第十五話『降って湧く力っていうのはどうやら本当にあるらしい』
固有技能というのはノインローカにおいて、極めて重要な役割を持つ力だ。
聞けば創世の時代、この世界を生み出したカミサマは、己の作品――九つの人間種と、それ以外の亜人種、そして野に暮らす動物たちが、自らの生きる道をたがえぬよう、導く目的でこの能力を付与したらしい。生まれながらにして未来を決定づけられるシステムは俺からすればこう、ちょっと背筋の寒くなる話であるが、しかし混沌を極めた黎明期のノインローカが、秩序ある社会を形成するには大層立ったとか。
どんな役職であれ、最適なスキルを持ったものが優先して高い才能を発揮する。自由な職業につきたいと思ったことはないのか、と図書館の司書さんに聞いたことがあるのだが、いわく「幼少期から付き合ってきたスキルが導いてくれた役職だから、意外と相性は完璧だったりする」とのこと。ようするにスキルも、その人の未来の好みであるとか才能であるとかを加味して発現するのだろう。導くための力なのか、力が導かれているのか、ちょっと良く分からなくなって来るが……きっとスキルとは『そういうもの』なのだ。その人間を構築し、人生に寄り添う『天の恵み』。その人にしかない、『固有』の要素。
そんな経緯で構築された文明だ。当然だが、どんなことでもスキルの所有が前提になっている節がある。ゆえに俺のようなスキル未覚醒の人間を『無能』と呼ぶのだ。今でこそ差別意識もさほど大きくなくなったらしいが、昔はひどい扱いを受けた人々も多かったとか。随分と恵まれた時代に転移できたものである。ちょっとラッキー、などと思ってしまったのは内緒だ。
話を戻そう。
スキル前提社会において、無能力者というのは大小こそあれど『生きにくい』。そういうわけだから、無能力者というのは得てしてスキルの覚醒に努めるのが一般的だ。スキルは生まれつき誰でも持っている。スキル欄が空欄になっている人間のそれは、まだ目覚めていないだけなのだ、という理論のもと。
実際そうやって、自らの力を開花させた人が大半だ。ノインローカでは、一生無能、という人は殆どいない。何かの拍子に、ふっと覚醒するのだそうな。
では。
生まれつきスキルを与えられているのではなく、転移に際して付与された俺たち地球人において、スキルを所持できていない俺は。
いったいどうすればスキルを覚醒させることができるのだろうか? そもそも最初から持っていないものをどうやって目覚めさせろというのだ。世にいう無理ゲーっていうのは間違いなくこのことだね。賭けてもいい。
この世界に転移してからの一週間余り、俺はエンブレーマギアの拡張訓練も合わせて、様々な手段でスキル解放の訓練を積んできた。知識を蓄えたり、普段使っていないような体の部位を動かしたり、色々と考え事をしてみたり。アイヴィーさんによればそういう細かい作業が、いずれスキルの開花に繋がるのだという。本当にござるかぁ? と何度思った事だろうか。俺のステータス・クリスタルには何の変化もなく、ずっとスキル欄には空白だけが浮いていたのだから。
そこに例の落下事件である。芽音を抱えて断崖絶壁から真っ逆さま。つい先ほど地面と大激突、着弾音とも似た酷い音と共に、俺の身体はぐちゃりと潰れた。うっわ……これは酷い。自分の鮮血と脳漿とあと肉片がばらばらと転がる様、想定外にキモイわ。ミンチよりひでぇやとはよく言ったもので、滅茶苦茶食欲が失せていく……って、あれ?
よく考えたら俺、なんで思考が継続できてるんだ?
なんでこう、何事もなかったかのように生きてるんだ?
