規格は共和国正規軍のランチに似ているが……専用の改造が施されているというか、カタパルトから射出する機構ではあきらかになさそう。


「おう、帰ったかセト」


 その下から、ずんずんと歩いて来る人影が一つ。その姿を見たとき、俺だけでなく、今度は芽音までもが小さな声を上げた。


 小柄だ。とんでもなく小柄。俺も芽音もさして背が高い方ではないけど、その半分もあるかないか、というほどの体躯。そのわりに顔には白い髭を蓄え、重苦しいがらがら声で、大男の帰還を喜んでいる。

 纏っている服は技術班の作業衣に似ているが……突き出た腕は引き締まっていて、いかにも『開発特化』といった感じ。ありゃすげぇぞ、歴戦どころか生まれながらの鍛冶師、ってやつじゃないか?


 小人族(ハッティ)――ドワーフ、というやつだ。共和国軍の中にはいなかった。出会うのはこれが初めてだ。

 彼は白い眉毛の下、きらりと光る瞳でこちらを見据える。お、おうっ?


「そっちは何だ、新入りか?」

「ただいまおやっさん。まぁ、似たようなモンだ……おい、グラックス! こいつらを案内してやれ。夫婦用のゲルが余ってたはずだからそこに突っ込めばいい」

「ウィッス」


 セトに呼びつけられ、ガレージで作業をしていた兄ちゃんが寄ってくる。人のよさそうな顔立ちとひょろりと長い体躯、あと出っ歯が目立つ作業員さんだ。「~でヤンス」とかいいそう。


「あんちゃん、随分べっぴんな奥さんでヤンスな。やるでヤンスねぇ」


 言った。マジかよ。


「や、まぁ成り行きで……あとまだ夫婦じゃないです」


 咄嗟に首を振る。なんかこう、色々とすっ飛ばして男女の営みだけは回数重ねちゃってるけど、まだ俺ら十六かそこらの若造だからね?

 まぁこの世界の結婚適齢期で考えれば、俺たちくらいの年齢の夫婦がいても、全然不思議じゃないんだろうけど……ってあれ? なんか芽音、むすっとしてない?


「……芽音さん? もしもーし……?」

「いいえ。何でもありません。ええ、先輩が私とのおつきあいを『成り行き』とか『まだ夫婦じゃない』、とか随分無責任に言うのに腹を立ててるとか、そういうのじゃないですから、ええ」


 えぇ……めっちゃ不機嫌になっていらっしゃる……。

 まぁでも、今のは確かに不用意な発言だったかもしれん。というかこういうお約束みたいな怒り方される度に、なんというか……芽音は『そういうつもり』なんだな、と分かって、ちょっと嬉しくなってしまう俺がいる。彼女の気が変わらないように、俺も色々頑張らないとな。気が引き締まるとはこのことである。

 

 と、後方からドワーフのおっさんと、セトがなにやら口論しているのが聴こえてくる。なんだなんだ、喧嘩か? 出っ歯のにーちゃん……グラックスさんだっけ? 彼は「またいつものでヤンスか」みたいなため息ついてるから、日常茶飯事っぽいけど……。


「おいセト、どこ行くんだ、メンテナンスさせろ」

「うるせぇ、大丈夫だよ一日や二日やらなくても」

「ばっか、そういうわけにはいかねぇって何度も説明しただろうがよ。いいか、『レムナント・タイフォン』はジャンクパーツかき集めて作った急造品なんだぞ。毎日こまめに調整しねぇと――」


 その名前を聞いた時に、俺は背筋を、電流が奔っていく錯覚に襲われた。


 そうだ、思い出した。どうして忘れていたんだろうか。むしろこれだけ材料が揃っていれば、真っ先に思いついてもおかしくなかっただろうに。

 タイフォン。あるいはタイフォーン。それはギリシア神話に登場する魔竜、テュポーンの英名だ。

 アレクサンダー大王による支配の後、ギリシアの影響を強く受けるようになったエジプトでは、この神さえ殺す狂竜を、とある戦神と同一視していたらしい。

 その神の名前こそ、『セト』。


 セト・グレイブズ――彼こそが、二年前の戦いで戦死したはずの、共和国軍最強のギア使いだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