うーん駄目だ、視界が暗転する……めっちゃ眠い……おやすみなさい……。
***
結論から言えば。
アイヴィーさんと積み重ねたスキル覚醒訓練は、大体無駄であったということが立証された。それらは俺のステータス・クリスタルの空欄が埋まることに、何の寄与もしてくれなかったのだから。
要するに俺のスキルというのは積み重ねや適性を伸ばすことで芽吹く様なものではなく。
ある日突然、唐突に授けられる覚醒タイプ。努力も蓄積も通り越して、まるでずるをしたかのように生えてくる力。
異世界転移もののお約束、文字通りの『チート能力』の類だったわけである。
***
最初、全部が全部、夢だったのではないか、と感じた。俺が芽音と共に谷底へと身を投げたことも。魔族最強の戦士と戦ったことも。輸送部隊のリーダーに任命されたことも。芽音と付き合い始めたことも。異世界に飛ばされてエンブレーマギアとかいう機械鎧を手に入れたことも、そもそも芽音と出会ったことさえ、俺が見ている虚構の風景だったのではないか、と。
しかし実際のところ、それらは全て『現実』だった。恐ろしいほどまでに現実だった。だってそうでなければ鼻腔をくすぐる、ちょっと湿った大気の匂いも、背中から頭にかけてで感じ取れる、ごつごつした大地の感触も、全てが嘘ということになる。正直、VRか何かだと言われたら悪い冗談だろう、と思えるほど、その手触りはリアル極まりない。
だからこの世界も、俺が辿ってきた記憶も、すべて現実。
なんかこう、自分の身体がバラバラになるよな錯視と共に意識を失っていた記憶があるのだが……まぁ、こうして生きているということは、そっちの方こそが夢なのだろう。うん。
真っ先に感じ取ったのは、熱いような冷たいような、不思議な液体の感触だった。ぽたっ、ぽたっ、と断続的に額に垂れるこれは……なん……なんだろう? 粘性はない。どっちかっていうとさらっとしていて……とにかく正体を確かめねば。
瞼を開く。すると、少し暗い世界の中、超至近距離に、芽音の異様に整った顔があった。どぅわっ!?
「か、芽音……何してんだ……?」
「……それは……こっちの、台詞です……馬鹿……ッ!」
すぱん! と鋭い音と共に、俺のおでこに紅葉が咲いた。要するに平手打ちされたわけだ。ほっぺではなく、ええ、前述の通りおでこに。滅茶苦茶痛い。すごいジンジンする。叩かれた瞬間に頭を地面にぶつけたため、前と後ろがダブルで痛い。ああやっぱり夢じゃねぇ。この痛みは紛れもなくリアル!
「何すんだよ!」
がばりと起き上がって反論する。いくら芽音が愛しのマイエンジェルでも、訳も分からずひっぱたかれたら流石の俺も怒っちゃうぞ。
壊れかけのギアと擦りむいた肌、流れた血の跡は痛々しく、ボロボロのラバースーツは反面異様に煽情的で、覗く肌は柔らかそう。しかし芽音の表情は固い。彼女はキッ、と俺を睨みつけると、聞いたことがないほどの怒気を込めて叫んだ。
「だからそれはこっちの台詞だと言っています。先輩こそ何してるんですか!! 私を助けるために、崖に飛び込んで……おまけに私を庇って、あんな……あんな……!」
彼女はその言葉を、最後まで言えなかった。じわじわと大きな瞳に涙が浮いて、すぐにぼろぼろ零れだしてしまったからだ。子供みたいな嗚咽を漏らしながら、彼女はごしごし涙をぬぐう。
その様子を見て、理解した。
さっきの、俺の身体が四散する光景は、夢でもなんでもなく現実だったのだ。
上空を見上げれば、青い空などどこにも見えない。どうりで暗いわけだ。太陽光が殆ど届いてない。地上からは相当な距離がある、ということだ。おまけに俺たち、一応山の上から落ちてるわけだからな。更に落下時間と彼我の距離差は増加するだろう。
その距離で墜落しておきながら、芽音にはエンブレーマギアで治せる程度の怪我しかない。咄嗟に動いた体ではあったが、俺が『着弾』の衝撃をほぼすべて請け負った結果と見える。
超高度からの落下によって生み出された、巨大な位置エネルギー。それこの身で受け止め切ったのだ。当然だが……無事でいられるはずがなかった。あの朧げな記憶と同じく、俺は見事にバラバラとなり、鮮血をまき散らし、この四肢は崖下のごつごつした岩場に転がったに違いない。
その光景を恐らく、俺よりも少し早く意識を取り戻した芽音は見てしまったのだ。人間がひとり細切れの肉塊になって転がっている光景。想像するだけでホラーだが、芽音にとってそれは、「守ろうとした相手を守れなかった」という悲劇的な結末を叩きつけられるに等しい。
同じ状況に、俺が立たされたとしたら? 目を覚ましたら、芽音が千切れ跳んだ遺体となっていたなら? それが俺を守るために陥った状況なのだと悟ったら?
正直、真っ当な精神を保っていられる自信がない。泣き出すだけで済んでいる芽音の、なんと心が強い事だろう。
俺は芽音に――凄く、酷いことをした。こんなに心配させちまうなんて、やっぱり最低最悪だな、俺。
「……ごめん」
口をついて出たのは、余りにも陳腐な謝罪の言葉だった。でもこれ以上の言葉が見つからない。どう謝っていいのかが分からないのだ。
でもそれで十分だという様に、がばっ、と、芽音の温かい体が密着してくる。背中に回された細い腕が、いっそ痛いくらいに俺の事を締め上げた。もうどこにもいかないで、という、強い願いを感じ取る。何だ俺まで切なくなってきた。恐る恐る芽音の背中に手を回して、抱き締め返す。
どくん、どくん、という互いの心臓の音が、妙に気恥しい。もっと恥ずかしい事を沢山経験しているはずなのに……不思議なものだ、人間の心というのは。
「もう……あんな風な無茶、しないでください……私の前で死んだりしないでください。私を置いて、冷たい亡骸になったりしないで……」
「……善処する。ごめんな、芽音」
素直に謝っておこう。こういうときは下手に出るのが一番だ。
と、思ったのだが、お姫様はその回答がご不満の様子。
ぎゅっとくっつけた体を急に離すと、至近距離で見つめてくる。ぷくっとその頬が膨らんでいた。あれっ!? さっきの謝罪は受け入れてくれたのに……!?
「駄目です。先輩は『前向きに検討する』とだけ言って何も行動に起こさない政治家タイプですから、しっかりと契約として成立させてもらわないと」
「お前の中における俺の評価っていったいどうなってんの?」
反射的に反論してしまう。
くすくすくす、と笑う芽音。血の跡と傷口の見える痛ましい姿だが、その可憐さは健在……どころか一層惹き立たせられている。言い方は悪いけど、滅茶苦茶綺麗だ。
目じりにたまった涙をぬぐいながら、泣き笑いのような表情で、告げる。
「冗談です」
「そういうと思った」
ああくそ、可愛いなぁこいつ。結局俺、芽音に対してならなんでも許しちゃう気がするわ。パシリ的なことから、全カップル共通の問題であろう日常生活における役割分担に至るまで……なんかこう、芽音の指示通りに行動してしまう未来が見える見える。
尻に敷かれる生活も悪くない、かなぁ……いやマゾじゃないんですけどもね俺は。
でも、ちょっと楽しいな。久しぶりにこういう会話をした……気がするからだろうか?
ノインローカに飛んできてからは、軽口を言い合う余裕がなかったり、恋人としてシリアスな会話しかしてこなかったからな。別に嫌だったわけではないけど……これはこれで良いものがある。
なんというか、遠慮しあう間柄じゃなくて、こういう辛辣な罵倒とそれに対するツッコミみたいなのを適度に飛ばし合える夫婦になりたいなぁ、みたいな先走ったことを考えてしまう。やっぱり俺実はマゾなのでは? いや疑問に思うべきはそこではないのでは?
そう、最も疑問に思うべきは現状だ。
意識を喪う前もなんとなく考えていた命題ではあるが……そもそも何故、俺は五体満足で生きているんだ?
芽音の反応を鑑みるに、俺は間違いなく『死んだ』はずだ。体はバラバラに千切れ、全身の血とその他色々まずいものを吐き散らし、昏い大地を汚く染めたはずなのだ。
にも拘らず、今ここにはそんな跡など何もない。俺自身もぴんぴんしてる。まるで時間が巻き戻ったように。
そんな馬鹿な、と思うが、それ以外に適切な言葉が見当たらないのだ。時間遡行の魔法……ああいや、魔法は禁止されたんだったか。スキルでも使ったような……待てよ?
「えっと、確かここに……あった」
俺はごそごそと懐をまさぐると、青く透き通った結晶体のプレートを取り出した。何度か話題に出しているが、ステータス・クリスタルである。初日に渡されて以降、あんまり見る機会がなかったが……今こそ、こいつを開くべきときなのではないか?
魔力を込めて機動。表示される、俺にとって最も理解しやすい言語……要するに日本語の情報を、スマートフォンをスクロールする要領で、下へ下へと読み進めていく。
お目当ての場所には、すぐにたどり着いた。
この世界に転移してきたあの日から、ずっと何も書かれていなかった場所。
俺を兵士ではなく、ただの『ギアが使えるだけの一般通過異世界人』として確立した要素。
即ち、空欄だったはずのスキル欄。
そこにはいつの間にか、以下のような文章が浮き出ていたのだった。
スキル:『御身よ、どうかとこしえに』
ランク:瑠璃
効果:死亡しない。また、欠損した肉体をあなたのイメージ通りに再生できる。
……いや、何を言っているんだ?
本当に何を言っているんだ!?




